「なんで『鏡像者』で俺の魔素を吸わなかったんだ」
寝起き早々、見上げるとどこか不満気なソイツの姿が目に入った。周りを見渡せば、座り込んだランガの上でゴブタとシュナが俺の身体を支えている。そうか、スライムになっているのか。最後の記憶が朧気だ。
強烈に感じたのは恐怖。その感情の発端が何処から来たのかなんて覚えていなかったが、何かから逃げ出したくて必死に抗っていた気がする。それから先は、何も思い出せなかった。
チラリと戦場跡地を見れば、荒れていたはずの空き地は戦う前の景色と変わらなかった。
結局、俺は罠に嵌められた。リムルは俺の本音を聞き出すことに成功し、ついでに契約内容を変えることができる。都合のいいパシリになろうが俺は文句ひとつ出せない。それこそ、影武者として表舞台に立たされてもだ。考えつく中で一番悪手だと言える。
何意地になってんだ、俺は。こういう時のリムルが一番強いって知ってたってのに。
「聞こえてないフリをするのはやめろ」
堪忍袋の緒が切れたリムルは容赦なく突っ掛かってくる。逃げ道は無さそうだ。
「万が一
「オークロードの時はそんなことなかっただろ」
「あくまでユニークスキルの権能だから、『大賢者』や『暴食者』で抵抗や逆探知でもされたら厄介だと思ったんだよ。それこそ、俺の魔素を吸収したスキルはそれを解析して手に入れたんだろ?」
「なんだバレてたのか」
『魔素吸収』なんてスキル、前の世界のリムルが使ってた記憶はねぇしな。それがあるならあの戦いの時に使っているだろうし。詳しく聞けば、俺がブルムンド王国に行っていた頃、リムルの提案で『大賢者』が俺の『鏡像者』の気配を逆探知できないか探っていたらしい。それは難しいと結論付けたようだが、『鏡像者』が魔素を吸い取ったときの感覚を解析して下位互換のエクストラスキル『魔素吸収』を作ることに成功した。
前の世界のリムルを参考にしていた弊害がここに来た。エミルスという自分自身の不確定要素が存在しているせいで、知りえないスキルが増えていてもおかしくないという懸念をしていなかったのが敗因だろう。オークディザスターの時に散々焦らされたのにこのざまだ。もっと警戒しておくべきだったな。
「もういいだろ。じゃあ俺はこれで」
「お待ちくださいエミルス様。まだ話は終わってません」
「そうっすよ、あの発言悲しかったっすからね」
シュナとゴブタによってスライムの皮のがっちりと両側からがっちりと掴まれていることに気づいた。『影移動』で逃げようとしたのがバレているようだ。リムルは俺の目の前に立ち、あくどい笑みを浮かべてこう言い放った。
「エミルス、俺達は利害とかそんなの関係ない仲間だ。お前の目的のために無条件で手を貸すし、お前のピンチを助けたいって思う。それでいいよな?」
甘すぎて吐き気がしそうな口説き文句だ。こいつの性根は、洞窟にいた時からまるで変わってねぇな。だからクレイマンに一歩遅れをとるんだろうが。都合が良いから黙ってはいたが、やはり勝っても負けても俺の目的に無条件で手を貸す気でいたようだし。そんなリムルを嘲笑うかのように言葉を吐き捨てる。
「ハッ、盟主様がそんな甘い判断を下していいのかよ? お前に対して殺意を向けたってのに、咎めるどころか懐に入れちまうなんて寝首を搔かれても知らねぇぞ」
「いや、お前さぁ……まぁいいか。エミルスの思う壺にはならないから、安心して裏切ってもらって大丈夫だぞ」
「あ? どういう意味だよ」
理屈が何もかも分からないが、周りの奴らもうんうんと頷いている。困惑しているのは俺だけらしい。
まぁ、負けてしまったからには従うしかねぇか。あんな啖呵切っといて素直に頷かねぇのもダセェしな。本人が裏切ってもいいと言うなら、ありがたく好意を受け取るとしよう。
「いいぜ、仲間になってやるよ」
「なってやる、じゃなくてもうなってるんだけどな」
その会話を皮切りに、散々待たされた犬の如く周りのヤツらが一斉に騒ぎ出した。
「エミルス様、早速作っておいた衣服をぜひ着てみてください!」
「オイラ達の修行も見てほしいっすよ」
「ホッホッホ、その前にエミルス様こそ遅れた分の修行をみっちり仕込まなければのう」
「ちょ、やめろ引っ張るなお前等!」
スライムだから色んなところに伸ばされても伸縮性があるせいで千切れない。身体が変形しているのにも関わらず容赦なく引っ張ってくる。いつの間にか遠く離れたところでリムルが暖かい目で見守っているのを殴りに行くことが出来ねぇじゃねぇか。
とりあえず一旦離れろバカども!!!
