転スラ~レプリカの鏡~   作:kurry(カリー)

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40話 終幕

 それから俺達はカリュブディスの死闘を数時間経験することになった。

 薄鈍(うすのろ)と言ったせいなのかは知らねぇが、リムルに目もくれず俺の事を執拗に狙ってきている。おかげで攻撃を避けるのも大分慣れてきた。だが、敵の損傷率は四割といったところだ。朝から戦い始めたというのに今はもう日が落ちかけている。俺とリムルで何とか凌いではいるが、地上部隊の消耗も激しい。

 打開策は無いものかと思考を巡らせて、前の世界での出来事を思い返していた。あの時は確か、カリュブディスの鏡像体であるオルキヌス・オルタの欠片を喰わせて無理やり強化させていたはずだ。つまり、同じくカリュブディスにも核となる存在がいる可能性に思い至った。

 そこまで考えついた時、俺の思考に閃きが降りてくる。そういえば鏡像体にフォビオとかいう男がいた。小物すぎてすっかり忘れていたが。アイツは何の理想を反映されて生まれていた……?

 思考するために動きを止めた俺を、リムルが「どうした?」と声をかけてきた。

 

「……リムル、もしかしてコイツの目的はお前じゃなくて俺とミリムかもしれねぇ」

「え?そうなのか」

「コイツの中にフォビオっていう魔人がいるはずだ」

「フォビオって……あの獣人族(ライカンスロープ)か?」

 

 タイミングよく、カリュブディスから怨念が混じった声が聞こえてくる。憤怒の感情を無理やり引き出されているかのような引き攣った声だったが、俺とミリムの名前を微かに叫んでいる事はわかった。

 

「てっきり俺の中にヴェルドラがいるのを察知して……とか、深読みしすぎていたのか」

「フン、無駄な戦いだったな」

「いや、お前も関係している以上無駄とまではいかないだろ。ともかく、ミリムに連絡しよう……って寝てるし!」

 

 俺達が長時間戦っていた間に、ミリムは睡魔に負けてしまったらしい。随分と気持ちよさそうに眠っている。リムルが『思念伝達』で叩き起すと、ミリムは慌てて身体を起こしてとどうでもいい御託を並べ始めた。リムルは呆れ顔で御託を受け流すと、先程判明した事実を告げてミリムに対応を任せたいとの旨を述べた。

 

「ワタシが相手してもいいのか?」

「といっても、コイツはエミルスにも用があるみたいだからな……」

「ミリムが戦いたいって言うなら俺は止めねぇよ。長時間の戦闘でこっちは体力が底を尽きそうなんだ」

「む?お前はまだ余裕があるぞ。嘘はよくないのだ」

「魔素だけ見ればな、精神は死んでんだよ」

「そ、そうか。分かったのだ、どーんと任せるのだ!」

 

 適当な理屈を述べると、ミリムは理解しきれていない頭で納得して頷いた。リムルは早速カリュブディスと戦おうとするミリムを引き留め、何やら頼み事をした後全軍に退却するよう命じた。さて、ミリムは手加減を覚えたらしいが果たしてリムルのお願い事を完遂することが出来るのだろうか。

 

 天馬騎士団(ペガサスナイツ)を含めた全員がミリムの射程範囲から撤退する。一部の者は最後まで戦おうとしていたが、戦場で矜恃を強く持ってるヤツ程負ける。これは経験談だ。

 とはいえ、リムルの采配には驚いた。カリュブディスを相手に死亡者を出さず、負傷者はすぐに回復薬で治療を施した。こういうところに配下達は尊敬と信頼を持ってリムル=テンペストに従っているのだろうか。まぁ、俺が基本的にヘイトを買って戦っていたのもあったと思うがな。

 

 念のため、俺とリムルは影響が無さそうな地上に降りて行く末を見守っている。ミリムがカリュブディスの前に立つと、憎悪をまき散らしてカリュブディスの一つ目が赤く光る。テンペストスケイルがミリムの周りに展開し、切り刻もうと勢いを増した。

 だが、ミリムが腕を空に伸ばす。たったそれだけで全ての楯鱗の動きが止まる。次にミリムが腕を前に伸ばし、掌を下げる仕草を行う。数多の鱗は重力に従って雨のように落ちていった。

