エミルスに仕事の引き継ぎを行った後、俺は次の準備に取り掛かる。
獣王国ユーラザニアから来る使節団の受け入れ準備をするのだ。やることは二つ。封印の洞窟の封鎖と、来賓用の迎賓館の新築。洞窟はヒポクテ草と回復薬の生産現場なので、まだ見られては困るのだ。
人材の方も申し分ない。シュナの弟子達は、一流の料理人に育っている。特にペコとゴブイチの成長が目覚ましい。独創的なオリジナル料理を生み出し、俺の舌を唸らせてくれる。テンペストの料理人たちは、どこに出しても恥ずかしくないと自信を持って言える。
接客に関しても、カバルやヨウム達を練習相手にして日々精進したことによって十分な教育が為されている。その中から成績の優秀な者を選別して実際に接客してもらうことにした。
そこで活躍したのがベスター、それとエミルスである。
本物の貴族であるベスター達から事細かく指導してもらうことで、従業員達はみるみるうちに成長していく。エミルスも気難しい貴族の役として従業員達を扱いてもらっていた。
冒険者とはまた違う横暴さだったのに対し、従業員は完璧に対応していて思わず感心してしまった。……エミルスの気難しい貴族がハマり役すぎて傍から見たら怖かったけど。俺と同じ顔してるのに、あくどい笑みが似合うんだよな。性格の違いなのか?
使節団の受け入れ準備が着々と整いつつある。
ヨウム達は2ヶ月前ぐらいから、各地を巡っている。俺達の代わりにオークロードを倒したファルムス王国の英雄として凱旋するためだ。すでに貫禄のようなものが出てきている。ハクロウの指導の賜物だろう。元のカリスマ性に貫禄までついてきたのなら、それはもう英雄の資質を併せ持っていると言っていいだろう。
ついでに、俺達を友好的な魔物の集団だと吹聴するようにお願いしている。彼等の装備は、ほとんどテンペストの職人達が作成したものなのだ。
俺は町が見渡せる丘の上から景色を眺めた後、視線を横に向ける。隣で岩に頬杖をつきながら、ボーっと町を見つめるエミルス。その手元には、複製して改造された黒い仮面があった。俺はエミルスに対して問いを投げかける。
「うんうん、順風満帆。どうだエミルス、俺がいなくても国は回せそうか?」
「まぁな、お前の部下が優秀すぎて、正直俺がいなくともなんとかなりそうなぐらいだ」
「だろ? いざとなったら、鏡から連絡してくれればいい。時間があるときに、お前もイングラシア王国に来てくれよ」
「……ガキと遊ぶのはごめんだ」
吐き捨てるような口ぶりだが、その表情は柔らかい。寺子屋でたまにエミルスが子供達に必殺技を見せている時があるぐらいだし、言葉とは裏腹に子供はむしろ好きな方だろうと思っていた。その予想は当たっているとみてよさそうだ。
もしかしたら、俺もお前もシズさんの身体を真似ているから、その本質も無意識に移っているのかもしれない。
そんなことを考えて、俺はぽつりと言葉を口にする。
「なぁエミルス。俺はシズさんを食べた時、魂までも取り込んだんじゃないかと思うんだ。だから、あの夢を見たんだと思う」
——だから、お前のその夢も、誰かの魂が見せた夢なんじゃないか?
