仮面ライダーエンブリオ 〜Episode 0〜(エイプリルフール企画) 作:大島海峡
一つ昔のことである。
山深く、川の源流の近くに、とある
斜面の一角を切り崩してスペースを確保して、遮光ガラスで一帯を覆い、そこに社会的生活の一切を、人を人たらしめるのに必要最低限の施設を収めた、拠り所。遠目から見ればそれは、山肌に埋め込まれた卵のように見えたことだろう。
その名を、『ガレリア』といった。
人口は百名足らず。中心にいたのは一部の管理者たちと、純粋無垢なる、才能ある子供たち。
『学校』が休みの日には、皆で揃って、『先生』に付き添われてよく川遊びに行った。
そこで、思い思いに遊んだ。
数としては十人前後。だが、一つにまとまって遊ぶことはない。思い思いにグループを形成するとしても、多くても三人。基本は、独り。
そもそも彼らの才能は、根は同じだとしても、それぞれ
描く者。紡ぐ者。歌う者。吟じる者。舞う者。演武する者。動物と語らい、植物を愛でる者。
「やだ、◼️◼️くん、またまねっこしてる!」
「自分の好きなことしなよぉ!」
……中には、外れ者もいるものの。
嗜好と資質が一致した彼らは、心からの表情で人生を謳歌し、あらゆる社会的常識から隔絶されたその空間こそが、彼らの世界で常識だった。
だが果たして。
この仔らは、この時果たして、同じものを見ていたのだろうか?
その境界が定かならぬ間に。
彼らは、一つの作品を共作した。
〜〜〜
都内郊外、その山深くに、一組の男女が佇んでいる。
防寒着は羽織っているが、そして底の分厚い登山靴を履いてこそいるが、およそハイカーの姿ではない。
「なんでこんなところまで、俺まで」
多少の疲労感を滲ませた様子で、男はぼやいた。
「元から鼻摘みモンだ。嫌われるのは慣れてる」
とは彼の弁。
だが、顧みた本件の監視対象の目に、嫌悪の色はない。と言っても、好感の類もないが。
何層も重ねた、硝子のような目には、ただ純粋な、淡い光だけが浮かんでいた。
「貴方には、私の仕事を確認する役割があるからです。監察官」
「お前に追従した理由じゃなく、山登りをしなきゃならん訳を訊いてるんだが」
にこりとした表情は、ただ笑うというそれ自体を示す以外、何も読み取れない。柔和なようでいて、一定以上は踏み込ませない硬さが存在している。
真新しいスーツ。落ち着き払った表情。会話の内容に多少に相手への配慮や理解を欠くところがあるもの、まず模範的とも言える立ち振る舞い。問題があるようには思えない。
だが、それに比して、事前に与えられた情報はあまりに少ない。
明智にしても、今まで見覚えがない。
ただ、現状彼女が事件が難航しているゆえに、監査に入ってつぶさにその仕事について報告せよ、というのが上からの指示である。
「では、あらためて本件について説明します。現在私が担当しているのは、首都圏を中心として発生している、十代から二十代までの若者の行方不明事件です。表向き、彼らには関連性が無いものとされていますが、あるプログラムの保護下に置かれていた、同一の事件の関係者でした。その件について、匿名の情報提供者との接触を図るべく、彼の指定したここへと赴いた、というわけです」
何度聞かされたかもしれない、杓子定規的な千機の説明に、明智は眉をひそめた。
「そいつのウラはとれてるんだろうな?」
「いいえ、ですが彼が、開示された情報や文脈から、本件に関わりの深い人物である可能性は高いかと」
「怪しいもんだな。そもそも、そのタレコミはどうやっておたくに直接届いた?」
「すみません、現時点において、それをお答えすることは出来ません」
ため息をつく明智の前で、
「ですが」
と話の腰を折って続ける。
「明智監察官も刑事課に所属していた際、極秘裏の情報網を有していくつもの事件を解決に導いたとか」
「……皮肉か?」
「いいえ、ただ我々との近似点を挙げたまでです。私たちは、きっと仲良くなれると思います」
他意は無く、悪意は無く、駆け引きや含みがあるわけでもない。
ただただ、仲良くなれる。その歩み寄りのために、言っている。
そこに、何とも言えない不気味さを覚えた明智は、目と話題を逸らした。
「にしたって、何にも無いし誰の姿も無いけどな」
そう悪態をつく彼だったが、直後、音の圧が背に叩きつけられた。かすかな熱を感じた。
それは、山道の向こう側。赤々と照る光が、明滅を繰り返していた。
上半身を屈めた明智の、こわばる顔の前を、一陣の風が通り抜けていった。
それは、千機りんくによる、疾走だった。
スーツ姿ではあり得ないほどの加速をもって、凹凸だらけでまともに均してもいない山道を駆け上がっていく。
いや、そもここ着くまでに、一切の息切れも疲労も見せていなかった時点で、異常だったのだ。
(千機りんく。お前は、一体何だ? 俺は、一体何の面倒を見させられている?)
