転スラ~レプリカの鏡~   作:kurry(カリー)

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38話 異変

 端から、クレイマンはエミルスを魔王にするつもりなど毛頭無かった。だが、ヤツが自分の情報を握っているのも事実であり看過できないものだ。不用意に殺せば謎の魔人達に情報が伝わってしまう。確実を狙うならば、傀儡国ジスターヴへ誘うべきだがエミルスの立場上それも難しい。

 本来なら町ごとすぐに始末するべきだったが、魔王ミリムがあの町に住みついてしまった以上それも難しい。中庸道化連のメンバーを向かわせるのはリスクが高すぎるというのが現状である。ミリム単体ならまだしも、エミルスとオークロード、そして謎の魔人達が手を組んで正面から戦ったら勝敗は分からない。大切な仲間達をそんな戦いに行かせるわけにはいかない。

 とはいえ、配下に生かせれば確実に死ぬだろう。動こうにも動けないのが現状であった。

 

(私としたことが、悠長に観察せず即刻排除すべきでしたね……)

 

 この状況を変える手を打たねばならない。そう思っていると、中庸道化連の仲間であるティアが報告のために帰って来る。涙の仮面を被った涙目の道化(ティアドロップ)は、クレイマンの古き友であり親愛を感じる仲間の一人なのだ。少女が気安くクレイマンの名前を呼ぶと、魔王クレイマンは朗らかに応えた。

 

「早かったですね、ティア。気づかれませんでしたか?」

「大丈夫だったよ! 調査もちょっと大変だったけど欲しかった情報は持ち帰ってきた。アタイだって中庸道化連の一員なんだ、少しは信用してよね!」

「ははははは。信用していますよ、ティア。でも、貴女が無茶をしないか、私は心配なのです」

 

 ちょっとした世間話をするかのように、穏やかな会話が続いていく。魔王カリオンが三獣士を出してまで魔物の町を警戒していたというのに、魔王ミリム本人が出向くとは思ってもみなかったのだろう。クレイマン自身も、ミリムが出てくることは予想していたが想像以上にエミルス含む魔人達のことを気に入っているようだった。ラプラスが感じたという竜の気配が本当なら、その理由も頷けるが、クレイマンは確信することができずにいる。

 

「それでは、報告をお願いします」

「うん。フレイはね、ジュラの森に関わるつもりはないみたいだった。でも、戦争準備でもしているみたいに有翼族(ハーピィ)が領域を行き来してたんだ!」

「やはりそうですか。その原因はわかりましたか?」

「わかったよ。なんとビックリ! あの暴風大妖渦(カリュブディス)が復活するって慌ててたよ!」

 

 楽しそうにティアが告げると、クレイマンは何か思いついたかのように納得する。

 

「なるほど。では、ティア――次の仕事を頼みたいのですが、予定は大丈夫ですか?」

「そうくると思ってた。フットマンのヤツも呼んでるから、多少の荒事も大丈夫!」

「さすがですねティア。先ずは封印の地を探し出し、カリュブディスを手懐ける事が出来るかどうか、それを探ってください」

「分かったよ! それじゃあ行ってくるね」

 

 ティアが意気揚々と出発する。

 それを見送るクレイマンは、普段の態度からは想像もつかないほど不安げな色を浮かべていた。

 しかし、直ぐにいつもの不敬な色を取り戻すと、次の策謀へと思考の海に潜るのだった。

 

「さてエミルス、君はどう動くつもりなのか見せていただきましょう」

 

 

 

 ミリムが来てから数週間が経過した。

 どうやらあの後、ヨウムは覚悟を決めて英雄になることを決めたらしい。いつの間にか呼び方もエミルスの旦那になっていた。期間限定だが、アイツも特別修行に参加させることにした。リムルが直々に、存分に扱いてやってくれとの事だからな。生ぬるいことはしない。ハクロウに鍛えられながら、俺やゴブタ達の模擬試合に駆り出されるのは相当なハードスケジュールだ。その分、剣と防具も特質級(ユニーク)を与えられている。装備を言い訳にして逃げる隙は与えないというわけだ。

