ジーギスに連れられて裏口から別棟へ移動する。広い空間に出ると、暇そうな組合員達も複数名見学するらしく耳障りな声が聞こえてきた。見学席の方へ移動した馬鹿三人組とグラゴスロウドも負けじと声援を送っている。別にモチベーションには影響しないが、人間は何かと勝負事が好きなところがあると冷静に分析した。俺も嫌いではない。
だから、気分が高揚していることは素直に認めてやる。
試験に落ちたら面倒な事になると説明があったが、毛ほども落ちる気はしない。ここで負けているようじゃ話にならないだろう。ジーギスの不機嫌そうな問い掛けに、俺は飾り気のない返答をした。
「問題ねぇよ」
「随分と余裕そうだな、どこまで保っていられるか見物だ。死んでも文句は言うなよ、じゃあ準備が出来たら円の中に入れ」
足元を見れば、直径二十メートルの魔法陣が描かれている。なるほど、召喚魔法か。これで戦わせるということだろう。事前に取り出していた武器を身に着ける。今回はクロベエが作った武器の中で初めての実戦投入である弓だ。
遠距離は中々使う機会が無いから、こういう時に積極的に使わねぇと。中に入ると同時に、周りに結界が出現した。見学した者たちも固唾を飲んで見守っている。
「いいぜ」
「では、目の前の敵を倒せ!」
ジーギスの言葉を合図に、試験が始まった。最初に呼び出された魔物は犬。牙狼族を倒したことがあるなら下位互換と言っても過言ではないだろう。焦ることはなく、深呼吸した後弓を引き絞る。血で矢を作り、目標に狙いを定めた。
一射目、頭を狙ったが避けられる。やっぱ動く的に当てるのは中々難しい。犬はそのまま俺に向かってくる。
焦らず二射目、今度は魔力の込め方を変える。真っ直ぐやってくるなら速度を上げれば確実に射抜ける。予想通り、放たれた矢は犬の脳天を貫いた。
Eランクは終了。まぁ最低ランクならこの程度のハンデですら余裕で突破できたな。周りは関心した様な声を上げる。グラゴとスロウドは槍を使っている俺の戦い方を知っているからか少しザワついたようだ。
「次」
簡潔に一言だけ伝えると、ジーギスは苛ついた表情を隠しもせず俺に警告する。
「お前、油断していると足元を掬われるから気を付けるがいい」
まだ苦言を言う余裕があるか、面倒くさいな。だがまぁ、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。ジーギスに対して嘲るように笑えば、怒りに呼応するように召喚魔法が発動した。
次は黒色の肌を持つゴブリンのような存在。これはダークゴブリンだったか。装備も整えられていて気合いは充分といったところだろう。
周りがザワついたということは、ジーギスが本気を見せてくれたらしい。面白い、退屈しのぎぐらいにはなりそうだ。
「始め!」
動きの練度を見るにDランクの冒険者で勝てるのか疑問だ。普通にあの三人組でも苦戦を強いられるかもしれない。じゃあ刀でやってみるか、と腰に着けていた刀を鞘から抜いて剣先をゴブリンに差し出す。これにはジーギスも他の冒険者からも驚きの声が出る。
ダークゴブリンの攻撃を軽く受け止めて鍔迫り合いを何度も行う。とはいっても、一生懸命なのはあっちの方で俺は片手で様子見しているだけだ。勢いだけの攻撃で隙だらけの首を果物を斬るかのように刎ねると、ジーギスは漸く冷静さを保てなくなってきたようだ。
「次はどんなヤツだ」
「……つ、次は集団戦だ。囲まれないように気をつけるんだな」
何故かアドバイスを送られているが、基本中の基本だろ。呼び出されたのは吸血蝙蝠が三体。倒したことがあった、というよりリムルとどっちが何体倒せるか勝負したことがあったヤツだな。どうせなら戦ったことがないヤツがよかったとゴネるのはさすがに我儘だろうか。
次は太腿に仕込んでいた投げナイフ、弓でもよかったがどうせなら別の武器を使おうと思ってのことだ。ちなみにこれはクロベエが作った武器ではなく俺が血で作った武器だ。
ジーギスの開始の合図が聞こえた瞬間、飛んでいるコウモリ目掛けて正確に突き刺す。弓よりかは当てやすい。戦ったことがある相手というのもあり、外すことなく脳天に三連投で終わらせる。コウモリどもは絶命し地面へと落ちていく。
これでCランクか、意外とあっけない。馬鹿3人組も、グラゴとスロウドも開いた口が塞がらないようだ。ジーギスはプルプルと震え、他の見学者達も口々に喋り始めた。