これはただの仮説に過ぎない。『大賢者』でさえ口を噤む問いかけだ。でも、俺の仮説は正しいのではないか、と思う。
「……誰かとは、いったい誰だ」
「それは分からない。分かってたら苦労してないだろ?」
「フン、まぁな」
「そもそも、魂ってなんなんだろうな」
俺は純粋な疑問を口にすると、エミルスの表情に僅かな陰りが落ちた。何か思うところでもあるのだろうか、そう考えているとおもむろにエミルスが立ち上がった。
「ンなもん知るか。くだらねぇこと考えるんじゃねぇよ」
手で払うような動作をした後、黒い仮面を収納し、翼を広げてどこかへ飛び去ってしまった。エミルスと談話する機会は多くないというのに、あっちが勝手に切り上げてしまう。嫌われているというわけではなさそうだけど。
「俺も出発の準備をしないとな、ランガ」
「はっ、我が主のためなら何処までもお供します!」
「ありがとな、本当に助かるよ」
思えば、ランガとも長い付き合いなんだよな。テンペストの最古参と言えるだろう。
リグルドとリグル。ゴブタにゴブリンライダー達。カイジン達やゲルド。一応ガビル達も。そしてベニマル、ソウエイ、シュナ、シオン、ハクロウ、クロベエの頼もしい鬼人達。
俺がいなくても、しばらく問題ないだろう。
エミルスがいるなら猶更だ、安心して国を離れることができる。俺はそう確信していた。
使節団が旅立った数日後、俺はランガの背中に乗って町から出発することになった。使節団の時のような盛大なものはいらないと、俺から申し出たことで幹部総出の見送りに留まった。あまり大げさにするものではないと思ったからだ。
スライム状態でランガの上に乗り込み、幹部達の顔を見る。エミルスは見送りに来なかった。
「じゃあ、行ってくる」
「お、お達者で! お帰りをいつまでもお待ちします」
「ガビルは大げさだなぁ、すぐに戻って来るって」
「本当にすぐ戻ってきてくださいね」
「旅のご無事をお祈りします」
「シオン、シュナ。お前達はエミルスの補佐を任せたからな。アイツを頼んだ」
「お任せください! エミルスの臨時秘書として、お役に立ってみせます!」
それはそれでエミルスが嫌がりそうだけど。
さて、いつまでもここで留まっていられない。出発の時間が差し迫っている。こうして国を離れるのは寂しいが、永遠の別れというわけじゃないのだ。
俺はそう心の中で整理をつけようとした。
だが……何故か、すごく胸騒ぎがする。
幹部達の顔を見る。別に普段と何も変わらない。そのはずなのだ。
エミルスの夢の内容が今になって引っかかる。
アイツの夢の中で、俺達の町らしき場所が燃えているのを見たというのだ。この町が、燃える……?
いや、考えすぎだ。可能性を考慮していたら何も進まない。それで結局全てが間に合わなくなったらダメなんだ。
考えれば考えるほど、最悪な光景が脳裏をよぎる。幹部達も沈黙した俺の様子を心配そうに見つめている。俺が取り乱したらダメだ。落ち着け、俺。
まとまらない思考の海に落ちていこうとした時、上空から声が聞こえてきた。
「ここまできて怖気づいたかよ」
見上げると、エミルスが翼を広げてこちらへ降りてくるのが見える。
すると、先ほどまでの焦燥感が一気に無くなっている。きれいさっぱり、跡形もなくだ。
今のは、一体なんだ。
《解。外部からの精神干渉などの攻撃は見受けられませんでした》
大賢者の言葉が脳内に響く。
ますます意味が分からない。だけど、さっきまでの俺は明らかに異常だった。
原因不明の異常に、俺はどうすることもできない。
エミルスに『思念伝達』を送った。
『エミルス、今何かしたか?』
『は? 何気色悪いこと言ってやがる』
『悪い、ちょっと気になる事があってな……』
エミルスが何かしたわけじゃない。
声を掛けられることで思考が正常に戻ったということなのか。それともエミルスがやってきたからなのか。今の俺にはそれを検証する術も時間もない。ひとまず置いておくしかないだろう。
シュナが黙り込む俺の様子を見て声をかける。
「リムル様、どうかされましたか?」
「いや、なんでもないよ。それじゃあ、行ってくる」
気持ちを切り替えて、仲間達に挨拶する。ランガが勢いよく駆け出した。「行ってらっしゃい」とたくさんの声に見送られる。今ならなんでもできそうな気さえしている。やっぱり、気のせいだったのかもしれない。ゲルド達によって整備された道を走る。皆の姿が見えなくなっても、先程のような漠然とした不安は感じなかった。
◇
いざ出発するって時に不安を感じたとか、アイツ本当に大丈夫か?
