転スラ~レプリカの鏡~   作:kurry(カリー)

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11話 願い

 一瞬の静寂の後、シズは天に向かって慟哭のような叫びを上げる。仮面にヒビが入り、光が天に向かってのびる。咄嗟にカバルとギドがエレンを庇うが、エレンは今にも飛び出しそうな勢いでシズの名を叫ぶ。

 

「シズさん! シズさん!」

 

 エレンの叫びもむなしく、シズの身体は轟轟と燃える炎の柱に包まれる。炎の柱は暗雲を生み出し、太陽を覆い隠していく。……彼女の寿命は、もうそこまで来ていたのか。

 

(遅かったんだな)

「エミルス……?」

 

 やがて炎が消え、シズの身体は上空に浮かび上がる。炎の玉が彼女を包んだかと思えば、一気に周囲へ膨張した。炎の勢いで風が吹き荒れ、全員が吹き飛ばされかける。エレンが再度名前を呼ぶと、カバルがシズエ・イザワの名を出す。50年前に活躍した自由組合(ギルド)の英雄である爆炎の支配者その人である。

 

「リグルド、リグル。みんなを避難させろ。……エミルス」

(避難しろって?)

「お前に言っても聞かないだろ。なるべくあの三人組を守るように動いてくれ」

(ふん、言われなくてもやってやるさ)

 

 リムルの指示通り動くのは癪だが、まぁこれはリムルの運命の人の弔い合戦だ。ここれはお前に譲ろうじゃないか。

 炎に包まれたシズから、仮面が地面へと落ちる。カランと軽い音を立てたそれは、最早何も隠すことが出来なくなったようだ。彼女が流した涙が蒸発し終わる前に、完全に炎に包まれる。その一瞬の後、炎の巨人(イフリート)が現世に降臨した。

 上位精霊を前に、冒険者達は立ちすくむ。

 

「あんなのどうやっても勝てないんですけど?」

「無理でやす。あっしらはここで死ぬんでやす。短い人生だったでやんすね」

 

 イフリートの雄叫びと共に、さっきよりも強い熱波が襲う。リムルの命令通り、俺は三人組の前に立つと血液操作で鉄壁を作り、地面に突き刺して衝撃を受け流す。俺の魔力で操作した血液といえども、一部は耐えきれず俺の身体に真っ黒になって付着した。当然、仮で建てていた村のテントがそれに耐えられるはずもなく一瞬にして破壊される。リムルは……大丈夫そうだな。

 休む暇もなく、イフリートの周りに召喚されたトカゲモドキがテントや森に火をつけ始める。はぁ? 最初から作り直しかよ、俺も手伝ってやったてのに。

 

「あ、ありがとうエミルスさん」

(お礼は後にしろ。それより、お前達は戦うのか戦わないのかさっさと選べ)

「そんなの、決まってる。ここで逃げるわけにはいかねぇよ」

「シズさんは俺たちの仲間でやすよ」

「ほっとけないわ!」

(そうか、気をつけろよ)

 

 死にたくなければな。

 リムルと俺の後ろに冒険者三人組。イフリートとトカゲモドキ複数体、この程度倒せなくちゃ話にならねぇ。リムルが号令をかける。

 

「いくぞ!」

 

 リムルの号令と同時に、イフリートが炎球をリムルに投げる。リムルが跳んで避け、火球が地面に当たった瞬間に暴発して地面を抉った。当たるとやばそうだな。……いや、よく考えて見れば熱変動耐性を持ってるから俺達には効果が無いのか。

 トカゲモドキも一斉に襲い掛かってくるが、エレンの魔法陣が狙いを定めた。

 

水氷大魔槍(アイシクルランス)!」

 

 僅かに掠めた程度だが、一匹のヘイトがエレンの方へと移りこちらに突っ込んでくる。冒険者のプライドとかなんとか言ってたが、んな事はどうでもいい。リムルもランガを呼び出して、本格的に戦い始めるようだ。

 トカゲモドキの火球が三人組に降りかかろうとする直前、柔軟なスライムの身体を活かして火球を飲み込む。解析はできないが、防衛にはなるだろう。

 

(防御はこっちでなんとかするから、お前達は攻撃に専念しろ)

「そりゃありがたい!」

 