生じた当惑に答えを見つけられないまま、明智は人並みの速さで、その彼女に追従したのだった。
〜〜〜
何重もの坂を登り下った先には、すでに『何かしら』が起こった後だった。
焦土と化した一帯。超常の力が作用したことで、丸ごと切り取られたかのように、地表が抉られている。
そしてその先で、一人の男が、一人の男を、吊り上げている。
太い腕。幾何学的に顔中に引いた紅。黒いローブにも、同様の宗教観で編み込まれたらしき刺繍が施されていた。
そして吊るされた男も細身だが、無駄のない筋肉の持ち主だった。相当に豊富な、実践込みの格闘技経験者であることが見て取れた。そんな男さえも、この凶手には手玉にとられていた。
「ほう……?」
やや長めにとられた顎をしゃくりながら、傲岸な面持ちで、彼は視線を振り向けた。
「これが貴様の、次善の策、というわけか?」
そう、自らの掌中の男に問うも、返事はない。だらりとその両腕は垂れたままだ。
「ちょうど良い。不良品は回収させてもらう」
そう言うや、ローブの裾を払うようにして、自らの腰のホルスターを露わにした。
分厚い革で作られたそこから抜き取られたのは、グローブを嵌めた、大ぶりの片手に収まる程度の、
「独装」
〈Draw〉
低く唱えると同時に、男はそのうちの一枚を抜き取る。それは、赤土を背景に、黄色に染められて浮かび上がる恐竜の化石。それを、手にした錫杖とも鶴嘴ともつかない、両刃の得物の柄にセットした。
次の瞬間、彼の足下が歪み、黒く
〈Ancient Rex〉
カードの裏面に示されたその
そこから突き出た牙や骨のような突起物が男の周囲に新たなる骨格を作り、その隙間を、溢れ出る黒泥が埋める。
そして丹色に黄土が混じったそれは、一度は恐竜、あるいはそれを主軸としてデザインされた複眼の戦士となるも、その外皮と肉は腐り落ちるが如くに溶けて丸みを帯びて、歪む。半熟のまま卵殻から抜き取られた中身のような、あるいは着ぐるみのような形状のそれの中、かろうじて面影を残しているのは、交錯する形状のバイザーと、左の腰にセットされたデッキホルスターのみである。
その手から伸びた鶴嘴のごとく歪曲した五指の爪が、大きく振るわれると、生じた烈風が追跡者ふたりを苛む。
だがその風の中で――りんくは、駆けた。
腕の中の虜囚を救うためか、あるいは目の前の異形に本能的な危機感以上の何か、心当たりがあるのか。
臆することなく、そも恐怖が備わっているかも怪しい勢いで。
その進路に、無造作に怪人は男を放り出した。
反射的に、りんくはそれを落下から救い上げようとした。
だが、それは丸々、敵に読まれていた。
伸び切った体幹。その中心を、俊敏に距離を詰めた男の鶴嘴の爪が貫いた。
吹き飛ぶ女刑事の身体は、手足を投げ出すような姿勢のままに、追ってきた明智の横を再び通り抜け、大樹の幹に激突した。
「……やり過ぎたか」
閉口する明智のことなど歯牙にもかけていない様子で、泥より生まれた怪人は嘆息する。
「エラー品は回収する」
何処かへの通信か、あるいは独語か。そんな言葉と共ににじり寄ってくる彼は、明智のことなどまるで気にかけていないようだった。ともすれば、このまま己のみは離脱できるかもしれない。そしてそのまま応援を呼ぶという
だが、枯れた川筋の淵に踵がかかった瞬間、自然、翻し、退かんとしていた足は止まった。
