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俺とエミルスが決闘するという話は瞬く間に広まった。というのも、シュナがソウエイに伝達してそこから一気に各地へ広まっていったらしい。念のため、周りに被害が出ないようにシュナとベニマルが結界を張ってくれている。場所は普段ハクロウが剣術の指導を行っている空き地だ。オーク軍と戦った時の装備を着け、互いに妥協することはない。
エミルスの行動は看過できないものだ。俺はジュラの森大同盟の盟主としての責任がのしかかっている。不安因子は見逃せない、例えそれが異世界で最初に出会った仲間だとしてもだ。
そうだ、俺にとってエミルスとは仲間だ。戦いに勝って、町ができて、俺達の繋がりは何時しか大きくなっていった。だけど、仲間達が増えれば増えるほどお前の距離がどんどん遠くなっていくような感覚がした。
俺はエミルスの事を何も知らない。どうして人を探しているのか、何故利害の一致という壁を作りたがるのか。そもそも、エミルスが俺に抱く感情が何なのかも分からない。
こういうのは本人が教えてくれるまで根気よく待つしかないのだ。俺も仲間達に元人間だということを隠しているからデカい口は叩けないけどさ。だからと言って、仲間じゃないなんて言われたらさすがに傷つくだろ。
今回の戦いで、エミルスが抱えている寂寞の一端でも垣間見えたらいいんだけどな。
俺は同じ姿をした同格を見据えながら、戦う前に条件を取り決める。
「エミルス、俺が勝ったら俺達の事を仲間だと認めてもらう。俺とお前の契約も変えさせるからな。エミルスが勝ったら、俺達の力を目的のために無条件で使ってもいいとする」
「あぁ、それでいい。言っとくが、俺はお前を殺す気でいく。お前も殺す気でいかなきゃ、本当にあっさり逝っちまうかもな」
エミルスの発言に、結界の周りで見守っていた仲間達がざわつき始める。
冗談ではなく、その言葉には殺意が混じっていた。通り魔に刺された時感じた殺気とはまた違う。俺という存在を本気でこの世から消し去りたいと願う純粋な憎悪の感情だ。
嫌いなんてものじゃない、憎いんだ。もしかしたら、この正体不明の憎悪こそがエミルスの目的と関係があるのかもしれない。
正直、シズさんの姿を模したこの身体で殺し合うなんて気は進まないがそうも言ってられないだろう。
俺は刀を取り出し、構える。エミルスが取り出したのは剣だった。
《告。『剛力』『身体強化』を発動させます。
ダメだ。 大賢者に任せた時の挙動は知られているからエミルスは勘づくだろう、それを見越して対策されていてもおかしくはない。
それにエミルスは俺と戦いたいだろうしな。
さて、どう動くか。
俺の優位性は豊富なスキル、相手を戦意喪失まで持ち込むなら高威力のスキルを使うべきだが、俺と同じ耐性を持っているなら黒雷だろうが有効打にはならない。炎は無効だし、電気も通じにくい。狙い目は魔法系統。
対してエミルスの優位性は戦術だ。血液操作が生み出してきた数々の戦術は目を見張るものばかり。ブルムンド王国に行ったことで新しいスキルを身につけた可能性もある。多重結界を貫ける大技があるかもしれない。
痛覚無効で超速再生を持つスライムだからこそ、俺達は臆せず戦いに挑むことが出来る。殺し合いをしたとしても現実的じゃない。
そんな俺達の確実な勝利条件は唯一つ。
――相手を喰らった方が勝ちだ!
《了。『暴食者』を『大賢者』にリンクさせ、適切なタイミングで自動発動します》
頼むぞ、大賢者。
全力で行かせてもらうな。
エミルスの剣が赤色の光を纏う。あれはもしかして気操法か。
ここ1か月の間遊んでいたわけではなさそうだ。こっちもハクロウの指導の下気操法はなんとか会得している。互いに身体強化を施しながら、隙を伺う。
風が吹いたその瞬間に刀と剣が交じり合った。ギチギチと鳴る金属音だけが戦場に響く。
俺とエミルスの単純な戦闘力は互角だった。
今ここで黒炎を刀に付与したところでエミルスの武器は折れないだろう。なら黒雷を付与して麻痺を狙う。無効じゃないなら通用する可能性は充分ある。黒い稲妻が刀を通してエミルスの剣に流れていった。
エミルスが危機を察して離れようとするが、すでにエミルスの腕まで到達した電気が磁場を発生させて上手く離れることができないようだ。
今なら仕留められる。そう思ったが、エミルスは躊躇いなく血液の刃を空中で生み出し自分の両腕を切り落とした。その場を離れ、すぐに腕を再生させる。一筋縄ではいかないようだ。
《告。周りに透明な血液の霧が漂っています》
なんだって!