「あの嬢ちゃん何者だ?」
「弓と刀と投げナイフ、ここまでで3種類使いこなしてるぞ……」
「バケモンかよ」
おっと、ついファンサしすぎたかもな。とりあえず次のランクが終わったらさっさとズラかろう。噂になると面倒臭い。呆然とする試験官に発破をかけた。
「次で最後にするから、早くしてくれ」
「……クックック。良かろう、俺を本気にさせたようだな。俺も貴様に全力で挑むとしよう、見せてやる!」
……いや、お前と戦うつもりは無いんだけど。
面倒くさそうに催促したのがよほど気に入らなかったのか、何やら燃え上がっているジーギスは目を血走らせながら呪文を唱え始める。魔力の動きが今までと違う、この場に異様な存在を呼び出すつもりのようだ。
冒険者の一人が慌てて飛び出した。ジーギス、気でも狂ったのか? そう思いながら見届ける。
現れたのは、4本の腕を持つ悪魔――
倒せなくても多分何とかなるのかもしれないが、やっと倒しがいのある相手が現れたんだ。止められてたまるかよ。
ヤツに対する予行演習にもならないだろうがな。
「どうだ、怖くて降参するなら今のうちだぞ」
連続で召喚した後に悪魔召喚とは無茶をする。すでに精神力を使い果たしていそうだ。呼び出された悪魔の目には俺しか映っていない。当然、俺も同じ気持ちだ。相思相愛とはこの事かもな。
腰に着けていたもう一つの剣を取り出す。クロベエお手製の俺の血を織り込んだ手に馴染む武器のひとつ。そして俺が最も使っている武器だ。
「本気を見せてくれてありがとなジーギス、おかげで楽しめそうだ」
その言葉を合図にして、
だからといって魔法はともかく、スキルは見せるべきじゃないな。お手頃な魔法でも使いたいところだが、そもそも俺は魔法を習得していない。リムルみたいに魔法を見様見真似で再現出来るほど『血液操作』も万能じゃない。ラプラスの時は再現じゃなくてモドキだし。
悩んでいるうちに、
早速、『変質者』を『血液操作』に適応させる。すると、俺の予想通り世界の言葉が俺に囁いた。
《確認しました。エクストラスキル『水操作』を獲得しました》
ビンゴだ。思い付きでやってみるもんだな。
偽造の為に魔法陣を『血液操作』で地面に描き出した後、『水操作』で擬似的魔法弾を生み出す。名前をつけるとすれば――
「
魔法自体は『水操作』と『魔血変換』の合わせ技だ。
『水操作』は魔力によって水を操作し、相手に叩きつける。水自体に特殊な何かを施す訳じゃない。だが『魔血変換』はただ変換するだけのスキルじゃない。魔素を血に、血を魔素に。ならば魔素と血、もしくは水を融合させることも理論上は可能ってわけだ。
後はぶつけるだけ。
俺の身体よりも巨大なウォーターボールを一気に解き放つ。悪魔が叫ぶ暇もなく結界に叩きつけられ、体の大部分が衝撃により粉々に壊れて爆散する。衝撃で結界内の地面が揺れ動く。着弾した勢いで水が流体に戻り、悪魔の身体が波に飲み込まれて地面と同化した。足元に水が勢いよく流れてくるがすぐに蒸発した。
まぁ、今回は相手が悪魔だから水自体に魔素をたっぷり込めてあるが、普通は魔素を込めずとも敵を木っ端微塵にする程度の威力はあるだろう。
「ふぅ……ってこれ、本当にBランクの試験なのか?」
久しぶりに慣れないことをしたからか、僅かな疲労感が溜まり溜息を吐く。置いておいた疑問をジーギスに問いかけようとすると、すでにジーギスは精根尽き果てて床に座っていた。その代わり、いつの間にか見学者が増えていたらしく歓声が一気に湧き出てきた。
「すげぇ!!! なんだあの攻撃!!!」
「あの魔法見たことがないわね、どういうものかしら……」
「俺とパーティー組まないか!!!」
結界が無かったら人の波に吞まれそうな勢いだった。危ないところだったな、と言いたいところだが。すでにジーギスの精神力が尽きかけているので、結界もまもなく崩壊するだろう。マズイ、久しぶりのバトルで気合が入りすぎちまった。なんとかしてこの場を切り抜けるか。
そう思っていたら、扉を開けて入ってくる人物がいた。
「貴様等! 静かにしろ!」
まさに鶴の一声といった感じで、騒いでいた組合員が一気に静かになった。馬鹿の三人組がその人物を見てアッと声を上げて近寄っていく。どうやら文句を言いたいようだが、華麗にスルーされて俺の方へやってきた。
「少々、お話したいことがあるのですがよろしいですか?」