重く苦しい溜息を、尾を引くように吐いた後、怪物と、りんくの間を遮るように立った。
「どけ」
そこで初めて、怪物は明智を認識したかのような物言いで脅しつけた。
だが、そこに、駆けつけてくる一台の影があった。
それは、彼がかつて使っていたデバイス。
赤いミニカーとゴーカートの中間ぐらいのサイズ感の、車体型のユニット。悪路をものともせず、走破したそれは真っ直ぐ明智の懐に飛び込んできた。
……が、融合など、今となっては出来るはずもなく。
「ぶへっ!?」
と、腹部に直撃を受けた明智の口から思わず醜い呼気が漏れ、吹き飛んだ。
「なんでお前がここに!?」
と問うも、答える機能は存在しない。ただ、まるで変身しろと言わんばかりに、自身の腹部に居座っている。
「あのなぁ、来たところで変身できねーの、もう」
わずかな苦味を込めてそう告げるも、前輪を持ち上げてから退いた。
「あ?」
知れず、明智の腹には、
ベルトコンベアとコンソール、そしてその横から排出されるドラム缶を一体化させたかのような、その『ドライバー』には、見覚えがある。
〈バレルロードライバー〉
「これは、五乗弟とジィダ……いや、坂上のか……」
かつて共に事件を乗り越えた戦友たちが使っていたもの。となれば、この二つのマシンを送り込んできた相手とその意図にも、察しがついた。
「あの女……こうなるって予想してやがったな」
かつての上司に毒づきつつ、かと言って己も薄々嫌な予感はしていた。ゆえに、単体で持っていてもしょうがないと知りつつも、なんとなしに『お守り』を忍ばせていた。
それが、幸いした。
今の己が持つ、唯一の切り札。それを懐中より取り出す。
凶猛なる竜の横顔が刻まれた、黒く平たい鉄片。マリスチケット、と過去に呼ばれていたそれを、ドライバーに備え付けられたホルスターにセットする。
〈デッドヒートダイナー・ロンダリング〉
瞬間、いくつもの等身大のドラム缶が地下より迫り出し、明智を囲んだ。その中心で、彼は拳を作り、上から叩き込むようにドライバーのレバーを押し込んだ。
周りの缶から吹き出したのは、石油のごときもの。あふれ出たそれが明智の足下を満たし、その頭上に頭骨を浮き彫りにさせる。
奇しくもその形状は、敵の象ったものと、同じ種。肉食恐竜のものだった。
「変身!」
〈デッドヒートシステム! ラプラス!〉
久々に唱える、その言葉。その気炎。
同時に、缶が、骨が、黒水が、彼にまとわり、姿形を変えていく。
黒と赤を均等に組み合わせたボディースーツに、スポーツカーを想わせるアーマーが張り付く。
そして銀色のマフラーと猛々しい恐竜の頭部が融合したかのようなマスクの中で、鬼火のごとき眼光が揺らめく。
「まさか……本物の仮面ライダー!?」
――そう、ライダーに偽者が存在するかはともかく、かつて明智一路は、仮面ライダーであった。
今はその権能のことごとくを失ってはいるが、それでも、資格を有さずして得られる力は存在する。
仮面ライダーラプラス オーバーデッドヒート。
それが、過去に一度のみ用いた、形態の名だった。
〈メビウスティンガン!〉
腰に展開された武装は、蜂の針の如き突起をバヨネット代わりに、その腹を想わせる銃床を有し、連続して発射された銃弾は八の字の軌道を描く。
