フューズから長ったらしい注意事項を何度も警告され、適当に相槌を打ちながら一時間後にようやく解放された。この町にいる間は馬鹿三人組が時折様子を見にくるらしいのと、指定された宿屋で寝るようにすること。無暗にスキルや魔法を使用しないことなど様々な制限が課された。それ以外は自由なので、まぁ許してやることにした。スライム姿から人の姿に戻り、仮面をつける。
「そうだ、人間に擬態してるときはルビーって名乗ってるからそのつもりで」
「……はぁ、分かりました」
最早驚きを通り越して無の感情になっているが、弱々しく返事するフューズをよそに俺は部屋から出た。馬鹿三人組も続いて部屋から出ようとしたが、フューズに肩を掴まれそのまま部屋の中へと引き戻されていった。可哀想に、あれだと数時間コースだろうな。
階段を下りて受付のところまで戻ってくると、隅の方で待っている二人を発見した。
「すまない、待たせちまったな」
軽く声を掛けると、グラゴが先に気づいて「お、お疲れ!」と手を振ってくる。スロウドがそれに反応して「お疲れ様です」と丁寧にお辞儀した。
「いきなり支部長に呼ばれた時はどうなるかと思いましたよ」
「まぁ
「そうだ、だからお前達はとても幸運だと言えよう。光栄に思うがいい」
「声は思いっきり少女やから威厳は感じねぇな。そういうところもルビーさんの魅力だぜ!」
ケラケラと笑うグラゴを仮面越しに睨みつけながら、やはり姿を変えておけばよかったと後悔する。まぁいい、どうせ数か月程度の付き合いだし数年も経てばこの恥も忘れるだろう。
チームになるなら、色々考えないといけねぇし改めて自己紹介でもするか。
「改めて、俺はルビー。魔法は使えないが、色んな武器を使える。いずれ魔法も習得したいと考えている」
つらつらと言葉を並べ立てると、グラゴとスロウドも自身の役職を話し始めた。グラゴは拳で戦う戦士、スロウドは風魔法を使う魔法使い。討伐部門に所属しているらしい。討伐はハイリスクハイリターンで、魔物を倒すことさえできれば二週間は食っていけるらしい。俺が手渡してやった魔晶石を手に入れさえすれば、三ヵ月も夢ではないとか。ハイリターンって言う割には、一攫千金というわけにはいかないんだな。素朴な疑問を口にすると、グラゴはあっさり答えを口にした。
「俺一人だけならそうだったかもしれねぇが、俺の家族とスロウドの家族も養わないといけねぇしな」
「冒険者なのに、家族がいるのか?」
当たり前と言えば当たり前だが、人間にも家族がいるんだったな。
だが冒険者やってるやつなんて独り身ぐらいしかいないだろうと思っていた。冒険者を辞めて別の職業に転職した方がいいんじゃねぇのか。俺が率直に言うと、手痛い反論を喰らったと言わんばかりに冷や汗を流し始めた。
「冒険者を始めた当初はそうだったけど、色々あったんすよ」
「他の職業といっても、10年程冒険者をしてきた手前今更変えたとしても……」
「ふーん、めんどくさそうだな。まぁ事情は把握した、だとしても魔晶石が手に入ったなら別にパーティーを組む必要もないんじゃないか?」
三ヵ月冒険者をしていなくてもいいなら、その時間を家族と過ごす時間に当てたほうがいい。普段冒険者で家族のことを母親にまかせっきりというなら尚更。それが理想の父親というものじゃないのか?
