仮面ライダーエンブリオ 〜Episode 0〜(エイプリルフール企画) 作:大島海峡
僕たちのいた空間が、突如として揺れた。
地震のようなものではなく、上下の振動。何者かに、世界ごと揺すられているかのような。
……それを可能なのは、限られている。
僕と同じ、パラダイムシフト現象の操作者……すなわち、パラダイムシフター。
またの名を、仮面ライダー。
人造の星天に亀裂が入る。
硬質な破砕音と共に帳を払って現れたのは、傲岸不遜を絵に描いたような、創面の青年。その彼の片腕には、八重岸りんくが巻き取られていた。
二人分の重量の、派手な足音を響かせて、その男は冷ややかな笑いをこちらに傾けてくる。
忘れもしない。するものか。
「かったるいのは嫌いなモンで、こっちから会いに来てやったぜ。お前も俺に用があるだろ」
「
かつて、同じ場所で生まれ育ち、共に学んだ友。
五年前、僕らの居場所と大切な人を、奪った男。
僕とプロメトさんは、視線を揃えてそいつを見返した。
だが五十六は――そして八重岸りんくは、お互いを見つめていた。
「え――」
「これは、いったい……?」
当惑と共に、
腕の中の彼女に、憐憫まじりの冷笑を落としながら、
「なんだ、何も伝えてないのか? この哀れな木偶どもに……ま、言えんだろうがな」
「黙れ……!」
「それとも、代わりに己が一から説明してやろうか?」
「黙れって言ってるだろ!」
声を張り上げ、駆け出して挑みかかった僕に、顎を反るようにしてみせた佐武は、足裏で地を叩く。
丹田に力を込めての、震脚にも似た踏み込み。
その踏みしめた足がおよぼす亀裂と崩壊は僕たちの足場に留まらず、空間全体に及び――世界は、転変する。
気が付けば互いの立ち位置のみはそのままに、僕たちは鏡面に囲まれた空間にいた。
無数の断片に分かたれたその裏側で、僕たちの虚像の合間を。
動物ならぬ、猛々しい飛竜や幻獣の影が、飛び合い、噛み合い、引き裂き、もつれ合う。
そうやって、とこしえに、果てなき闘争を繰り広げる不毛な
それが、彼の抱く心象。ある極地にまで到達した、『武』が拓いたひとつの可能性。
「……かつて……宇宙は一個の、暗黒の沼地だった」
と、頼まれもしない、今更なことを、佐武は口を開き、繙き始めた。
「だが奇跡か運命か、そこにビッグバンにて数多の惑星が生じたわけだが……その折、沼地の一部ともいうべき暗黒物質の集合体は、異物として世界に残された。そしてそれには、既存の世界を限定的に塗り替えるだけのポテンシャルが残留していた。それこそがパラダイムシフト。世界の既存の理、前提を覆す現象だ」
「なに……『スワンプ』の設定を……」
「あぁ、そこから借りたんだろうよ」
混乱きわまるりんくの問いかけに、意外な律儀さで佐武は応じた。
すでに、ここは奴の領域だった。うかつに踏み出せば、無間地獄に引きずり込まれる可能性があった。
ゆえに、今すぐその口を閉じてやりたいが、できない。歯噛みして、隙をうかがうほかない。
「長らく、『沼』は物質世界ならざる位相に存在し、干渉できない領域にあった。ところがある時期、同時多発的に、そこへとアクセスできる人間が現れた。彼らは己の技能や嗜好に依存し、手前の頭と心に遺伝子レベルで刻み込まれた世界観へと書き換え、そこに内在するオブジェクトを
何も知らない者たちは、咀嚼できないままに押し黙った。
それはそうだろう。今まさに、この空間が彼の言葉を裏付けていたのだから。
「そうしたガキどもに、目を付けた連中がいた。結集し、強化したパラダイムシフト現象を人為的に引き起こすことで、恒久的にその世界を己らの理想へ置換する。『大きな不幸に悲しむ人々の涙を拭うため』などというお題目の下、そうした適正を持つ、選ばれた運命の戦士となるべき子どもたちをガレリアという施設に集めた。要するにイカれたカルト教団よ」
