◇
余裕こいてしまったら、
「リムル様、エミルス殿。ここは俺たちが」
ベニマルの声を合図として鬼人達が続々と攻撃を仕掛ける。シオンの豪快な薙ぎ払い、ハクロウの繊細な一閃、ソウエイの糸による拘束、からのベニマルの
これで倒し切れたと思っていたんだが、砂埃の中からまだゲルドが立っているのが見えた。
……なんてやつだ、
俺は思わず呟いていた。空中から戦場を観察していたエミルスもその表情に焦りを滲ませていた。最強の配下五人が全員で挑んでもこの有様だ。俺とエミルスが連携しても勝てるかどうか……
「もっと、もっとだ! もっと大量に……喰わせろ!」
『飢餓者』の効果の一部である腐食を組み込んだ魔法弾が俺達の頭上に現れる。ゲルミュッドよりも格段に魔力が込められていて、当たったら鬼人達でさえもひとたまりもないだろう。
『捕食者』で魔力弾を全て喰らい尽くす。ランガやゴブタの方にも何弾か行ったようだが、エミルスが同じく喰って守ってくれたようだ。俺は鬼人達を下がらせ、エミルスに守護をお願いした。まだやれると言いたげだったが、これ以上お前達に任せっきりじゃ当主として情けないだろ。
それに、今ものすごくワクワクしているんだ。『捕食者』の影響かもしれない。本能が告げている。この戦いに勝った者が、次の段階へと至ることができると。
「あとは俺に任せろ」
魔物から得た力は、未だ全貌を使いこなすことはできない。俺の練度が足りないからだ。だから、鬼人達の方がスキルを使いこなせていたりする。じゃあどうするべきか。俺のスキルを上手く使いこなせるのは、俺よりもこいつの方が出来るだろう。
――大賢者、さっさと敵を打ち倒せ!
《了。
◆
鬼人達やランガとゴブタ達を護るために地上へ降りて、リムルとゲルドの戦いを見守る。いつもの動きと違う、アレは別の存在が奴の身体を動かしている。恐らく『大賢者』だ。俺のスキルは出来るのか気になりはしたが、まともに会話が出来ないのに、俺以上にスキルを扱えるかどうか分からないからやめておいた。
『黒炎』を剣に付与してゲルドの腕を切り落とす。すぐにゲルドは腕を根元からちぎって回復を行う。続いて、リムルはゲルドの足元に『麻痺吐息』を放って動きを鈍らせてから全身を『粘鋼糸』で拘束した後、『黒炎』と『黒雷』を糸を伝って全身に浴びせる。おいおい、大盤振る舞いだな。
隙を見たゲルドは魔力弾を全方向から浴びせようとするが、すべて『捕食者』によって喰らい尽くされる。大柄な身体に見合わず素早くリムルの元に近づくと、リムルの身体を掴みあげて拘束することに成功する。
リムルは自分の身体ごとフレアサークルで焼き尽くそうとするが、ゲルドはすでに炎耐性を獲得しているようだった。勝利を確信したゲルドは高笑いを響かせた。
どうやら、ゲルミュッドの悪いところまで模倣しちまったらしい。
次の瞬間、リムルがスライムの姿に変化してオークディザスターの身体を侵蝕し始める。どうやらリムルが喰うかゲルドが喰うかの戦いが始まったらしい。
『捕食者』と『飢餓者』、喰らうことに特化しているのは果たしてどちらの方だろうか。まぁ、言うまでもないだろう。リムルの配下達も固唾を飲んで行く末を見守っている。ゲルドの身体から度々煙が上がり、溶かされているのが分かる。数分も経たずに勝敗が決する。
かと、思われた。
「グ……ッ、
様子がおかしいと気づいたのは、ゲルドがスキルを発動して自身の身体をリムルごと喰らい始めた時だ。そんな事をすれば、自滅するようなものだと思うのに。
ゲルドのスキルが喰ったところは、一瞬で再生されてリムルの身体が消耗する。間髪入れずにゲルドは自傷を繰り返し続け、ゲルドの身体を覆いつくさんとしていたリムルの身体は戦い始めた時よりも少なくなっているようだ。
おかしい、『捕食者』は確かにスキルの格だと『飢餓者』よりも上のはず…………まさか。
思い当ってしまった節がある。俺がいることによって変化したことは、ゲルドではなくゲルミュッドの方だろう。
