「き、鬼人だと……!?」
ゲルミュッドが持つ水晶玉に映し出されたのは、配下にしたオークジェネラルの最期の視界だった。鬼人族や狼が突如として現れ、オークの軍勢を蹂躙し始めたのだ。しかし、それはすでに知らされていたことだ。
ついさっき協力体制を取った謎の存在によって、この計画は破綻することを事前に教えられていた。エミルスという存在を創り出した魔物の主の軍勢が、オークの軍勢を全て破壊し尽くすのだと。最初は信じていなかったが、この光景を見て全ては現実だということを強烈に思い知らされた。
すでに目的は達成していた。エミルスという存在をこちら側に引き入れた時点で、傀儡の魔王誕生の火種は手に入っている。しかし、ゲルミュッドの野望と食い違ってしまう。自らの命令で動く魔王ではなく、自分の雇い主の命令で動く魔王はいらないのである。ゲルミュッドは雇い主に対する忠誠心など欠片も無かったのだ。このままでは、這い上がるどころか雇い主に不要な存在として扱われてしまう。
その事を恐れたゲルミュッドは、ラプラスの忠告も聞かずに飛び出していく。ゲルミュッドを見限ったラプラスは仲間達に情報を伝えるべく森を離れた。そしてクレイマンに伝えるのだ。お前が相手をしようとしているのは、暴風竜ヴェルドラに戦いを挑むようなものかもしれないと。まぁ、今の彼がその事を真に受けるとは思えないのが、ラプラスの心を苦しくさせるのだ。
◆
トレントの集落の近くに移動すると、俺は『捕食者』の胃袋の中から彼女を取り出した。
俺が殺したように見せたノーヴィス……トレイニーだ。偽名は念のための保険。精神体の彼女なら俺の胃袋の中でも生存できると思っての提案だったが、上手くいったようだ。
「無茶をなさりますね、エミルス様」
「この無茶な提案に乗ったお前も中々だと思うがな、ノーヴィス」
「ふふ、そうでしたわね」
まさかあんなに上手くいくと思わなかったが、というか勝手にラプラスとかいう魔人が怯えていた気がする。俺の後ろにヴェルドラの影でも憑いていたか? なるほど、加護を貰っておいて正解だったな。
計画はこうだ、まず森を把握するトレイニーが暗躍する魔族達を見つけ出す。戦う前に、トレイニーが俺に報告してもらう。
トレイニーには本気で魔族を殺すための攻撃魔法を飛ばしてもらい、俺がそれを受け止める。俺が強者であることを演出するためのものだ。例え強者であろうと、底が知れない者に警戒する。トレイニーを喰ったように見せかけたのも演出だ。最初は逃げ出そうとしていたらしいが、クレイマンの名前を出せば驚くほど簡単に釣れた。アイツらが攻撃してきても、生き残れる自信があった。スライムの身体なら一割残ってたら『自己再生』で復活できるし、『魔血変換』で疑似的に『超速再生』を再現できる。これは単純に賭けだった。
協力を無理やり取り付けた後は、俺が考えた設定を教えた。俺はリムルが創り出した影武者で、制約によりリムルとその配下を殺すことができない。そしてリムルを上回ることも制限されている。普段は監視の中にいたが、今回のオークロードの騒動で前に出ることを許されていた。だから、リムルの意識が戦争に向いているうちに配下ではない強者を喰ってリムルに下剋上をしようと考えてドライアドを追っていた。
リムルを殺したいと考えていたのは事実だから、説得力はあったかと思う。リムルと俺だけが共通して暴風竜ヴェルドラの加護を持っているし理屈は通っているはずだ。当然、まだ半信半疑だろうが。
オークロードを食べたリムルは魔王種を獲得するだろう。それは魔王クレイマンの計画の障害になりえる存在だ。利害の一致で俺とクレイマンは互いを利用し合う関係になる。……こう考えると、あの時を思い出すな。
