25話 国への道のり
「リムル様からゲルドの名を賜り、
シュナが自然と目を覚ましてテントからいなくなり、それから数時間が経過した頃。一足先にランガに連れられてゲルドが俺のテントにやってきた。どうやら俺に挨拶をしたかったらしい。前の世界ではここまで暑苦しいやつだとは知らなかったけど、ここまでなのか。忠誠心もあるようで、俺が一言話さない限り顔を上げそうにない。思ったより重症だ。
「……鬼人どもから教わらなかったか? 俺に忠義は尽くすなと」
「そのようにおっしゃられましても、我々
あのソウエイを超える頑固者だったので仕方なく許すことにした。適当に言葉をかけてやると、ゲルドはようやく顔を上げ覚悟を含んだ眼差しをこちらに向ける。ははっ!、と力強く言葉を発してようやく俺のテントを後にした。なんだかこの一瞬でどっと疲れたような感覚だ。
「ランガもありがとな、色々と」
「はっ!」
ランガに労いの言葉をかけると、尻尾を振りそうになるのを堪えて頭を垂れた。テンペストスターウルフになった影響で更に体格がデカくなったらしい。ここで尻尾を振り回されちゃ大惨事になりかねないからな。
「湿地帯に戻るんだろ、俺もついでに連れて行ってくれねぇか?」
「もちろんです」
とてもめんどくさいが、帰る前に頼まれていたことを終わらせなければならない。副盟主として、町の者共に状況を報告する。初仕事というわけだ。丁重にお断りしたかった訳だが、リムルにそれを伝えた瞬間不気味な笑みを浮かべてこう言い放ったのだ。
「じゃあ、オークロードの戦いの間どこで何をしていたのか教えてくれるなら考えてやるよ」
やはり知られていたらしい。ついでに、トレイニーさんとどんな計画を練っていたのかも指摘され、半ば脅しのような形で仕事をしなければならなくなった。ステークホルダーという関係は、だいぶ形骸化している。
俺はシュナやランガに声を掛けて皆を集めてもらい、リムル達の結果を報告する。
「リムルは森の管理者ドライアドの承認により、ジュラの森大同盟の盟主となった。ここは、森に住む魔物達の安住の地となり大きく発展していくことだろう。お前達は新しく住む魔物達を迎え入れる準備をしておけ」
「はいっ!」
俺の演説により、魔物達が歓喜の声を上げる。リグルドとリグルは歓喜のあまり大粒の涙が零れ落ち、カイジン達も「こりゃ忙しくなるな」と肩を鳴らし、シュナは手を叩いて喜んでいる。クロベエは手を振って「おら頑張るだよ」と声を張り上げてアピールしてくる。他の魔物たちもリムル様、エミルス殿とそこかしこから名前を呼んでいる。
リムルは名付けという地獄の真っ只中だからここにいねぇけどな。まぁ、クレイマンを騙すためにもこの役割は好都合だと割り切るしかない。
「じゃ、俺はリムルのところに戻る。リグルド、シュナ。指揮を頼む」
「お任せあれ!」
「はい、お祝いの衣装もご用意致しますね」
「それはいい」
シュナの妄言を止め、俺は村の入口で待っていたランガに跨りゲルドと共に再度沼地へと出発した。その間、『影移動』に慣れてもらうために多少無茶をしてゲルドを虐めたりしたが、ヤツは嫌うどころかむしろ「指導してくださり感無量です!」と泣き出しそうになった。リムルの配下はMの気質があるのではないかと思う。
なんやかんやあって沼地に辿り着くと、案の定リムルはまだ呪詛を唱えるかのように淡々と名付けを行っていた。ランガは着いた途端リムルの影の中に入る。俺は血液で椅子を作り出して座り、減り続けているリムルの魔素を仕方なく『鏡像者』で足してやった。異変に気づいたのか、名付けの動きを止めてリムルがこちらを振り返る。
「……俺に魔素を供給するより、2人がかりの方が早く終わると思うんだけど」
「配下は作らないと何度も言っているだろ。手伝いに来ただけ感謝してくれよ」
「まぁいいけど、邪魔はするなよ」
短い会話を終わらせると、リムルは再度名付けに戻った。列の奥を見ると未だ最後尾が霧に隠れて見えない。二日経ってもこれだから心を無にしないとやってられないだろう。このまま戻ってもリムルの代わりに指揮しないといけなくなる可能性があるので、終わるまで待つことにした。……万が一クレイマンの奴らが仕掛けようとする可能性もあるから合理的な行動だと思う。杞憂だとは思うが。
