朝食を食べるミリムを眺めながら、俺は今後の行動を確認することにした。リムルが盟主として様々な仕事がある以上、結局俺が賓客の世話をすることになってしまった。薄々こんな予感はしていたがな。
とはいえ、俺が表立ってすることはないだろうし、面倒な仕事から逃れてミリムと交友を結ぶことができると考えたらその方がいい。リムルがそれとなくミリムに新しい服をプレゼントすると促し、シュナの仕事場へと誘導する。食いついたミリムの付き添いとして、またあそこに行かねばならない。
……着せ替え人形は懲り懲りだが、やるしかないだろう。シュナも久しぶりに俺が来訪すると聞いて嬉しそうに準備し始めた。ミリムの服の方が大事からな、俺は別にいらねぇぞ。という声は聞こえていたのだろうか。聞こえていても結果は変わらねぇけど。ミリムがご飯を食べている最中、ふと動きを止めて急にこちらに視線を向けた。
「ところでエミルス、出会った時から気づいてたがお前から不思議な気配がするのだ」
「不思議……?」
ミリムの言葉に疑問符を浮かべる。
リムルの『解析鑑定』じゃそんなこと言ってなかったけどな。まぁヤツの体内でじっくり解析させてないからなんとも言えないが。魔王ミリムの『
「いるのかいないのか分からない不安定な感じなのだ。お前、本当にスライムか?」
「スライムじゃなかったらなんなんだよ」
……まさか、俺がこの世界の存在ではないと気づかれたか?
まずいな。リムルの解析では正体がバレないと高を括っていたが、魔王ミリムがこの町に来るのは想定外だった。厄介事を増やす訳にもいかねぇし、どうにかここは好奇心を抑えて貰わねぇと。
思考を回転させ、俺は笑みを浮かべてミリムに囁いた。
「俺達は
「……! そうだな、お前はいい事を言うのだ!」
チョロすぎて逆に心配だ。いや、見逃された可能性もあるが一先ず追及は逃れたとみていいだろう。ミリムは椅子に座りなおして残りの朝食を食べ進める。
だが、妙な話だ。ミリムとリムルの解析鑑定に差があった。二人のスキルに差があるのか、それとも俺が対象になると変化が生じるのか。
後者だった場合、俺のユニークスキル『鏡像者』がリムルに対して何らかの影響を与えている可能性がある。初めから俺の中にあったユニークスキル。コイツの全容が明かされた時、今までの謎が明らかになるような気がする。俺が鏡に映らないのも、水に入れないのも、解析に差が生じるのも、全ては繋がっているはずだ。
前の世界の俺を象ったようなユニークスキル、『
理由は明白。俺の思考が凝り固まっていたからだ。俺はリムルの鏡像体だからと当たり前に受け入れていた。
朝食を食べ終えて満足そうに頷くミリムを見つめる。対象を変えられるのなら、もしかしたら――
「ミリム、ちょっと実験していいか? 俺のスキルを試したい」
「いいぞ、何をするのだ?」
「そこでじっとしていてくれればいい」
ミリムを視界に捉え、手を伸ばす。無意識に息を呑んだ。これが成功すれば、一気にこの世界の覇者になるかもしれない。深呼吸してから、『鏡像者』に意識を向けた。
――鏡世鏡、ミリム・ナーヴァを映し出せ。
俺の宣言から、数秒が経過した。
世界の言葉も、『鏡像者』も応答しなかった。失敗とみていいだろう。長く息を吐いて、無駄に強ばっていた力を脱力させる。ミリムはそわそわしながら俺に近づいてきた。
「どうだ? 上手くいったか?」
「全然、何も変わってねぇな」
「そうなのか……」
ミリムも変化に期待していたのか、萎れた花のように元気がなくなった。俺の『鏡像者』はリムル=テンペスト限定らしい。もしくは、上位の存在だから効果が無かったのか。朝食を終えてシュナの製作工房にやってきたとき、シュナに『鏡像者』の実験台をお願いするとこちらもあっさり了承した。対象をシュナに変更してやってみたが意味はなかった。姿すら手に入らないのだから、俺の実験は徒労に終わったも同然だ。
俺はリムル=テンペストしか映さない。俺が生まれた経緯を考えたら妥当な判断だろう。……言い換えれば、鏡像体としての特性はこのスキルが全て司っており、俺の身体そのものはこの世界の生物と似通ったものであるということだ。恐らく理由があるはずなんだが。
