ジュラ・テンペスト連邦国として、国ができてから二週間が経過した。それなりに摂政という立場も慣れ、余裕も出てきた。あちらの執務室は(主にシオンのせいで)毎日忙しそうだが、誰にも邪魔されない時間というのは大切だと思わざるを得ない。
ガチャッと扉が開く音がした。
「エミルス様、試着してほしい衣装が......」
「2日に1回のペースで来るんじゃねぇよ」
しかもメイド服じゃねぇか、さすがに怒っても許されるだろ。
多種多彩な武器を使って敵を翻弄する。それが今の俺の戦い方だ。とはいえ、このままでは器用貧乏なのでそれぞれの武器のプロに指導をお願いすることがある。例えば、刀はハクロウ、投げナイフはソウエイ、太刀はシオンといった感じ。そして新たに参加したのは
場所はヴェルドラがいた洞窟。
「我が輩がエミルス殿に教えられることは少ないかもしれませぬが、精一杯お教え致しますぞ!」
正直、勉強になることはあるのかと疑問を抱きつつも、前の世界でガビルの戦い方を知っているからこそ腕は確かだと信じている。実際指導が始まれば、そんな疑問など吹っ飛んだ。ゴブタと違って中々教えるのが上手いし、仮想敵を設置してそれに合わせた攻撃方法を指導してくれるので中々勉強になった。
「フレー!フレー!ガビル様!エミルス様!二人とも美しい〜!輝いてる〜!」
「お前たち、もっと気合いを入れんか!」
「いや、入れなくていい......」
たまに外野がエールを送るためなのか合唱してくるが、それ以外は特に気になる点はなかった。
数時間ほど指導してもらった所で、回復のために休憩を挟むことになった。というか休憩させられた。見せたいものがあると言って椅子に座らされ、ヒポクテ草が入った鉢植えをガビルの配下達が持ってきた。
「お前たち、行くぞ!せーの!」
「ジュラの森の〜♩」
何故かいきなり歌い出した。内容はヒポクテ草を崇めるのか俺とリムルの賛美歌なのかはよく分からない。一通り歌い終わった後、ガビルが改善点を指摘し続けてもう一度歌おうとする。脳内で何かが切れた音がしたと同時にガビルの足元へ槍を投げていた。岩が抉れる音でガビル達がこちらを振り返る。
「これ以上その雑音を聞かせるならシオンを呼んできてやるよ」
睨みつけると、ガビル達はプルプルと身体を震わせながら身を寄せあっていた。シオンの手料理に怖がっているのか、俺に怖がっているのか分からねぇな。
ガビルがシオンの手料理の餌食になったのは実は一度だけではない。数日前、あるイベントの時に事件が起こった。
◇
発端は
「エミルス〜! ちゃんと楽しめてるのかよ」
「くっついてくるな気色悪い」
「お前食事の時いっつも浮かない顔してるからな、口に合わないのか?」
無視しても良かったが、リムルの言葉に俺は返事をした。
「いや、栄養補給するだけの行為に楽しさとかあるか?」
俺の言葉に、一部のヤツラの雰囲気が変わった。具体的に言えば、シュナ・ゴブイチ、そしてシオンの三名。リムルも何やらククク……と大して悪く感じない笑みを浮かべ、俺の肩を鷲掴んだ。
「エミルス、この国の食文化は他の国より類を見ないものへと進化している最中だ。そんな国の中心が悲しいこと言ってたら食材たちも泣いてるぞ」
「食材に感情はねぇよ」
「比喩だっての! ともかく、俺はお前に食事の楽しさに目覚めてほしいと思っている。と、いうわけで」
宴会の最中だというのに、リムルと配下達はそそくさとテーブルやら料理やら移動させて、俺を審査員席に座らせる。隣には何故かガビルとゲルドが座らされた。こういうお祭りごとには慣れたものだが、ゲルドはまだしも隣が
予感が外れることはなくリムルが太めの木の棒を持って、高らかに宣言した。
「ここに、第一回コックグランプリを開催する! 今回のコックは、シュナ・ゴブイチ……シオンの三名だ!」
料理を作る場所として用意されたのであろう三つのテーブルに、お淑やかに礼をするシュナ。エプロンを直して気合を入れるゴブイチ。何故か自信満々なシオンがそれぞれ配置についた。シオンが名乗りを上げた時点でこの場から逃げたかったが、大勢に見張られている中脱出は困難だと悟る。ゲルドはまだシオンの料理を知らないからしょうがないとして。ガビルは呑気に待ち構えているので、お前の目は節穴かと本気で問いただしたくなった。
「テーマは【エミルスの舌を唸らせる刺激的な料理】、それでは40分間の調理時間がスタート! なお、食材はこの場にあるやつから自由に選んでもらぞ」
開戦の合図と同時に、シュナとゴブイチが食材を周りから選び始める。即興だと言うのに、やけに具体的な時間とルールが次々と設定されていく。リムルが元の世界の知識を参考にしているのだろうか。手伝いは一名のみということで、ゴブイチはペコが、シュナはベニマルを指名した。シオンは手伝いなんていらないと言い捨てる。試食の被害者が出なかったのは良かったと思うべきか。