もし俺がゲルミュッドに使ったフルポーションの効能をゲルドが解析していて、圧倒的な回復能力を会得していたとしたら。そうだとしたらリムルはそれに気づいているのか? いや、あの様子だと気づいていないかもしれない。ゲルミュッドを虐めたのがここで効いてくるとは。
じゃあどうする? リムルもフルポーションを持っているからなんとかなるかもしれないが、このまま互いに消耗していって今後に影響が及ぶとは限らない。ゲルドがリムルの身体の中にあるフルポーションの存在に気づいてそれを利用している可能性も考えられるだろう。
『捕食者』が、リムルが負ける? ありえねぇ、こんなところで終わるようなオリジナルがいていいはずないだろう。
「クソッ」
配下達も様子がおかしいことに気づいたようで、周りが騒然とし始める。だが、攻撃するとリムルを巻き込む可能性があり手を出せない状況。隙を見て斬ることは出来そうだが、焼け石に水だろう。リムルもここで『捕食者』の動きを止めた場合喰われる可能性があり、下手に動けない。
なにか、何か手はないか。考えろ、仮にも俺はアイツの鏡像体。この状況を打破する方法を探せ。考えれば考える程状況が不利になっていく。
癪だが、俺は自身のスキルに話しかける。
大賢者、リムルを助ける方法はあるか!?
《是》
あるらしい。即答だった。
方法を教えろよ大賢者! そう思っても返事は帰ってこない。
可能性があるのは『鏡像者』か? 解析が無い以上コイツの権能の全容を把握しきれていない。だが、考える余裕がねぇ。ここは一か八かでかけるしかない。
――鏡世鏡! 俺の魔素をリムルに送れ!
エミルスが咄嗟に発動したその権能――実像同化は、奇しくも未来でシンシヤが習得するユニークスキル『
◇
オークディザスターの脅威的な回復能力。そしてゲルミュッドから受け継いだであろう回復魔法の効果によって思いのほか拮抗していた。耐久戦に持ち込まれると、他のオーク達が命を投げ打って回復されてしまう恐れがある。俺の『捕食者』による消化の痛みに耐性が付き、痛覚無効を獲得したようだ。今はなんとか俺が抑えているが、このままだと捕食無効という最悪の耐性を会得してしまう可能性がある。かといって、動きを止めたら俺が喰われる。……最悪の場合、ベニマル達やエミルスに俺ごと殺してもらわないといけないかもしれない。まだここで死ぬわけにはいかない。
互いの意地と意地がぶつかり合う中、突然『大賢者』が俺に告げてくる。
《告。個体名:エミルスの『鏡像者』により、マスターの『捕食者』が強化されました。同時に、魔素も供給されているようです》
なんだって?
俺の脳が処理する前に、無意識に封じ込めていた枷を解き放ったかのような感覚が全身に染み渡っていく。今ならスライムの身体をもっと広げられる。スキルの発動により消耗していた魔素も戦闘する前の量まで戻ってきたようだ。
契約通り俺のピンチを助けてくれたらしい。エミルスが手伝ってくれるというなら、その期待に応えなければならない。
――
俺の呼びかけに応えるように、抵抗するオークディザスターの身体をスライムの身体で覆い尽くしていく。勝敗の天秤は俺の方へと傾き始めた。もうすぐ夜が明ける。
このまま喰らい尽くしてやる。そう思って捕食に集中していると、焦燥に駆られたゲルドの思念が伝わってきた。
――俺は他の魔物を食った。ゲルミュッド様も食った。同胞すら食った。同胞は飢えている。俺は負けるわけにはいかない。俺が死んだら、同胞が罪を背負う。俺は罪深くともよい。皆が飢えることのないように、俺がこの世の飢えを引き受けるのだ。
――それでも、お前は死ぬ。だが安心しろ。俺が、お前の罪も全て喰ってやるから。お前だけじゃなく、お前の同胞全ての罪も喰ってやるよ。
――フッ お前は欲張りだ。
そうだな、俺は欲張りだよ。
俺の『思念伝達』のスキルが、ゲルドに最期の景色を見せる。誰も飢えることがない、豊かな土地に暮らすその景色を。ゲルドの魂はその景色に圧倒され、ついに膝をついた。