 装備と言えば、ベスターとカイジン……そしてクロベエの共同制作により俺が欲していた魔法道具(マジックアイテム)がついに完成した。「伸縮鏡の首飾り(アナモルフォーシス)」と名付けたそれを試しに付けてみると、俺の身体にぴったり密着した。一見すると前回のガラス玉のネックレスと変わりないが、少しクリアになっているのとガラス玉が三つに増えているのが気になるところだ。

 カイジンが詳細な変更点を伝えてくれた。

 

「その首飾りには二つの使い方がある。一つは元来のガラス玉を取り外して姿見を出す使い方だ。エミルスの旦那が取り外したガラス玉に魔素でイメ―ジを送ってくれればどんな姿にもなれる優れもんだ。回収も旦那が姿見に魔素を走らせるだけでいい」

「ほう、便利だな」

 

 前回の時は姿見の大きさは固定だったが、自由自在に変えることができるようになったか。その分魔素を消費するデメリットがついたが送る魔素は微々たるものでいいらしい。これだけでも、普段の移動からでも手軽に使えるマジックアイテムだと言えるが、他にも使い方があるのか。

 

「こりゃベスターの発案なんだけどよ、もう一つの使い方はエミルスの旦那を小さくしてガラス玉で転移する方法だ」

 

 カイジンの言葉に俺は耳を疑った。すると、ベスターがカイジンの後ろから顔を出して詳しく解説する。

 

「例えば、敵の必殺から逃げるときなどに姿見を出す余裕すら無い。そんな状況の時に、ガラス玉に込められた魔法を所有者側に発動することによってガラス玉を通る事が出来る大きさへと縮ませます。そうすることによって、エミルス殿のスキルのデメリットを打ち消すことが出来るのではないかと考えました」

「なるほど、発想の転換だな。よく考えついたな」

「これなら、エミルスの旦那が魔法を覚えずとも移動が可能ってこった。空属性の下位魔法だから二重刻印もなんとか出来たしな」

 

 このガラス玉が、俺の命を救う事になるかもしれないのか。

 種より少し大きいぐらいのサイズだが、ガラス玉の中で結晶がキラキラと輝いている。三人の努力の結晶だろう。

 

「発動条件は、首飾りのガラス玉に魔素を込めながら触れることです。まだ改良途中ですから少々複雑化しているのが難点ですが……」

「いや、これぐらいなら問題ねぇよ」

「そいつぁよかった。作っていく間にコイツの可能性を見たからよぉ。エミルスの旦那、このマジックアイテムはまだまだ化けると思うぜ」

「そこまで言ってくれるなら期待するしかねぇな」

 

 職人魂を目覚めさせちまったらしいが、止める理由はない。

 完成品だけ受け取り、試作品達は好きなだけ弄ってくれて構わないと告げると、カイジンが豪快な笑みを浮かべた。それにしても、このガラス玉……本当にガラス玉なのか? 何か違う気がするが、まぁそれはどうでもいいか。

 

 

 戦闘面は順調といったところだが、問題は政治の方だ。

 ただえさえ修行が忙しいというのに、あの阿呆(リムル)はどんどん新しい建物や開発を進めている。ここをリゾート地にでもするつもりか?と文句を言いたくなるが、ヤツは元の世界の技術を借りてきて住民達が豊かな暮らしを過ごせるようにしたいだけだと言い張る。ついには国と国の間に道路を作ろうとしだすのだから手に負えない。画策するのはいいが、俺の面倒を増やすことはしないでくれ。

 ミリムとフューズは一向に自分の国に帰らず、テンペストの娯楽と食事を満喫している。ミリムがマブダチと遊びたがるので俺の用事は想定外の来訪によって潰され、何故か温泉でフューズの愚痴に付き合い、馬鹿三人組の「森の探検隊」に巻き込まれる。精神的負荷(ストレス)が溜まって然るべきだ。

 一度ブルムンド王国に逃げようとしたが、ソウエイによって未然に防がれる。俺の味方がどこにもいない。

 

 心を落ち着かせる時間が、元住居のテントにいるスライム達の世話だとは前の俺では考えられないだろう。今のところ毒粘性生物(ポイズンスライム)以外で変化したスライムはいない。俺の血を与えてみたりもしたが、特に何の反応も示さなかった。時折リムルやミリムが様子を見に来たりしてるらしいが、アイツらは何をしているんだ。

