42話 七転び
鄂ョ縺?※縺?°縺ェ縺?〒
炎が燃えている。
生まれ育った町は形骸化し、最早ただの薪になった。
子供が泣いている。
母親は崩れた家屋の下敷きになり、道標は消えた。
俺は呆然と燃える空を眺めた。
遠くからサイレンの音が鳴り響き、誰かの怒号が掻き消されている。
――これは、
蜉ゥ縺代※
また炎が燃えている。
見覚えのある町が、赤く染まっている。
人間の焼死体が転がっている。
血液が黒ずんで、地面が炭で汚れている。
死体で飾られた血の道の先に、俺がいる。
遠くで何かが爆発して、聞こえてきた人間達の悲鳴が煩わしく感じた。
――これは、本当に俺の記憶なのか?
そこで、目が覚めた。
――お願い。この世界を――
世界? 何のことだ?
――この世界を、見届けて。
は? 一体、どういう……
俺の問いに答える者はいない。
俺に何かを伝えたいという想いは伝わってきた。
しかし、それだけだ。
それ以上の言葉は無く、その声は闇に飲まれて消えた。
夢の残滓は消滅する。
ただ、俺の心に焦燥だけが取り残された。
悪夢を見た。この世界にやってきて一番最悪な目覚めかもしれない。明晰夢とも呼べるのかもしれない。未だに焼けつくような痛みが身体を焦がしている。
――シズエ・イザワ。リムル=テンペスト……オリジナルの運命の人。それゆえに、俺と彼女の関係はあまりに薄い。一つの契約と、一つの約束。初めて、俺の正体を明かした最初で最後の人物。そんな彼女に与えたのは、秘密の保護と未来の共有。そして俺が貰ったものは、一滴の血と願い。
――そんな未来がやってくるまで見守っててくれないかな?
――ま、気が向いたらな。
俺は慈悲深くもその約束を守り続けている。
肝心のリムルが魔王になるきっかけが分からないが、最悪の場合は俺が魔王になることも考えなければならない。クレイマンがどう動いてくるか想像もつかないからな。
「エミルス、ちょっといいか」
「……何の用だ」
執務室に顔を出したのは、何やら真剣な表情を浮かべたリムルだ。いつものシオンやシュナもおらず、たった一人で顔を出すとは珍しい。悪夢を見た後でリムルの様子が違うということは、偶然ではないだろう。案の定、リムルの二言目は彼女の名前が出た。
「シズさんについてだ」
「……そうか、偶然俺も彼女について話したいことがあるんだ」
「お前も見たのか? あの夢を」
「フン、胸糞悪い夢だった」
「え、微笑ましい夢だっただろ」
「は?」
「ん?」
詳しく話を聞けば、どうやら見た夢が違っていたらしい。リムルの方はシズエが生前教師としてお世話していた五人の子供達との思い出が映し出されたようだ。そして、シズエから子供達を助けて欲しいとも。
よく考えれば当たり前の話だ。シズエを看取ったのはリムルだし、魂や意思なんかはリムルの方に現れるだろう。
じゃあさっきの悪夢は一体なんだ……? リムルに俺が見た悪夢について話してみるが、心当たりが無いらしい。
強いて言えば、シズエの血を俺の『胃袋』に収納していることだが、俺は血から記憶を読み取るような能力は持っていない。しかも、シズエの記憶ならまだしも、知らない何者かの記憶。
だが、手がかりは掴めた。俺をこの世界に召喚した黒幕。
世界を見届けろだぁ? ハッ、国ひとつどころか世界の見届け人になれとは面白い冗談を言う。なる気は微塵も無い。
あの声は……シズエ・イザワじゃない。あの声の主は、感情を持っているかどうかすら怪しい。似た気配がしたのは気になるが、一先ずこの拳の振り下ろす先は見据えられた。
俺は空を見上げる。太陽の日差しが降り注ぎ、青々とした澄み渡る空だ。オレンジ色に染まった黒い空がフラッシュバックする。
待ってろ首謀者、その心臓を握り潰してやる。
◇
俺は夢から目が覚めた時、自分が泣いていることに気づいた。どう考えても、夢で済ませていい話じゃない。
「イングラシア王国に行くだと?」
怪訝そうに呟くエミルスに対して、俺は「あぁ」と短く返事を返した。シズさんの子供達が危険な状況であり、一刻も早く事態を解決しないといけない。エミルスの夢の話も気がかりだが、今のところ手詰まりだった。
この状況を打開するためにも、新天地へ赴く必要があると考えた。身分証も必要になるため、ブルムンドに寄らないといけない。冒険者の身分をフューズに用意してもらうためだ。それを伝えると、エミルスが懐から身分証を取り出した。国外逃亡した時に試験を受けて獲得したルビーという冒険者の身分らしい。
「身分証は俺のヤツでも使うつもりか?」
「いや、フューズに頼んで俺の分を用意してもらうよ。後から面倒くさくなりそうだし」
そう、身分に関しては問題ないのだ。問題なのは、国の方である。