ちなみに鬼人どもはオークの食料をトレントの集落に取りに行ったらしい。
「そういえば、お前なんか雰囲気変わった?」
「は?」
「……いや、気のせいか」
予想通り、杞憂だったために残り一週間は気が遠くなるような日々が続いた。途中ベニマル達がやってきて、正式にリムルの配下となった事を伝えられた。先の展開を知っていた俺にとっては、予想外でもなんでもない。ただ、感謝の印としてシオンがクッキーを渡してこようとしたのを丁重にお断りした。
続いて、トライアが乾魔実を持ってきた。なんでもこれが食料問題を解決しうる代物らしく、よく見てみれば魔素が濃密に詰まっていることに気づいた。これを食べれば一週間以上休憩無しに活動できるというらしいから驚いた。リムルに食べさせてやると確かに効率は上がったが、増えた魔素があっという間に名付けで消えていった。
それ以外に面白い事は無く最後の一人を名付け終えた頃にはすっかり夜になってリムルは地面に突っ伏すことになった。
幸い、リムルは低位活動状態にはならなかったが魔素が25%を切っていた。ギリギリだったな。
「や、やり遂げたぞ……」
「あぁ、よくやった」
名付けを終わったオークどもはハイオークへと進化した。『飢餓者』の支配下だった時よりは戦闘能力は低いが、それでも十分な脅威ではある強さだ。15万のハイオークはそれぞれ配属された場所へと散っていく。10日間の間に食料分配も終わっていたようだった。
満身創痍なリムルを掴みあげ、ランガを呼び出すとリザードマンの首領に会うために住処へ行った。他種族を見下していたリザードマンの兵士も毒気を抜かれたようで俺の顔を見るなり入口を開けた。もしかしたらガビルが特別驕っていただけかもしれない。
再びリザードマンの首領の間に入ると、首領は立ち上がり礼儀正しくお辞儀して出迎えた。俺の腕の中に収まっていたリムルも、分かりづらいお辞儀をして挨拶を交わす。
「慌ただしくてゆっくり挨拶もできなかったですけど、今後もよろしくお願いしますね。首領殿」
「これはこれはリムル様、首領などと堅苦しく呼ぶのはやめてくだされ。緊張してしまいますぞ」
「そうだ、首領はガビルの親父さんだと聞きましたしアビルと名乗ってみませんか?」
コイツ考え無しに名付けをポンポンしすぎだろ。リムルにアビルと名付けされた首領はその慈悲深い心に感謝の意を示した。挨拶次いでに名付けされたアビルに別れを告げながら、俺達はランガの背に乗って再びリムルの配下の町へと帰還する。
リムルが帰還した途端、俺が帰還した時よりも大きな歓声を上げて主の帰還を喜んだ。俺の指令通り、新しい住人の寝床作りが始まっている。
休憩を取っている間にハイオークを送り届けていた鬼人達やゴブリンライダーが続々と帰還してきた。皆今回の戦いで顔付きが変わったようだ。シオンは相変わらずで、リムルを見つけるやいなや抱きついて文字通り手中に収めていた。
ハイオーク達が1ヶ月経たずに町へやってきた。ゴブリン達やカイジン達の指導の元、生活の基盤である住居の建築が急速に進められた。
その際、俺とリムルは自分達の家を持つことを提案された。リムルは庵という心安らかに寛げる場所を建ててほしいとお願いした。正直、家を建てることは考えていなかったが、これから先どのくらいこの町で過ごすかどうか分からないしそうも言ってられないだろう。冗談交じりで頑丈で豪華な家を建ててほしいと言った。アイツらは真に受けて要望通りに立てそうだが、そうなったら訓練場にでもするつもりだ。
リムルが自慢げに言っていたゼネコンがなんなのか知らないが、リムルは前世の知恵をフル活用してインフラ整備を始める。町というのは名ばかりではない。家が建てられ、畑が出来て、水道が通れば自給自足の町づくりも夢じゃないだろう。
さて、面倒事に巻き込まれないように俺は自分の目的のために動くことにした。つまり、情報収集だ。『思念伝達』でランガに呼びかけると、すぐに返事が届いた。
(ランガ、いるか?)
(は、なんでしょう)
(ちょっと今から野暮用でブルムンド王国に行く)
(……今なんと?)
