それから間もなく、リムルが目覚めてきた。
シオンの胸と膝の間で何やらご満悦なようだが、いったいこの状況の何がいいというのか。身動き一つとれないというのに。
リムルがベニマル・ソウエイ・ハクロウ・シオン・シュナ……五人の鬼人族の姿を感動と驚嘆を覚えつつも把握する。進化したばかりだというのにカイジンのところに入り浸っているクロベエもやってきたが、すでに職人魂が目覚めているようだ。さすが、俺が見込んだだけのことはある。
「その、とりあえず服を用意しよう!」
何かに危機感を抱いたリムルが、叫ぶように鬼人達へ発破をかける。そして、リムルはシオンに。俺はシュナに抱きかかえられながら、カイジン達のところへ移動した。ついでに、町の案内も行うようだ。俺としては、早急にこの場から離れたかったがシュナにがっちり抱きかかえられて逃げられそうにもない。
集会はそこでお開きとなった。
ここで一つ懸念がある。
もしここが過去の世界だと仮定すれば、イジスが動かないはずもない。俺が気づいていないだけで、イジスがすでに動いている可能性もある。俺は鏡面世界の住人だが、この世界では身体を持っている。魂によって記憶の保持がされるのかどうか、真偽は定かではない。
シュナがやってきたとなれば、シンシヤがいる可能性も念頭に置かねばならない。この世界で彼女に会いたくない。色々な面で。
だが……恐らく、心配することはないだろう。
カイジン達の指導のおかげで、村は順調に大きくなっている。ちらほらテントから木造の建物が増えつつある。直に俺とリムルのシェアテントも木造の建物になって、住民達の集会所代わりになるだろう。その時になったら、どこか隅の方に俺用のテントを作ってもらうよう頼む手筈だ。
ここからは、鬼人族が来たことでやってきた諸々を話していく。
まず、カイジン達と意気投合してクロベエが刀鍛冶として武器作りの没頭し始めたらしい。ユニークスキル『研究者』によって量産型の武器だけでなく、いずれは
次に、シュナがオーガの里で織姫と呼ばれるほど裁縫が得意だったらしく、俺達の毛皮の服が気に入らないらしいので直してくれるという話になった。確かに、シュナの服は毛皮の服とは手触りが違った。俺が着ていた服に近い。正直ゴワゴワしていて気分が良いとは言えなかったしありがたく受け取ろう。
シュナの裁縫の手捌きを見て、数人のゴブリナが見学に来ている。ガルムやシュナの指導の元、裁縫技術も住民達の中で浸透していき職業になっていくことだろう。俺の血の糸や、リムルの『粘鋼糸』も服の材料にできるらしく、実験サンプルとして手渡した。
ついでに、俺は前の服を元にしたデザインを提示した。赤と黒を基調にした着こなしやすいものだ。前は前線に立つことがあまりなかったが、これからはそうも言ってられないからな。
そうそう、ハクロウが来たことでゴブタの指導を任せることができた。ただ、ランガは引き続き俺が教えることになる。ゴブタもスキルに関しては俺に指導を頼みたいらしい。剣術に関しては俺も基礎から学び直すためにリムルと一緒にハクロウに教えを乞うことになった。
まぁ、何故かリムルが一緒なのは気になるところだが、寛大な心を持つ俺が百歩譲って許してやることにした。
「しかし、エミルス殿の技術は、ワシが教えずともすでに独自のものを会得しておると思いますがのぉ」
「確かに独学だが、それを使いこなすのは盤石な基礎がいる。だからお前に頼んでいるんだ」
「ほっほっほ、そう期待されてしまっては、応えぬわけにはいきますまい」
