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敵の能力が分からない以上、常に最悪を想定して動く必要がある。作戦会議で決まった内容を町の魔物達に演説という形で伝えた後、撤退が決まった場合は
というわけで今回、戦場に連れていくメンバーは速さ重視だ。軍事部門で勉強してもらっていたベニマルを大将として
エミルスは俺と一緒に動いてもらおうと思っていたが、いつの間にか『影移動』や『分身体』を覚えていたらしい。自分で狼を呼べたりもするらしく、俺が指示せずとも勝手に判断して動くと自己申請してきたので許可した。念のため、
湿地帯まで移動する時間を考慮すると、会談は七日後ぐらいがいいだろうということになった。同盟の話が流れたら、すぐに撤退できるよう準備もしておく。悪いがこれは戦争なのだ。綺麗事は言っていられない。
同盟の話がうまくいくことを願うばかりだ。
俺達の武器はクロベエが、服と防具はシュナとガルムが用意してくれた。何故か俺とエミルスは複数の服が用意されたようだが、気にしないでおいた。
ゴブリンライダーの隊長はゴブタに決めた。エミルスやハクロウにきたえられていたし、ガビルに対してあそこまで圧倒していたのだから文句を言うやつもいないだろう。そういえば、クロベエに武器を頼むのを忘れていた。後で頼んでおくとしよう。
ゴブリンライダーの百名を選出し、カイジンに武具を頼んだ時にちょうどソウエイが帰ってきた。よし、次は着替えだ。
まず俺とエミルスが木造の部屋に入って着替えることになった。
俺の戦闘服は青のロングコートに、毛皮のマフラーだ。シュナが作ってくれた服の感触は極上のもので、どうやら
エミルスは深みのある赤のロングコートに、黒い毛皮のマフラー……って、俺の服と瓜二つじゃないか? 扉の外にいるシュナに聞いてみると「エミルス様が双子コーデを許可してくださいましたので、ついはりきっちゃいまして」と答えになっていない答えが帰ってきた。というか俺にも許可を取ってくれよ。エミルスは遠い目で文句の一つもなく着こなしていた。俺がシオンに振り回されている間に、随分シュナに振り回されていたらしい。
ちなみに、俺の服には『粘鋼糸』が、エミルスの服には『血糸』が織り込まれているようで耐寒耐熱効果が付与されている。『完全再生』まであるらしくて汚れ対策もバッチリである。ファンタジーと言えどもびっくりな性能だ。
俺とエミルスが外に出ると、待機していたシュナが満足そうに微笑んだ。
鬼人達もそれぞれ用意された服に着替えており、中々様になっている。シオンも俺が依頼した紫色のスーツに着替えていた。見た目だけなら、完璧な秘書みたいに見えるよ。見た目だけな。ドルドが用意した革と樹脂で作られた靴を履いてみると、こちらもまさに極上の感触である。エミルスも大層気に入ったようだ。顔に出していないが、雰囲気でなんとなく分かったのだ。
クロベエの制作小屋を訪れると、金属を叩く音が響いたと思ったら熱波がこちらに向かってきた。クロベエが俺たちに気付くと笑顔を浮かべる。制作した武器を自慢したいようだ。長時間の話だったので俺とエミルスはげんなりとしていたが、他の武人達はクロベエの話に聞き入っていた。
それぞれが手渡された武器を食い入るように眺めている。そして満足そうに装備した。エミルスでさえも口を挟めないのなら、俺が口を挟む隙なんてどこにもない。
鬼人達の武器が配布された後、次は俺の武器が手渡された。俺が提案した魔石を込めた武器は誠意研究中とのことで、この刀を俺の魔力に馴染ませてほしいらしい。魔石を入れた試作品も貰った。
最後に、エミルスの武器だが。これが予想外であった。クロベエは色んな武器種を出していく、剣、刀、槍、双剣、短刀、弓、etc……十種類以上はあったかと思う。しかもどの武器もどこかしらに紅色の装飾が施されていた。エミルスはそれらを全て胃袋に納めると満足そうに頷いた。
「エミルス殿の依頼が終わるか不安だったどもなんとかなったべ」
「俺は正直、間に合わないと思っていたんだがな……」
どうやらエミルスは、様々な戦闘スタイルを試してみたいらしく近中遠で対応できるように武器を沢山依頼したらしい。服だけでなく武器にも『血液』を混ぜたようで、どの武器もエミルスに合わせて形状や鋭さを変化することができるマジックアイテムのようだ。これにはクロベエに頭が上がらない。エミルスはこれがあった為に口を挟めなかったのだろう。