ブルムンド王国。冒険者3人組を派遣してきたあの国だ。リムルが言うには、武装国家ドワルゴンを北側とすると西側に存在する小国らしい。ヤツが帰ってきたときに地理を聞いておいてよかった。まずはあそこにいって、身分証明のため冒険者になるつもりだ。
ランガは驚きつつも、それならばぜひと自分の分身であるスターリーダーを召喚してくれた。さすがに町中で出すわけにはいかないが、移動時間を短縮してくれる。別に飛んでもいいだろうが、万が一人間に見つかりでもしたら面倒くさいからな。ここは慎重に動いた方がいいだろう。
(じゃ、後は任せた。リムルに報告するかどうかは任せる)
(エミルス殿、凱旋の準備は)
面倒な事を言いかけたので『思念伝達』を切った。面倒事に巻き込まれないためだって言ってるだろうが。とりあえずさっさと出発しよう。スターリーダーの背に乗って事前に調査していたルートを確認しつつ早急に出発した。副盟主? 知らないな、リムルがいるならなんとかなるだろ。
どこまで時間がかかるのか知らないが、ドワルゴンを考えるなら二週間は準備しておいた方がいいだろう。幸い、トライアから貰った乾魔実を消費していなかったから、なんとかなる。消耗するのは俺じゃなくてスターリーダーの方だし。森の中を突っ切るルートは魔獣に襲われる可能性があり並みの冒険者は避けるルートのようだ。俺にとっては血と魔素を補充する餌になってくれるからちょうどいい。スキルはとれないのが本当に惜しい。
魔獣と戦った以外では、特に面白いものもなく四日が経過した。途中で休憩することもなく、『影移動』も使用したせいかもう国はすぐそこだ。俺は久しく使っていなかった抗魔の仮面を取り出して顔をつける。念のため『魔力感知』で妖気が漏れていないかチェックしつつ森から出る少し前で動きを止めた。
スターロードを俺の影に溶け込ませ、ここからは徒歩で移動する。ブルムンド王国は自由組合の冒険者と友好関係を結んでいるようで、ちらほらと人の気配を感じ始めた。森から出る前に準備しといてよかった、下手すりゃ戦いになるところだったな。その時、男の叫び声が響いた。
「
その声を合図に、周りから悲鳴を上がり足音が段々と遠くなる。『魔力感知』で調べてみると、確かに森の出口付近に大きい反応がある。面倒事に巻き込まれるのはごめんだが、ここで人間どもに恩を売っておくのも悪くない。小走りで出口に向かった。
数十秒が経ち、
なら、試してみるか。一度立ち止まり、俺はクロベエから貰った槍を取り出して狙いを定める。冒険者とホーンベアの間に距離が出来た瞬間を狙い、頭に向かって投げつける。俺の意志通りに動くその武器は、真っすぐホーンベアの頭を貫いた。貫かれた勢いのままホーンベアは地面に倒れる。
「た、助かった……」
安心したのか、冒険者であろう男二人組は腰を抜かして座り込んだ。
コイツらの事は一旦無視するとして、戦利品でも確認するか。俺は死体に近づき、『魔力感知』で魔晶石が無いか探る。幸運にも心臓の辺りにそれを見つけることができた。まぁ、上位互換の魔鉱石を持ってるからぶっちゃけいらないんだが。
「貴方はもしかして、爆炎の支配者ですか?」
魔法使いの男が俺に話かけてくる。すかさず剣士の男がそれを否定した。
「馬鹿野郎、いつの時代の話をしてんだ。この嬢ちゃんが英雄なわけないだろ」
「確かに……」
「おいおい、助けられて感謝もできねぇのかよ」
シズの話に夢中な奴らの話を遮ると、ハッとした顔で俺に感謝の言葉を投げかけてきた。そういえば、傍から見れば確かに嬢と言われるぐらいの身長だったな。もう少し大きくなっときゃよかった。俺の小さな後悔をよそに、剣士の男が話しかけてくる。
「今のは一体どういう技なんだ? 所属ギルドはどこなんだ? それに嬢ちゃんの名前は?」
「テメェら遠慮ってもんはねぇのかよ」
名前、名前か。エミルスと素直に名乗るのはリスクがある。この姿とエミルスは分けるべきだな。僅かに考え込んだ後、俺はそいつらに向かって自己紹介をした。
「俺はルビー。冒険者になりたくてブルムンド王国にやってきた」