後日、俺はゴブタ・ランガ・ゼギオン・アピトと共に森を散策していた。修行の為でもあるが、俺の目的は偵察だ。
ソウエイが連日偵察に当たってくれているが、優秀とはいえ一人では限界がある。だから今回、修行という名目で町から連れ出して俺の目的を手伝わせることにした。
修行という視点からみても、コイツらは最近俺との模擬戦闘ばかりやっていたからな、たまには実戦も必要だろう。ゴブタはハクロウとの修行も行っているため当然成長しているはずだが、ランガとゼギオンの成長速度も目を見張るものがある。彼等は俺の鍛錬以外は、まともな指導を受けていないはずだが自主鍛錬により己のスキルの熟練度を高めている。ランガは風雷と分身体のコンビ技を、ゼギオンはスキルを持たないため純粋な戦闘力を極めている。ただし、ゼギオンの動きは日に日に洗練されている。
ゼギオンが参加してから三回目にして、掠めた程度だが俺に攻撃を当てやがったのだ。古参のゴブタやランガですら一回当てるのに半年かかったというのに。これにはさすがに驚いた。数年も経てば、ベニマル……いや、ディアブロとまともに勝負ができる程度になるかもしれないと思わされた。
そんなゼギオンだが、無口なためコミュニケーションが取りづらいところがある。僅かな反応を示してくれてから、俺のアドバイスは真剣に受け止めているのは確かだ。ゴブタとランガとの連携技は上手くいかないので、単体で戦う方が得意なタイプなのかもしれない。ちなみにアピトの事を妹だと思っているらしい。
アピトは三人がピンチに陥った時、咄嗟に回復薬を投げつける係だ。彼女は非戦闘員だしな。
『
上空から『魔力感知』で偵察し、『思念伝達』で情報を送る。
俺の姿が視認されないように、念のため隠形法で認識を阻害している。これでクレイマンの部下に見られでもしたら面倒な事になりかねない。俺の情報で、背中に跨るゴブタと共にランガが目的地まで疾走する。
「ようし、ランガさん行くっすよ!」
ランガの背中からゴブタが跳び上がり、小太刀を構える。ランガが天に向かって吠えるとゴブタの小太刀に黒雷が直撃する。どうやらアレはいつかの戦いのご褒美で作ってもらった専用武器らしい。雷を纏った刀に振り回されることなく、上空から振り下ろされたゴブタの斬撃によってホバーリザードの身体は切断された。
「名付けて雷電斬りっす!」
『そのまんまだな』
続いて、ゼギオンが敵の側面からタックルを仕掛け、自身の角で身体を突き刺した。ゼギオンの数倍大きいはずのホバーリザードはそのまま上空へと打ち上げられ、地面に叩き落とされる。トカゲはあえなく絶命したらしい。
「いやぁ相変わらずゼギオンさんは規格外っすね」
「……」
ゴブタの言葉にこくりと頷いてみせるゼギオン。自分自身の能力の成長を自覚しているらしい。とはいえ、談話中でも警戒を怠らないことを意識していない時点で能無しだがな。
二人の背後に迫るトカゲを血の槍で天から突き刺すと、二人は漸く事態に気付いたようで冷や汗をかいた。指導のために地面へ降り立ち、ゴブタとゼギオンを視界に捉える。
「戦ってる最中に油断するとか、死にたいのか?」
「申し訳ないっす……」
「ランガは敵を殲滅し、周りの状況を確認するため警戒を解かなかった。一点追加だ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
ちなみに、各々が稼いだ点数はスナック樹羅でご褒美に変えることができる。向上心上昇の為の措置だ。
課題点を教えていたところ、突然ランガが表情を変え進言する。
「エミルス殿、付近で人間の集団がナイトスパイダーと交戦中です」
「……数は?」
「人間側は十数名。ナイトスパイダーは単体です」
「よし、ランガとゴブタはすぐに援護に行ってやれ。食材を中途半端に傷つけられちゃ困るからな」
「はっ!」
「了解っす!」
ゴブタがランガの背中に勢いよく跨ると、稲妻の如く駆けていった。ホバーリザードを胃袋に納めつつ、ゼギオンとアピトを両脇に抱えて二人を追いかけた。『魔力感知』で人間どもの状況を把握すると、見覚えのあるやつが複数名いることに気づいた。
馬鹿三人組と、上司のフューズである。
「なるほど、大体読めた」
速度を上げ、目的地へ急ぐ。余計な混乱を招くと面倒だからな。
辿り着くと、すでに戦いは終わっていてナイトスパイダーは綺麗に胴体と足を切断され、無残にも全ての眼が焼かれていた。ランガとゴブタが張り切っていたのが目に見えて分かる。