 世話が終わり、執務室へ戻ろうとした時に突然頭の中に声が響く。酷く焦ったリムルの声だ。

 

『エミルス、すぐに会議室に来てくれ』

『……暴風大妖渦(カリュブディス)か?』

『あぁ。ってなんで知ってるんだ?』

 

 疑問符を浮かべた言葉を無視して思念伝達を切ると、翼を広げて会議室に急ぐ。こういう時の勘は当たるもんだな、と愚痴るが誰もその言葉を拾いはしなかった。

 

 

 会議室には主要な戦力がほとんど揃っていて、洞窟組はもちろんフューズ達やミリムもそこにいた。リムルの傍にある椅子に座ると、樹妖精(ドライアド)のトライアは真剣な表情で語り出した。

 

「カリュブディスは遥かなる昔に生まれ、死と再生を繰り返しております。凶暴なる天空の支配者。さすがは森の支配者にして守護者たる――暴風竜ヴェルドラ様の申し子と言えるでしょう」

「ヴェルドラの申し子?」

 

 リムルがヴェルドラの名前に反応して反芻する。

 

「カリュブディスはヴェルドラ様から漏れ出た魔素だまりから発生した魔物なのです」

 

 身体だけで言えば、リムルもヴェルドラの魔素だまりから生まれたのだから兄弟と言えるかもしれない。俺もそうかもしれないが、転移もしくは転生した状況が分からないから確定はできない。カリュブディスはこの町を狙っているようだが、何の為に……

 カリュブディス、なんか忘れてるような気がするんだがなぁ。

 

「カリュブディスが復活したのなら、魔王以上の脅威となりすよ。なにしろ魔王と違い、話が通じる相手ではないのです」

「いってみれば知恵なき魔物。固有能力の『魔物召喚(サモンモンスター)』で空泳巨大鮫(メガロドン)というサメ型の魔物を異界から召喚して暴れる……と伝えられています」

 

 フューズとベスターが詳しいカリュブディスの生態を教えてくれる。

 そんな感じだったな。おかげで一時俺の国がほとんどサメだらけになったこともあった。まぁ俺のせいだが。

 

「状況は最悪です。召喚されたメガロドンは、何故か近くにあった下位龍族(レッサードラゴン)の死骸を依代にしたもよう。その数は13」

「は?」

 

 トライアの言葉に今度は俺が反応した。この世に偶然なんざ存在しないことは分かっている。13体のレッサードラゴンの死骸がたまたまカリュブディスの近くにあっただと?ンなわけあるかよ。

 何者かが動いてやがる。こんなことするのは十中八九クレイマンだろうが、まだ確定したわけじゃない。

 ともかく状況は最悪だ。魔王種の魚が一匹、その手下が13匹となれば相当な戦力が必要になる。魚のクセに飛んでやがるし。

 

「お二方、どうなされます?」

 

 シュナが俺達に問いかけてくる。すると、待ってましたと言わんばかりにミリムが不敵に笑い出した。

 

「何か重要なことを忘れてはいないか?カリュブディス如き、この私の敵ではない!軽くひねってやるのだ!」

「そのようなわけにはまいりません。私達の町の問題ですので」

 

 ミリムの高らかな宣言を、シオンがきっぱりと拒否しやがった。心なしかリムルのスライム体がプルプルと震えている気がする。秘書が勝手に断っていいのかよ、と思いつつも行末を観察する。

 

「友達だからといって、なんでも頼ろうとするのは間違いです。リムル様とエミルス様がどうしても困ったときは、是非ともお力添えをお願い申し上げます」

 

 今リムルがめっちゃ困ってそうだけどな。

 ……友達の力を当てにするのは間違い。互いの都合が悪い部分を押し付け合うビジネスライクな関係では無いらしい。仲間と友達は似たような関係だということか。合理性が存在しない関係は扱いが難しいんだがな。

 

「カリュブディスを倒す、準備しろ」

「はっ!」

 

 リムルの鶴の一声により、配下達が席から立ち上がって声を揃えた。そして、続々と会議室から出ていくのをフューズが見送ると、リムルに問いかけた。

 

