(話はまとまったか?)
蚊帳の外にされていたヴェルドラが、口を開いた。
コイツ、意外と寂しがりやなんだな。普段漫画読んでるか
(おう、待たせて悪かったな。それで、無限牢獄なんだけどさ――)
このまま無限牢獄に囚われ続ければ、ヴェルドラはいつか朽ち果てるらしい。お人好しのリムルは自身のユニークスキル『捕食者』で無限牢獄の突破を試みたが、ダメだった。リムルがもう一つのユニークスキル『大賢者』と相談する間、ヴェルドラの視線が俺に注がれる。
(おい、エミルスよ)
(……なんだ)
(おぬしとあやつには何か因縁があるのか?)
(逆に聞くが、ヴェルドラに教える利があるのか?)
(我は人生経験が豊富だからな。相談に乗れるかもしれんぞ)
リムルのお人好し度が高すぎるせいで気づいていなかったが、コイツも相当変人……いや変龍だな。さすが将来漫画を読み漁るニートになるだけはある。
返す言葉は一つだけだ。
(お前には関係ない)
(……そうか)
竜の顔は表情が分かりやすいというのが、俺の新たな知識になった。ヴェルドラが分かりやすいだけかもしれない。めちゃくちゃ落ち込んでいた。
リムルの提案は、ヴェルドラがリムルの胃袋に入って中と外から無限牢獄の解析を試みるということだった。面白いことが好きなヴェルドラは、あっさりその提案に乗った。長寿な種族って基本的に愉悦を求めるんだよな。やはり一番の敵は飽きということらしい。
一瞬、俺も胃袋に入ってそのまま眠りにつきたい欲求があったが、リムルの胃袋に入る嫌悪感の方が勝った。アイツの胃袋に入るのは死んでもごめんだ。
(じゃあ、今から『捕食者』で……)
(ちょ、ちょっとまて! その前に、お前に名前をつけてやるわ。お前も我に名前を付けろ)
こいつらの運命が決まる歴史的瞬間ってこんなノリだったのか。単細胞というかなんというか。これでただのスライムが世界に四体しかいない竜種の一匹、暴風竜ヴェルドラと同格になるってんだからつくづく運がいいもんだな。
(エミルスよ、お前にも名前をやろう。我らは同格として……)
(絶対嫌だ)
(何故だ、我の加護付きだぞ? 強くなる絶好の機会ではないか)
エミルス=テンペスト? 想像しただけで鳥肌が立った、生理的に無理だ。
……それに、俺が知ってるお前達なら、贋作であるエミルスをこんな軽々しく引き入れたりはしないだろうからな。
(暴風竜の加護なんて必要ねぇ、自分の力で強くなってやる)
(むむ……なら、共通のファミリーネームではない名前だとしたらどうだ? 自分で名前を決めるといい。我は形だけ名付けるのだ)
俺の意見に対して、ヴェルドラは食い下がってくる。冷静な理性はヤツの加護を得られるなら、それくらいは許容範囲だろうと言ってくる。力はあるにこしたことはない。だが、ヴェルドラは仮にも誇り高き竜種の一匹。出会ったばかりのスライム風情にここまで食い下がるのは違和感がある。
(どうしてそこまで加護をつけたがる? トモダチになったリムルはまだしも俺とお前はただの顔見知りだぜ)
(おぬしはこやつのすてーくほるだーなのだろう? 餞別代りに受け取ってほしいというのが一つ。もう一つは、我の勘だ)
(……あ?)
(フフン、我の勘は当たるのだぞ)
得意げに笑うヴェルドラに、呆れの言葉も出ない。リムルの周りの奴はどうしてこういう奴ばっかなんだ。
困惑する俺とやけに自信満々なヴェルドラの会話の合間に、リムルは熟考の末ファミリーネームを思いついていたらしい。
(テンペストなんてどうかな!)
(なに!! テンペストだと!!! 素晴らしい響きだ!!!!)
