そうは言ったものの、どうするか。
(おい、本当に六人全員を相手にするつもりか?)
リムルから思念が入ってきた。
どうやら本気で心配しているようだが、オーガどもに負けると思われているのか? 確かに身体は弱体化しているが、経験や記憶はそのままだ。奴らに対して驕るつもりもない。
信じられないのなら、言葉ではなく行動で示してやる。黙ってそこで見ていろ、とリムルを睨みつけた。
「ナメられたものだ。真の勇気か、ただの蛮勇か。その度胸に敬意を払い、挑発に乗ってやろう。後悔するなよ」
相手は待ってくれるつもりはなく、まずリーダー格……つまりベニマルが斬りかかってくる。ただまだまだ隙が大きい。怒りに身を任せるだけでは、冷静に判断することはできない。最低限の動きで刀を躱すと無防備に晒された背中を蹴る。そのままバランスを崩し、地面に倒れた。
続いて、大柄の男……クロベエが大槌を振り下そうとする。コイツは確か戦闘職ではないよな? 戦闘に不慣れな事が分かる。振り下ろすまでが遅すぎるからな。一瞬だけ『威圧』を発動させて俺に意識を集中するその瞬間、鼻の先でパチンッと手を叩く。動きが一瞬止まった隙を狙い、血の腕を作って腹を殴った。俺の三倍は大きいクロベエが、吹っ飛ばされて木に直撃する。
「魔法が見えてんぞ」
妖術を使おうとして魔素を練っているのを『魔力感知』で認識する。360度視認できるのはやはり強い。血を糸のように細くして、彼女を木にくくりつける。ついでに口も縛っておく。魔法を行使するときはこの隙を何とかするために色々工夫するんだが、完全に戦闘職よりではないため致し方ないだろう。
「貰った!」
後ろからメイスで横薙ぎしようとするので、上にジャンプしてそのまま押し倒す。あんまり女性に手荒な真似するとオリジナルが怒るからな。お前も拘束させてもらう。手刀でメイスを落として抵抗できないようにすると、メイスを拾い上げて俺の眼前に迫る刃を叩き折る。
さすがはソウエイ。未来の暗殺者なだけはある、『魔力感知』が無かったら斬られてたな。メイスの勢いに任せ、ぐるりと回転するとソウエイの横腹を殴り飛ばした。想定よりも吹っ飛んでしまい、心の中で冷や汗を掻いた。さすがに今ので死ぬようなタマではねぇと思うが。
「んで、お二人さんは俺の動きを観察してどうだった?」
微動だにせずこちらの動きを観察していたハクロウと、片膝をつきながらも立ちあがったベニマル。正直ハクロウは、俺の手の内である『血液操作』と翼を見られてるから戦いづらいんだよな。まぁ、それはお互い様か。
「うむ……血液を操るとは、恐ろしいスキルじゃのう」
「弱点は分かってるんだろ?」
「血液は匂いが出る。おぬしが操作している時は無臭にしているようじゃが、どうしても発動時は僅かに嗅ぎ取ることができる」
「あぁ、その通りだ」
これが、『水操作』との最大の違い。
水は基本的に無臭だが、血液はその特性のために嗅覚が鋭いやつには後手になりやすい。その分、水より加工しやすいっていうメリットがある。
といっても、リムルはすでに『分子操作』にスキルを統合させているからデメリットを踏み倒しているだろう。
俺がハクロウと対話している中、ベニマルはただこちらを睨みつけるばかりで何も喋ろうとはしない。気乗りはしないが、話し合いの提案を俺から投げかける。
「お仲間四人が無力化されたわけだが、そろそろこちらの言い分を聞いてみる気になったか?」
「黙れ、邪悪な魔人め!」
怒り心頭で一蹴されてしまった。後から
話の途中で俺はメイスを落とす。そして後ろから斬りかかろうとしてくるハクロウの刃を間一髪で回避した。ハクロウの技は知っているつもりだ。目が見えなくなっても達人級の鬼だからな。この中じゃ誰よりも警戒していたよ。メイスなんて持ってたら動きが鈍くなる。
「まさか、外すとは思わなんだ」
避けたと思ったら、また距離を取られている。俺の血を警戒してのことだろう。ある一定の距離を保っていれば、発動が分かった時点で身構えることができるからな。
「若、どうかご慎重に」
「あぁ、こいつは絶対に殺す」