こうして、皆に武器が渡ったのである。
翌日になり、1週間分の食糧を用意して準備が整った。俺達は、決戦の舞台である湿地帯に向かって出発した。いざとなったら撤退する。今回は油断も隙もない。何故ならこれは戦争だからな。
二日が経過した時、明かりがなく薄暗い森を駆け抜けていると俺の後ろで狼に乗っていたエミルスが思念を送ってくる。
(リムル、今回俺は勝手に動く)
(分かった。もう一度言っておくけどもしオークロードと対峙した時に思念を送るからすぐ影移動で合流してこいよ)
(……あぁ)
エミルスは何か作戦があるようだった。
エミルスは狼の上に立ち、翼を広げて飛び立つと同時に狼がエミルスの影に入った。風を切るような音が聞こえたと思ったら、もう姿が見えなくなってしまった。
……死ぬなよ、エミルス。
適度に休憩をとりつつ、移動をはじめてから三日が経過した。機動力が高いソウエイとエミルスが、先行して動いている。そっちは休憩しなくても大丈夫なのかと『思念伝達』で聞いたら、心配は無用と即答された。ソウエイは相変わらずクールだが、同じ顔をしているはずのエミルスまでイケメンに見えてきた。
(リムル様、よろしいですか)
ソウエイから報告が入った。それと同時にエミルスとの思念の繋がりが切れたようだ。
恐らく、本格的に作戦が始まったらしい。健闘を祈りつつ俺はソウエイの報告を聞く準備をした。
◆
「よっしゃよっしゃ!いい感じになってきたでぇなぁゲルミュッド様ぁ!」
「うむ」
「計画の方順調に運んどるようやなぁ!」
それぞれが戦いに身を投じていく中、戦場から離れた森の中でガビルがオークジェネラルと対峙し始めた場面を見通す者達がいた。神の視点から、戦場の行く末を観察しているようだ。彼等の雇い主である魔王の依頼を順調にこなしている。これにはゲルミュッドも、戦いの前にガビルを唆したラプラスも満足気に頷くばかりだ。どちらも仮面をつけており、素顔は分からない。ラプラスに至ってはまるで道化師のような衣装で、戦場に似合わぬはしゃぎ様だった。
ゲルミュッドが持つ水晶玉には、戦場の様子がはっきりと映し出されている。雇い主が与えてくれた高価なマジックアイテムだった。
「我が子が森の覇権を手に入れるのも近いだろう、そうなれば我が野望も……」
「中々楽しそうな話をしていますね」
ゲルミュッドの話の途中で割り込んでくる者がいた。ラプラスが驚いて「誰や!」と叫ぶと、二人の目線の先に眩い光を帯びる女性が佇んでいた。緑の髪が蔓のように絡み合い、神話的な美しさがあった。
「私の名はノーヴィス、この森での悪巧みは見逃せません」
森の管理者たる
「まてまてまてまて!気早すぎやろ!」
「断罪のときです。罪を悔いて祈りなさい」
ラプラスの言葉もむなしく、ノーヴィスは精霊
「
上位精霊による詠唱、魔族と言えども無事ではいられない攻撃魔法に二人は慌てて防御を取ろうとする。
……しかし、その攻撃が二人に届くことはなかった。突如として赤い霧のようなものが放たれた攻撃魔法を包み込み、空中に霧散させてしまったのだ。
これには、ラプラスとゲルミュッドも、そしてノーヴィスも驚きを隠せなかった。
また現れた赤い霧はノーヴィスを包み込み彼女の姿を見えなくさせる。一体どうなっているんや、とラプラスが困惑の言葉を呟くと、第三者の言葉が届いた。
「ドライアドの気配を追っていけば、面白そうな状況にでくわしたみてぇだな」
ドライアドを包む赤い霧の奥から人影が現れる。妖気を僅かに感じ取れたことから、どうやら人間ではない。黒のローブを身にまとっており、男か女かすら分からない。フードを被って顔を隠したその存在に、二人は異様な気配を感じていた。
「アンタ、誰や……」
「俺か? 俺は……エミルスだ」
人間はフードを外す。その下から、血のように紅い瞳が二人の目を射抜いた。瞬間、目の前の人間から強大な妖気が溢れ出していく。
ドライアドよりも比にならない脅威を感じ取り、身体が震えそうになる。ラプラスはともかく、ゲルミュッドは瞬殺されかねない威圧感に、先程まで滞っていた思考が急速に回転し始める。
そして、ラプラスは感じ取っていた。目の前の人間を模した怪物から感じ取った気配。
(暴風竜ヴェルドラの気配やと!)