地面に降り立ち、翼を仕舞った後ゼギオンとアピトを離した。人間達は唖然としたまま目の前の光景を信じられずにいるようだ。狼とゴブリンが森の捕食者たるナイトスパイダーを圧倒した、という字面が人間の常識では考えられない事らしい。ナイトスパイダーを回収している様子を見ていると、後ろから甘ったるい声が聞こえてくる。
「エミルスさ~ん! お久しぶりですぅ」
エレンが後ろから俺の身体に抱き着き、俺の髪に顔を埋める。ゾワッとした感覚が背筋を走って慌てて後退すると、行き場を失ったエレンの手が空気を掴んでいた。続いて、絶句した俺のところにフューズがやってくる。
「エミルス殿、お久しぶりです」
「あぁ、今回は何の目的でここに?」
「オークロードの件で上から色々と言われてましてね。自らの眼で貴方達を観察するようにと仰せつかったんですよ」
「そりゃ大変だな? 馬鹿三人組以外のこいつ等も同じ理由か?」
俺の目線がリーダー格である男に向くと、困惑気味の表情を浮かべたそいつはぎこちなく言葉を連ねた。よく見ると、雰囲気を感じさせる男だ。所謂カリスマみたいなもんだろうか。
「まぁそんなもんです。一応、ファルムス王国からの調査団で団長やってるヨウムといいます」
「ファルムス……はぁ、とりあえず町に案内してやるよ」
ゼギオンとアピトには、修行は終わりだと告げ持ち場に戻るよう合図する。こくりと頷いた後、二匹は
未だに腕を伸ばしたままのエレンのところに、スライムの姿となって飛び込む。いきなりスライムになったからか、ヨウムとその配下達は驚嘆で目を見開いた。
「俺はジュラ・テンペスト連邦国の国王補佐をやってるエミルスだ。アイツもスライムだから、慣れておけよ」
俺の言葉にヨウム達は未だ愕然としていたが、数秒後にゆっくり頷いた。これじゃ先が思いやられるな。俺の監視しているソウエイが、すでにアイツへ連絡しているだろうが念のため伝えておこう。
警備隊によって運ばれていくナイトスパイダーを眺めながら、三か国の会議に巻き込まれたくないと叶わない願望を抱いていた。
俺が状況を報告した後、リムルの斜め後ろの用意された席に座る。
場所はいつもの会議室だ。俺が事前にスライムの姿を提示したためか、リムルが自己紹介をしても表面上は保ってられたようだ。ただまぁミリムの乱入で、フューズの余裕は削ぎ落されたようだが。ヨウムはテーブルの上に足を置いてふんぞり返っており、荒くれもの達を纏める団長らしい常識の無さを披露してくれた。
「ブルムンド王国とファルムス王国から、それぞれここの調査に来たと?」
リムルの質問に、フューズが答えようとすると「っていうか――」と割り込んでヨウムが疑問を投げかけた。
「なんでスライムどもがそんなに偉そうにしてるんだよ。おかしいだろ、なんなんだ一体? なんでお前等は納得してるんだ?」
「お二方に無礼ですよ」
「うるさい黙ってろオッパイ」
あ、と気づいたときには遅く。
俺達が止める暇もなくゴツンと鈍い音が響く。シオンが大太刀の鞘でヨウムの頭を殴り倒していた。
「あ、つい……」
「「つい、じゃねぇよ!」」
シオンの短気に偶然俺とリムルの声が重なった。二人から怒られてさすがに参ったのか、シオンは慌ててヨウムを介抱する。さすがに理性はあったようで、たんこぶを作って気絶した程度だったが本気だったら大変な事になっていただろう。まぁそんなことより、リムルとシンクロしたのが胸糞悪いが言動は心の内に秘めておくことにした。
回復薬を振りかけると、ヨウムは目を覚ました。
「ウチのシオンがスマンな。ちょっと我慢が足りないところがあるんだ。許してやって欲しい」
「酷いです。これでも忍耐力には定番があるのですよ?」
「わはははは! 我慢が足りぬとは、まだまだだなシオン。ワタシのように心を広く持たぬから、そんなに短気なのだぞ!」
「お前等二人が短気代表みたいなところあるけどな……」
思わず心の声が漏れると、二人の視線が一気に俺へ向けられる。目を逸らして憤怒の凝視から回避すると、リムルはオッホン! とわざとらしく息を吐いて場の雰囲気を仕切り直した。
「俺は人間とも仲良くしたいと考えている。そのうち貿易して交流できればいいなと思ってるしさ」