バカの集まりかよ……。
そして、ヴェルドラが意気揚々とスライムに名付ける。これから波乱万丈に満ちた人生を送る、まさに暴風に相応しい存在に対して。
(お前には、リムルの名を与える。リムル=テンペストを名乗るがよい)
リムルの身体が光り輝き、魂に同格の証が埋め込まれる。
俺は名付けの瞬間を見たことがなかったから、珍しいもんが見れたと単純に感心した。この世にリムル=テンペストが誕生した。眩しかった。何度も何度も生まれ変わって強さを求めたあの時の俺達のような意地汚さはここにない。純粋な進化は本物の特権だ。
もしかしたら気が緩んでいたのかもしれない。だから気づかなかった。俺の中のユニークスキルに。
《確認しました。エミルスを対象:リムル=テンペストにリンク……成功しました》
突如、"世界の言葉"が降ってきた。
それは、俺の長い長い人生で一番最悪な祝福の言葉だったかもしれない。
《確認しました。ユニークスキル『
今、なんて言った?
(エミルス!?)
リムルが俺に何か言葉を投げかけているのが聞こえる。"世界の言葉"は周囲にも聞こえる。当然、この不自然な状況に気づいたようだ。
まるでヴェルドラがリムルの名を与えるのを待っていたかのようなタイミングだ。
はは、なんてこった……。
俺のスキルが、耐性が。こんな最悪なユニークスキルになって返ってくるとは思ってもみなかったぜ。目の前でリムルもどきになっていく様を見せつけられるとは。
(おい、エミルス。今のは……)
(……俺のユニークスキルだ。今まで自覚はなかったけどな)
(うむ、まるで我の名付けに呼応するかのように動き始めたな。ユニークスキルは何度も見てきたが、こういうのは初めてかもしれん)
ユニークスキル『
鏡面世界の住人の特性をスキルに置き換えたような代物だ。今の俺は現実世界で生きるスライムだからな。楽観的に考えれば、いいとこどりってわけだ。チッ、ますます薄気味悪い。俺をここに飛ばしたやつは何を考えてるんだ。
(あー……話が逸れたが、エミルスよ。どうだ、何か思いついたか?)
(…………そうだな)
本当に何も思いつかないが、なんとか捻りだすしかないだろう。そういえば、シンシヤの胃の中にヴェルドラの贋作の気配を感じた。アイツの名前は知らないが鏡面世界の住人達は理想を体現すると、本物と反転する属性を併せ持つことがある。ヴェルドラの贋作がいるなら、そいつの名前は……
(……アゲンスト。向かい風とか、逆風って意味だ)
(えっと、俺達に対抗意識でもあるのか?)
(気色悪い事言うんじゃねぇ、これは知人から借りた名前だ)
(よく分からんがそれでよいのだな)
ヴェルドラが息を整え、俺と目線を合わせる。こうしてみると、コイツって黙ってれば威圧感満載のドラゴンなんだな。
(エミルス=アゲンストを名乗るがいい!)
胸の奥がじんわりと熱くなる感覚。
これが、名付けられるってヤツか。……まぁ、悪くはないな。
思っていたより案外気楽だった。魂の回廊とかなんとか、そういう大層な儀式が無かったし。ぶっちゃけ加護貰うための口実みたいなものだったし。
見た目も中身も変化していない俺の身体をまじまじと観察していたヴェルドラは、低い唸り声を上げながら不思議そうに俺に問いかけてくる。
(確かに加護を貰ったようだが、何故か暴風ではなく逆風になっておるな……?)
(そうみたいだな)
(興味なさげに言うなよ……)
うるせーなぁ、実際興味ないんだから当たり前だろ。
(ほら、さっさと本題いけよ。リムル)
(そうだな、よし。今から喰うけど、さっさと『無限牢獄』から脱出して来いよ?)
(任せておけ! そんなに待たせずに、お前の前に合間見えようぞ!!!)