「出来れば個室だと助かる」
「もちろんです」
「お前達も来い」と馬鹿三人組に合図した。お偉いさんの客人ということに気づいた組合員は、勧誘や質問を諦めざるをえなくなったようだ。行く前に、俺はグラゴとスロウドに挨拶しておいた。
「お前達のバーティーに一時的に入ってやってもいいと思っている」
「ほ、ほんとか!」
「よくて二ヵ月だけどな。それでいいなら話し合いが終わるまで下で待っていろ」
「分かりました、お待ちしてます」
グラゴは目を輝かせ、スロウドはお辞儀する。別にコイツラのことはよくしらねぇが、ブルムンドにいる間は隠れ蓑に好都合だ。互いに上手く利用し合おうじゃないか。
執務室であろう場所に辿り着くと、魔法の気配が充満していることに気づく。この部屋には防諜の設備が整えられているようだ。関心していれば、急にエレンが後ろから俺の身体に抱きついてきた。文句を言おうと振り返ると久々にエレンがアレをやりたいと腕を広げている。仕方なく俺はスライム形態になりエレンの腕の中に収まった。何も知らなさそうな男は驚きを隠さずに驚愕の声を上げる。騒ぎ立てて五月蠅いが、馬鹿三人組はそんな男の様子に昔の自分達を思い浮かべて力強く頷いていた。来客用のソファに、三人組が座ってエレンの膝の上に乗せられる。男はぎこちなさそうにエレンと俺の対面に座った。
「……改めまして、私はフューズといいます。ブルムンド王国の
「ご丁寧にどうも、俺はエミルス。この三人組から聞いているかもしれないが、魔物の町からやってきたスライムだ」
「えぇ、ですが貴方の存在はご存知無かったのですがね」
「念のため教えてなかったんだが、事情が変わったんでな。あぁ聞いてないかもしれないから言っておくけど、
「そうか……」
「すまないベルヤード男爵」と何やら涙を堪えているが、俺は事実を報告しただけだぞ。突然押しかけてきたのは悪かったと思っているが。まぁ確かに信じられないだろうが、かといってどう信じさせるべきかも分からない。
「信じられないか?」
「いや、信じる他ないでしょう。何より、貴方という存在が異質なのですよ。我々の防衛網に引っかからず、完璧に人間であると偽装してこの国に入れたのですから」
「エミルスの旦那が本気出してたら今頃この国はとんだ大混乱だったかもしれねぇな!」
「こんなに無害そうなスライムなのに不思議ですよぅ」
おい、俺の身体を揉むな。ただでさえスライム形態は屈辱を感じるというのに。
そんなことより、ブルムンド王国の周りにAランク以上の魔物が入れないようにする結界が張ってあったようだ。幸い、抗魔の仮面で魔素を封じ込めていたからよかったものの、それがなかったら面倒な事になっていた。ジーギスの結界が無かったら刑務所行きの可能性もあったな。
「てか、それならなんで全ての魔物を入れないようにしないんだ? Bランク以下の魔物が集まって国を襲えば大惨事になりかねないだろ」
「そ、れは、そうですね」
それこそオークロードの軍勢がこの国にやってきていたら目も当てられないことになっていただろう。フューズは俺の指摘に呆然としていたが、すぐに切り替えて俺に問うてきた。
「では、エミルス殿。ここに来た目的を教えてくださいますか?」
フューズが『威圧』を用いて俺に話しかけてくる。人間でありながら、中々凄みがある。目的と言われれば、俺個人の目的だからなんとも言えない。言わないわけにもいかねぇし、俺はこう答えた。
「人間と国交を結べるか調査しに来たってところかな。お前達も視察ぐらいやってんだろ?」
「ほう、ブルムンド王国が魔物の国と国交を結べるかどうか試しに来たと?」
「そんなところだ、まぁ俺の個人的な目的の方が大きいからそう警戒するなよ」
「個人的な目的とは?」
「情報集め、人を探してるんだ。魔物か人間かすら分からないからこうしてやってきたんだよ」
「なるほど、だから冒険者になって国の設備を使いたかったと」
「あぁ……」
って結局全部話しちまったな。まぁいいか、特に困ることじゃねぇし。フューズは考え込んだのち、大きなため息を吐いてこちらを真っすぐ見つめる。
「分かりました、今のところは信用しましょう。それと、帰る際は俺に一度報告してください。色々と面倒な事が起きますので」
「はいはい、お互い面倒は避けたいしな」
ひと悶着あったがなんとか滞在許可を正式に貰うことができた。