目の前の存在から、竜種が一体のヴェルドラの匂いを感知したのだ。その気配はあまりにも薄い。しかし、確かに存在しているという事実には変わりないのだ。暴風竜ヴェルドラは消滅したはずだが、感知した以上コイツが何らかの関わりを持っているのは明らかだった。
(今日は厄日やな、どないしよ。隙を見て逃げるか)
ラプラスはこっそり煙玉の準備を試みる。時間稼ぎとして、対話を図ろうと声を上げた。
「エミルスさんは、どうしてこないなところに?」
「決まってるだろ。強くなるためさ、ここにいるドライアドと……あと、今暴れてるオークロードも欲しいな」
「はっ!?」
驚きの声を上げたのはゲルミュッドだ。まずい事になった、暴風竜の関係者が計画をぶち壊そうとしている。なんとしても止めなければならない。しかし、勝てるかどうかすら怪しい。
「一旦こいつを喰っていいか?」
エミルスがドライアドを包んだ赤い霧に手を伸ばすと、その手に霧が収束していく。やがて全てを吸い尽くすと、そこにドライアドの姿は無かった。転移した気配もない。つまり、今目の前で森の管理者がコイツによって喰われたのだ。実力はハッタリではないらしい。
ドライアドが喰われてしまった時点で、
「お前達の目的は知らねぇが、雇い主のことはなんとなく分かるぜ。こんな面倒くさいことする魔王なんて一人しかいないからな」
立ち止まり、ラプラスの目を見て呟く。
「そう、確か魔王クレ……」
隙を見たゲルミュッドとラプラスが魔法弾で攻撃する。顔の中心、腕、足に次々と穴が空きそのまま崩れていく。自分達の雇い主を知られているならば、生かしておく理由はない。幸い、攻撃はそのまま通ってようだ。
「ふ、なんだ。警戒するほどでもなかったな」
ゲルミュッドが慢心する。だが、ラプラスは完全に妖気が消え去るまでじっと観察する。ヴェルドラの関係者が、この程度で絶命するのか疑わしいからだ。
(……おいおい、攻撃してきたってことは、覚悟はできてるんだろうな?)
数秒後、二人の頭の中に無邪気な声が響く。穴だらけになったはずのエミルスの身体は、赤い粘液のようなものが蠢いて穴を埋めていく。人の形を成すまで、十秒もかからなかった。なにもかも元通りになったエミルスを見て、思わず後ずさる。
「……こんな感じだったか、
精霊魔法であるはずのそれを、召喚せずに行使する。防御が間に合うはずもなく、無数の透明な刃がラプラスの両腕を、ゲルミュッドの右手を切り裂いた。ラプラスは事前に対抗魔法を貼っていたのにも関わらず、だ。このまま首を掻き切ることもできただろうに、それをしなかったのは手加減されていたからだろう。ゲルミュッドは痛みで叫びを上げる。ゲルミュッドの斬られたところから、ボトボトと血が零れ落ちる。失血死するのも時間の問題だろう。
「もし、何か計画があるっていうなら、協力してやってもいい。ついでに五月蠅いコイツとお前の腕も治してやるよ。……その代わり、俺の願い事を聞いてもらおうか」
「交渉のつもりなんか?」
「断ってもいいが、間違いなくコイツは死ぬしお前も五体満足じゃすまない。それにお前達の親玉を知っているんだ、計画の邪魔はしてほしくないだろ?」
突きつけられた選択肢に、ラプラスは思考を加速させる。このまま逃げたら、間違いなく魔王クレイマンの策謀が知れ渡る。かといってここで倒す判断をとっても、ドライアドの力を奪ったエミルスという存在の力は未知数だ。ラプラスが持つユニークスキル『未来視』の解析結果は、『詐欺師』が通用しないことを教えてくれる。二人の背後にいる『分身体』のエミルスが行動を逐一監視している上に、『詐欺師』に対抗しうるユニークスキルを獲得しているようだった。つまり戦うのであれば死すらも厭わない覚悟がいる。しかし、ラプラスはまだここで死ぬわけにはいかないのだ。
正体すら分からない以上、ここは敵対行動を取るのは得策ではないとラプラスは最終的に判断を下した。
「……わかったわかったわ! お話伺いましょか。逃げへんからゲルミュッド様を治したってくれ」
「あぁ、交渉成立だな」
まだ喚いているゲルミュッドに、エミルスは謎の薬をぶっかける。すると、欠損したはずの腕が生えてすぐに元通りになった。フルポーションも隠し持っていたならば、敵対した場合戦いが長期化していたかもしれない。
(こないな化け物、いつの間に生まれてたんや……)