ゴブイチはペコに試食を頼みながらどんどん料理を進化させていく。ペコという
問題は……シオンとかいうやつ。食材をそのまま鍋に入れ、周りにあった飲み物も雑に混ぜやがった。この時点でスープの色が泥水に近くなっているのは言うまでもない。ガビルもさすがに事態を把握したのか、俺の身体にしがみついてきたので数mほど吹っ飛ばした。
各々順調に仕上げたところでリムルがタイムアップを告げる。リムルがドーム型の蓋を料理の上から被せてそれ以上手を加えることが出来ないようにさせた。シオンの料理が蓋を貫通して呻き声を上げている気がするが、気のせいだと思いたい。
まずはシュナの料理から味わうことになった。いつの間にかリムルも審査員席の方に移動して、待ちきれないといった感じだ。四人の前にそれぞれ料理が出され、蓋が開かれた。刺激的な匂いと
まず目に飛び込んできたのは、薄黄色の沼みたいな見た目をしたものが入った器だ。その周りに、肉や野菜が一口サイズに切り分けられている。見た目は奇抜だがどういった料理なのか分からず戸惑っていると、リムルが用意された串で肉を刺した。
「この液体はチーズって言ってな、こうやって食うんだよ」
串で刺した肉をチーズにたっぷりくぐらせると、伸縮性があるのか上にあげてもチーズが伸びる。リムルが口元まで運んでようやく切れて、そのまま口に含んだ。あまりの美味しさに悶絶した声を上げている。
ガビルやゲルドにも好評のようで、手を動かしていないのは俺だけだった。周りから期待の目で見つめられ、仕方なく串を手に取る。野菜を串に刺してチーズとやらにくぐらせると意外と重たく、すぐに野菜を口に入れた。千切れていなかったのか、口に含んだのにまだ伸びようとするチーズが見慣れない。チーズの濃厚なとろみと野菜の新鮮さが上手く合わさることで、コクがしつこすぎない程度に口の中へ広がっていく。なるほど、確かに美味しいがそれ以上でもそれ以下でもないな。だが、新鮮だと感じのは料理だと初めてかもしれない。
「どうだ、美味しかったか」
リムルが俺に問いかけてくる。チーズを飲み込んだ後、そわそわと返答を待っているシュナに言葉を掛けた。
「美味しかった、料理に面白さを感じたのは初めてだ」
「おお、良かったなシュナ!」
「はい、お気に召していただけてよかったです」
満腹感で勝敗が決まらないように、審査員はそれ以上口にせず残った分は周りの奴らが食べるらしい。次はゴブイチとペコのコンビ。小皿に分けて出されたのは刺激的な匂いを放つ謎の茶色い液体だ。手前には小ぶりのパンが置かれている。正直、刺激臭が強すぎて食べられるとは思えないんだが。
「まぁまぁ、そう言わずに食べてみろって」
リムルはこの料理を案の定知っているらしく、今度は俺から食べてみろと勧めてくる。先程の料理と食べ方は似ているらしく、パンをちぎって茶色い液体にくぐらせてそのまま口にほおりこんだ。
「……っ、辛い」
だが、スパイスが逆にパンの小麦の甘さを引き立たている。パンの甘みとこの液体の辛さが上手く調和して、気が付けば食べ進めてしまいそうになった。
「リムル様のアドバイスで出来た、カレーという料理です」
「本当は米と合わせたかったけど、まだ開発できてないからパンにしたんだ。こっちも米に負けないぐらい美味いんだけどな」
「そうか」
中々クセになる味で気に入った。これならもっと辛くても問題ねぇ。むしろ、パンを食べずにカレーだけで食べても俺は好みだと思うだろう。ガビルは一口食べて辛そうな表情を浮かべているが、ゲルドは俺と同じくいける口のようだ。
「これ、もっと辛いの用意できねぇか?」
「エミルス、お前もしかして激辛適正があるのか!?」
「ンだよそれ、別に辛くても食えるだろ」
「これわりと辛いし、涼しい顔して食ってるのお前だけだよ……」
周りを見れば、確かにカレーに挑戦して水をがぶがぶと飲むヤツが複数人いることに気づいた。ゲルドもよく見たら汗をかいていて、仕事で働いた後みたいに顔を顰めている。
リムルが小声で「激辛コンテストもありか……」と呟いた後、審査員席に置かれていたカレーは回収された。
「じゃあ、俺はこれで……」
「まてリムル。審査員席に座ったなら最後の食事もしっかり食べていけよ」
「いやだよ、文字通りの最後の晩餐は遠慮したい!」
「元はテメェの提案だろうが観念しやがれ!」
逃げようとするリムルを押さえつけながら、最後の挑戦者の料理を待つ。小皿に分けるようなことはせず、ドンッと大きな音を立てて蓋がされたそれを俺の目の前に置いた。ぐつぐつと蓋の隙間からカレーとは似ても似つかない腐敗臭が漂っている。意図的に嗅覚を消去し、念の為味覚も消去した。
何故か自信満々のシオンが、笑みを浮かべて話しかけてくる。