挑発的な眼差しが、プロメトさんに向けられる。彼は平静を装い無言を貫くものの、眦をより強く絞る。
「そんな連中の中に、己や、そいつがいた。が、いつまでも奴らに飼われることに我慢がならなくなった己は、自ら檻を破った」
「お前以外に、誰がそれを望んだ……!? 僕たち『ガレリア
指弾する僕に、揶揄の眼差しが転じる。
「……『僕たち』だ?」
と。
「お前は、違うだろ」
と。
「……まぁ、お前が何者を自認しようが、関係ない。あの時徹底し切れなかったことを、あらためて行うまでだ」
そう宣い、佐武はぞんざいにりんくを放り捨て、腕を持ち上げた。かざした手の中に、世界が収束していく。周囲の模様替え元のドームへと戻っていく一方で、彼の手には複数の紙片が舞い込み、やがてそれは一塊となって袋に詰められた。
〈Mirage Fantasista〉
そう銘打たれ、先までの世界――鏡像の中で闘争を繰り広げる竜獣たちの様が、写実的なイラストによって象られている。
ライドパックと、総称されている。
自らの世界を、パラダイムシフトシフト能力によって総括し、統括し、濃縮した紙片たち。
それを内包した拳で、佐武は地を叩く。
轟音と共に空中を舞う石片は、黒泥に包まれるや、その間を舞う炎によって、硝子質のものへ焼き固められる。鏡へと変異する。
そこに映し出された男の横顔はしかし、騎士のごとき仮面に覆われていた。
そのうちの大ぶりの破片に、佐武は腕を突っ込んだ。
腕から先は、その鏡片の中に吸い込まれていく。
だがすぐ抜き取られた腕には、青銅色の機構が握られていた。
〈ガレリアドライバー!〉
丹田に据えると同時に唱えられたそれが、そのまま腰回りに展開されたベルトと組み合わさった一体そのデバイスの呼称だった。
バックルに据えられた半透明のカバーには、数筋の溝が不規則的に彫られている。まるで、美術館やその棟同士をつなぐ回廊に飾られた、額縁のように。
〈ミラージュファンタジスタ!〉
ダイナミックに、だが一分の隙も無い演武の動作の内に、ライドパックをドライバーのバックルの内側に収容する。カバーの溝に光の粒子が流し込まれ、星図とも破砕面ともつかない刻印が浮上する。
その右横に備えつけられた、五指を揃えたかのような形状の横のレバーで、封筒を切って開くような要領で捻りを入れて下ろす。
「変身」
不敵に口を歪め、口にする。
周囲の鏡片は、まるで御伽話や神話の龍騎士の姿のような形状へと変異し、佐武に纏われる。その間隙を、黒い泥がアンダースーツとなって埋め合わせる。さらにその表層に炎の紋様が刻み込まれ、
〈フレームアウト! 鏡心龍麟拳! ミラーデ!〉
それが、ドライバーによって凝縮された自身の世界観と融合した、佐武兵庫のもう一つの姿だった。
僕も、敵愾心と共に同型のドライバーを、自らの胴部に押し当てる。
佐武よりかはよりコンパクトに、握り固めた拳を取り回す過程において、
〈オーロラ&レインボー!〉
という、彩光たなびくライドパックを押し込み、レバーを落とす。
「変身!」
足下から湧き上がる黒い泥に飲まれていき、上半身を傾かせていく僕の顔の右半分を、数多の仮面ライダーの
かつての友人たちの姿の。
そして――僕が――した――あらゆる世界のライダーたちの。
〈フレームアウト! ……〉
泥が成型され現れたのは、黒いスーツに七色のラインが奔る、黒いボディ。
楕円形眼の中には、赤紫色の光が肺胞のように分裂している。
僕の、仮面ライダーとしての基本形態だった。
山形の頭部を王冠のように頂く頭部を前に突き出すようにして、僕は駆け出した。
そして、お互いの因縁に清算をつけるべく、二人のライダーは衝突したのだった。