俺の気配を察知して逃げようとした蛇を捕まえ、殺して溶かす。
我ながら随分と慣れたものだ。長い間狩りしかやってないから嫌でも慣れるんだがな。ここに来るまでに結構な時間がかかった。スライムの身体では歩くだけで時間がかかる。血液を使って一気に飛ぶことも考えたが、今から会いに行く奴の素性も分かんねぇのに無駄に消費するのは得策じゃねぇ。幸いここは魔素が多いから焦ることもない。
とはいえ、さすがに飽きがやってくる。魔素の濃度から見てもそろそろのはずなんだが……。
(ふふふ。ふはは。ふはははははっ!!!)
あ、なんか聞こえてきた。五月蠅い声が。
いやまて。すごく聞き覚えがある。無性に帰りたくなってきた。この状況で頼るなら最適解に近いだろうが、コイツに会いたくない。基本的にロクなことにならない。それに、以前アレから喋ってねぇから気まずいってのもある。
十中八九暴風竜ヴェルドラだ。さてどうするか。殺す気でいたが竜種は完全には殺せないし、後々面倒なことになりそうだ。
……というか、なんでコイツがここにいる?
魔素もダダ洩れだし、脳内に直接聞こえてきたから『思念伝達』を使ってる。つまり人間の姿じゃなくて本来のクソでか竜の方だろうな。魔素を放出するならあっちだろ。実験でもやってるのか。
まぁ、仮にジュラの大森林の洞窟なら深刻に考える必要もない。
面倒な事はさっさと終わらせるに限る。正直、今は首謀者に対する憎悪よりも精神的な疲労の方が勝っている。ヴェルドラに貸しを作るのは癪だが致し方ない。
何処か重たい身体を動かして、声の主のところに近づく。すると、ヴェルドラと何かを話している誰かの思念伝達を拾う。焦り倒しているそいつは、ヴェルドラに対して失言を謝っている。ヴェルドラじゃなかったら死んでるだろ、俺なら殺してる。
ヴェルドラの思念伝達が大きすぎて、そいつの声が聞こえ辛い。どっかで聞いたような気がするんだが、もっと近づけば聞こえるか……?
ヴェルドラの翼が見えたところで、様子見の為に近くの岩陰に身をひそめる。
魔力感知の範囲を前方に集中させると、はっきりと観察することが出来た。
あ、れは……
「リムル……?」
暴風竜ヴェルドラの足元で、物怖じせずに話しかけているスライムが一匹。そんなヤツ、一人しかいないだろう。何人もいられちゃ困る。
だが、あのヴェルドラが軽く咆哮しただけで消し飛びそうなスライムが、リムル?
それにしたって、魔力が弱すぎる。前に倒した大蛇や蜘蛛と大差ない。今なら――
今なら、殺せる。
ヴェルドラもリムルもこちらの存在に気づいちゃいない。血液の刃を作り、あのちっぽけなスライムの身体を八つ裂きにすれば自己再生があるとはいえ、殺せる。あぁ、今俺が人の姿を保っていたならば、どんな笑みを浮かべているだろうか。
その首に、刃が届く。全てを否定された俺が、全てに肯定されたお前を殺せるんだ。それほど滑稽な事はない。お前の存在が目障りなんだよ、リムル=テンペスト。
俺の怒りに呼応して、血液で出来た弾が空中に浮かぶ。後は俺が念じるだけで、無防備な奴の身体を元通り捻り潰すことが出来る。
「父様!」
シンシヤの声が聞こえた。途端に、魔力を練っていた怒りが勢いを失っていく。
……もう全部、終わったことだってのに。アイツを見るとイライラが止められねぇ。贋作として生まれた俺はこの劣等感から逃げられやしない。思想も価値観も全てはアイツになぞられて出来たものだ。オリジナルを消すことができれば俺は、俺達は唯一無二の存在になれるんだ。そう思って、でも、戦えば戦うほど劣等感は強くなっていく。まるで呪いだ。
それでも、俺にはすでに家族がいる。俺自身がそう決めたはずだ。
早く帰らねぇと、シンシヤのところへ。今更こいつを殺したって何も満たされない。
(おい)
俺としたことが、あまりの衝撃に暴走しかけるとはな。
(聞いてるのか?)