あれこれ考えているうちにシュナによる着せ替え人形の時間が始まり、姿見の前に移動する。俺の姿は映らないままだ。シュナと衣服だけが浮いている。俺の肌に密着すると着用した衣服も見えなくなるのだから姿見に意味はない。だというのに、シュナはいつも笑顔で服を持ってくる。まぁ俺は自分の姿が見え辛いというだけだし、周りは普通に見えているからな。今回選ばれたのは、ミリムの白いセーラー服に合わせた、朱色のセーラー襟がついた白い服装。リムルにも用意しており、ヤツには水兵帽なる被り物も用意してあるようだ。
「まぁ、とても似合ってますよ!」
「気に入ったぞシュナ! お出かけにぴったりの服装なのだ」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「と、言われても俺はしっくりこねぇんだけど」
見た目に気を使ったことはない。俺にとって鏡は移動手段で……生まれ故郷だ。それにリムルの姿が俺の見た目と同じなんだから、ヤツを見れば一目瞭然だ。言い換えれば、俺はリムルの試着の代わりをやらされているとも言う。
そう思っていた俺の思考を読み取ったのか、シュナは笑みを絶やさずに優しく言葉を伝えてきた。
「そんなことはありませんよ、エミルス様だけの魅力を引き出せていると思っています」
「……つっても、リムルと同じ顔だぞ」
「いいえ、私達魔物は見た目ではなくその
シュナの確固たる意志の片鱗に、俺は圧倒されてしまって言葉を失った。
どいつもこいつも、この世界の奴等は俺の事を「エミルス」として認識していて居心地が悪い。前の世界では偽者として真っ向から否定してきたクセに、と恨み言を吐くこともできない。この世界の奴等は前の世界の奴等と違うからだ。だけど、この真っすぐな好意を素直に受け取らないのは違う。
「ありがとな、シュナ」
「はい! 今後も頑張って御作り致しますね」
「いや、それはほどほどでいい」
シュナの製作工房から離れ、好き勝手に歩くミリムの世話でげっそりしつつも町の中を練り歩いていた時、事態は動いた。ミリムがまた目を離した隙にどっかいって、三度目か……と思っていたら広場に見慣れない魔人達を発見する。ガラが悪そうな男と、その配下といったところだ。配下達の姿を見るに
住民達が興味津々の様子で集まり始め、騒ぎを聞きつけたリグルドが俺のそばに近寄ってきた。
「エミルス殿、ここは私が対応を」
「いや、いい。コイツらはどっかの魔王の配下かもしれねぇ……はぁ、面倒だが俺が対応する。リグルドは住民達に呼びかけだ。ソウエイ」
「はっ」
「リムルを呼んでこい。ベスターの研究所のところにいるはずだ」
「承知致しました」
リグルドとソウエイに命じた後、身体を軽く動かして準備をする。獣は気性が荒いし無駄にプライドが高い。面倒事を持ち込んできたのは確実だ。リムルが来るまで遊んでやるか。
魔人達のところに近づくと、リーダー格らしい男が俺に話しかけてきた。
「俺は魔王カリオン様の三銃士、黒豹牙フォビオだ。獣王騎士団の中でも最強の戦士よ」
自分で軽々しく最強を名乗るかよ、あのミリムでも簡潔な自己紹介だったのに。完全に舐め腐っているフォビオという男は、周りを見渡した後俺に向かって言い放った。
「ここはいい町だな、獣王様が支配するにふさわしい。そうは思わんか?」
「その獣王様はお前を遣わしたことを後悔するかもしれ……」
ねぇぞ、と続けたところで火を纏った拳が飛んできた。昨日ミリムの拳をなんとか見切ったが故に、フォビオの拳は止まって見える。最低限の動きで避けると、フォビオの拳で僅かに服が焦げた。さっき貰ったばかりだってのに、もったいないことをした。
「……いきなり攻撃とは、躾がなってねぇ。獣王様の調教は激甘のようだな」
「貴様、下等魔人如きがカリオン様に対して不敬を働くか!」
「今のは俺個人の意見であって町の総意じゃねぇから勘違いすんなよ」
つい煽ってしまったが、ここで戦うのはさすがにマズイな。どう始末をつけるか悩んでいれば、背後からとんでもない殺気を感じる。振り返ると、魔王ミリムから赤黒い