スロウドは苦虫を嚙み潰した顔をして、俺を見つめる。今の発言に何か問題でもあったか、俺が不思議そうに呟けばグラゴはスロウドの肩を掴み頷いた。
「……色々あるんすよ、お金を貯めないといけない理由が」
グラゴがか細く呟いた。俺は事情に興味は無いが、人間の私利私欲に手を貸してやるほど暇ではない。パーティーを組んでやると言ったのも、貸しを作りたくないというだけだ。
だから、俺はひとつ問いかけた。
「その理由は、家族のためか」
「……えぇ」
そうか、家族のためか。
そう思えば手を貸してやるのも悪くはない。俺が元々抱いていた理想にも通ずるところがあるしな。
「なら、さっさと行動に移すべきだろ。受けられるクエスト探すぞ」
「は、はい!」
掲示板の方へ視線を向け、討伐部門向けのクエストを確認する。クエストの多さで面積の割合が違うようで採取・探索・討伐の順に張り出されている。討伐は受けられるクエストが高ランクなやつばかり残っていて、Ⅾが受けられそうなクエストは片手で数える程度しかない。
討伐部門は国の防護などで緊急で呼び出されることがあるらしく、ランクが低い冒険者はそっちの方が収入源になっていたりするようだ。そんなことはどうでもいいか。
「早速このクエストを受けよう。王都周りの村から二時間ぐらい歩けばたどりつけそうだし」
「ちょっと待ってルビーさん!? これBランクの依頼じゃないですか!」
「俺がいるんだから問題ねぇだろ、死にやしねぇしいい経験になる」
「まじか……」
有無を言わさず掲示板に張ってあったクエスト依頼書を取り受付に受注することを伝える。俺と依頼書を何度も見比べながら、念のためランクカードを出してほしいと要求してきた。フューズが用意してくれたカードを出して納得させる。ちなみに、Aランクだと国の大事に巻き込まれる可能性があるため、Bランクだ。あの場にいた冒険者達にも念のため口止めしておいてくれるらしい。ある程度のウワサは許容するしかないが、それでも充分だ。
片道二時間、王都から村までの道のりも考えると五時間かかるので後日出発する事になった。すでに日が落ちようとしていたし。最後まであの二人は文句を言っていたが、せっかく成長する機会を与えているというのに失礼な人間達だ。
用意された宿屋は、フューズ側が用意したものでお忍びの貴族ご用達のところだ。至る所に警備が張り巡らされており、正直いい気分ではない。我慢するしかないだろう。宿屋の扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは室内の景色ではなくエレンの腹部だった。
「ぶへっ」
「エミルスさん~会いたかったよぅ」
「その名前で呼ぶな……!」
「すいませんねぇルビーの旦那。支部長からの命令で一緒の宿屋で泊まることになったもんで」
抱きしめたまま離れようとしないこの小娘をどうしてやろうか。
事あるごとに抱きしめやがって、俺じゃなきゃ許してないぞこの所業。一言文句を言いたかったが、人目があるこの状況ではそれより先に宿屋へ入ることを優先した。
個室に案内された後、エレンにせがまれてスライムの姿になる。「触り心地抜群ですぅ」と撫でながら感触を堪能している様子。本当に自由人すぎる。ある意味、一番冒険者らしいのか。
呆れていると、突然カバルが何かを思い出したかのように俺に話しかけてきた。
「そういやルビーの旦那。魔獣討伐の依頼を受けてましたよね」
「見てたのか?」
「偶然ですがね。最近は採取と探索ばっかだったし、腕が鈍らないうちに俺達もその討伐依頼に連れてってくれないか?」
「……お前達を?」
初めて会ったときアリに追い回されていたから不安だ。
そう思っていたらキドが軽くフォローを入れる。
「色々不安だと思いますが、あっし達もれっきとした冒険者パーティーですぜ。姉さんと旦那の面倒はあっしが見ときますから」
「ギドてめェ……」
「わかったわかった、ついてくるなら勝手にしろ」
俺が面倒くさくなって許可すると、エレンがぎゅっと抱きついてきて嬉しそうに頬ずりし始めた。
「えへへ~エミルスさんと一緒だぁ」
「そんなに俺のボディが気に入ったかよ」
「冷たくてスベスベでいい匂いがしますよぅ」
「ヤメロ! 気色悪い……」
腕の間から抜け出して人の形をとれば、エレンは「え~」と呟いて残念そうに眉を下げる。どうせ同じスライムなんだから、頼むならリムルに頼んでくれ。俺はスライム姿が嫌いなんだよ。
結局、カバルとギドは別部屋。俺とエレンが同部屋になったせいでこの後も抱き枕を強制されられたんだがな。
翌日になり、朝から元気な馬鹿三人組と、この時点で憂鬱そうに溜息を吐くグラゴとスロウドを連れて、魔獣の住処へと出発した。案の定馬鹿三人組が勝手に出歩いて遭難しかけたり誘惑に引っかかって池で溺れかけたりと散々だったが、意外と六人で冒険するのは面白かった。グラゴとスロウドが終始ツッコミ役に徹してたのも見ものだったし。
肝心の魔獣討伐だが、俺が全員に『血液操作』で簡易的な結界を張り好きに戦わせた。戦いに関しては馬鹿三人組も真面目に役割をこなしていて、魔獣数匹を協力して討伐することが出来た。