「分かっているのですか?相手はドライアドさえ足止めできない化け物ですよ」

「ガゼル王から応援もあるし、やるだけやってみるさ」

「逃げないのですか?」

「逃げてどうする?俺がこの国で一番強い。それに……」

 

 リムルは俺の方を見る。スライムの姿では分かりづらいが、僅かに笑みを浮かべる気配がした。

 

「俺と同じくらい強いエミルスが一緒に戦ってくれるなら、負けないだろ」

「……は、言うようになったじゃねぇか」

 

 リムルからの真っ直ぐな言葉が、言い表せない衝撃を与えてくる。この感覚は初めてじゃない。

 シズエイザワと約束をした時、グラゴとスロウドの支え合う姿を見た時、そしてミリムが壇上へ引っ張りあげた時。

 違和感と共に不思議な感覚が身体を変化させているのを感じる。――だが、それは悪い気分じゃねぇ。

 

「足引っ張るんじゃねぇぞ、リムル」

「それはこっちのセリフじゃないか?」

 

 軽口を叩き合うと、フューズがその様子を見て何かを悟ったように呟いた。

 

「不思議なものですね、貴方達は冒険者から見れば最弱のスライムであるはずなのに、むしろ頼もしさを感じます」

「あぁ、俺達は仮にも王だしな。リーダーが弱気でどうするって話だし」

「俺は王じゃなくて摂政だろ」

「はいはい」

「……魔物のあるじ、そうでしたね」

 

 フューズは納得したみたいだけど俺は納得してねぇ。俺は王になるなんて一言も言ってねぇよ。お前の補佐をしてやるだけだ。無事に国が出来上がるまでな。

 

「しかしあれですな、リムル殿は我々人間のような考え方をされるのですね。とても魔物とは思えませんよ」

「うーん……」

「当たり前だろ、コイツ元人間の異世界人だし」

「あっちょ、おい!」

「あ? お前どうせぶっちゃけるつもりだっただろうが」

「順序ってもんがあるだろ!」

 

 俺が衝撃の事実を話すと、フューズと馬鹿3人組は呆気にとられたような顔をした。「ちゃんと説明するつもりだったのに……」としょぼくれながらリムルは人間の姿に戻る。 リムルは懐から仮面を取り出すと、寂しげな表情を浮かべて呟く。シズさんとの約束を果たすため、動いていることをフューズに教える。

 

「シズさんの姿で俺がかっこ悪いマネはできないだろ?」

 

 その言葉を聞いて、「やっぱりリムルさんは信じられる人だよ」とエレンが素直な気持ちを吐露すると、フューズやガバルとギドがそれに同調する。俺はその様子を見て疑問を抱いた。エレンの立場が上のように感じるのは、俺の気のせいか? まぁ、今その事を追求する意味も無いが。

 そして、シズエの心を縛っていた魔王レオンを獲物と発言したリムルに、再度人間達は驚愕した。魔王レオン=クロムウェル。俺の知識の中に、ミリムとクレイマン、後もう一柱以外の魔王の情報は無い。会ったことが無いし、会うつもりもない。リムルが後々魔王レオンと対峙する事になったなら、俺はどう動くのが正解だろうか。

 

 俺が思案している間そっくりな俺達の姿を交互に見ていたフューズは、俺に率直な疑問を投げかけてきた。

 

「エミルス殿も元人間なのですか?」

「違ぇ、たまたまコイツと生まれた場所が近かったってだけだ」

 

 リムルと生まれた場所が近かったのは首謀者の仕業だがな。偶然で済ませられてたまるか。俺に対する嫌がらせとしか思えねぇ。

 言葉の裏に様々な思惑を巡らせつつ、あくまで表ではそれを悟らせないように淡々と呟いて話を終わらせた。

 

「世間話もそれぐらいにして、カリュブディスを対処するぞ」

 

 椅子から立ち上がり、会議室から出る。

 もしカリュブディスをけしかけてきたのがクレイマンだったのなら、きっとこの町ごと滅ぼす気で放ってきたつもりなのだろう。フン、そう考えた事を後悔させてやるよ。飛んでる魚なんざ、俺の武器で捌いてやる。

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