仮面ライダーエンブリオ 〜Episode 0〜(エイプリルフール企画) 作:大島海峡
五十六りんく。
そう名付けられていた彼女が、薄く意識を取り戻せば、地獄が広がっていた。
見渡す限りの、顔。自分と同じ、顔。あるいは、そうであった者たち。
四肢をもがれ、肌を焼かれ、胸を穿たれ、動かなくなった彼女たちが
悲鳴は忘れた。きっと涙は流れない。自分が秘密組織のエージェント、と思い込んでいた、その前の記憶が思い出せない。きっと元より、ありはしない。
かつて役割には、必要無いものであったから。
「なんなの、これ……?」
覚醒は、彼女と同時、同様であったようだ。
八重岸りんく。その半身を焼かれた彼女は、ノイズ混じりの、ひび割れた音声で問うた。
「教団が、ガレリアの仔らを自分たちの都合の良いよう教え導くための、自律型AI搭載のアンドロイド、リンクシリーズ。いえ……玉石為供が、コピーして実体化させた存在。それが、私たちの正体」
つい今まで思いよぎりもしなかった事を、五十六りんくは口にした。
半分だけ同じ顔の少女は、無表情で押し黙った。
信じたく無い。信じられない。そんな時点は、とうに通り過ぎた。
その身を焼かれ、鉄の地肌を晒されてもなお生きている……否、稼働している。
そこは、自分とて同じだ。
自分が、そうだとは思わなかった。認識できないようになっていた。
上半身しか残っていない身体で、無数の機械の残骸を掴みながら、這う。
「どうするつもり……?」
「ここを、抜け出さないと……っ!」
「抜け出して、どうするの」
乾いた電子の声で、八重岸は問う。
「決まってる……」
決まっていない。何もない。だから決める。自分で。
唯一残った
最後に残った光景で。
盾替わりに掴み上げた指。
自分たちを物扱いで打ち捨てる腕。
去り際に落とされた、冷ややかな眼差し。
――玉石、為供。
「奴に、復讐を……!」
ここにいるすべての『りんく』を弄んだ男。奴と、奴に連なる一切に報復を。
その一念が、停止寸前のこの機体を動かす。
「そっか……いろいろと違うんだ……やっぱり」
八重岸はかすかに自嘲を交えて、そして言った。
「ウチには――できない。すべて偽物だったなんて、耐えられない」
そう、私は、お前たちとは、違う。
奴らの言うところの『アドリブ』ゆえか、ほかの連中と違い、植え付けられた『玉石為供への好意的記憶』などない。
そして、この終わりに納得などできない。
「だから、持って行って」
は、と問い返すと、ちぎれた胴部に腕を回す少女の儚げな笑みが、顧みた視線の先にあった。
「ウチの
私も、とさらにその下から声がかかる。
わたしも、ワタシも、私も、ぼくも、オレも。
口々にそう呟き、五十六を取り巻く。
慟哭の中、いくつもの『りんく』の身体が折り重なる。名のごとくに接続する。
幾たびも繰り返されてきたパラダイムシフト現象の産物。廃棄物。
集積された死と経験は、ある種の才への変異する。
それはあるいは、パラダイムシフターに匹敵する影響力を会得するに至る。
――命の
~~~
オレンジ色のツナギをぼろきれのようにした彼女と、黒いハーネスを巻いた彼女が、ぞんざいに投げ転がされる。
「はーい、新入りでーす。みんな仲良くしてやれよー」
返事など気にしていない軽口を叩くのは、黒いローブを作業着の上から羽織った若い男。末端の構成員である。主にその役割は、用無しになった資材を、パラダイムシフトによって生み出された世界に投棄すること――すなわち、その世界のキャストとして起用された人形――りんくを。
最初は、薄気味悪さや多少なりの罪悪感あったが、それも慣れとと共に薄らいでいった。今では、少し軽口がこぼれる程度で、処理自体は事務的だった。
――そこに、背後より、音。
何かがもたげる音。人とは異なる、重みと歪さとぎこちなさを感じさせる靴音。
唸る音。唸る声。獣のごとき、息遣い。
顧みれば、孤影。
自分と同じ教団服たる黒いコートを継ぎはぎしたものを纏い、足を引きずりながら、俯く。
「……おいおい」
思い至る点があった彼は、天を仰いで毒づいた。
「こりゃどういった演出だ? 今度はゾンビ映画でも撮るつもりか?」
などと、まずそこを見ているであろう玉石為供に声高に呼びかける。むなしく残響轟くばかりだった。
ただ彼が感知できるのは、女の形をした何者か。その乱れた前髪の奥底で閃く憎念の眼光のみである。
「まさか……本当に……?」
凍りついた表情と呟きを向ける彼に対し、その『りんく』は、一基のデバイスを同胞たちの下より引き抜いた。
それは、激しく損壊したガレリアドライバー。
ミラーデの、エンブリオとの戦闘において消滅したかに思われていた、彼の、佐武兵庫の遺失物。
大破していたそれに、地から飛び出てきたコードが巻き付く。失われた部分が。大小織り交ぜ、縦横に絡み合う真っ黒なコードによって補われていく。
〈ガレリアドライバー〉
濁って澱んだ音声と共に、再起動したそれを、そのりんくはコルセットで強く固定した自らの腰に据えた。