 

「これが手加減というものだ! 竜星拡散爆(ドラゴ・バスター)!」

 

 青白い無数の流星がカリュブディスに向かう。星々が燃え尽きる最後の輝きを見届けた瞬間、カリュブディスの巨体が一瞬にして爆発した。爆発の煙でほとんど見えないが、『魔力感知』から生体反応が消えたのでそういうことだろう。

 まさしく、その渾名に恥じない暴力である。

 

 ミリム流のカリュブディスの討伐方法は『魔力妨害』で相殺出来ないレベルの技をお見舞いするという力業であった。『超速再生』する暇すらなかったようだ。相手が飛んでいる魚で本当に良かった。でなければここら一帯は壊滅していただろう。手加減しているとは考えられない威力だ。

 カリュブディスから焼け焦げた小さな物が落ちていく。僅かな生体反応。つまり、あれがフォビオだろうか。リムルが慌てて飛翔して受け止めに行った。

 

「見事な手加減だったぜ」

 

 満足げな笑みを浮かべるミリムに対して、素直な賞賛を述べた。

 

 

 

 フォビオの身体はカリュブディスの魔核とほとんど融合してしまっていた。精神生命体であるカリュブディスの魔核をそのまま放置すると再びカリュブディスが復活する。それを阻止するためには、ある処置を施さなければならない。

 

「エミルス、手伝って貰うからな」

「……あぁ」

 

 フォビオの身体から『変質者』の権能である『分離』を用いてカリュブディスの魔核を取り除きつつ、そのまま『暴食者』で魔核を食らいつくす。リムル一人でも『大賢者』の統制下でユニークスキルの並列起動は可能だが、可能性を少しでも上げるために俺も協力することになった。

 魔王カリオンとの関係に亀裂が入るのを防ぐためとのことだが、別にこのまま放置しても問題無いだろう。魔物は基本的に弱肉強食で、弱いやつは強いやつに利用されるだけだ。魔王カリオンも恐らくそう考えるはずだ。

 とはいえ、ここで無駄に反論しても意味がない。俺は『変質者』の『分離』を担当し、リムルは『暴食者』で『捕食』を行う。ミリムが手伝いたそうにこちらを見ていたが、さすがに止めた。

 

「数分で終わらせる。お前の『暴食者』に合わせて『変質者』を使えばいけるだろ」

「いやいや、さすがに無理だって」

「あ? お前に合わせるぐらい息を吸うようにできる。さっさとやるぞ」

 

 有無を言わせず『変質者』を行使すると、慌ててリムルが『暴食者』を発動させる。『鏡像者』で俺とリムルの間に魔素を循環させると、ヤツの感覚が嫌でも感じ取れるようになる。呼吸のリズムも、力を入れるタイミングも全て手に取るように分かる。『変質者』が剥がした部分から、『暴食者』が蠢いて魔核を喰らい尽くす。黄金と暗闇の気配が混ざり合って、フォビオの身体を無茶苦茶に荒らしている。

 多少荒療治なので痛むだろうが、自業自得だと思って諦めるんだな。

 

 視界の端で配下達が見守っている。失敗するとは微塵も思っていないようで、その表情に不安や心配などは浮かんでいなかった。ミリムも興味深そうに様子を見守っている。前の世界じゃコイツと人命救助のために共同作業をするなんて考えもしなかったが、これも……いや、考えるのは止めにしよう。

 

 結局、大して時間がかかったわけでもなく宣言通りの時間で手術を終わらせた。魔素の消費もほとんどない。これは僥倖だ。胃袋の中から完全回復薬(フルポーション)をフォビオに投げつけて処置を終わらせる。カリュブディスの討伐は完了した。随分手間取らせやがって。

 

 リムルが助太刀に来た天馬騎士団(ペガサスナイツ)の団長と話している間、俺はミリムの話し相手になった。

 

「リムルとエミルスは息ぴったりなのだな! 素晴らしい手腕だったぞ」

「別に息ぴったりではねぇ、俺のユニークスキルと相性が良かっただけか」

「む、あの面白そうなスキルか? もし私のスキルを模倣できれば最強の魔王になれたかもしれないのに……」

「模倣できたとしてもなるつもりはねぇけどな」

「……なぁなぁ、エミルスのやりたい事ってなんなのだ?」

 