なお、ゴブタが僅か数日後に悲鳴を上げながら俺のとこに来たが、すぐにハクロウに付き返してやった。俺の指導で音を上げているようゴブタではやはりダメだったか。
ベニマルとソウエイについては、今のところ接触ができていない。特にソウエイには『影移動』や『分身体』などのスキルを盗みてぇところだが、ヤツは神出鬼没すぎて無理だ。呼べば出てきてくれるだろうがら、機会を見て伺おうと思う。
シオン? シオンは……リムルにつきっきりだからいい。俺としても、ヤツとはあまり関わるべきじゃないと思っている。毒見はしたくないしな。
ここまでは順調だった。
鬼人族どもも町のヤツらと馴染んでいるし、ゴブリンどもと無駄な争いはしていない。ここから数日が経過すると、鬼人族は各々の技術を持って町の発展に貢献するようになっていた。
ただ問題として一つ上がってきたのは、シュナに異様に好かれてしまったという点だ。シオンがリムルを可愛がるのは平常運転だが、まさか俺がシュナの着せ替え人形と化すのは予想がつかなかった。リムルがよく鏡の前で遊ばれてたから覚えていたが、まさか俺がその代わりになってしまうとは。
俺の意向に合わせた試作品ができたので着てほしいと言われ、シュナの縄張りに入ってしまったのが運の尽き。
「エミルス様! 次はぜひこれを……」
「まてシュナ、それ何着目だ。貴重な糸をあまり無駄にするなって」
「大丈夫です。どれも無駄にしないようにしておりますから。それよりエミルス様、貴方のお眼鏡にかなう服はありましたか?」
コイツまじかよ。
というかナチュラルに様呼びになっているし。コイツのリムルの忠誠心はどうなってやがる。動揺している間に次々と試着されていく手際の良さに、思わず惚れ惚れしてしまいそうになる。しかも、服の種類も充実している。黒と赤を基調としているのはもちろん、シュナのこだわりなのかシルエットが被らないようにデザインされてやがる。
「一回落ち着け、リムルの服や他のヤツらの服は?」
「もちろんご用意しておりますよ。ただ、エミルス様は細かいオーダーがなかったのでデザインを決めあぐねておりまして……それならば、色々作ってみてエミルス様が気に入ったものを本腰を入れて制作しようと思いまして!」
「……一応聞くけど、お前の主って誰だ?」
「もちろん、リムル様です! ただ、私はリムル様と同じくらいエミルス様もお慕いしております」
「あのなぁ……気まぐれであの時助けてやっただけでここまで尽くしてもらった方が気まずいっての」
俺が拒絶の意志を見せると、ようやくシュナの暴走が止まる。何やら悩んでいるような仕草を取り、ぽつりと言葉を述べた。
「いえ、それもありますが。……そうですね、エミルス様を見ていると孫を愛でたくなるような衝動に駆られるのです!」
「ま、まご?」
孫(まご)は、自分の子供の子供である。
いや、さすがにそれぐらいは知っている。まさか俺に言われるとは露程も思っていなかっただけだ。コイツは何を言っている。
その神経を疑ってしまうような言葉に絶句する。言葉も出ないとはこういうことだったらしい。だが、いったいシュナのどこを刺激すれば孫を愛でる気分に陥らせるというんだよ。……もしかして、俺がシュナの理想であるシンシヤの理想だからか? 友達の友達は他人理論はここでは通じねぇっての?
……まだ俺が知らない魔物の生態があるみたいだな。
俺が目視で気に入った服を一つ選ぶと、意気揚々に制作を開始しものの数時間で服を完成させて俺に手渡してきた。服って、そんなすぐに出来上がるものだったか?