ある程度文明が発展し、仲間達も手に職をつけている。俺が居なくても、ある程度は国として機能するようになっただろう。とはいえ、俺が対応しないといけない来賓達が近々やってくる予定なのだ。獣王国ユーザラニアの使節団である。ミリムが居なくなってから数ヶ月が経とうとしている。その間に魔王カリオンの使者がやってきていた。
使者曰く、『互いの国から使節団を派遣し、国交を結ぶのが有益となるかどうか、見極めようではないか』との事。
もちろん俺は賛成し、使者に同意の旨を伝えた。
そして今日、獣王国ユーザラニアに向けて使節団を派遣する、記念すべき日だ。団長はベニマル、その補佐にリグル。
つまりはあちらからも相応の使節団が近日やってくるのが確定しているのだ。俺が国から離れる訳にはいかない。それは、俺の代わりに使節団を対応できる存在がいなければの話だ。
「……エミルス、折り入って頼みがある」
「断る」
「頼む! 話だけでも聞いてくれ、お前だけが頼りなんだ!」
「あぁ? お前の代わりに使節団を対応しろって話だろ、しかもテメェの仕事を全て俺に押し付けた上でだ。交渉の余地すらない」
エミルスは心底不愉快だという感情を隠そうともしない。
俺の泣きつきをあっさりと切り捨てた。
本来、エミルスの役職である摂政という立場は、国王が何らかの理由で執務ができなくなった際に代行を担う。それ故に、俺とエミルスの権力はほぼ同じなのだ。エミルスの場合、普段は関白のような立場だけど。
最終的な決定権は俺の方にあり、エミルスに代行しろと命じればエミルスは渋々やってくれるのかもしれない。しかし、それはやりたくない。あくまで俺とエミルスは対等であると認識しているのだ。きっと仲間達もそう思っている。
俺はエミルスに個人的なお願いをしており、エミルスはそれを嫌がっている。そういうわけなのだ。
「大体、ベニマルやリグルが使節団として旅立つ時期にお前もいなくなれば、どんだけ執務が混乱すると思ってんだよ」
「大丈夫だ。俺の仕事は基本的に最終確認と現場の視察だし、二人の分はソウエイやハクロウが代理を担当してる。エミルスも俺の仕事が増える分、シュナやシオンに助けて貰えるようにしておくから」
「はぁ……」
エミルスが溜息を吐いた。
本当にやりたくなさそうだ。どうしてそこまで王をやりたくないのだろうか。面倒なのは分かるし、その重荷を背負わせてしまうのは申し訳ないとは思う。だが、エミルスの咄嗟の判断力は俺を凌駕する程だ。それこそ、生まれた時から王として君臨していたようなカリスマ性を併せ持っている。それに、エミルス自身は気付いていないかもしれないが、仲間達を指導したり話したりしている時は優しい顔をしているのだ。俺にはそんな顔しないのに。ほんの少しだけ、いや結構寂しかったりしている。
話が脱線してしまったが、そんなエミルスだからこそ俺はこの国を託せると信頼しているのだ。
「……色々言いたいことはあるが、シズエイザワの顔に免じて飲み込んでおいてやる。ただし、ブルムンドやドワルゴンの正式な外交の場ではお前がやれよ?」
「当たり前だろ、お前の為にも子供達をすぐに助けるから」
エミルスの発言、ダブルミーニングだなという感想は口に出さないでおいた。早速子供達の所に行きたいところだが、身分証の準備や仕事の調整の為に数日はかかるだろう。それに今日は使節団を見送る日だ。後腐れないように張り切って送り出さなきゃな。
ジュラ・テンペスト連邦国の正式な式典ということで、俺とエミルスはちゃんとした礼服を着る必要がある。シュナとシオンが用意してくれるらしいので、俺の庵で待つことになった。その間暇なので、スライムで土器の真似をしていたんだけど……エミルスはそもそも見ようとすらしなかった。暫くしてから、大量の荷物を抱えた二人がやってくる。
「お待たせしました」
「式典用の御召し物をいくつか見繕ってまいりました」
「お、さっそく試着してみるか」
「リムル様! ぜひこれを……」
「エミルスはこれが似合うんじゃないかと用意致しました!」
「も、もういいだろ!」
「なんでドレスとか武者とか出てくるんだよ」
式典の前でも相変わらず着せ替え人形になりながらも、なんとか説得して解放された。テンペストの将来にとって大事な使節団であり、ベニマル達にとっても貴重な経験だからな。
広場に行き、正式な服装を身に纏うベニマル達を見る。俺とエミルスも形から入るためにビシッと決まる礼服を着用している。プライベートも含めると、これで数十着目かもしれない。張り切りすぎるのも困ったもんだ。ちなみにこれもペアルック仕様である。互いの色を交換したマントを羽織っている感じだ。俺は赤色で、エミルスは水色だ。