 キドとカバルはエレンのサポートに徹し、こちらは火球を飲み込む。火球の魔素を血に変換すれば理論上無限に戦えるだろう。

 リムルとランガが動き回って火球を躱しているせいで、こっちにまで振動が伝わってくる。てか、こっち突っ込んできてねぇか。

 

「エレン! それ、俺に向けて撃ってくれ」

 

 一瞬何だ? と思ったがリムルお得意の解析でもするんだろう。困惑するエレンに無理やりお願いして、リムルに向かって放たれた水氷大魔槍(アイシクルランス)を飲み込んだ。

 

「うえっ私の魔法が」

 

 更に困惑するエレンをよそに、水氷大魔槍(アイシクルランス)をさらに強化した水氷大魔散弾(アイシクルショット)で二体のトカゲモドキを仕留めることに成功する。

 残りのトカゲモドキはこっちにヘイトが向いたヤツだけだが、急速に近づいてくると同時にヤツの体内の魔素が収縮する。コイツ自爆する気か?

 

(させるか!)

 

 すかさず飛び上がり『捕食者』でトカゲモドキを捕食し、吸収しようとした瞬間に爆発が起こる。スライムの身体が極限まで膨張するが、なんとか抑え込むことができた。おえっ! 気持ち悪い……言い表せない怠さを感じつつ、スライムの身体を萎ませる。

 

「エミルスさん!」

 

 エレンが俺の身体をキャッチようだ。カバルが信じられないといった口調で話しかけてくる。

 

「そんな、エミルスさん……ちょっと焦げちまったのか?」

(お前等の目は節穴か? 血液が黒くなって付いてるだけだ)

「エミルスの旦那、その言い方は怖いでやすよ」

(はぁ?)

 

「エミルス、大丈夫か!?」

 

 ランガから降りてきたリムルが声を掛けてくる。クソ、リムルの前でこんな醜態を晒すなんてな。さすがに自爆を完璧に喰らうのは無理だった。動くのも難しいが、虚勢を張ろうと声を上げるもリムルの表情は厳しかった。

 

(ちょっと眩暈がするだけだ、まだ戦える)

「……ランガ、三人とエミルスを安全な場所へ」

(おい)

「しかし……」

「行け!」

「はっ、仰せのままに。ご武運を」

「リムルさん、やれんのか!?」

 

 三人組の不安げな視線にリムルがこくりと頷く。

 エレンは俺を抱えたままランガの背に乗り、カバルとキドもランガの上に乗る。文句を言う暇もなく皆が待機するところへ移動し始める。最後にリムルの声が聞こえた。

 

「安心しろ、イフリートは俺が倒す」

 

 ここで死ぬなよ、色々計画が破綻するんだからな。

 ぼやけた意識の中で、伝わったかどうか分からない思念をリムルに送った。

 

 数分後、巨大な炎の柱が戦場に出現する。

 

「我が主……」

(は、安心しろよランガ。この程度でアイツは死なないさ)

「そ、そうなの? エミルスさん」

「リムルさんって、めっちゃすげぇでやすね……」

 

 別にアレは俺でもできる。

 というかアイツ、忘れっぽいところがあるから熱変動耐性があることを忘れている可能性があるが……さすがに、そんなヘマはしないだろ。

 数分後、避難してきた村の皆のところへ合流する。

 

「エミルス殿! よくぞご無事で」

「素晴らしい戦いぶりでした、エミルスさん!」

 

 リグルドとリグルの声が聞こえてくる。もうろうとしているせいで、『魔力感知』の視界がぼやけているから顔も分かんねぇけど。エレンが何か魔法を俺に施しているようだ。回復系か? 魔法陣に包まれると自覚していなかった疲れがじわじわと溶かされているようで、スッキリ感が身体を通り抜ける。涼しいな……。おかげで大分視界が戻ってきた。

 

「リムル様が!」

 

 誰かの声が聞こえてきたと同時に、炎の柱の中からリムルが姿を現す。どうやら、すでにチェックメイトのようだ。リムルが身体を広げ、イフリートを包み込む。抵抗することもできず、小さなリムルの身体の中に収まったようだ。

 

 勝利を確信した瞬間、住民達が歓喜の声を上げる。近くの者と抱き合い、喜びを分かちあっている。冒険者三人組も、俺の身体を持ち上げて自分達なりの喜びの舞を踊っている。俺を勝手に巻き込むなよ。

 

 かくして、事件はこうして終幕を迎えることとなった。

 

 暗雲が晴れ、火が沈静するとイフリートがいた所にシズが横たわっていた。

 