この一件で殺されたように見せかけるため、トレイニーは一旦トレントの集落の中で身を潜めてもらうことになる。いざというときのために、『擬態』を覚えてもらうかもしれない。トレイニーが生きていることを知るのは、俺とトレントの集落にいる者達だけだ。ただ、恐らくリムルも感づいている。妙なところでアイツ鋭いからな。
……さっきから、湿地帯の方で炎の轟音や雷鳴が鳴り響いている。鬼人どもがドンパチやっていることだろう。そろそろ呼び出しがかかりそうだし、森の中に戻るとしよう。
「エミルス様」
飛び立とうとする前に、トレイニーが俺に話しかけてくる。
「なんだ?」
「……どうか、お気をつけください」
「あぁ」
クレイマンの狡猾さとやり口は分かっているつもりだ。アイツと同じくらいの卑怯者と手を組んだことがあるからな。だから、どんな時も油断することはない。手を組んでしまった以上、森を守るためにやるべきことをするだけだ。空を飛んでいると、リムルから招集がかかった。
(オークロードの姿が見えた、戻ってこい)
(ふん、そうかよ)
(お前、何をやってたのか後で教えろよ)
(教えてやる義理はない)
こちら側から通信を一方的に切る。一旦地面に降りて、『影移動』でランガの影に潜りこむ。影から飛び出すと、横にいたゴブタが「うおっ!」と全身で驚きを表現した。
「エミルスさんっすか? 驚かせないでくれっす……」
「驚かすつもりはなかったからな」
「エミルス殿、我が主はあそこに」
あぁ……って、お前なんか進化してるな。ついに
ちなみに、魔族どもには怪しまれないためにリムルや配下の近くでは遠慮なくお前達に攻撃したり敵意を見せるため、死んでも文句を言うなと言っておいてある。それでも前に出てくるということは、余程の馬鹿か死にたがりか。
俺の分のオークは一匹も残されていないらしい。鬼人どもがはりきってお掃除したようだ。
「リムル、オークロードは?」
「あそこだ」
リムルが指さした方向を見ると、オークジェネラル二体を従えた体格の大きい存在を捉えた。その姿は、あまりに禍々しく醜悪さを隠そうとしない。リムルの配下達も存在を感じ取ったらしく、全員がオークロードを視界に捉えた。微動だにしないオークロードを前に、全員が警戒態勢をとる。
リムルが抗魔の仮面を被り、引導を渡そうと動こうとした瞬間だった。『魔力感知』が遠方から飛来してくる人物を感知する。しかも見覚えがある魔力だ。
大きな音を立てて地面に激突する。砂埃と衝撃音が戦場の空気を一変させた。砂埃から現れたのは、ペストマスクをつけた男。
さっき出会ったばっかのゲルミュッドであった。
「どういうことだ!俺の計画を台無しにしやがって!」
と、俺の方を指差して怒鳴ってきた。おいおい、せっかく身体を治してやったというのに逆上かよ。これ以上喋らせると面倒な事になりそうだ。殺そうと魔力を込めると、ベニマルが声を荒らげた。
「貴様か、俺達の里にオークをけしかけたのは」
「このゲルミュッド様の計画に乗らなかった方が悪いんだ! 駒にならない愚図共は処分するに限るからな」
「それだけの理由で……」
「私達の村を……」
鬼人達の地雷を見事に踏んでいくゲルミュッド。それ以外にも、名付けをしたガビルにさっさとオークロードの糧となれだの、オークロードにさっさとトカゲやゴミを食えだの喚き散らかしている。ガビルは信じていたゲルミュッドからの裏切りに茫然自失の状態だ。
ゲルミュッドはチラチラと俺を見ているようだが、今ここで助太刀すると本気で思っているのか? というかそこまで気にされるとリムルや他の配下達に気づかれるから殺そうかな。