それが嫌だったのか、わずかな抵抗として無理やり俺の頭に頭飾りを付けさせられてしまった。
壇上に上がると、周りから歓声が地を揺らし始めた。俺が普段スライムの姿でいるので、滅多に見られない人の姿に興奮しているようだ。エミルスが俺の斜め後ろにいるシュナのところへそっと移動したが、シュナはエミルスを前へ押し出して結局俺の横に立たされていた。エミルスが横に立つと、歓声が更に勢いを増したような……
「皆の者、静まれ!」
というシオンの怒号により、一瞬にして皆が黙った。
さすがはシオン。こういう荒事に関しては、右に出るものはいない。
静まり返った魔物達は、俺の言葉を待っている。辺りを見渡してから、そっと片手を上げた。
「諸君、是非とも頑張ってきてくれたまえ」
激励の挨拶を送る。まるで王様みたい、というか実際王様なんだけどな。
それから数秒の沈黙が流れた。シュナから「それだけですか?」と困惑の声が上がる。
ちょっと短すぎたみたいだ。隣のエミルスの視線が痛い。校長先生の話とか長すぎて誰も聞かないし、人前の演説も簡潔にしたほうが分かりやすいと思っていたのだが……そういうことではないようだ。コホン、と咳払いをしてから再び気持ちを切り替える。
「テンペストは以前に比べてとてつもなく豊かになったが、まだまだ国としては経験不足だ。ユーラザニアと友好な関係を築くことができれば、向こうのいいところをどんどん取り入れ、テンペストをますます発展させることができるだろう。ただし、ユーラザニアを治めている魔王カリオンは力こそ全て、とか思っているかもしれない。戦いになりそうだったらすぐに逃げてこい。目的は戦いじゃない。これから気持ちよく付き合っていけるか、関係を絶つか、それを確かめるためだ。テンペストのためとはいえ、我慢してまでつきあう必要はないからな」
と、そこまで言い終わったところで、エミルスの方へ顔を向ける。は?、と言いたげな表情を浮かべるエミルスを小突く。お前も話すに決まってるだろ、この国の摂政なんだから。皆が期待の眼をエミルスの方へ向けている。逃げられないと悟り、エミルスは溜息を吐いて一歩前に出た。
「御託はどうでもいい、獣どもの餌になりさがるな。俺達は対等であると知らしめろ。この
……これ、一歩間違えたら宣戦布告とも捉えられそうな演説じゃ? とは思ったが気にしないでおいた。
直前まで渋ってたわりには案外ノリノリで喋ってくれた。聞いてみて分かるが、エミルスの扇動力は見事なものだ。惚れ惚れしてしまう手腕である。その証拠に、使節団の仲間達の不安は見事に吹き飛ばされ、興奮が勝っているといった表情を浮かべている。俺はあんなにかっこいい台詞、すらすら出てくる気がしない。
俺はベニマル達の方へ視線を向け、こくりと頷いた。
「……そういうわけだ、お前達。頼んだぞ!」
「はっ!」
最後にそう締めくくると、割れんばかりの大歓声が広場を満たした。
まるでアイドルのコンサートみたいな状況だ。ガビルとリグルドは感極まっているし、ランガは尻尾を振りまくっているし、ゴブタははしゃぎまくっている。
広場が盛り上がっているなか、俺は壇上から降りるとベニマルのところに移動して声をかけた。
「本当は俺も行きたかったんだけど、ちょっと用事ができちゃってさ」
「むしろその方がいいと思います。安全が確認されるまでは、魔王の領土への立ち入りが控えるべきかと」
「一応言っておくけど、こっちから喧嘩を売るような真似はするなよ?」
「分かっていますよ。テンペストの看板を掲げている以上、無暗に争うつもりはありません」
本当かな、ベニマルならわざと喧嘩を売りそうな気がしなくもないけど。
いや、ミリムとの修行を得てベニマルはきっと立派に成長してくれたことだろう。きっと大丈夫だ。まるでベニマルの親みたいなことを思ってしまってるが、俺にとってこの町の住民達は全員子供のようなものだ。エミルスを除いて。
実際、俺の片腕にまで成長したベニマルならこの大役を任せられると思って託したのだ。今更な話である。リグルも、今では外交官として見聞を広めるためにこの町を出るのだ。そう思えば、ここまでの道のりが遠い昔のように感じられる。まだ二年くらいだけどね。
「では、いってまいります!」
盛大な花火を打ち上げ、住民達に見送られながら使節団は堂々と進み始める。
それは、希望の未来へ向けての歩みであった。
いずれ正式な国交が樹立され、互いの国がますます成長できることを願って。
第一回の使節団は、こうして旅立っていったのであった。
……さて、俺も出発の準備を始めないとな。まずは皆に相談から。
見送りが終わった後、幹部たちにイングラシア王国へ赴きたいとの旨を伝えたら、文字通りの大混乱になったのは言うまでもない。