次の日になるとカイジン達の使いから、ついに例のモノの試作品が出来上がったという報告が来た。鍛冶場を訪れると、汗を垂らしながら鉄鎚を振るうクロベエが見えた。アイツはものの数日でカイジン達の知識と技を吸収したらしい。おいおい、ユニークスキル持ちは上達の速さが目に見えて速いな。
それを見ていたカイジンが俺の到来に気づき近づいてくる。
「エミルスの旦那、ついに出来上がったぞ」
「思ったより早かったな」
「俺だけだったらもうちょいかかったかもしれねぇが、クロベエも頑張ってくれたからなぁ」
「オラがんばっただよ」
「あぁ、ありがとな」
クロベエが装飾された小さいガラス玉のネックレスを持ってくる。クロベエが言うには、ここに巨大化を施す魔法が刻印されているらしく、ガラス玉を取り外すことをトリガーに姿見鏡に変化するらしい。普段は装飾品として併用できるとか。
『鏡像者』が鏡の大小関係なくワープできるようになれば、もっと便利に使いこなせるだろうが。現状緊急脱出のためか他の場所に行った時にすぐに戻ってこれるようになる程度。しかも戻す手段が無いので使い捨て。まぁ、つまり保険だな。
いずれ更に研究することで、二重刻印を両立させて何度も使えるようにしたいと言っていた。
クロベエからガラス玉を受け取ると、さっそくガラス玉を装飾から取り外して地面に放つ。一種光り輝いた瞬間に姿見鏡が現れる。問題なく俺が通れるサイズだ。クロベエとカイジンがに頷いた。
「しかし、やはり旦那の姿が映りませんな……」
「大丈夫だ。ワープはこの状態でもできるからな」
鬼人族達が訪れてから、俺の性質が一つ明らかになったことがある。
それは【鏡に映らない】ことだ。きっかけはシュナが俺の服を試着させようと無理やり鏡の前に連れ出した時のこと。服だけが鏡に映っている状態を目にしたシュナは、そりゃもうびっくりして俺に問いかけてきた。
俺自身忘れていた性質で、あのヴェルドラが封印されていた洞窟で初めて水面を覗き込んだ時に気づいていた。誰にも話すつもりじゃなかったんだが、まぁいずれ誰かが気づくだろうとは思っていた。しかし、シュナが『思念伝達』でリムルに報告すると、ヤツはこう言ったのだ。
(あぁ、だからエミルスは水晶玉にも映らなかったのか)
アイツ、気づいていやがった。しかも勝手に俺の事を占っていたという。一言文句を言おうとしても『念話』だと遠くにいるヤツに届かない。だから、ひたすら思念を送り続けてなんとか届かないか試行錯誤してやると、久しぶりに"世界の言葉"が脳内に響いた。
《スキル『思念伝達』を獲得しました》
(おいリムル、誰が勝手に俺の事占っていいと言ったんだ)
(おわっ! びっくりした……いつの間に『思念伝達』を使えるようになったんだ?)
(ついさっきだ、お前に一言文句言ってやろうと念じ続けたら使えるようになった)
(どういう執念だよ……)
とまぁそんなことがあった。ただ、俺が鏡に映らないというのが俺が元々鏡の世界の住人だったからなのか、それとも別の要因があるのか分からない。ひとまず、今の俺にとって鏡は移動装置に過ぎない。
クロベエ達が用意してくれた鏡を使って、適当なところにワープしてみることになった。ただ、どこがいいだろう。俺がリムルに「ポータル用に色んな場所にデカい鏡を置いてくれ」と頼んだので、要望通り町の各地に鏡が置かれているはず。腹は減っていないが適当に最近出来た食事処にでも行ってみるか。
そう思い、『鏡像者』でポータルを作って食事処へ移動する。
そこで待っていたのは、シオンの手料理によってゴブタが毒殺された事件現場だった。
ステータス
名前:エミルス=アゲンスト
種族:スライム
加護:逆風の紋章
称号:"魔物達の試験官"
魔法:なし
技能:ユニークスキル『鏡像者』
(『大賢者』『捕食者』『変質者』)
スライム固有スキル『溶解,吸収,自己再生』
エクストラスキル『魔血変換』
エクストラスキル『魔力感知』
エクストラスキル『血液操作』
スキル『威圧』『念話』『思念伝達』
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効,熱攻撃無効
電流耐性
麻痺耐性