一方で、怖気づいていたグラゴとスロウドは涙目になりながら俺に縋ってきていたので情けない。D+止まりだと言っていたが、戦い方によってはCも夢ではないと思うんだがな。
残りの魔獣は、そのまま剣で斬りふせる。移動が長丁場だっただけに、あっけなく終わってつまらないものだ。『鏡像者』を使えば一瞬で戻れるが、グラゴとスロウドがいるしなぁ。別に見せてやってもいいが、後々面倒な事に万が一なったらと思い躊躇われる。結局、また二時間かけて王都に戻った。
それからというもの、依頼をこなしつつ合間に書物や記録を読み漁る日々が続いていく。一ヵ月半は経過しようとしているが、あと、冒険者達の様子を観察しているうちに
隠形法とやらは特に役立ちそうだったし、ギドに指導してもらった。後、気操法もな。
書物で得たのは魔法の知識ばかりで、肝心の異世界召喚の記録については目ぼしいものがなかった。秘匿されているのか、それとも呼び出されていないのか。こうなるとリムルと同じ転生者の可能性もありそうだ。あの時の俺は消滅していたからな。
だとしても、元の世界に帰るという目的は変わらねぇけどな。
そしてついに、俺の新生活を脅かす者が現れたのだ。隣のベッドで眠るエレンを眺めていると、夜の闇に紛れて音もなくそいつは部屋の中に姿を現す。
気配を消して近づいてきたそいつは、俺の耳元で囁いた。
「リムル様がそろそろ帰ってこいと」
「……嫌だと言ったら?」
「修行を放りだしたことでハクロウが迎えに行くと仰っていました」
「分かった、数日のうちに帰る」
まさか俺にも怖がる者が出来たとは思わなかったよ。それとシュナも沢山の試着品を用意して待っていると追加の伝言を口にして、ソウエイは帰っていった。帰りたくねぇけど帰るしかねぇな。
明日になったら伝えなきゃならない。この生活は悪い気分ではなかった。また機会があればやりたいものだ。
「えぇ〜、ルビーさん帰っちゃうの?」
「そういうことだ。中々面白かったぞ」
「ありがとな、旦那」
「また会いましょうや」
馬鹿3人組はエレンを除いて惜しみつつも別れの挨拶を送ってくれた。続いてグラゴとスロウドも涙を流しながら感謝を告げる。
「色々お世話になった……この経験は必ず活かすぜ」
「ルビーさん、本当にありがとうございます」
「あぁ」
今日は依頼の報告だけだったので、
帰ってもよかったんだが、1つ思い出したことがある。それはグラゴとスロウドの家族のついてだ。
気になったもんはしょうがねぇし『影移動』で彼等に着いていくことにした。隠系法を習得した俺にとって、隠密行動はソウエイに迫るほどの熟練度だ。バレる可能性はほぼ無いと言える。
王都から周辺の村へ移動して、グラゴとスロウドは手を振って別れた。苦い顔をしたスロウドの方に着いていくと、ある一軒家に辿り着いた。扉を開けると、出迎えたのはスロウドの妻らしき女性だった。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいま、ミズナ」
「早いお帰りだったわね、例の冒険者さん達はどうしたの?」
「今日帰ってしまったよ」
世間話を交わしつつ家の中に入る。質素な家だがどこか温かさを感じることができる。スロウドがとある一室に入ると、その温かさが一気に冷えたような感覚がした。
「……スミレ、ただいま」
「パパ、おかえり」
ベッドの上で娘らしき少女が返事をした。だが、少女の命は風前の灯火で絞り出された声が空気の中で霧散してしまいそうになっている。体格はシンシヤとよりも少し小さくて、幼く見えた。
スロウドはそっと髪を撫でながら、額にキスを落とした。
「スミレの薬を手に入れる目処がたったんだ。あともう少しの辛抱だぞ」
「そうなの? でも、無理はしないでね」
「無理はしてないさ、大丈夫。心配するな」
スミレと呼ばれた少女の状態は芳しくない。1年生きられるかどうかすら怪しいと言ったところだろう。
魔物は病気になりにくい。そもそも、俺の娘であるシンシヤは病気にかかることは一生無い。俺も同じだ。だからだろうか。憐れむ気持ちよりも、こういう父親と娘の会話があるのかと感心する気持ちが勝っていた。
いっぱい食べて元気になるんだぞ、とスロウドは最後声をかけて部屋から退出した。扉から出ると、自分の家に装備を置いてきたグラゴが手荷物を持って待ち構えていた。
「これ、妻から差し入れのゼリーだ」
「ありがとう、グラゴ」
「いいってことよ」
そういえばグラゴとスロウドは幼馴染だとどっかで言っていた気がする。生まれた時から大人だった俺はその関係性に理解を示すことは出来なかった。
当たり前のことだが、コイツらも歩んできた人生というものがある。俺の理解に及ばないところで数々の苦難を乗り越えたに違いない。
「お前もそろそろ休め、スロウド」
「……分かっている」
肩を叩いて励まし合い、部屋の前から移動する。成程、リムルが目指していた理想の家族とはこういうものかもしれない。アイツが元人間だということを忘れそうになるが、人間であるが故にあの国を作ることが出来たということなのか?
中身を伴わない鏡像体は、経験を映すことはできない。俺がアイツに勝てない理由はもしかしたらこの経験の差ということか。
いい勉強代になった。少しばかりのお礼をしてやってもいいだろう。