先程よりも鋭い殺気。ベニマルも理性を持って俺を殺しに来るつもりだ。
この二人の共闘は怖ろしいな、隙を見せたら一瞬で斬られそうだ。
ベニマルが先に攻撃を仕掛ける。血で剣を作ると、振りかざしてきた剣を受け止め鍔迫り合いに持ち込んだ。ハクロウが意識外から斬りかかってくるため、常に『魔力感知』を周囲数メートルに張り巡らせる。刀と剣が音と火花を散らす。ただ、二人の猛攻が激しくなってくると思考に身体が着いていかなくなる。魔王種として最初から存在していた俺は、弱体化された身体と脳で僅かにズレが発生している。そのズレを、この二人が見逃すはずはない。
――潮時だな。
隙を狙ったベニマルの刀が俺の胸を切り裂いた。服を貫通した肌から大量に血が溢れだし、身体がよろめいた。
「エミルス!」
その斬った感覚に、二人は勝利を確信しただろう。魔人も斬られると血が出る。二人はそう
「悪いな、初見殺しで」
大量に出血した血が、無数の針となって二人を貫くとは思いもしなかっただろう。防御する暇もなかった二人に血が突き刺さっていく。
その瞬間、俺の中の自尊心が雄叫びを上げた。リムルやその配下達がいなくたって、俺はこの世界を生きていける。
『多重結界』も『思考加速』も無い中、チートじみたスライムと対等にならなきゃならない。ほとんど『血液操作』と『魔力感知』、そして自前の戦闘センスで多種多様のスキルを操るオリジナルに喰らいついてんだ。最高の下剋上だろ。
呻き声をあげ、二人は地面に倒れ伏した。当然、身体をわざとよろめかせていた俺も重力に逆らえず後ろ向きに倒れる。
「おい! しっかりしろ!」
リムルが慌てて駆け寄ってくる。てかお前も騙されてるんじゃねぇよ、ついさっきまでスライムとして動いてたってのに。
戦闘の消耗で、喋る気も失せた俺は返答することなく二人の方を見やる。
あれほどの致命傷を食らっていて、まだベニマルが立ちあがろうとしている。お前は強いな、さすがはコクヨウを生み出すほどの理想の持ち主である。ふらふらと立ちあがってきたベニマルは掌をこちらに向けて、炎を生み出した。
「命に代えてでも、お前達を殺す……!」
――
俺とリムル目掛けて、大技を放ってくる。炎の渦が全身を包み込んでくる。ただ、炎攻撃無効を持っているため効くことは無い。
(エミルス、ちょっと待ってろよ)
は? 一体何をする気だ。
リムルが立ちあがり、炎の渦の中を毅然とした態度で歩く。やがて炎の渦が消えると、リムルは仮面を外して素顔を晒した。
「残念だったな、俺達に炎は効かないんだ。少し、本気を見せてやろう」
隠しもしない妖気の中で、リムルは手を掲げ『黒炎』を生み出した。ベニマルが出した炎よりも、全てを燃やし尽くそうとする純粋なリムルの力である。
更に、近くにあった大岩を『黒稲妻』……いや、統合により進化した『黒雷』で破壊する。消し炭一つすら残らない威力に、まだ目覚めている者達は呆然と眺めることしかできない。
「化け物か……」
ベニマルが呟く。
そうだな、こいつは可能性の化け物だよ。これから加速度的に成長していく未来の魔王。
「うちのエミルスが世話になったんだ。俺が相手をしてやるよ。まぁ、もうお前だけみたいだが」
「くっ! 同胞達の無念を晴らすため、必ずお前達に一矢報いる!」
……リムルの保護下に入っているみたいに見られそうで嫌な展開だな。起きて一言文句でも言ってやるべきか。そう悩んでいると、木にくくりつけているシュナがこちらをじっと見ていることに気づいた。血の糸を外してやると、シュナは必死にリムルとベニマルの間に割って入っていく。
「お待ちくださいお兄さま! この方達は敵ではないかもしれません!」
「馬鹿を言うな、そこをどけ!」
悲痛な巫女の叫びが、戦場の空気を一変させた。
ベニマルの瞳から燃え滾るような戦意が失われていくことに気づく。話し合いの雰囲気になりそうなので、ゆっくり上体を起こした。じっと彼等の会話を眺めていると、ランガとゴブタが傍に近寄ってきた。
「エミルス殿、ご無事でしたか?」
「はっ、
「よかったっす、オイラエミルスさんが死んじゃうんじゃないかって……」
