テンペストに初めて雪が降ってきた。
執務室のカーテンを開けてみれば、一面の雪景色が視界に飛び込んでくる。
雪を見るのは初めてだった。とはいえ、『熱変動耐性』があるため意図的に切らないと冷たさが分からないのだが、わざわざそれをする理由もない。整備された道が大雪で埋もれてしまっていて、住民達が立ち往生している。どうすればいいか悩んでいると、執務室の扉が開いた。
「エミルス、今日の仕事は雪かきだ。皆で終わらせるぞ」
「そうか。……ところで、その姿はなんだ」
シオンに運ばれていたリムルは氷漬けになっており、彼女の手が軽度の凍傷気味になっている。リムルは乾いた笑いを浮かべて理由を述べることなく去っていった。あの様子を見るに、わざわざ雪の中に埋もれたみたいなくだらない理由なのだろう。
割り振られた場所で雪かきを行う。
修行も場所が無くてはできないということで、いつものメンバーも除雪作業に勤しむことになる。ゼギオンとアピトはテンペストの外で暮らしているのだが、町のピンチに助太刀したいとの旨があり手伝ってくれた。体格的にスコップは持てねぇから、バケツを持って雪を遠くへ捨てて貰っている。ランガはスコップなど持たず自身の手で雪を掘っていく。ただ、あまりに夢中になりすぎて後ろに飛ばされた雪が、ちょうどよく後ろにいたゴブタの身体を埋もれさせようとしているのはご愛嬌だろう。
「いや、助けてくださいっす!」
「それくらい自分で抜け出せよ」
ゴブタは本気を出せばここら一帯など数分で終わらせられると思うのだが、ヨウム達が来てから修行があちら側に集中しているため気が抜けているのだ。そんな腑抜けたヤツに手を貸す価値はない。
途中ミリムからの来襲もあったり、雪合戦に巻き込まれたりもしたが、俺達が担当していた場所は雪をどかすことができた。一度空から状況を確認した後、地面に降りて長く息を吐いた。
「ま、大分雪かきできたんじゃねぇか?」
「お疲れ様です、皆様」
近くから凛とした声が響く。振り返ると、トライアとトレイニーが手元にポテトチップスと湯気が立ったお茶をお盆に乗せて運んできていた。
「皆様、お茶を用意しましたのでぜひ」
「ありがとな、トライア」
お茶を手に取り、ズズ……と啜ると身体の中に温かいものが巡っていくのを感じた。耐性があっても外気に触れて身体が冷えていたらしい。吐き出した息は白くなっていた。ランガやゼギオンとアピトが飲みやすいように大きめの容器も用意していたらしく、トライアは気配り上手のようだ。姉とは違って。
そんな俺の気配を察知したのか、トレイニーは笑みを浮かべながらポテトチップスを眼前に差し出してきた。
「エミルス様。こちら、冬の新作です。ぜひお召し上がりになってください」
「分かった分かった、食べるから」
俺が以前スナック樹羅に来た時、ポテトチップスに激辛ソースをかけたのをまだ根に持っているらしい。別にトレイニーの分までかけたわけではく、あくまで俺の分だけだったんだが。何やら「自然の恵みが台無しです!」と意味が分からない理由で怒鳴られたのだ。じゃがいもを油で揚げている時点で自然の恵みからは程遠いと思うのは気の所為か?