 ミリムは純粋に気になったという感じで疑問を投げかけてくる。恐らく嘘をついたらバレるだろう。ここで嘘をつくほうが信用を得られないだろうし、ミリムの義理堅さに賭けて話してしまった方がいいかもしれねぇな。

 ミリムに耳を傾けるように誘導し、彼女にこっそり耳打ちする。

 

「リムルが余計な心配をしないように俺とお前だけの秘密にしてくれよ」

「……! わ、わかったのだ」

 

 俺はこの世界で初めて、本当の目的である「大切な人がいる元の世界に帰る」という言葉を口にした。ミリムは俺が召喚された異世界の存在だと発覚すると、驚愕の表情を浮かべ声をあげようとした為慌てて手を当てて口を閉じさせる。ミリムのリアクションでヤツにバレたら堪らねぇ。

 ミリムは口元を抑えられているせいで「むー!」と声にならない声で抗議していたが、秘密にしてくれって言ったよな?、と圧をかけると高速で首を縦に振った。承諾を確認した後漸く手を離してやると、大きく息を吐いたような仕草をして恨みがましく睨んできた。いや、お前呼吸いらねぇだろ。

 

「……なるほどな、私に持ちかけてきた簡単なお願い事とはこの為だったのだな?」

「そういうことだ。ミリムは魔王だからこの世界の強いヤツと知り合いだろうし、そこら辺で集まる情報と違うだろうしな」

「任せるのだ! ……だが、もし帰れる手段を見つけたら、エミルスは帰ってしまうのか?」

 

 ミリムはチラリとリムルの方に顔を向ける。今しがたペガサスナイツと話し終えて見送っているらしいヤツの様子を一瞥した後、俺は表情を変えずミリムに告げた。

 

「あぁ、シンシヤは俺の大切な人(唯一の娘)だしな」

 

 脳裏によぎる彼女の姿に、どこか入りすぎていた力を緩める事が出来た。

 躊躇いもなく言い切ったからか、それとも俺の表情がおかしかったのか。ミリムが何かを言いかけようとしたところでリムルと配下達がこちらの方へやってくる。いち早くリムルが戻ってきたことに気づいたミリムは慌てて手をブンブン振った。

 

「二人とも、何話してたんだ?」

「えっ、いやいや別に何も話してないのだ! なぁエミルス」

「ただの世間話だ、気にすんな」

 

 嘘を吐くのが苦手なミリムは分かりやすい挙動不審に陥っている。リムルは疑いのまなざしを向けているが、俺が「気にするな」と言った時点で追及してくるつもりはないだろう。ともかく、俺の目的はミリムと俺の秘密という事になったらしい。

 

 

 

 リムルがスライムの姿に戻り、シオンに抱きかかえられる。事態が収束して一件落着といった雰囲気のところで諸悪の根源が目を覚ましたようだ。

 

「よ、目覚めたか?」

「ここは……何処だ? 俺は、俺は一体……」

 

 混乱している様子だが、配下達はフォビオを取り囲むようにして警戒態勢に入っている。カリュブディスの素体になりかけていた影響で、気力はほとんど残っていないようだ。そもそも、フォビオ如きに手間取るつもりはない。

 

「自分が何をしたか覚えているか?」

 

 未だ状況が掴めていなかったようだが、リムルの声掛けによってついに意識が覚醒したらしい。とんでもない事態を引き起こしてしまった事に気づいたフォビオは、俺達の前に飛び出し土下座した。

 

「すみませんでした! 俺はミリム様にとんでもない事を……あなた方にも迷惑をかけてしまったようで――」

「御託はいいからさっさと教えろ。……仮面をつけた奴らにそそのかされたりでもしたか?」

 

 どうでもいい謝罪を続けようとするフォビオの言葉を無理やり止めて、俺は仮説を投げつけた。幸か不幸か、フォビオの驚愕の表情を見て予想は当たっていたと感じざるを得なかった。俺が仮面の奴らと接触していると理解したリムルは、俺に疑問を投げかけた。

 