魔力感知に反応無かったぞ。
《個体名:エミルスの『大賢者』による自動制御のようです。隠形法の併用により、『魔力感知』に引っかからなかったと推測します》
なるほどな、隠形法まで習得してたってわけか。
俺が理解したと同時に、全方位から血液の弾幕が迫ってくる。前にゲルミュッドを倒した時よりも凶悪な技に変貌しているらしい。
悠長に弾幕を食うわけにもいかない。ギリギリで何とか躱しつつ、エミルスの位置を特定すると魔法を放つ。
「
分子操作と合わせることによって、着弾した箇所を瞬時に凍らせることができる。多重結界を持っていないなら、1回当たっただけでかなりの致命傷だ。
エミルスも分かっているようで、結界の中心にいる俺から距離を取って最低限の動きで避ける。
戦場は既に氷と血液で障害物と罠だらけだ。下手に動けば串刺しにされてもおかしくないのだ。無論、俺も真ん中から動けずにいる。
避けきれないもの相殺させると、エミルスは魔力弾を地面に打って砂埃を舞わせた。瞬く間に砂埃の壁が俺を取り囲んでいく。
魔力感知頼りな俺の視界では、隠形法を使いこなすエミルスの姿を捉えることは難しい。念の為、策を講じてから気配を見切る。
僅かな足音も見逃すな、ダミーに騙されるのも論外だ。
真正面から煙を掻き分ける気配。
そこだ!
真正面ではなく、真後ろ。俺の刀とエミルスの剣が鍔迫り合いの状態になる。見切られると思わなかったのか、エミルスは「ほう」、と感嘆の声を短く漏らした。
エミルスの足元の血液は、いつの間にか水面へ変わっている。
砂埃を舞わせたのは単純に俺の視界を遮るだけじゃない。エミルスが鏡面転移を使用出来るように仕込んでおく為でもあったようだ。方法は分からないが、血液から水を分離する技を身につけていたらしい。一際大きい水溜まりを作り出して、瞬時に俺の背後を取れるように。影移動は俺が察知できるから使わなかったんだろうが、無駄骨だったな。
真正面から来たのは分身体だ。今は俺の分身体と戦わせている。互いに手札を出し尽くして完全に膠着状態だ。だというのに、エミルスは嘲るような笑みを浮かべて煽ってみせる。
「こんなもんかよ、盟主様?」
「お前こそ、油断してたら足元から掬われるぞ。今みたいにな!」
吐き捨てると同時に、エミルスが自身の状態に気づいたようで目を見開いた。足元の水面がいつの間にか凍って身動きを封じているのだから無理もない。分子操作で水を凍らせることなんて造作もないんだからな。
俺の大賢者がその隙を逃さず、暴食者を発動させてエミルスを喰らおうとする。
「ハハ、油断してるのはそっちだぜ」
何だと?
エミルスの言葉に動揺するのと同時に、いつでも冷静な俺の大賢者が分析結果を伝えてくる。
《告。個体名:エミルスの魔素が暴走しています。恐らく自爆です》
死なば諸共ってことかよ、なんて危険な技なんだ!
俺の良心を試してやがるのか?
《周りの結界が崩壊する可能性は90%以上、このままでは被害が拡大します》
エミルスの狙いはそれもあるのか。
周りを巻き込んでの自爆。食い止めるなら暴食者で喰らい尽くすしかない。その隙を狙って分身体のエミルスが俺を攻撃するだろう。多重結界と暴食者を同時併用するのは難しいからな。
エミルスの心を信じるか、信じないか。
盟主として責任を負う立場になった俺が、不安定な根拠を信じるわけにはいかない。絶対に食い止めなければならないのだ。自分自身を人質にするなんて無茶な事をする。俺がお前の事を見捨てるつもりがないことを見透かされてるみたいだ。
考える時間は残されていない。十秒もしないうちに爆発する。俺はエミルスも仲間も傷つけたくない。なら、残された手段は――――
――なんてな?
《エクストラスキル『魔素吸収』を使用しますか? YES/NO》
イエスだ。成長してるのはそっちだけじゃねぇぞヴァーカ!
エミルスの肩を掴むと、『魔素吸収』を発動させて暴走した魔素を直接吸い取っていく。暴走させる魔素が無くなれば自爆なんてできやしない。
魔素が吸われていることに気づいたエミルスはすかさず『暴食者』を俺に発動させる。
俺の『大賢者』もそれに合わせて『暴食者』を起動した。大賢者の演算による0.01秒のズレもない同タイミング。まさにカウンターだ。
超至近距離での『暴食者』の発動は、ブラックホールを生み出す。暴風の渦が結界の中心に生み出されると、俺とエミルスの分身体はブラックホールに飲み込まれて塵1つ残らなかった。
《告。このままではブラックホールに飲み込まれて対消滅します》
あぁ、そうらしいな……!