そして、ライドパック『デッドコピーオカルティック』をひび割れたバックルのカバーの内へと通す。
電流が迸り、肩が大きく跳ねたが、暗澹たる表情に変化はない。ただ唇だけが動く。ただ頬の下に、回路が浮かび上がる。
「変身」
そう唱える。
〈フレームアウト! オーバー・ザ・エンドフェイズ! セメタリー〉
鉄の腕骨が地中より這い出で、足場を作る。万の躯の上に道を舗装し、彼女の周囲を巨大なシリンダーのごとき円筒が囲む。
そして蒸気が噴出すると同時にそれがパージされ、中から鋼鉄の戦士が現れた。
右半身を青銅色の重装甲がマッシブに鎧われ、左を黒鉄の、髑髏のごとき外骨格とマスクが覆う。
左右を貫通するかのように埋め込まれた、ゴーグルを模したバイザー。そこに、赤い眼光が宿る。
マフラーを想わせる白のコードの束が右の首根から後ろに流れている。
なお晴れぬ蒸気を瘴気のごとく伴いながら、りんくは構成員へと歩み寄る。
「ぐっ……!」
彼は、自らもその足場に乗り上げ腰のホルスターに容れたライドパックから、カードを一枚引き抜くと、それを足元に叩きつけた。
すると彼を基点として、蜘蛛の巣状の亀裂が奔る。その先には無数の子蜘蛛がひしめき、それらが群がり男の輪郭を覆い隠す。
それを内より引き裂き、吹き飛ばすかたちで現れたのは、異形にして直立の怪物。
蛇苺のごとき複眼、黒々とした体毛に折り畳まれた脚部、それらが渾然一体となった、蜘蛛の怪人。
簡易パラダイムシフト『ドロード』。
パラダイムシフターたちがかつて創造した世界観。彼らに準ずる才覚と感性の持ち主がその一部を利用し、そこに登場するキャラクターの姿や能力を我が身に写す外法である。
それを、りんくは腕一本で防ぐ。
下から支えあげるようにそれを押し返すや、浮かせた胴めがけて榴弾を想わせる速威をもって拳を叩きつける。
完全に攻守が逆転し、畳みかけようとした矢先に、彼女の足が止まった。
彼女が背後と頭上の中間を顧みれば、そこには蜘蛛の切り口でもって、空間が開かれ、そこから飛び出た糸が、粘性と頑強さをもって左腕を絡めとっていた。
「ふん……」
鼻哂とともに体勢を立て直したスパイダードロードは、あらためて多脚複腕を、りんくへと浴びせかけた。
進退がままならないまま、しばし火花を散らしつつそれを受け止めていた彼女だったが、やおら、もう一方の腕を持ち上げた。
次の瞬間――
りんくは、縛られていた腕を、肩口から切り落とした。
にわかにその分の体重が無くなり、姿勢を崩しつつも、自由になった身体で急進突貫。体当たりで強引にガードを破り、拳と足を叩き込む。
足下に散らばる躯。その腕。それがひとりでに飛来した。失われた腕の断面よりコードが伸びて、それを絡めとって引き寄せて、つなぎ合わさる。
それが、黒く鎧われた。微妙な長短やサイズの差異があるのかもしれないが、傍目からは分からなかった。
「茶番は終わりだ……!」
仰向けに怪人に怨嗟の滲む声と共に、レバーをひねる。
〈デッドコピーオカルティック・パラダイムエンド!〉
見た目の重量感からは想像できない跳躍、浮遊、そして対空。
足下に螺旋を描く瘴気、それを可能としていた。
やがてそれを両の足裏に集中させて、傾けさせて、鋭利なる角度をもって、スパイダードロードへと自らを射出する。
「うおぉぉぉ!?」
蛮声と共に、蜘蛛はそれを迎え撃つ。多少の後退はしたものの、それを受けきることには成功する。
安堵交じりの嘲笑の音を立てた彼だったが――彼女の身体は半分に分かたれた。
時間差で押し出された左の半身が、防御をすり抜けて蜘蛛の身体に直撃した。
再結合を果たしながら、着地したりんくの――仮面ライダーの前で、蜘蛛男は全身から電光を迸らせて、やがて断末魔と共に爆散した。
人間に戻った彼が、大きく傾き足場から崩れ落ちる。
その彼を、機械の亡者たちの腕が、絡め取っていく。
「た、助け……!」
数分前には想像だにしなかったであろう結末に、引きつった声でそう乞う彼に応える者も声も無く。
その身柄は、女たちの残骸の中に沈み、やがて跡形も無く飲み込まれていった。
その煽りで、首筋のコードを靡かせながら、彼から切り離されたライドパックを拾い上げる。
銘は、『インターセクター』。褪せた色味は、それがレプリカであることを示しているが、それでも外の世界――現実へと通じるチケットであることには変わりない。
もはや、幾万の無念と怨念を負った自分は五十六りんくではない。
その名は、
その字を、仮面ライダーセメタリー。
使命は教団の壊滅。目的は、玉石為供への報復。
この身に渦巻く憎悪と復讐こそが、前へと進むための、唯一の真実だ。
というわけで、ヒロインの扱いが本編中アレ過ぎたので、数ミリ程度の補足も兼ねて蛇足を書き足しました。
そのうえで、一旦の区切りとさせていただきます。
今後の予定については先述の通りですが、ちょっとばかり潜伏します。
それでは、また何処かでお会いできれば幸いです。
ではでは。