「いや〜助かった助かった、俺はグラゴってんだ。こっちはスロウドな」
「助けてくださった上に魔晶石まで頂けるとは……感謝します」
軽いノリで話してくる剣士のグラゴと、礼儀正しいスロウ。よくある冒険者の服装といった感じで、実力もD+ランクとそれなりであった。年齢は30代後半といったところで、スロウドの方は身嗜みに気を使っているらしく洗濯された綺麗な服を着ていて、黒縁眼鏡をかけていた。
ホーンベアから取った魔晶石を渡してやると、そこらへんの冒険者にとっては高級品のようでグラゴは飛び跳ねていた。代わりに、自由組合せめて王都まで案内して欲しいと頼むと快く承諾した。
村に入ろうとすると、なにかの結界に阻まれた。どうやら高位の魔物の侵入を阻害する防御結界が張られている。俺が引っかかっているというより影に潜む
それから二人に合流しつつ近辺の村から王都まで定期便の馬車に乗り込み、三時間馬車に揺られる。座り心地はランガに乗った時より最悪だ。ただ、道が整備されているおかげで揺れはそこまでない。
「構わねぇよ、助けたのは成り行きだしな」
「やっぱ、見た目にそぐわず男らしいな」
「何やら事情がありそうですね」
俺の目の前で密談をしている。聞こえさせているのか、当人は聞こえていないと思っているか。わざとらしく溜息を吐けば、蛇に睨まれた蛙のようにビシッと姿勢を正した。俺がブルムンド王国について詳しく聞くと、二人はペラペラと喋り始めた。
魔大陸と隣接するブルムンド王国は危険と隣合わせであり、西方評議会という同盟に参加して自由組合の冒険者と友好的な関係を結んでいる。ようは弱肉強食のこの世界で上手く立ち回っている小国らしい。まぁそれだけで生き残れるわけではないだろう。事実、ヴェルドラが消滅してから、あの三人組が洞窟を訪れるまでがどの国よりも早かったし。
なら尚更、冒険者になった方が都合がいい。少なくとも、ブルムンド王国では。
適当に談話していたら、馬車が王都に辿り着いた。馬車の中で根掘り葉掘り技について問い詰められたが、のらりくらりと躱して馬車から降りる。こういう時軽々しく口にしたことが、後々敵側に情報が入っていく原因になりかねない。
そんなことより、俺としてはハリボテのテンペスト以外で見た初めての国だ。建造物は普通の攻撃ではビクともしない程堅固で、武装した人間が街の中を徘徊する。まだ昼前だからか、人は少なかった。それでも、どこか目を奪われる光景だった。
「ルビーさんはこのままギルドへ登録ですか?」
「……あぁ」
ルビーっていう名前に覚えがなさすぎて返事が遅れちまうから気を付けねぇと。
馬車の中で冒険者ギルドにはまだ登録していないと伝えれば、かなり驚愕された。ホーンベアを単独撃破できる実力があるのは冒険者の中ではかなり珍しい存在らしい。適当にどこかの西方諸国から来たとだけ言った。情報を軽々しく言うわけないだろ。ちなみに西方諸国という言葉はついさっき知ったばかりだ。
「なら、俺らもついて行こう。見た目だけで門前払いされかねないからな」
「この目で見ないと、にわかに信じ難いですからね」
余計なお世話だ、と言いたいところだが見た目だけならナメられそうな姿なのは否めない。その上服は整えられているからどこかの貴族のお嬢様と勘違いされてもおかしくないだろう。わざわざ冒険者になる理由は無いと思うがな。とりあえず、冒険者ギルドに登録が最優先事項だ。身分証明がなければ入れない設備も多いようだし。
というかブルムンド王国って、お人好しが多いのか?
警戒はしているが、今のところ二人は不自然な行動を取っていない。自由組合に行った瞬間に戦う可能性も見越して、いつでも武器を取り出す準備をする。魔力を封じられる可能性もあるため、帯刀することも忘れない。
街中を進むと、露店が増えてきた。お金の概念は知っている。リムルの鏡像体として、ある程度の知識を持って生まれたのが幸いした。これだけはアイツに感謝してやってもいい。宿屋なんかも点在しているようだが、まだお金の文化は無く手元に一銭も無い。別に不眠不休で動けるが、夜は面倒事で溢れている。目の前の人間から金を巻き上げてもいいが、それは最終手段だろう。
「ルビーちゃんは食いたいもんあるか?」
「いや、お金も持ってねぇし別にいらねえけど」
「命を助けていただいたんですから、遠慮せずに」
グラゴは適当に辺りを見渡して、炙り肉の串に目をつけるとささっと移動して3本の串を買ってきた。人間は金という文化の副次品程度で争えるような種族だというのに、こうして貢ぎにくるとは驚いた。
「いいのかよ、金って大切なんじゃねぇの?」
「いやいや、金より大事な恩ってもんがあるだろ。それに、魔晶石で充分賄えるし」
「えぇ、それよりブルムンドの肉串は美味しいのでぜひ食べてみてください」
言われるがまま、手に握らされた肉串を口元へ持っていく。抗魔の仮面とは便利なもので、被ったまま形状が変化できる代物らしい。仮面を被ったままでもなんなく食すことができた。素顔を見たかったのか、あっちでも一応肉串はあったが、旨味が違う。秘密は肉串にたっぷりつけられたタレにあるようだ。まぁ、それなりに美味しいし悪くない気分だ。ゴブイチにでも教えてやれるように、一部は俺の胃袋に保存しておくとしよう。
人間達が言う食べ歩きというものを教わりながら、やがて一際大きい建物の前で止まった。五階建てのようで、重厚そうな建物だった。グラゴが先陣を切って中に入り、スロウドは俺の横で歩き出した。いや、別にエスコートとかいらねぇ。
