さて、俺とリムルの前で肉を貪っている人間達を眺めつつ、状況を整理しよう。
あの後、村のテントに案内された人間達は腹ペコだとリグルドに訴えたらしく焼き肉を提供され今現在まで馳走を食いまくっている。その内の異様な仮面をつけた人物、その人こそがリムルの運命の人である。顔見たら一発で分かる。リムル、そしてシンシヤと俺も人間の身体の元となったのは彼女だろう。
それ以外の三人組、どっかで見たことあるような……いや、別に覚えてねぇならどうでもいいやつだろうし思い出す必要もないか。
「お客人、大したもてなしはできんがくつろいでくれておりますかな? 改めて紹介しよう、こちらが我が主……リムル様である!」
三人組は驚いた様子で各々の感想を告げる。普通スライムが主だとは思わないだろう。リグルドが俺の紹介をしようとする前に、俺がリムルの上に乗って自己紹介をする。
(で、俺がこいつの
「エミルス……!」
リムルがぽよんと跳ねて俺を退かせる。傍から見たらスライム二匹がじゃれているだけだからほんわかするだろう。
そう思っていたが、今の様子を見て更に困惑してしまったらしい。見かねたリムルが謎の仕草を取り始めた。
「初めまして、俺はスライムのリムル。悪いスライムじゃないよ」
(は?)
「プフッ……」
え、今のウケるのか? めちゃくちゃ寒いセリフだろ。
まぁ、そんなことはいい。こいつらはジュラの大森林の周辺国の一つであるブルムンド王国の
というか、こんな簡単に目的を教えるとは警戒心の欠片も無いな。人間のファーストコンタクトがこれでは勘違いしてしまうのも頷ける。
それにしてもシズという人。すでに満身創痍のようだが、大丈夫か? あの身体はもう……いや、俺が口を出せる問題じゃない。
リムルが擬態できるようになるというのは、そういうことだからな。
日が暮れ始め、辺りを散歩していると『魔力感知』がリムルとシズが二人きりになっていることを感知した。恐らく、元の世界の二ホンについて話し合っているのかもしれない。
別に見に行くつもりも無かったが、無性に気になって少し様子を見に行くことにした。
行く途中で、リムルとカイジンにすれ違った。見晴らしのいい崖の上で、シズはただ一人で遠くを見ているようだ。
(シズ)
静かに声を掛けると、仮面を外して俺の姿を確認する。
「……えっと、桃色のスライムってことはエミルスさんだよね。 どうしてここに?」
(長くないんだろ。見れば分かる)
「そう、バレちゃってたんだね」
(リムルとあの冒険者達にはバレていない。気づいたのは俺だけだ)
俺は
シズは身体を屈んで、俺を見つめると人差し指を口元に持っていく。
「みんなには黙っててくれないかな、心配させちゃうし」
(さぁ、俺の知ったことじゃないな)
わざとらしく突き放してやると、困ったように眉を下げて俺の様子を窺っている。言っとくが、俺はリムルみたいに利をわざわざ手放すようなことはしない。
……そうだな、もしもの時の為に持っておくのもいいかもしれない。ほんの少し思考を巡らせた後、シズに対してある提案を持ちかけた。
(黙っておいて欲しいっていうなら、一つ欲しいもんがある)
「欲しいもの?」
(お前の血だ。俺のスキルにとっちゃ必需品なんでな、人間も欲しかったところなんだ)
「……」
シズが少し後ずさる。どうやら誤解させてしまったらしい。
(血といっても少量でいい、ちょっとチクっとするだけだ。お前に害は与えないと誓おう)
「分かりました。それで黙っててくれるっていうなら」
(あぁ、契約は守るさ)
「契約……まるで悪魔みたいなこと言うんだね」
悪魔だが吸血鬼だか知らねぇよ、俺は俺だ。
シズに袖を捲ってもらい、『血液操作』で針を作ると肌白い二の腕の血管を探り当て慎重に差し込む。シズの顔が僅かに歪むがこれぐらいの痛みは慣れているのか微動だにしない。吸い上げられた血は血液タンクではなく『捕食者』の胃袋の方へ収納する。血液タンクだと混ざっちまうからな。
(これでいい。止血はしておいた)
「正直、もっと痛むかなと思ったけどこれぐらいなら大丈夫。まるでお医者さんみたいだね」
(『血液操作』にそういった能力はねぇ。……そうだな、今の俺は気分がいいからもう一つお前に良い事を教えてやる)
俺は『思念伝達』を持っていないから口頭で伝えるしかない。その分信憑性も低くなるだろうが、信じるかどうか判断するのはシズが決めることだ。
(この町はいずれどの国よりも大きく、豊かで、強い国になる。他でもないリムルの名の下でな)
「……どうして、分かるの?」
(俺が、その未来のリムル=テンペストを知っているからだ)
そう伝えると、シズは少し驚いたような顔した後すぐに納得したように頷いた。なんだ、あんまり驚かなかったな。つまらない。
(……未来人だぞ、少しは驚かねぇのかよ)
「色々経験してきたおかげで驚くことは少ないの。それに……ふふ、貴方の雰囲気が私の昔の教え子に似ている気がして。一緒に暮らしてたけど、どこか達観した子だったから」
(それ、結構な悪口じゃねぇの)
「そんなことないよ。……ねぇ、エミルスさん。その未来って本当に来るの?」
(このまま順調に行けばな)
途中で俺をこんな風にした首謀者がやってきたり、俺がコイツらを裏切るか見捨てるかしたら来ないかもしれないが。この世界がどうなったにせよ、俺はお前達と違って元の世界に戻らないといけないんだからいずれ道は違える。
「なら、そんな未来がやってくるまで見守っててくれないかな? 気が向いたらでいいから」
(それは契約か?)