「エミルス、知ってるのか?」

「オークロード討伐の時、俺とトレイニーは死んだ魔人の男の他に仮面をつけた男と遭遇してる」

「えぇ、私達が会ったのは左右非対称の人を舐めたような仮面を被った人物でした」

「名前は確か――ラプラスだ」

 

 俺がその名前を言えば、ガビルが反応する。

 

「ラプラス殿と言えば、ゲルミュッドに雇われて吾輩を助けに来たと申しておりましたぞ。確か中庸道化という何でも屋の副会長だと」

「い、いや。俺の前に現れたのは、涙目の仮面の少女と、怒った仮面の太った男だけだった。ティアとフットマンと名乗っていたぜ」

 

 フォビオが情報を伝えると、次に反応したのはリムルだ。

 

「そういえば、ベニマル達の集落を滅ぼした時にいたとかいう――」

「ああ。俺もそれを思い出していましたよ。怒りの仮面を象った仮面を被った太った魔人。間違いなく豚頭族(オーク)を操っていた者の一人です」

「確かに。オレと別行動を取っていた豚頭将軍(オークジェネラル)の先遣隊に、上位魔人が用心棒として付き添っておりました。その魔人の名はフットマンです」

 

 ベニマルが発言し、ゲルドがそれを肯定する。

 おいおい、アイツら大分各地で恨みを買ってるんだな。鬼人達の瞳に獰猛な光が宿った気がするぞ。

 

「もしかするとゲルミュッドではなく、クレイマンのヤツが何か企んでいたのかもしれないな。内緒で……」

 

 ついにクレイマンの名前が挙がった。まぁ魔王が身内にいるなら情報は転がり込んでくるだろうが……あまりにも順調に行き過ぎているな。ミリムが言うには、傀儡の魔王を育てるオークロード計画は三人の魔王による企みで、平等を期す為ゲルミュッドに作戦を一任していたらしい。アレは完全にクレイマンの手先でしかなかったが。

 ともかく、クレイマンが俺の召喚に関わっている線は薄いだろうな。俺を召喚する理由が一ミリも無い。わざわざヴェルドラの洞窟に召喚する意味もないし、中庸道化連がクレイマンと関わりがあるのなら最初から接触してくるだろう。

 

 話が脱線したが、結論から言えばフォビオは中庸道化連にまんまと利用された傀儡。カリュブディスを復活させ、ミリム――もしくは俺達と戦わせる事を目的に。なんとも憐れな獣人だ。俺としてはここで生かすも殺すも俺達次第というわけだが。

 

「誰のたくらみに乗せられたといえど、今回の一件は俺の責任だ。魔王カリオン様は関係ない。だから、俺の命ひとつで許してほしい」

「へぇ、なら――」

「待てエミルス。嬉々として殺そうとするな」

 

 その心意気を認め、痛み無く殺そうと思ったがリムルに止められた。どうやらフォビオの事を許すつもりらしい。

 

「次からはもっと用心して騙されないようにしろよ?」

「は?」

「もう動けるだろ、いっていいぞ」

「いや、俺は許されないだろう?」

「別にお前の命はいらないって」

 

 無益な殺生は面倒事を増やすだけなので、争いの種は摘むに限る。リムルはそう言いたげらしい。まぁせっかく回復薬で治してやったのに殺してしまったらもったいねぇな。雑巾のように使い古して有効活用しよう。ミリムはそんな事思ってなさそうだが。

 

「ミリムもそう思うだろ?」

「うむ、当然なのだ! 軽く一発ぐらい殴ってやろうかと思っていたが、ワタシも大人になったものだな」

「エミルスは?」

「……命を取っても別に何の得もねぇからな」

「ということだ。気にするなよ」

 

 リムルがフォビオを説得させて帰らせようとする。獣人族(ライカンスロープ)の価値観とリムルの国の価値観が違うのだろう。コイツ変なところで強情だから折れるつもりも無さそうだし。

 

「そうだぞ、カリオンもそう思うだろ?」

 

 ……カリオン?

 俺の疑問に答えるように、背後から堂々とした面構えで歩いてくる大柄の男がいた。野性味があり、豪華な衣装を着崩している。百獣の王といった風格を感じさせた。

 

 魔王カリオン、そうか。コイツが。

 前の世界の俺なら戦えるが、弱体化されたこの身体じゃ勝てそうにない大物だった。

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