続いて、リムルがドワルゴンとも国交を開いていると告げるとフューズはまた驚嘆の表情を浮かべた。中立国家ドワルゴンが魔物の国を承認したという事実は、話を聞いても信じられないことのようだ。ベスターが途中で会議室に入ってきて、リムルの話を納得させた。この町に長らく滞在して本当に人間の味方なのかどうか見極める、というところで話がまとまったようだ。
「とはいえ、貴方の部下のエミルス殿がブルムンドで活躍してくださった以上、信じていないわけではないんですがね」
「へぇ、そうなのか」
「……部下じゃねぇ」
俺とリムルの関係はあくまで対等だ。
フューズを睨みつけると、「そうでしたか」と大人の対応で引き下がった。部下じゃない、という俺の発言は矛盾している。ガゼル王の前ではああ言ったが、俺には確かに権力があって、リムルと同様にアイツらに指示を出せる立場にある。政治の場で口を出せる程の発言力がある。矛盾させているのは俺の方だと分かっちゃいるが、矜持を折ることは不可能に近い。
俺が頭を捻らせている間に、リムルはヨウムに契約を持ちかけていた。オークロードを討伐したのはヨウムであって、魔物の国はただその戦いに協力しただけだということである。不用意に俺がオークロード討伐をブルムンド王国に広めていなくてよかったな。まぁ、情報のアドバンテージを自ら捨てるような真似はしないが。
ヨウムが勇者の真似事でもしろってか?と突っかかっていくと、蜂蜜を与えられてご機嫌なミリムが冷静に呟いた。
「勇者はダメだぞ? あれは特別な存在で、勝手に名乗っていいものではないのだ。勇者を名乗るものには因果が巡る。なので、せいぜい英雄を名乗るが良い」
面倒な制約が勇者にもあるらしい。魔王を名乗ってこの世界の因果に巻き込まれるのは面倒だし、出来れば勇者にも会いたくないな。
「そういう話じゃねーよ、ガキ! だいたい――――」
ゴツン!! と鈍い音が鳴り響いた。
またヨウムがダウンしてしまったようだ。
「ち、違うのだぞ? わ、ワタシは何も悪くないのだ!」
大慌てで言い繕うミリムに、リムルは溜息を吐いて真っすぐ彼女を見つめた。
「ミリム、エミルスは許しても俺は許さないからな。次はないぞ?」
「わかったのだ。信用するのだ、リムル」
「……俺が甘やかしてるみたいに言うなよ」
「実際そうだろ」
身に覚えがない言われように、わざとらしく肩をすぼめる。
いや、本当に身に覚えがないんだが。ミリムとは契約関係で蜂蜜を渡しているだけに過ぎない。確かに多少多く渡しているきらいがあるがそれだけだ。ミリムを特別扱いしているわけではない。まさかリムルがマブダチを俺にとられたくまいと嫉妬しているとか? だとしたら愉快だがな。
「ミリム……? どうもその名前に聞き覚えがあるんですがね」
フューズが訝しげに呟くのを聞くと、リムルは慌ててヨウムの容態を心配する声を上げる。さすがにまだミリムが魔王であると伝えるのは早いと判断したんだろう。幸い、それは上手くいったようで意識はヨウムの方へ向かった。人間なのに中々頑丈なようで、回復薬で生き返ったヨウムに異常はない。
ヨウムは一度この町を見て考えさせてほしいとだけ言って、部下を連れて会議室から出て行った。フューズも同じ考えのようで、この場で考えるべき話題は終わり各自解散となった。馬鹿三人組は調査だと言ってフューズに付き合わされてげんなりした様子で会議室を出て行った。
ミリムは俺達のそばに近寄ってきて、どこからか小皿を取り出して目を輝かせた。
「宴会が始まっているのだ。みんな待ってるのだから早く行くのだ!」
「いいですね、俺達も行きましょう」
「にぎやかなのはいいことですな」
ベニマルやリグルドもそれに同調し、シオンが早速リムルを持ち上げて出発した。リムルが何か言う暇もなくミリムとシオンに連れ去られていくのを見届けると、椅子から立ち上がりぐいっと背筋を伸ばした。
「さぁ、エミルス様もご一緒に」
「俺もお供します」
シュナとソウエイが後ろから声をかけてくる。
お前達もリムルの集団についていけばいいのに、と思いつつも急かされて宴会で賑やかな広場へ移動する。種族なんて関係なくいろんな姿をした住人達が、ナイトスパイダーを煮込んだ巨大な鍋の周りで酒を浴びている。
俺はその光景に、いつかの
――いや、俺がその姿を魚に変えちまったんだっけな。
そういや、あの魚のオリジナルはどういった経緯で生まれたか忘れたな。確か、
ヴェルドラがリムルの腹の中にいた頃見たと言っていた気がする。
嫌な予感が背筋を走る。騒動はこれだけでは終わらないようだ。