俺が殺す気で魔力を練ったことに気づいたゲルミュッドは、自己防衛と野望のためにガビルに魔力弾を放った。ガビルを慕う部下達が肉壁となり、その魔力弾をまともに食らう。どうやら死んではないようだが、重症のようだ。重症でもなお、ガビルの安否を気にかけるとは中々の忠誠心だな。
ガビルはゲルミュッドにどうしてと泣き叫びながら訴える。だが、自身の欲望を最優先にするゲルミュッドは自身の必殺技を発動しようとする。ガビルは逃げる様子はなく、ただ重症の部下を庇うように前へ。
ゲルミュッドの頭上に、無数の魔法弾が現れる。
「
全ての魔法弾が、ガビルを殺すために放たれる。
「まずい!」
事態の深刻さを悟ったリムルはガビル達の前に飛び出し、『捕食者』でデスマーチダンスを全て受け切る。まぁ、俺がゲルミュッドを圧倒できるのなら、リムルだって容易に受け止めきれるだろう。
「クソッ!……お前の、お前のせいだ!」
半ば狂乱しながら、俺の方に再度必殺技を放とうとする。さっき回復してやったおかげが随分と元気なようだ。先程よりも大量の魔法弾を生み出している。怒りのせいで自身のリミッターを外しているようだ、面白い。
俺もちょうど暴れたりなかったところだ。奴の動きを真似るように、『血液操作』で無数の弾を形成する。
「
「
この技は前の世界で俺が使っていた技だ。『血液操作』で容易に再現することができた。
無数の弾が相殺し合い、戦場を赤く染める。しかし、練度も魔力も俺の方が勝っている。魔法弾で相殺しきれなくなった血液弾がゲルミュッドの身体を容赦なく貫いていく。
リムルも殴りたいようで、倒れることを許さず『粘鋼糸』で身体を拘束した。
「ま、まて! お前も仲間にしてやろう、だから」
ゲルミュッド思いどおりになるわけがなく、リムルはありったけの力を込めて腹を拳で殴った。
情けない悲鳴を上げてゲルミュッドが吹き飛ばされる。憐れすぎて思わず笑ってしまう程だった。しかし黒幕に対して鬼人達の怒りをぶつけられる機会が無いのは残念に思う。コイツはあまりにも脆い。
もしかしたら、いつか俺と戦うことになるかもしれないけどな。
「貴様ら終わるぞ! あのお方がお前達をゆるさんぞ!」
「そのお方のこと、詳しく聞かせてくれよ」
じりじりとリムルが歩み寄る。ゲルミュッドは地面に這いつくばりながら後ろへ移動する。完全に恐慌状態に陥っているようだ。
「おい、オークロード! 俺を助けろ!」
「腹が減った……」
自分では無理だと悟ったようで、オークロードに縋り付く。名づけ親がみっともない姿になっているが、オークロードはゲルミュッドを鈍く見つめるだけだ。
「俺を助けろオークロード、いや……ゲルドよ!」
名前を呼ばれた瞬間、僅かにオークロードの目が見開かれる。ゲルミュッドが文句をぶつぶつ言っている間に、右手に持っていた武器を握りしめ、動き出した。その瞬間、ゲルミュッドは勝利を確信したようで高笑いを始める。
いや、これは様子が違うな。
「コイツの強さを思い知るがいい! やれゲルド、この俺に歯向かったことを後悔させ……」
言葉は続かなかった。代わりに、地面にゲルミュッドの頭が転がった。オークロードがゲルミュッドの首を刎ねた。魔王になれというゲルミュッドの願いを遂行するために。
地面に血が染み込んでいくのをもったいないと思ってしまうのは、俺が狂っているのかもな。まぁ、その血肉は全て、現在オークロードが喰らい尽くしていっているが。
オークロードを禍々しい妖気が包み込んでいく。どうやら進化を始めたようだ。濁っていた目が生気を取り戻し始める、悪食によって暴走していた力が魔王種を獲得したことによって制御できるようになったらしい。面倒な事になった。
……まぁ、知っていたが。
「オークディザスター……魔王ゲルド。放置するわけにはいかないよな」
リムルが焦りを滲ませた言葉を呟いたと同時に、新たな魔王候補が咆哮する。
「俺は