(ランガ、俺をリムルのところへ連れて行ってくれ)

「はい!」

「待て、俺たちも!」

(……コイツらもな)

 

 

 

 

 

 まだ無事だったテントにシズの身体が運び込まれ、冒険者三人組は待機。俺とリムルはシズが目覚めるまで待つことになった。ベッドの上で横たわっているシズはまるで死人のようだ。すでに一週間が経過している。もしかしたら、命を落とすその瞬間まで目覚めることは無いのかもしれない。

 その間、リムルは一言も話さなかった。俺は生まれて初めて空気の重みというものを味わった。

 

 奇跡は起きた。シズがゆっくりと目を開ける。そして、リムルを瞳に映すとぽつりと呟き始めた。

 

「スライムさん」

「ん?」

「……桃色のスライムさんも、そこにいるんだね」

(まぁな)

「ありがとう。私はまた大切な人を殺してしまうところだった……この手で」

 

 ……これ以上は無粋だ。

 

「どこに行くんだよ」

(アイツらに伝えてくる)

 

 そういう言い訳をして俺はテントから出た。最期の時は、二人で過ごすといい。リムルの運命の人。せめてリムルの中で幸せな夢を見ながら眠れ。

 テントから出る直前に、シズから呼び止められる。

 

「エミルスさん」

(……なんだ)

 

「ごめんなさい」

 

 謝罪の言葉を口にするシズと、俺の脳裏に浮かぶシンシヤの声が重なったような気がした。

 

 

 

 エミルスがいなくなった後、シズさんは俺にこれまでのことを語ってくれた。

 魔王に召喚され、イフリートに呪われたこと。友達を殺してしまったこと。魔王は自分を置いて城から消えたこと。勇者と戦って負けて、一緒に旅をしたこと。その人はどこかに行ってしまって、自分なりに人々を助けようとして英雄になったこと。数十年後、冒険者を引退してからイングラシア王国の学校の先生として異世界の子供達と過ごしていたこと。

 仮面を胸元で大事そうに抱えながら、これまでの生涯を懐かしむように教えてくれた。そして、寿命が残り少なくなりイフリートを抑え込めくなることを悟ると、シズは最後の旅に出る。自分をこの世界へ召喚した魔王を探すために。

 そして、あの冒険者三人組と出会い、俺達と出会ったんだ。

 

「ねぇスライムさん、名前は何ていうの?」

「俺はリムルって……」

「本当の、名前」

「あぁ、俺は悟。三上悟だよ」

「私は静江。井沢静江」

 

 シズ――静江さんは何かを悟ったように、深呼吸をした。

 

「悟さん。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

「いいよ、何でも言ってくれ」

 

 一呼吸の後、静かに呟いた。

 

「私を……食べて。私にかけられた呪い、食べてくれたみたいに……嬉しかった」

「静江さん……」

「この世界が嫌い……でも憎めない。まるであの男のよう……だからこの世界に取り込まれたく、ない……」

 

 静江さんは、俺の身体に手をのせた。

 

「最後の、お願い。私を君の中で眠らせてくれないかな?」

 

 それが、シズさんの願いなら。俺は叶えたい。

 

「……いいよ」

 

 俺が了承すると、彼女はよわよわしく笑顔を浮かべ涙を零す。

 

「男の名前は?」

「……レオン=クロムウェル」

 

 その言葉を口にした後、意識が薄れてきたのか断続的な言葉がシズさんの口から零れ落ちていく。俺は仮面を持った手にスライムの手を重ね、シズさんに聞こえるように祈りながら言葉を告げる。

 

「約束しよう! 三上悟……いや、リムル=テンペストの名において魔王レオン=クロムウェルに貴方の想いをぶつけてやるよ!」

 

 運命の人よ、安らかに眠れ。

 ――――俺の中で。

 

《ユニークスキル『捕食者』を使用しますか?》

 

 イエス。

 永遠に覚めることなく、幸せな夢を見られるように。

 

 こうして、シズさんの過酷な人生は幕を閉じた。

 彼女は最後、俺の言葉を聞いて安心したように笑っていた。まるで、この先の未来のことがすでに分かっているかのように、安心しきっていた。心残りなんて一つもないみたいだった。

 

 俺はその表情を忘れることはないだろう。

 もしかすると、不器用なアイツが根回しした影響なのかもしれない。

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