「さぁエミルス、味わってください」
蓋を開けると、紫と緑が混ざった液状の何かが蠢いてる。恐怖という感情を無理やり引き起こされる感覚に、目の前の料理は最早精神汚染を齎す生物なのでは無いかと感じさせた。
これを味わったら間違いなく精神に何らかの異常をきたすだろう。
「シオン、お前はこれがまともな料理に見えているのか?」
「えぇ、色は違いますがそれは私の独創性の現れでしょう」
この女、気が狂ってやがる……。
というより、自身の料理に感覚を狂わされてるのかもしれない。どうしたものかと悩んでいると、机の下から妙な違和感を感じて椅子ごと後ずさる。
すると、俺の膝に飛び乗ってくる粘性生物――スライムが、シオンの料理に興味を示しているのがわかった。
「野生のスライムだな、いつの間に
リムルが不思議そうに問いかけると、ソウエイが答えてくれた。皆が宴会で楽しんでいる最中に数匹入り込んだようだが、特に何かを害する様子もないので放置していたようだ。
そのうちの1匹がここにいる。すると、スライムがシオンの料理に興味を示し、あろうことかその劇物に勢いよく飛び込んだ。飛び込んだ拍子に周りに劇物が跳ねて、呑気に欠伸していたガビルの口にホールインした。
「ぐぉぉぁぁぁぁ!!」
「ガ、ガビル様〜!!」
「私の料理が……」
「その料理の毒によってスライムが死にそうだが大丈夫か?」
「あぁ、やっぱりこうなるのか……」
悶え苦しむガビルと放心状態のシオン、呆れて何も言えない俺達と中々カオスな状況に陥っている。件のスライムは劇物の中で身体が変色し、全身がブクブクと浮きだっている。劇物を溶解・吸収しているらしいが、毒に耐えられずに蒸発するんじゃねぇか?
様子を見守っていると、リムルがあっと驚嘆の声を上げた。
「そのスライム、
「は?そんな簡単に変化できるもんなのか」
「いや、大体のスライムは環境に適応できないはずだけど、奇跡的に適応したみたいだ」
もしかしたらユニークモンスターだったかもしれない、とリムルが言葉を加える。スライムのユニークモンスターがそんなにホイホイ出ていいのかよ、と思いつつもスライムのユニークは生まれても生き残れないことが多いのだろうと悟った。自我が無いしな。
「つまり私のおかげというわけですか?」
「お前は1ヶ月料理禁止で」
「そんな......」
第二の
「このポイズンスライムはどうするんだ?」
「毒耐性が無い住民も多いし、野放しにするのもなぁ……」
「ンじゃ、俺のテントで管理させてもらうぜ」
「管理ですか?」
シュナは俺の意図が分からないと言いだけに言葉を反芻する。俺の目的は至ってシンプルだ。
「スライムを使った実験だよ、この料理を食べて変化したスライムなんてコイツが初めてだろ。どんな風に変化したか色々観察したい」
「寝ている場所にポイズンスライムって嫌じゃないか?」
「ほとんど執務室で寝てるからほとんど使ってねぇんだよな」
スライムの生態から俺達の弱点を知れるかもしれないしな。血液で手の表面を覆ったあと、ポイズンスライムを持ち上げると意外とすんなり掌に収まった。
リムルはそいつを眺めながら、ぽつりと呟いた。
「名前はどうする?」
「つけなくていいだろ、別に見分けがつかないわけじゃねぇし」
「それもそうか……」
◇
ガビルに事のあらましを伝えると、ポンッと掌に拳を当てて表情が明るくなる。
「そんなこともありましたな〜!」
「途中から気を失ってたくせに」
「そういえば、あれからあの
「ちゃんと管理してるさ、見に行くか」
「ぜひとも!」
ガビルとその配下達をテントに連れていく。テントというより飼育所へと変貌したそこは、入口に鉄柵が付けられている。ポイズンスライムが出した酸が鉄柵を腐蝕させているが、クロベエが作った鉄柵はそう簡単に壊れない。ガビルが興味深そうに眺めていると、奥から普通のスライムが顔を出した。
「増えました……?」
「他のスライムもとっ捕まえてきたからな、今6匹ぐらいだ」
「そんなに飼って、縄張り争いは大丈夫なのですか?」
「スライムに普通自我はねぇよ」
「あ、そうでありましたな」
納得したようにガビルが頷く。ポイズンスライムの毒や酸は他のスライムに効かないらしく、何故か共生できているようだ。俺や近くにいたリムルも試したが、ポイズンスライムの毒に耐性がある。リムルの『大賢者』によれば固有スキルと関係あるのではないかとの事。一度、俺の血やリムルの細胞でも変化はあるのか試してみたいところだ。
ポイズンスライムを観察し始めて一ヵ月経とうとしているが、未だに自我の発現には至っていない。もし本当にコイツらに自我が生まれたのだとしたら、名前を付けてやってもいい。
まぁ、その可能性は無いに等しいだろうがな。
エミルスってシンシヤが一緒に入ってほしいって言ったら羞恥心なく入るタイプの父親な気がします。