それにしても、リムルも弱体化されてるならかなり深刻だな……連鎖的にシンシヤが弱体化したから俺も弱体化した可能性もあるのか。一体誰がこんな馬鹿げたことを。
(そこのちっこいの!! 聞いておるのか!!)
(うっせぇな話しかけるんじゃねぇよオッサン!)
(お、オッサンだと……)
(えええ!!? お前何言ってんの??)
愕然とするヴェルドラに、素っ頓狂な声を上げるリムル。
(確かに生まれたばかりの者にはオッサンであるか、オッサン……)と独り言を呟く竜の横で、同じ背丈をしたスライムがこっちに飛んでくる。慌てているのが分かりやすい。
(お前、スライムなんだろ!?)
(当たり前だろ)
お前の贋作だからな。
(ユニークモンスターか? もしくは俺と同じ転生者なのか?)
(……あ?)
話が嚙み合わない。まるで初めて俺を見たみたいに……と思ったところで、気づいた。こいつ、記憶がないのか?この慌て様、暴風竜ヴェルドラに対して俺が失言したからここまで慌てているのか。
転生者、そういえばコイツは二ホンというところから転生してきたんだったな。どうでもよすぎて忘れていた。人間としての前世の記憶があるせいで、大きな失態を犯したことがあるとかなんとか。
(転生者ではない。だがユニークモンスターでもない。これが答えだ)
(そう、なのか? じゃあネームド?)
(ネームド……そうだな。俺にはエミルスという名前がある)
(生まれたばかりだというのに、名前があるのか? 今日は珍しい客人ばかりやってくるな。)
ショックから立ち直ったヴェルドラが、興味深そうに尋ねてくる。まぁ、名付けられたというより俺が定義づけした名前だ。
ヴェルドラを観察していると、奴の周りに白いモヤのようなものが漂っている。閉じ込められているのか。首謀者の仕業なのか、無様だな。
(ではエミルスよ、我の前に来い。そこでは見えにくくて構わん)
(あ? 誰が俺に指図していいと言った)
(ちょ、エミルスサン? ドラゴンだよ、怖くないのか?)
(別に。他の竜種ならまだしもヴェルドラだしな、それに動けないようだから本気で逃げれば追いかけられないだろ)
(ほほう、中々に鋭いな。だが、我の事を知っているかのような口ぶりだ)
(……暴風竜ヴェルドラは悪い意味で有名だからな)
記憶がねぇってのは不便だな。別に教えてやってもいいが……コイツらの反応が面白いからこのままにしよう。気分が良くなってきたので、ヴェルドラの前にずいずいと進む。ヴェルドラの頭が目の前に降りてきて、覗き込まれているようだ。後ろからついてきたリムルも、岩陰で見えなかった俺の身体をまじまじと観察し始めた。
(スライムだけど、めっちゃ黒いな。墨汁の水滴みたいだ)
(もしや、我の魔素のせいで変異しておるのか?)
(ふざけんな。そんなことより、さっさとここから出たいんだが出口に心当たりはあるのか?)
こんな陰湿な洞窟の中じゃ状況確認なんてできねぇ。ただ、リムルもこうなってるなら国が滅ぼされててもおかしくねぇけど。
(なんだ、もういってしまうのか?)
あからさまにしょんぼりしてやがる。なんだコイツ、ヴェルドラって記憶がなくてもああなのか?
(エミルスさん、もう少し俺とヴェルドラさんに付き合ってくれないか? 一応、俺とお前って生まれたばっからしいし……)
(そのさん付けはやめろ、少し鳥肌が立った)
(ヒドイ! そんなに嫌われるようなことしたか?)
お前と俺は本気で殺し合ったことがある、と言ったらどんな顔をするんだろうか。今はスライムだから顔なんてほとんど分かんねぇけど。今は言うつもりがない俺は沈黙を貫く。……まぁ、俺もリムルもこうやって図太く生きているし。俺達のようにシンシヤもどこかで生きていると希望的観測を見出すしかない。
もう少しこの茶番に付き合ってやるか、と思い直して溜息を吐く。
(わかった、お前の好きにしろ)
(ありがとう、エミルスさん……じゃなくて、エミルス!)