このリムルが魔王になる姿が想像できないが、事実としてなっている。前の世界のリムルとこちらの世界のリムルが未だ結びつかない。町はほとんど記憶と同じになっているというのに。
ま、ンなことはどうでもいい。オリジナルの置き土産を整理しなければならない。
ヤツの仕事をするにあたって、暫く特別修行を実施しない事にした。ランガはいねぇし、ゴブタは警備で引っ張りだこ。ゼギオンは自己鍛錬でいいだろう。技術より、身体を鍛えるところからのようだし。
使節団の受け入れの準備は、すでにリムルが指示してある。俺はそれの最終確認と、現場の視察を行うだけでいい。
その翌日、トレイニーが姿を現した。今度は髪を三つ編みにして纏めている。美しさに磨きがかかって、どこかの王族と言われても納得がいく。そのお世辞を口に出すつもりはない。
俺はトレイニーに声を掛ける。
「一歩遅かったな、リムルなら出発したぞ」
「あら、それは残念です。ですが、私はエミルス様に情報をお伝えするためにやってきたのですよ」
「聞かせろ」
トレイニー曰く、使節団がジュラの大森林に入ったとの事だ。3日ほどでこちらに辿り着くらしい。さすがは森の管理者といったところだ、その察知能力には惚れ惚れする。
「ありがとな、ンじゃ帰っていいぞ」
「……いえ、私も同席いたします。森の管理者である私が、エミルス様の隣にいればリムル様の代理と簡単に信じてくださるでしょうから。不要な面倒事は避けた方がよろしいでしょう?」
「それはそうだな」
納得がいく理屈に俺は頷いた。
その言葉の裏に仕事のお暇を頂こうという狙いが見え隠れしている気がするが、それは俺の管轄外だ。ダメならトライアとドリスが姉を連れ戻しに来るだろう。
とりあえず、配下達に使節団が数日後に到着すると伝えた。
丁度その時、ヨウムが町にやってくる。英雄業は順調のようだが、取り繕うのに中々の苦労をしているようだ。この町では、英雄という仮面を脱ぎ捨てて素の自分をさらけ出している。今回は数日滞在するようだ。
俺が顔を出すと、ヨウムは少し驚いた顔を向けた。
「エミルスの旦那がお出迎えとは珍しいですね、リムルの旦那はどこに?」
「アイツは国外追放した」
「えぇ?」
「エミルス様、冗談はおやめください」
真顔で言い放った言葉にヨウムは驚き、慌てて傍に居たシュナが訂正する。事情を知ったヨウムは更に驚いたようだが、納得はしたようだ。そういえば、リムルからヨウムが帰ってきたときの伝言があったのを忘れていた。
「ヨウム、リムルからの伝言だ」
『手遅れかもしれないが、魔王カリオンの配下達が使者としてやって来るから、喧嘩にならないように注意してくれよ』
「へぇ、魔王カリオン……って、おいおいまじか! 何だってそんなことに?」
「知らないのかよ。リムルが帰ってきた時にでも聞け」
まだまだやる事があるからな。ヨウム一行は勝手にテンペストを満喫しとけ。サボりたいなら好きにしろ。リムルと違って、俺は丁重にもてなそうという意思はない。ヤツから受け継いだ仕事の一覧を睨みつけながら、次の現場に急いだ。我ながら、本当に何をやっているのだろうか。
せめてイングラシアにいるアイツが情報を持って帰ってくることを期待する他ない。カリュブディスからクレイマンの動きが無いのも気になるし、下手に動くことも出来ない。自業自得ながらむず痒いものだ。
そして数日後。予定通り獣王国ユーザラニアからの使節団が来た。
町に入る前の道で出迎える。
メンバーはシュナ、シオン。リグルド含む国の運営側のホブゴブリンども。ソウエイが俺の影に潜んでいて、何かあったらすぐに飛び出せる状態だ。ついでに、ヨウム一行も何故かいた。
さっさと終わらせたいところだが、そうも言っていられない状況になってしまった。
シュナが心配の眼差しをこちらに向ける。
「本当にその姿でよろしいのですか?」
「歓迎はするが、別に試さないとは言ってないしな。勝手に動くんじゃねぇぞ、特にシオン」
「お任せください!」
何も任せられねぇって言ってんだよ。
そう文句を言う前に、遠くから足音が響いてくる。目線を前に向ければ、使節団の馬車が近づいてくるのが見えた。
権力を誇示しているのか、黄金で着飾った豪華絢爛な馬車の列。ひいているのは馬ではなく、大型魔獣の
馬車ではなく、虎車というべきか。まるで戦車だな。
「大した事ありませんね。あの程度エミルスが出るまでもありません」
「お前はなんで戦う気なんだ、それとついさっきの話を忘れたのか?」