「ううん、これは約束」
シズの言葉を聞いて発展途上の村を眺める。まだ何の無いこの村が、町となり世界に知られ、やがて国となっていく。俺が生まれたテンペストはハリボテだった。なら、オリジナルの鏡像として、この国の歴史を知る理由はあるだろう。
俺はシズの約束に対して、こう言ってやった。
(……ま、気が向いたらな)
シズは穏やかな笑みを浮かべた。
「おーいシズさん!」
「晩御飯食べましょうよ~ぅ!」
もうすぐ日が落ちかけている。冒険者三人組は昼間にあれほど肉を食べたってのにまだまだ食べる気らしい。その事に呆れつつ、俺とシズは互いに顔を合わせて頷いた後アイツらに向かって歩き出した。
この場所での会話は他言無用だ。シズに教えたことで何らかの影響があるかもしれないが、それもまた一興だろう。
そして、シズにとってこれが文字通りの最後の晩餐であった。
◇
彼女は夢を見た。未熟だった自分が犯した許されざる罪の光景。初めて出来た友達を魔物ごと炎で燃やした時のこと。あの時の友達の叫びと焼き焦げた匂いを忘れたことはない。
レオン・クロムウェル。シズを召喚した魔王であり、悲劇の元凶である。
「ハッ!」
夢から覚め上体を起こす。過呼吸を少しずつ落ち着かせ、視線を動かして隣のベッドで眠っているエレンを見つめる。彼女はまだ生きている。
落ち着きを取り戻そうとした時、いつもの発作がシズの身体を蝕む。だが、今回は今までの比ではなく身体の中から炎が拍動するような息苦しさを感じた。身体を燃やされているような痛みを必死に耐える。数秒後、収まったときに布団を握りしめていたことに気づいた。
呻き声で起こしてしまったか心配で再度隣を見る。まだ彼女は眠ったままだ。
自分はもう長くない。一緒にいれば、またあの子みたいな悲劇が起きてしまうかもしれない。シズの心は決まっていた。
丘の上に登り、発展途上の町を眺める。エミルスの言葉が本当なら、リムルというスライムの下で町は世界一の国になっていく。その景色を見れたら、どんなに良かっただろうか。
けど、そんな時間は恐らく来ない。だからこそ、エミルスは教えてくれたのだから。
「俺たちの町、気に入ってもらえたかな?」
後ろから声がかかる。振り向くと、ランガという狼の上に乗ったリムルがこちらを見つめていた。仮面を外してその問いを肯定すると、リムルとランガは嬉しそうに言葉を続けた。
「シズさんさえよかったら、いつまでだっていていいんだぞ」
彼等の様子を見ると、エミルスは彼等にあの場所でのことを話さなかったようだ。こんなにも真っすぐなリムルの好意に、シズは応えたかった。
――でも、
「ありがとう。でも、行かなきゃ」
彼等の町に残ってしまったら、自分の中の
「うん、ありがとう」
またくるね、とは言えなかった。
こんなに素敵な主の下で生まれる国はきっといい国だろう。だからこそ、シズは願った。
――桃色のスライムさん、どうか私との小さな約束を忘れないでいてね。
束の間の休息を提供し同郷の未来を伝えてくれた優しいリムルと、そんなリムルの未来を約束という形で教えてくれたエミルス。そこまで考えて、彼等に対する既視感はきっと自分の最初の教え子達だったのかもしれないとシズは思い至った。
人間で、異世界に召喚されたという共通点があったけど、思っていることも感じることも全然違う二人の教え子を見ている時。そんな懐かしさをリムルとエミルスの二人に感じたのだ。
今のシズが出来ることは、エミルスとの約束が果たされることを願うのみ。
テントに戻った後、エレンがシズにもう少しだけ一緒に冒険がしたいと提案する。その言葉を聞いて、心が暖かくなった。いつもみたいな息苦しさを伴う熱さではなく、心が満たされるような暖かさだ。
「ここまで旅ができて、やっぱり仲間っていいと思えた。最後の旅があなたたちとで本当によかったと思っている」
シズは心からそう思えたのだった。
そして、惜しみながら村を出発する直前。
彼女の時は止まった。