強欲なものよ、俺の罪を喰らう者よ。感謝する。俺の飢えは今――――満たされた。
俺の中で、魔王ゲルド……『
王がいなくなったことで、オークの侵攻はこの時点を持って終了した。長い長い夜がついに明けたのだ。
『捕食者』のスキルを解いて地面へ降り立つ。今まであった全能感が消失し、体内の魔素がごっそり消えた。俺の後ろから、配下達とリザードマンの歓声が響く。振り返ると、ふらついていたエミルスの身体を慌てて支えるランガとゴブタの姿がそこにあった。咄嗟の判断だったようで、後始末を何も考えていなかったらしい。危ない状況を助けてもらったし後でお礼を言わないと。
オークロードが倒されたことで、鬼人達の契約も終わった。激戦の後の戦場を眺めながら、俺は鬼人達にねぎらいの言葉を送り解放する。
「リムル様、お願いがございます」
「なんだ?」
「何卒我らの忠誠をお受け取りください。我ら、これからもリムル様にお仕えいたします」
鬼人達が口々に感謝の言葉を俺に送る。これからも俺のところで働いてくれるというのなら、頼もしい限りだった。町の発展には欠かせない逸材であったので心底ホッとしたのは内緒である。
結局今回の戦争の裏で糸を引いている存在を見つけられなかったのが未来の不安要素だった。エミルスは何か知っているかもしれないが、アイツの事だから何も話してくれなさそうだな。
まずは、俺の一番苦手な仕事である後処理から始めるとしよう。正式な配下となった鬼人達と共に、みんなのところへ合流するのだった。
―――――
「ゲルミュッド……余計な野望を抱かなければ死なずにすんだものを」
「それを焚き付けたんはお前やけどな」
「フッ、そうだったか」
豪華な部屋で寛ぐように座る男が一人。そして壁側の長椅子で楽しげに笑う仮面の男が一人。
ゲルミュッドの視点を映し出した水晶玉は、最早何も映し出すことはない。だが、彼等には確かな収穫があった。
目先の報酬は手に入らなかったが、次点として火種を見つけることに成功したのだから。今回の計画の首謀者、魔王クレイマンは僅かに口角を上げた。
「君の報告してくれたエミルスという存在だったか、中々興味深い人材のようだ」
ワイングラスを高くかかげ、夜空の星をワイン越しに眺める。余裕の笑みを称えるクレイマンとは真逆に、ラプラスは仮面の奥で目を細め笑みが消え去った。
「けど、正直共闘はともかく手駒にするんは難しいんとちゃうか? お前の存在にも気づいとるようやし、何しろ暴風竜ヴェルドラと繋がりがあるっぽいしなぁ」
ヴェルドラの関係者も中々特殊だが、そもそもエミルスという存在。ヤツの言葉を素直に信じるとしたら生まれも特殊だ。協力させるにはあのリムルという存在と配下を消さないと動かせない上に、現状クレイマンの存在がバレている以上優位はあちら側にある。とはいえ、考えるとラプラスとエミルス一対一でも勝算はあったように思える。ゲルミュッドの存在と、向こうに隙が無かったという二重苦で判断が鈍ってしまっていた。今から動こうにも、すでにエミルスはリムルの下にいるため下手に動けばクレイマンとリムルの全面戦争になりかねないだろう。あの場で殺しておくのが最適解だったといえる。
エミルスが提示してきた協力の条件は2つ。エミルスを生み出した存在である魔物の主リムルとその配下達の抹消。そしてもう1つの条件。それは過去から現在までの召喚者の情報を教えることだ。
(なんやきなくさいねんな、無知ゆえに魔王だから知ってると思っての条件か。それとも……)
ラプラスはそこで考えるのを止めた。エミルスがそこまで知っているのなら、わざわざクレイマンに話を通す意味はないのだから。
クレイマンはラプラスの苦悩を知らぬまま、先の未来を想像して口角を上げた。
「私に考えがある。彼を手駒にするための計画がね」
まずは、お手並み拝見といこう。スライム風情がどこまでやれるのか。クレイマンは早速思考を巡らせる。リムル=テンペストという存在を消し去るための計画は、動き始めたばかりだった。