「あ、そうでした。まだあまり慣れておらず……」
本当にシオンっていうヤツは、戦闘にしか脳がない。ドドメキでももう少し考えていたぞ。
油断は身を滅ぼす。仮にも魔王の勢力だからな。今のところ俺達はただの魔物の集団、下に見られて当たり前の状況だ。しかしあの装飾、悪趣味だな。カイジンやガルム達の方が作った馬車の方がよっぽど秀逸な出来だった。
そう思っている間に、続々と虎車の列が俺達の前で止まる。
先頭の虎車の扉が開き、一人の女が降りてきた。金と黒が混じった長い髪を持ち、蛇の瞳を持つ女だ。妖艶な雰囲気を漂わせている。フォビオとは大違いの、隙が無い魔人だった。
こりゃあ、一筋縄ではいかなさそうだな。
「お初にお目にかかります。ジュラ・テンペスト連邦国の盟主……リムル=テンペスト殿」
そう言って、頭を下げる。俺達も頭を下げて、ひとまず一触即発の雰囲気は避けられたとみていいだろう。
女が言った通り、俺は現在リムル=テンペスト……銀色の髪に金色の瞳を持つ、その姿に変身している。
理由は二つ、獣王国ユーラザニアにその意識が無くともクレイマンに情報を伝える可能性がある。最悪リムルが不在などという情報が渡れば隙を見て攻めてくるかもしれない。ユーラザニア側はリムルの戦闘能力を知らないだろうし、好都合。
もう一つは、ただ単に俺の力が通用するのか、それともコイツらが見事化けの皮を剥がせるか確かめるためである。血の気が多い獣達は隠蔽された情報を暴く観察眼を持ち合わせているか見極めたい。
この姿になるのは色々思うところがあるが、まぁそれは後々清算するとして。
それにさえ目を瞑れば、非常に合理的なやり方だ。ちなみにヨウムには通じたが、他の魔物達やカイジン達には効かなかった。
「私は〝
最高幹部がおでましとは、中々魔王カリオンってのは豪快だな。
続いてもう一人虎車の中から降りてくる。白髪の猫の瞳を持つ獣人。恐らく白虎の血を持つそいつは、猛々しい
「フン! 貴様がテンペストの盟主か。スライムにしては上手く変身しているようだが、矮小で小賢しく卑怯な人間共とつるんでいる時点で、魔物の風上にも置けぬわ!」
あぁ、俺もそう思う。
おっと、これは口に出してはいけないな。しかし、ヨウムの表情が明らかに険しくなったのを感じる。というより、明らかに『リムル』を馬鹿にした時点でこの場にいる配下達の堪忍袋の緒が切れてもおかしくないだろう。
「控えなさいスフィア。貴女の振る舞いは、カリオン様の顔に泥を塗るのと同じですよ」
アルビスはかなり冷静なようだが、スフィアと呼ばれた獣人は完全にこちらを見下している。
確かにヨウムは人間だが、ハクロウに扱いてもらったおかげで獣人と対峙できるほどに成長としている。それに一応、俺の弟弟子でもある。英雄と言われる実力は手にしていると言っていいだろう。まぁ、俺達に比べたらまだまだの実力ではある。
それでも、舐められっぱなしは癪に障るな。
俺は前に出て、スフィアに視線を向けた。
「随分な物言いだな。はっきり言って、貴様と対等に渡り合える力をこの人間は持っているぞ」
「ほう、やるか? 人間」
「おいおい、旦那! 平和的にいくんじゃねぇのかよ」
「そのつもりだったが、いかんせん相手側があの態度ではな。お前も、舐められっぱなしでいいのか?」
スフィアはすでに準備万端のようだし、ヨウムの仲間達も「やっちゃってくださいよ!」と背中を押し始めた。ヨウムの性格的に、引くに引けない状況だ。最終的に、ヨウムは腹を決めて前に一歩躍り出た。
まぁ死にかけそうになったら助けてやる。本当は俺も戦いたいんが、事前にリムルから釘を刺され、
ヨウムはニヤリと笑い、愛用の
「旦那、ちゃんと骨は拾ってくださいよ」
「気が向いたらな……おい、シオン」
俺の後方から、いきなりシオンが前に歩き始めた。
やっぱりこうなるか……そう思ったのも束の間、シオンの低い唸り声が響いた。
「黙って聞いていれば、リムル様への暴言の数々。我慢に我慢を重ねていましたが、どうやらその必要はなかったようです」
目を血走らせて、呆気にとられるヨウムの横を通り過ぎてスフィアの前へ歩き出す。
予想通りの展開に、俺とシュナは内心溜息を吐いていた。
相手もやる気満々のようで、今更俺が止められる雰囲気でもなかった。
「あなたの相手は私です」
「面白い! 盟主の配下がどの程度のものか、このオレ——〝
そういやスライムと名乗るタイミングを失ったな。まぁいいか。