建物の中に入ると、魔法で整備された空間が目に映る。人肌で分かる程度に快適な温度を保っていることに気づいた。人間どもは生活の中に魔法を取り込むのが上手い。魔物にとっちゃリムルみたいな変人を除いて戦いに重きを置いている。こういう魔法を生活魔法というらしい。
念の為、人間の街を視察しておいてよかった。知識の有無で戦い方が幾千通りにもなる。魔力妨害でもすれば、インフラが麻痺して混乱に陥る。もし今後敵対することがあれば有効な一手かもしれない。
受付の方を見ると、プレートに文字が書かれている。読めないかとも思ったが『大賢者』制御の『魔力感知』の影響で解析自体は可能のようだ。結果や答えを報告しないだけで、やることはやってくれるらしい。買取受付と書かれているため、どうやら討伐した魔獣はここで引き取ってくれるようだ。
受付は3つで、買取・一般・専門に分かれている。専門は冒険者しか利用することが出来ず、それ以外の組合員は一般で受け付ける。冒険者も更に三部門に分かれており、採取・探索・討伐だ。街の外で活動する者達のことを冒険者と呼び、戦う能力がないと認められない。
冒険者になるメリットは所属国家を変えられること。自由組合がある国では身元を保証される。
と、色々甲斐甲斐しく教えてくれた。登録は一般受付で行うようだ。
「で、ルビーちゃんはどの部門で登録する?」
「だから気色悪ぃからその呼び名やめろ……無論、俺は討伐だ」
「薄々そんな気はしましたけど、本当に大丈夫ですか?」
「助けられといて心配する立場か?」
俺の反論におっしゃる通りです、と言って萎縮した。仮にも冒険者がそれでいいのかよ。とりあえず、一般受付で登録を――――
そう思った時、突然入口の扉が大きく開かれて数人の足音がドタバタと聞こえてきた。
「はぁー!死ぬかと思ったぁ」
「不用心に巣をつついたりするからでしょぅリーダー!」
「お前らがやれって言ったんだろうが!」
聞き覚えのある喧嘩が鼓膜に届き、ギルド内の空気を一変させる。そいつらを見てまた始まったと愉快そうに笑う冒険者達。最早止める気となく眺める受付の女性。つまり、これらの光景はいつも通りということなのだろう。グラゴとスロウドも最初は身構えていたが、顔を見た瞬間になんだ君達かと言いたげに体勢を緩めた。
相変わらずバカバカしいことばかりやっているようだ。喧嘩するヤツらの近くに移動し、一声掛ける。
「お前らなにしてんだ?」
俺の声に反応して三人が顔を向ける。見覚えのある仮面と声色でどうやら気づいたらしい。叫び出してスライムだと口走る前に人差し指を口元に持っていって合図すると、三人組は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み深呼吸を繰り返した。どうして人間になっているのか、どうしてここにいるのかとか色々聞きたいことはあると思うが暇な時にでも答えてやるつもりだ。
「久しぶりだな、ルビーだよ。覚えてるか?」
(俺は人間の街ではルビーと名乗っている。色々口走ったら分かってるよな?)
喋りかけるのと同時に『思念伝達』で圧をかける。高速で頷くカバルとキドとエレンを見て俺は満足そうに笑みを浮かべた。状況を把握していないグラゴとスロウドがいきなり態度を豹変した三人組を訝しく見ているようだが、それはどうでもいい。俺の登場で一旦心を落ち着かせたカバルは、改めて俺に問うてきた。
「エ……ルビーの旦那、こちらは?」
「偶然助けたグラゴとスロウドって冒険者だ、お礼にここまで案内してくれたんだ」
「あ、どうも……」
紹介してやるとおずおずと前に出て互いに握手を交わした。三人は悪い意味で有名のようだし、別にあっちを紹介しなくてもいいだろう。
そんなことより、早く登録を終わらせたい。受付の方に行って声をかける。受付の女性は俺が近づいてきたのを見て動揺しつつも対応する。
「登録を頼む」
「お嬢ちゃんはまだ早いと思うんだけど……」
「つべこべ言わずに手を動かせよ。実力で黙らせてやるから」
俺の言葉でもまだ迷いがあるのかこちらをチラチラと見て登録しようとしない。ある程度自己紹介が終わったのか、冒険者の五人が口々に俺のフォローに入った。
「ルビーさんの腕は俺が保証するぜ!」
「きっと驚いて転んじゃうわよぅ」
「あっしらが束でかかっても勝てないでやんすから」
五人の冒険者達の説得の甲斐あって、登録は次の段階に移る。名前にルビーと書いて、特技は戦闘と書いた。出身地やら他にも記載欄があったが書かなくていいらしい。続いて、どの部門に所属するか選ぶのだが当然討伐にした。
再度、警告する受付に対して大丈夫だと返事すると、ようやく登録が終わった。
今から、討伐部門の冒険者になるための試験がある。最低でもD+、できればCが望ましいらしい。手応えがある戦闘が出来ればいいんだが。
試験管を待っている間、何やら相談していたらしいグラゴとスロウドが声を掛けてくる。
「ルビーさん、試験の後よかったら試しにパーティーを組まないか?」
「そちらにメリットはないかもしれませんが、それでもよろしければ」
俺があの三人組と親しげに話しているのを見て、パーティーを組みたいと申し出たらしい。まぁ、アイツらと仲良いってだけで印象は全然違いそうだな。だが、まぁ……
「それは、試験が終わった後に聞いてやる」