(うむ、ゆっくりしていくがよい)
それから、ヴェルドラは三百年前暴れすぎたせいで人間の勇者によって洞窟に封印され、現在に至るまでずっとここにいたという話を聞いた。その話は俺が知っている知識と相違ない。ここまで来ると、記憶がないというより過去に飛ばされたと仮定してもいいだろう。どっちも規格外なことは確かだ。正直、ヴェルドラとリムルを弱体化させて記憶を消した、と考えるのには無理がある。
それよりかは俺単体を弱体化させて過去に飛ばした、という方が現実味を帯びている。ジュラの大森林の洞窟は、二人がトモダチという関係になってリムルが自分の胃袋の中にヴェルドラを収納するという大事件を引き起こした場所だ。
……ここがもし過去だと仮定するならば、この後起こる出来事は。
(じゃあ、俺とトモダチにならないか?)
案の定、ヴェルドラとリムルがトモダチになった。
ヴェルドラが俗に言うツンデレみてぇな言い方をするもんだから、思わず笑いだしそうになるのを堪えなきゃいけなかった。スライムの身体がプルプル震えたよ。
(なぁ、エミルス。お前も俺とトモダチになってくれないか?)
(……トモダチ? 何の為に)
(目的か? 強いて言うならスライム仲間だから!)
甘い。俺と初めて相対した時のリムルよりも、甘すぎる。
そんなんじゃ、お前がいずれ魔王になった時に足元を掬われる。ヴェルドラが言ったこと忘れたのかよ。この世界は弱肉強食だぞ。
(お断りだ)
(ガーン……なんでだよエミルス)
(ちょっと話しただけで簡単に心を許すな、隙を見せるな。騙されて何もかも壊されたくなければな)
(……)
ヴェルドラは何か言いたそうにこちらを見ている。
まぁ、この平和ボケスライムは気づいてなさそうだが、さっきの殺気と魔力は隠せられたと思っちゃいない。リムルとヴェルドラがトモダチってんなら、俺は警戒対象になりえるだろう。なんなら今ここで痛めつけてもいいかもな。いい教訓になるだろう。
力を込めようとして、ある案が思い浮かんだ。過去に飛ばされたというなら、コイツには魔王になってもらわないと困る。コイツを表舞台に立たせて、首謀者を炙りだしてもらわなければならない。改めて、目の前のスライムに向き合った。
(俺はトモダチになる気はない。だが、協力者として利害関係を築く分には構わねぇ)
(あくまでビジネスって言いたいのか?)
(あぁそうだ、俺は探してる奴がいる。そしてお前はそいつに辿り着くための力を持ってる。だから、お前がピンチの時は俺が力を貸してやるから俺が必要な時のその力を使え)
(言ってる意味がよく分からないんだけど、そもそもそんな力持ってないぞ?)
(力も理解できてないような間抜けじゃこの先生きていけねぇぞ。それにお前は甘いからいつか絶対に騙される。だから俺の目的が果たされるまで見ておいてやるよ)
(そ、そんなに騙されやすい奴に見えるのか、俺……怪しい壺を買ったことはないんだけど)
元の世界ではどうだったか知らないが、この世界において無知は命取りだ。
敵の状況を把握するのは前提として、強さが無ければ生き残れない。――――前の俺のように。
まぁ、恐らくだが俺がいなくてもなんとかなるだろうがあくまで保険の話だ。
(俺とお前の関係はトモダチではなく、
リムルよりも首謀者に近い存在がいるなら、俺はそちら側に付く。互いに利用して利用されるだけの契約だ。
逆に、俺がいても変わらないというならリムルはいつでも俺を切り捨てることができる。まぁ、お人好しのお前には難しいかもしれねぇがな。
(わかった、よろしくなエミルス)
分かっているのか分かっていないのか。スライムの顔では判断がつかない。あまりにも軽いから何も分かっていなさそうだ。
よし、これでいつ裏切っても許される免罪符ができたな。その時が来たら遠慮なく裏切ってやろう。