スライムとドラゴン、傍から見たら天と地の差がある魔物だが今や魂の回廊で繋がっている魂友だ。魔物の姿のヴェルドラとリムルを間近で見るのは初めてだ、行く末を観賞させてもらおう。
リムルの『捕食者』の威力はすさまじく、ヴェルドラのあの巨体を丸々ひとのみした。スライムがドラゴンを喰う、なんて話。この眼で見なきゃ誰も信じられないだろう。ヴェルドラを胃袋に納めたリムルは、一仕事終えたかのような気の抜けた表情をしていた。スライムだから分かりづらいが、なんとなくわかった。
『魔力感知』で見れば、リムルの周りに大量の魔素が漏れ出していた。並みの魔物は近寄ることすらできないだろう。わざわざ指摘するつもりはない。
(ヴェルドラがいなくなってから、一気に静かになったな)
(アイツは存在がうるさいからな)
(それ本人に言ってやるなよ……んで、洞窟の外に出るんだろ)
(あぁ、ヴェルドラの野郎。あれよあれよと流されて、結局出口の場所教えられてねぇし)
(そういえばそうだな。とりあえず動きながら話そう)
リムルと話し合いの末、まずは情報を交換し合うことにした。まだお互い何のスキルを持っているか、どんな効果があるのか把握しきれていない。利害関係を築くというのなら、情報の提示は必要だ。俺は一方的にリムルのスキルと耐性を全て知っているし、俺自身スキルの把握はしたかった。血液をタンクから取り出して操ってやれば、リムルは少年心でもくすぐられたのかキラキラした目で見つめてきた。
(血を操るって、すげえ吸血鬼っぽいな!)
(別に吸血鬼は血を吸うってだけで、操るわけじゃねぇだろ)
(それは確かに。というかさ、俺は転生者だから色々知ってるけど、エミルスはどこで知識を手に入れたんだ?)
もっともな質問だ。実際、身体だけで言えば生まれたばかりなのは間違いないようだし。
リムル=テンペストの名付けを見てしまった以上、過去に飛ばされたのはほぼ確定だろう。俺が未来から来た、とか言って過去を俺の思い通りに変えるとどうなるのか。俺が来た時点で、すでに過去は変わっているというのに。
こういうのはバタフライエフェクト? ていうんだっけな。面倒な事になりそうだし発言には気を付けるか。
(名を与えられて進化したときには、こんな感じだった。まぁ、進化する前は自我がなかったから記憶もねぇけどよ)
(そうなのか、名付けた人は分からないのか?)
(知らねぇ)
こんな感じで適当に嘘を吐いたら、リムルは勝手に納得したようでうんうんと頷く。スライムの手を俺の頭の上にぽんと乗せてきやがった。
(俺も一緒に探すからな!)
すごい勘違いをしてそうだが、訂正する理由も無いのでこのままにしておく。
(そういえば『鏡像者』のスキルで、俺のスキルを模倣できたんだろ? 使わないのか?)
(……まぁ、そうだな。使えるもんは使っておくか)
正直、俺の劣等感の塊みたいなスキルで認知すらしたくないんだが、文句ばっか言ってるとこっちが足元掬われちまう。溜息を零した後、『鏡像者』の中にいる『大賢者』の存在を認識する。
『大賢者』? 『魔力感知』とリンクして並列演算を行使しろ。
《解》
脳内で一言だけ呟いた『大賢者』であろうスキル。その瞬間、前方だけしか確認できなかった視界が一気に360度まで広がった。魔鉱石の虹彩も、洞窟の岩肌も心なしか先程よりも色鮮やかになっている。前の俺は、『大賢者』なしでこれができてたってのに弱くなっちまったな。
ていうか一言だけか? まぁ楽でいいけど。
(こりゃあ便利だな、お前の間抜け面も更にハッキリみえるようになった)
(それならスライムであるお前も一緒だろ!!)
ステータス
名前:エミルス=アゲンスト
種族:スライム
加護:逆風の紋章
称号:なし
魔法:なし
技能:ユニークスキル『鏡像者』
(『大賢者』『捕食者』)
スライム固有スキル『溶解,吸収,自己再生』
エクストラスキル『魔血変換』
エクストラスキル『魔力感知』
エクストラスキル『血液操作』
スキル『念話』
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性