新作というのは柚子胡椒という味付けだったらしく、ポテトチップスの塩っ気を爽やかな後味に変えていた。胡椒のピリッとした辛味も相まって、新鮮な感覚を味わえる。正直俺はこっちの方が美味く感じた。皆でチップスを食べていると、遠くからリムルが「おーい!」と手を振ってこちらにやってきた。あの様子だと、あっち側も一通り雪かきを終えていたらしい。
「おーい皆! そろそろ昼ごはんにしないか?」
「俺はいい。午前中やるはずだった仕事に取り掛からねぇと」
「変なところで真面目だなぁ」
後々面倒になるからさっさと終わらせたいだけだ。ミリムとの修行は断念するとしても、会議が一つ入ってるしゲルドとの話し合いも、それにスライム達のお世話……あ? 俺はそこでとんでもない事実に気づいてしまった。雪は水分でできており、その重みは木を圧し潰すことくらい容易い。たかがテントがこの大雪に耐えられるわけがない。
「……チッ、用事ができた」
翼を広げて空へ飛び立つ。急に飛び立った俺にリムル達は驚いたみたいだが、そんなことはお構いなしに目的地へ急ぐ。俺の元居住地だったテント。まだ文明が発達しきっておらず、木で組まれた簡易的なものだ。今頃中にいたスライムもろとも雪の中に沈んでいることだろう。
その予想は当たっていたらしく、テントだったであろう残骸の近くに降り立ち『魔力感知』を用いて探ってみれば雪の中から微弱な生命反応があった。町外れだったせいで誰も気付いていなかったらしい。
「せっかく俺が労力かけてやったってのにこのざまとは……」
雪の存在を懸念してなかったのが仇になった。こうなるならちゃんと頑丈なものを用意しておくべきだった。
後悔は湧き出てくるが、そんなこと考えている余裕はない。一匹でも雪の中から救出して新しい住処を用意しなければならない。『分身体』に仕事でもやらせるか? けど、頭脳はひとつしかねぇ。こういう時オリジナルなら『大賢者』に任せたりするんだろうか。この世界に来てから一番アイツに嫉妬した瞬間かもしれない。
急いで雪かきをしていると、後ろから足音と羽音が聞こえてきた。
「エミルスー! 手伝いに来たぞ!!」
「つれないっすね、オイラにも声を掛けてくださいっす」
「わっはっは! 面白そうだったのでワタシもついてきたのだ」
先程までいなかった者もいるみたいだが、スコップを持って意気揚々とこっちに向かってきているのが見える。正直ありがたいが一部別の目的の為にやってきたやつもいるな。修行をサボりたいだとか、蜂蜜を貰いたいとかな。リムルが地面に降り立ち、完全に崩壊したテントを見て眉を下げた。
「完全に潰れちゃったみたいだな。新しい小屋はすぐ作るとして、問題はその間どこに住まわせるかだな」
「感知を見るに
「……ふむ、エミルスよ。この雪を再利用するのはどうだ?」
ミリムが雪を片手で鷲掴みにして、ギュッと握り締める。小さな雪玉になったそれを遠くの木に向かって投げつける。すると、雪玉が木の幹を貫通する。これには俺とリムルもドン引きした。ミリムはそこらへんの小石でも武器にしそうだな。リムルは乾いた笑いを浮かべていたが、突如何かを思いついたかのように悩み始めた。
「いや、その案はいけるかもしれない」
「雪を使うってやつか?」
「そう、雪で家を作るんだ。かまくらって言うんだけどさ。俺とお前の『水操作』で雪の中の水を操作して固い雪を作ってやれば数日は持つかもしれない」
自然のものを利用するってわけか。懸念点は
「……まぁ、やる価値はあるな。いいぜ、乗ってやるよ」
「よし、それじゃあ早速やるぞ。まずはスライム達を救出だ!」
大人数でやると、意外と救出は早かった。ほどなくして、4匹程度のスライムが救い出された。何匹かは環境の変化に耐えられず死んだようだが、生き残ったスライムはたくましく生き延びている。興味深いことに、ポイズンスライムの他に新しく変化したスライムが誕生した。
ポイズンとメタルは相性が悪そうだが本人達はそういうわけでもないらしい。問題なさそうなので作戦はそのまま続行される。全員でスライム達の仮拠点となるかまくらを作っていく。途中から町の子供たちも参加して、一種のイベントみたくなっていた。リムルは何故か嬉しそうだった。
そして1時間後、4匹のスライムが入れるぐらいのかまくらが出来上がった。
「その場の思いつきで作ったにしては、中々出来がいいな」
「そうだな、これなら数日は持つだろう」