なんでコイツ怒ってんだ……? と思いつつも慌てて道を開けると、ミリムが前に出てキッとフォビオを睨みつける。ミリムが右足で踏み込むと、妖気で大きなヒビが入った。
「なっ……魔王ミリム!」
「ワタシの
「ひょうがばくえっ」
フォビオが何か言い終わる前にミリムの拳がフォビオの腹に炸裂する。轟音と共にミリムの拳に収束した妖気の爆発が天に向かって伸びていくのが見えた。……これ、コイツ死ぬんじゃねぇか。
数秒後、段々と妖気が収まっていき中心部の様子を伺った。案の定、フォビオは地面に倒れ伏している。苦悶の表情を浮かべ、汚らしい吐瀉物と舌が口から零れている。死んだかと思ったが、
ミリムはひと仕事終えたと満足そうに笑みを浮かべ、こちらを振り向いて期待の眼差しを向けている。どうやら誉めてもらいたいようだ。暫く悩んだ末、俺はミリムの頭を撫でることにした。
「……ありがとうな、ミリム。俺の為に力を使ってくれて」
「!……
背後から羽音が聞こえてくる。
タイミング悪く空からリムルがやってきたようで、伸びた魔人と俺の様子を見比べて現状を悟ったらしい。ミリムはリムルの方を向いて自信満々に告げた。
「おお、リムルよ。此奴がエミルスに危害を加えようとしてたから、制裁を加えてやったのだ!」
「……そうなのか?」
「まぁ、アッチが話し合いする気無かったのは確かだな」
「お前の事だから、どうせ余計に煽りすぎたとかだろ」
「事実を述べただけなのに逆上したヤツが悪いだろ」
見透かされていることを素直に認めることが出来ず反論すると、リムルは呆れたように息を吐いた。完全にナメられている。ヤツの料理に毒でも盛ってやろうかな。
「――まぁ、ミリムが許可なく暴れたことはダメだが、エミルスが許しちゃったし今回の件は不問としておく。だけど、次は俺の許可も取ってからな、じゃないとご飯抜きだから。ちなみにエミルスも連帯責任だぞ」
「う、わかったのだ……」
「は?」
困惑する俺を無視して、リムルは配下達に命じて会議の準備を始めた。前の世界の俺ならがら空きの背中を刺し違えてでも狙ったところだ。
実際目的のために生かしてはいるが、帰る手段を手に入れたなら半殺しにして今までの非道を詫びさせるってのも悪くねぇかもな。周りの奴等が許しはしねぇだろうが。
それにしても、魔王カリオンの部下がやってきたってことは、アイツも動いている可能性は高いだろう。気を抜いたらこっちがお陀仏だ。気を付けねぇと。
会議室に移動した。ガゼル王と親睦を深めた和風の場所ではなく、執務室がある執務館の方だ。俺はミリムの見張りとして、ソファに置かれていた。当の本人はサンドイッチを美味しそうに頬張っていて、この場の張り詰めた空気など意に介していないようだ。
面倒な政治関連はリムルがやってくれるから僥倖。聞いてた限り完全に見下されていてまともに話し合いが出来てないようだが。案の定、フォビオはリムルに門前払いを受けて悔し気に顔を歪ませながら、会議室から出ていった。彼は出る寸前、コッチを睨みつけて恨み言を呟いていた。面倒事を起きる予感がする、と本能的に理解する。こういう勘は当たっちまうんだよな。
リムルは人間の姿に戻り、ミリムの近くへ移動する。
「さて、魔王カリオンについて話が聞きたい」
「それはリムルにも教えられないぞ。お互い邪魔をしないと約束したのだ」
言外に秘密があると自白したな。そこからのリムルの行動は早かった。隙を見せたミリムをなんだかんだ丸め込んで、
だが、これで情報を得る事が出来た。クレイマンが傀儡の魔王を作ろうとしていたのは知っていたが、カリオンとフレイ。そしてミリムもその作戦を協力していたらしい。
だが、ミリムが俺の存在を知らなかったということは、クレイマンは独断で事を進めている可能性が高い。もしくは、俺の事を信用せずにこの町もろとも抹殺する算段でも立てているか。どちらにせよ、警戒を緩めるつもりはない。
「大丈夫です。リムル様とエミルスならば他の魔王など畏れるに足りません!」
シオンは俺達を信頼しすぎだろう。
リムルが覚醒魔王になったならそれでも問題ないかもしれないが、現状は無理だ。俺も有力な攻撃手段が『血液操作』だしな。