何故か泣きそうになっているゴブタに、無意識に手が伸びる。泣いてるシンシヤを宥めるような、そんな暖かい感覚が身体の中に巡った。
誤解が解けたようで、回復薬を使って六人が元気になるとこちらに近寄ってきた。代表としてベニマルが膝をついて謝罪の意を表明する。
「申し訳ない、勘違いして襲い掛かってしまった。怪我を負わせてしまった俺が言うのもおこがましいが、どうか謝罪を受け入れて欲しい」
「別にいい、俺もお前達で技を試したくて戦ったみたいなもんだしな。お互い様だ。それに、俺もコイツと同じスライムだ。怪我なんてしてねぇよ」
誤解を解くために、スライムに戻ってランガの上に乗る。全員の驚いた表情に、気分が少し上がった。とはいえ、久々に本気で戦ったから疲れたな。とりあえず寝たい。
「まぁここで話すのもなんだし、ひとまず村に戻ろうか。お前達もこいよ」
「え、いいのか?」
「うん、色々事情も聞きたいしな」
いつの間にか始まった争いは終わりを告げた。一同は村に帰還することになる。
……ただ、鬼どもは戦闘で疲れた後だってのに質問攻めにするのは止めろ。リムルが宥めてくれたからいいものの、放置されていたらもみくちゃにされそうだった。
(ちなみに、エミルスには後で話があるから。宴会が終わったら俺のテントに来い)
(欠席していいか)
(村のリーダーとしての命令だ。お前に拒否権なんてないよ)
クソ、こういうときだけ権力を振りかざしてきやがって。
紆余曲折ありながら、俺とリムル達は全員五体満足で村に帰ることが出来たのだった。
日が暮れると、予告していた通り宴会が行われた。
何故か村の奴らに見守られながら、この世界での初めての食事を行うことになった。食事に飢えていたリムルは、あっという間に肉の虜となって飯を嗜んでいたがどうにも食が進まず、リムルに注目が集まっている隙を見てこの場から離脱した。
用意された食事を前にして、俺は素直に喜ぶことができない。この楽しい祭りの中に、アイツが――シンシヤがいないからだ。今ここにシンシヤがいたら、どんな顔をしていたのだろうか。食にもこの世界にも興味が無い俺が味わったところで何の意味もない。リムルとその配下達が楽しんでいる中、どうしてもこの虚無感を引き剥がすことができなかった。
「可愛い顔が台無しだぞ、エミルス」
「……何の用だ」
「全然飯が進んでないからちょっとな。お前にも色々事情があるかもしれないけど、今を楽しまないと損だぞ?」
ほら、食えと言わんばかりに目の前に肉串を差し出してくる。勢いに逆らうことが出来ずに串を掴んだ。肉汁が溢れ、湯気が昇っている。焼きたてだろうか。
リムルが食べるまで見つめ続けてこようとするため、観念して一口噛みちぎって咀嚼した。ほどよい温かさと口の中に広がる塩と肉の旨味。リムルが自慢げに塩の採取方法について語ってくる。そして、いつの間にか俺とリムルの周りにはたくさんのゴブリンと狼が集まってきていた。リムルが酔っ払いのように肩を組んできて、思わず弾き飛ばしてしまった。
確かに、食事は味覚を刺激する生の娯楽といっても過言ではない。今、俺が周りの騒音と共に味わっている肉は前の世界では食べたことがない。あっちはこんなに原始的な料理を提供することがないからな。
だからこそ、俺に自覚をもたらす。この世界は、本当に存在しているのだと。
「
「
宴会の隅の方で、森の不審な動きについての会議が行われていた。俺は会話に参加せず、木の陰から盗み聞きのような形で聞く。
仮面……そうだ、クレイマンか。解脱者であるモークシャンのイメージが強すぎて、魔王ってこと忘れてたな。アイツは傀儡の魔王を作りだそうとして、色々やってるんだっけか。
それを、規格外のリムルが計画を破綻させてしまうわけだ。だからクレイマンはリムルを目の敵にする。
アイツのやり方は、それなりに理解してる。俺のこれからの動き方によってクレイマンが俺をどう見るか、試してみて損は無いだろう。俺の本来の目的はオリジナルの追従などではなく、元の世界への帰還だ。
言うまでもないだろうが、リムルは