リムルは『大賢者』の支援が無くて大丈夫なのか? と余計な心配をしているようだが、仮にも前の世界で
途中、色々駆り出されたが何事もなく日々は過ぎていく。
書類に目を通す仕事にも慣れてきて、幾分か余裕ができ始めた頃に事態は動き始める。俺が一通り終わらせて、部屋から出ようかと思ったその時だった。
「エミルス様、緊急事態です。数百機のペガサスが、町に向かって飛んできております」
ソウエイの冷静な『思念伝達』、それと同時に町が慌ただしく動き始めた。ソウエイの偵察能力には恐れ入る。
それにしてもペガサスか、考えられるのは敵襲か視察。制限をかけていた『魔力感知』を広げると、報告通りの状況が読み取れた。方角からすると、前にリムルが行ったドワーフの王国の方面だな。オークロードの件が周りの国にも伝わって重鎮が動き始めたと言ったところだろう。
窓から部屋を飛び出して翼を広げる。広場を見ればいつものメンツがすでに集まっていた。着地すると、リムルが慌ただしく声を掛けてくる。シオンの腕に抱きかかえられながら。
「エミルス、状況は聞いてるか?」
「あぁ、とっくにな。あの速度じゃ住民の避難も間に合わないだろう」
「お二方、いかがいたしますか?」
ベニマルの問い掛けに言葉が咄嗟に出ない。
怪しすぎるスライムのリムルに対して明確な敵意を向けなかった国だし、話し合いの余地はあるだろうが……。こればかりは相手の出方次第と言う他無いだろうな。リムルも概ね同意見のようで、いざとなったら戦いを視野に入れるが、まずは平和的交渉を第一にという結論に至った。
リムルの一声を合図に、できるだけ町から離れたところへ走り出す。メンバーは戦闘力持ちの鬼人どもとランガ、そしてリグルドリグルにカイジンだ。カイジンは思い当たる節があるようで、同行させてほしいと頼みこんできたから連れてきた。俺の念のため、翼をしまって妖気を抑え込みながら走る。面倒事に巻き込まれたくないからな。
町の上空で低空飛行をするペガサス集団。開けた空き地の方へ降り立ち、先頭で降り立ったペガサスに跨るガゼル・ドワルゴの姿を目視することができた。さすがの威圧感だな、英雄王とは名ばかりではないようだ。目ぼしいやつはガゼル王の他に四人、幹部だろうか? 国の上層部がやってきたと察し、重々しい雰囲気が辺りに漂う。
「お久しぶりでございます」
「久しいな、カイジン」
「はっ」
元々仕えていたカイジンは、膝をついて敬意を示した。ガゼル王はカイジンを一瞥し、それからリムルを見た。膠着状態を破るようにリムルが前に出る。「スライムか」と冷静に呟くガゼル王と、その言葉に対して静かに怒りを募らせていく配下ども。これぐらいでいちいち怒ってたらキリねぇぞ。
「最初に名乗っておく、俺の名はリムルだ。スライムだが、スライム呼ばわりはやめてもらおう。これでも一応は、ジュラの森大同盟の盟主なんでね」
スライムの姿から人間の姿へと擬態する。ガゼルは驚くこともなく、リムルの姿を見た後一瞬だけ俺の姿を視界に映した。まぁ、見た目だけ言ったらそっくりだし、ガゼル王ならばその気配も似ていることに気づけるだろう。
「単刀直入にいおう。リムル、貴様を見極めにきたのだ。俺の剣で貴様の本性を見抜いてくれるわ」
「は……?」
「この森の盟主になったなどと法螺を吹く貴様には、分というものを教えてやらねばなるまい。その剣が飾りでないのなら、俺の申し出を受けるがいい」
そりゃただのスライムがジュラの大森林の盟主ですなんて信じられないよな。この王、もしかして
それぞれ配下を下がらせて、ガゼル王とリムルの一騎打ちが始まろうとしている。
その時、思念が俺のもとに送られてきた。
(エミルス様。私が場を取り持った方がよろしいでしょうか?)
(いや、別に止めなくていい。そうだな、審判でもしてくれたならそれだけで充分だろ)
(畏まりました)
会話の直後、勝負の内容を決めていた二人のところに風がやってくる。遠慮気味に姿を現したトライアが、凛とした声が二人の動きを止めた。
「私が立ち会いをさせていただきます」
ガゼル王の側近も、その立ち姿を見て
「立会人も決まったならば、後は剣を交えるのみ」
「あぁ、そうだな。軽く勝利して今回の件をきっちり説明してもらうとするわ」
「ハハハ、俺に勝てたなら答えてやるさ」
剣を構えた二人を確認し、静寂を破るようにトライアの声が響いた。
「始め!」