全てとはいかないまでも、出し抜けの不意打ちは、数発の着弾と確実なダメージを与えた。
だが、すぐに起き上がった。間を詰めた。がむしゃらに叩きつけられた爪撃により、明智の装甲が火花を散らす。
だが、その合間に彼もまた、その針で反撃を仕掛ける。
その様はまるで太古、恐竜の縄張り争いに似る。
両者相打つその衝撃がピークに達した時、仰け反り姿勢を崩す彼らに、再び間隙は生まれる。
その傾く姿勢のままに、明智は再び引き金を絞る。
あえて狙いを定める必要はない。ただ身体に命中させるだけなら、銃それ自体の機能である程度は修正される。そのための、八の字の弾道である。
敵はそれに耐えながら、横薙ぎに剛腕を振るった。
真一文字ならぬ、魔の三文字。三筋の斬撃が、ライダーを狙う。
避けるか。否、場所が足りない。背にはりんくがいる。耐えるより他ない。
一撃はフルバーストで撃ち消し、二撃目は銃剣でもって迎え撃つ。返し太刀にて、最後を潰す。
だが、敵はその攻勢の裏に、隠し玉を忍ばせていた。
他ならぬ、怪物自身である。
その突撃を我が身で受け、明智は仮面の内で、苦悶の声をあげる。
「やりたくはなかったがな……ッ」
そう呻きつつ、腰のドライバーのレバーを連続して、拳で叩く。
そこから製造される腰のベルトを通じ、ドラム缶がバックル側面から排出されていく。
〈バーンバレル!〉
〈バーンバレル!〉
〈バーンバレル!〉
〈バーンバレル!〉
無数に増産されていくそれは、次から次へと地へと落ち、跳ね回り、転がる。満ちていく。
そのうちの一個のバウンドするのをつかみ取り、明智は己の武装、メビウスティンガンの銃床と組み合わせた。
〈ヤキ×ダイナー! インフィニットバーン!〉
赤熱と赤光を帯びた銃身は、甲高い声を放つ。
その照準は、自らを拘束する怪人ではなく、地面の缶類へと傾けられた。
わずかな躊躇の後、トリガーを押し込み、紅蓮の弾丸が放たれた。
そして、周囲の起爆性のドラム缶を巻き込み、それは大輪の火華を咲かす。それに加えての音の瀑布が、互いの存在をかき消した。
――だが、心中する気など、毛頭ない。
まして、得体の知れない相手に、継戦長期戦に挑むことなど。
それに紛れてえっちらおっちらと、明智はその場を駆け抜けた。もちろん、斃れた男女をその双肩に抱えて。
その足下を、旧主に従って小型車のドライバーが自走する。馬力はともかく積載できるスペースはないので、邪魔者以外の何者でもない。
背後を顧みることはしない。ただ爆風を推進力に、木々の合間を駆け下る。
山火事を起こすなど警察官にあるまじき愚行だが、まぁ、そこは相手にとっても目立つのは不都合。証拠隠滅もかねて、火消しぐらいはやってくれるだろう。
山を駆け下る最中、肩の上の男は、繰り返し何度も、息も絶え絶えに、うわごとを呟いている。
「エンブリオを――止めろ」
と。
もはや、その命数は風前の灯火。負った傷は、確かめるまでもなく致命的なものだった。
安全な場まで離脱し、詳細を聞き出そうとするまでには、おそらく――
「一体何者なんだか……」
戸惑いと諦観を問う明智は、その逆側に目線を転じる。
「ついでに、
逆側にて、糸が切れた人形のように手足を投げ出したままの、千機りんく。その身体は硬く重い。
叩き据えられたはずのその身体からは、破れた皮膚からは、一滴の血も流れていなかった。