ただ俺が暴食者をやめれば、エミルスが勝っちまう。エミルスも当然やめるつもりはないだろう。
意地と意地の勝負が始まったというわけだ。『粘鋼糸』を使って地面に足を固定させるが時間稼ぎにもならないだろうな。ただ、魔素を吸収したおかげで持久戦に持ち込めば俺の方に分がある。
「エミルス、このままいけば結界が壊れるか、対消滅するか……俺に喰われるか! 選ばせてやるよ、早くしないとお互い共倒れだぜ!」
俺の言葉にエミルスは不敵な笑みを浮かべる。
「お前に喰われるのだけは認めねぇ。リムル、二度とテメェに負けるわけにはいかねぇんだよォ!」
エミルスの感情に呼応して、暴食者の威力が強くなっていく。
どうしてそこまで俺を憎んでいるのか、なんて言っても返ってくるのは無言だけだろうな。
周りの結界がギチギチと音を立て始めた。当然だ、ユニークスキル同士の衝突で生み出されたブラックホールを抑え込めるとは到底思言えない。残された猶予は少ない。ジュラの森大同盟の盟主としては、今ここで俺の暴食者を止めてしまった方が合理的だ。
目的はすでに果たしているからな。俺がこの勝負の条件を取り決めた時点で、俺が勝とうがエミルスが勝とうが無条件に力を貸せるようになるのだから。
じゃあなんで今ここで意地張って戦い続けてるのかって?
そんなの決まってるだろ。
「だったら尚更、俺もお前に負けるわけにはいかねぇんだよ!」
俺の感情に呼応して、暴食者が叫ぶ。結界に亀裂が走り始めた。崩れるまで恐らく数十秒。
ここまで来たら、後は意地の勝負だ。
エミルスは最後の最後まで意地を貫き通す頑固者だ。それは悪いところであり良いところでもある。
けどな、こっちだって曲げない自分自身の決意ってものを貫き続けて30年以上生きてきた実績があるんだよ。目的は達成したから妥協する? そういうのが一番エミルスにとって屈辱的に思わせる行為だ。
俺はずっとお前の先を行きたい。お前が安心して背中を預けてくれるような存在になってやりたい。そんな建前はもうやめることにした。
お前に勝って、認められたい。
互いにとって、この世界で初めて出来た仲間であり、誰にも捻じ曲げられない
「二人とも、もうこれ以上は……!」
俺の思考を掻き消すようにシュナが叫んだ。シュナの腕がプルプルと震え始め、もう抑えつけることは出来ないらしい。俺達のために無理させてしまってすまない。後で労わってやらないと。
結界が破壊されてしまえばそのタイミングでハクロウやシオン、ソウエイが俺達を止める手筈になっている。ユニークスキルの暴走なんて笑えないレベルで危険だしな。
お前に勝ちたかったけど、しょうがないのか。
今度はもっと誰も迷惑をかけない、どこか閉鎖された空間で戦える機会があれば……もっと本気で――――
俺が頭の中で反省会に入ろうとしたその時だった。
「……ク、ソ」
突如として、エミルスの暴食者の動きが止まった。
血液操作や分身体で魔素を酷使、さらに魔素吸収で魔素を吸い上げられたことによって元々魔素は尽きかけていたのだろう。どのくらい魔素を吸収できたのかは知らないけど、体感的にはオークロードを喰らった時と同じ魔素量は吸い上げたはずだ。むしろ、そこから数分間も暴食者を発動し続けたのが異常だったというべきか。
そして、暴食者の動きが止まったということは、隙だらけのエミルスは捕食対象になる。
俺の暴食者がエミルスを喰らおうと黒い霧が身体を覆い尽くす。
なすすべもなく、エミルスは俺の胃袋に収まるだろう。
――いや、お前は易々と俺の腹の内の収まるようなヤツじゃないよな、エミルス?
《告。個体名:エミルスが捕食の
暴食者の黒い霧がエミルスから弾かれるように霧散すると、エミルスの身体が俺の方へ倒れてくる。
慌てて身体を支えようと腕を伸ばすが、エミルスの身体はスライムの状態に戻って俺の手をすり抜けて地面へと落ちた。全く動かないのを見るに、
最後の抵抗で気力を使い果たしたってことだろうな。
俺の予想をいつも超えてくる。ほんと、目が離せないヤツだ。
この時の俺は安心しきっていて、仲間達も俺達の安否を心配して近寄ってきたのを満足げな表情で返した。俺はエミルスが仲間になることばかり気にしていた。心から仲間になってくれたら自然と距離も縮まるだろうと思っていたから。だが、最大の懸念点を忘れていた。エミルスは俺と同じくらい、もしくは俺以上に頑固なやつだ。
エミルスがスリープモードに陥る前、寂しげな表情を浮かべていたことに気づくことができなかった。