「素晴らしい出来なのだ、ワタシ達にかかればこのくらい朝飯前……いや、昼飯前なのだ」
タイミングよく、ミリムの腹からぐぅと音が鳴る。そういえば、お前達はまだ昼飯を食っていないのか。太陽はすでに真上を通り過ぎている。お人好しにもほどがあるだろ
「……飯、食うか」
「あぁ、シュナ達が待ってくれている」
スライム達をかまくらに入れてから、全員でその場を後にする。数日後、スライムの為にゲルド達が新しい小屋を作ってくれたようだ。
その間、俺とリムルとミリムはコタツの悪魔に取り憑かれていたのはまた別の話だ。
◇
ミリムが仕事の為、町を去った後の出来事。ある日、俺とリムルはリグルドと共に会議を行われた。
「最近、住民の数がどんどん増え続けているだろ? 取引する国も増えてきた。そこでだ、新たに土地を開拓したいと考えている」
「おぉ、開拓ですな! それでは早速開拓の準備を……」
「待て待て、リグルド。むやみやたらに開拓したらダメだ。
「そこまで見据えておられるとは! 流石はリムル様です!」
リムルが意気揚々と話を進めているのを横目に見ながら、俺は頬杖をつきながら眺めていた。テンペストが国になっていく様を傍から見るのは退屈しないと思っていたが、こうして当事者になってしまうと退屈というより面倒が勝っている。だが、確かにリムルと同意見だ。
溜息を吐いた後、リムルに進言する。
「
「水辺か……確かに。だけど、テンペストからアメルド大河までは道を整備したとしても片道半日はかかるだろうな」
「空間を移動するスキルは俺以外持ってねぇしな」
「あ、それなんだけどさ……」
リムルが何かを言いかけたところで、急に言い淀む。言いたい事があるならさっさと言えよ、と睨みつけると申し訳なさそうに呟いた。
「その、フォビオからカリュブディスの魔核を取り除く共同作業をしただろ? その時俺のスキルがお前の『鏡像者』の権能を一部解析していたらしくてさ。それで俺の『影移動』が『空間移動』に進化したんだよ」
「……そうかよ、相変わらず
「それに、ベスターが
「じゃあまずは、基盤から固めていくってわけか?」
「そんな感じだな。とりあえず、下見しないことには全容も把握できないし俺達だけで行こう。リグルド、船を用意してくれるか?」
「はっ!」
『鏡像者』の権能の一部を使っただけであっちの先生が別の権能を解析してくるとはな。さすが未来の
それからの行動は早く、リグルドが船を用意しカイジンやゲルドにも声を掛けて移動を開始する。何故かゴブタもいたが。ともかく、シス湖からアメルド大河に移動するのは時間がかかる。俺とリムルで船周りの水を操作して少し急ぎながら目的地に辿り着いた。急いだおかげか二時間程度で目的地に辿り着いた。
そういえば、ここらへんは最初にゴブリンどもと出会った村の近くだったな。立地が悪くてドワーフが来てから引っ越したが、あの時は開発が進んで無かったから未開の土地のままだ。小舟でゆっくり土地を眺めながらリムルは隅々まで観察している。
「村を引っ越した時を思い出しますな……」
リグルドも同じことを思い出したのか、感慨深そうに呟いた。
リムルはこくりと頷いて、辺りを見渡した後勢いよく立ちあがる。
「よし、エミルス。お願いがあるんだけどさ」
「……嫌な予感しかしねぇけど、一応聞いてやる」
「ここの調査と開発をガビルに頼むつもりなんだが、時々でいいから顔を出してくれねぇか?」
「テメェがやればいいだろ」
「宿泊施設の監修や色々開発してるのもあって手が回らないんだよ。お前も忙しくしてるのは知ってるけど、本当に時々で良いから!」
頼む!、と手を合わせて必死に懇願してきたリムルに冷たい眼差しを向ける。あまりにも哀れなその姿に呆れてしまうが、仕方なく了承した。
にしても、すっかりこの町の一員認定されてるな。俺が本気でクレイマンと繋がってたら好き放題されてんぞ。まぁ、メリットがねぇからするつもりはないが。
リムルの旗の下で発展していく町を見始めてから1年以上経とうとしている。図らずしも、シズエイザワとの約束を守っている形でここにいる。まぁ、俺の目的のついでだがな。
特等席でこの町を見守ってやるよ。
リムルが魔王になるまでの話だ。それが終わったら、俺は俺の目的のためにこの世界を捨てる。
なんとも薄っぺらい契約と約束だな。
船から下りた後、飛んで調査にやってきたガビルとリムルが話しているのが見える。憂鬱な気持ちを抱えながら俺はそいつらの近くに歩き始めた。