謎の悪魔襲撃事件から、一か月が経過した。
相変わらず俺の中指には銀の指輪が着けられている。どれだけ切り落とそうが、スキルをぶつけようが傷一つつかない。諦めざるを得ない状況だった。
心のどこかで、未だにあの悪魔の言葉がつっかかっている。
——魂が透明、いや、そもそも
思考する生物はみな、魂が存在する。それは常識であり、真理だ。
魂無くして人格は生まれず、記憶は作られない。例え鏡像体であっても、ソレは変わらない。
悪魔の言葉を鵜呑みにするわけではない。だが、仮に魂が無いと考えれば納得する場面が存在する。
鏡に映らない理由、ミリムの意味深な発言。
——そして、ヴェルドラに名付けられたあの時。
あの時の俺は深く考えていなかったが、名付けを行ったことで何らかの繋がりが俺とヴェルドラの間に生まれたはずだ。だったら、何も感じなかったあの時が異常。今だってヴェルドラの事を感知したりすることはできねぇし、繋がりを感じたこともない。前はそういうものだと思っていたが、リムルの名付けを間近で見た今なら分かる。
そんなことはありえない。ありえないのだ。貰った加護が逆風の紋章だったのも何か理由があったのか。
「あぁ、クソ……ッ!」
魂が無いというなら、俺はどうやってこの世界にやってきた?
そもそも、ここにいる俺は本当に俺自身だと証明できるのか?
俺は——
鏡に映らない己が、どんな酷い顔をしているのか。俺には分からなかった。
嘆いても現実が変わってくれるわけがない。一先ず問題を置いておき、目の前の事を片付けることにした。
ユーザラニアとの交易が頻繁に行われるようになると、
竜を祀る民や
執務室での仕事が終わり、立ち上がろうとすれば
アイツは今頃ガキの世話をしているはずだが、まさか手伝えという事か?
訝しみながらも、何かあった可能性もあるので行かないわけにはいかない。虚空に向かって「ソウエイ」と呟くと、すぐに目の前に姿を現した。
「リムルの所へ行ってくる。なるべく早く戻ってくるが、その間の代理をベニマルに頼むと伝えてくれ」
「承知いたしました、どうかお気を付けください」
涼しい顔して無茶な命令にも対応する。こういうのが、イケメンだっけか。リムルが変な事を言っていたな。すでにベニマルはヤツの右腕として活躍しているわけだし、俺がいなくなっても問題は無いだろう。
俺はガラス玉を首飾りから取り外し、魔素を送る。すると、イメージ通りの姿見が目の前に現れる。リムルの方のガラス玉も自動的に展開されたはずだ。『
さて、どんな面倒事が待っているのかと身構えていたら、通り抜けた瞬間に子供たちの歓声が聞こえてくる。男三人、女二人。一様に俺の姿を見て興味津々に感想を呟いてきた。
「本当にリムル先生そっくりだ!」
「でも目つき悪いわね」
「エミルスさん、だっけ……」
「……」
何も言わずに睨みつけている子供が二名。この中で一際背の高い男と、黒髪の無口な女。特に女の方はこちらを警戒しているようだ。何処となく誰かの面影を思わせている気がするが、思い出せない。
小さめのサイズのランガもいる。久しぶりに見たが特に変わっている様子は無い。
辺りを見渡せば、木々に囲まれた自然の中で大きな岩石に人工的な遺跡の入口がある。デカい。いかにもな装飾が施された扉だ。なるほど、ここが精霊の棲家と言われる場所に繋がるのだろう。いつもの幸運で居場所を突き止めたようだ。
しかし、そんなことはどうでもいい。問題は、何故俺が呼び出されたのかだ。リムルを睨みつけ、思念を送る。
『……ガキの子守りはしないと言ったはずだが?』
『そう言うなって。前に言ってた精霊女王へ会いに行くんだよ、もしかしたら、お前の知りたい情報を持っているかもしれないだろ?』
精霊女王、確かに色々知ってそうだ。その名の通り、精霊達を治める女王であるならば、この世界の事情を把握していて当然だし。もしかすれば、世界から帰る方法も知っているかもしれない。これは希望的観測に過ぎないが、話してみる価値はあるだろう。
帰れる方法を知ったとして、俺は……いや、余計な事を考えるな。
子供は最悪無視すれば問題ない。ここはリムルの誘いに乗っておくか。
「事情は分かった。てか、俺を誘ったのは子供達を守るためでもあるんだろ」
「まぁな、お前がいるなら安心できるし」
「ベニマルに任せたはいいが、一時的だからな。これが終わったらすぐに帰らせてもらう」
「もちろんだ。……お前と冒険なんて、洞窟以来じゃないか?」
「まぁそうだな」
あの時とはまた状況が違うが、久々に暴れられるのは悪い気分じゃねぇ。ストレス解消にもなるし。
俺が子供達の方へ視線を向けると、全員がビクッと大げさに反応してリムルの背中にくっついた。随分と警戒されているようだが、取って食うつもりは毛頭ない。
まぁ、知らないヤツを警戒するのは正解だがな。ここまで警戒されてるとなると、リムルは俺の事大して説明してないんじゃねぇか。恩師の顔をしたヤツが二人もいるとか混乱するだろ。溜息を吐くと、子供達はまたビクッと反応した。
「さっさと入るぞ」
「待てエミルス、ここは迷宮になってて入ったら出られないかもしれないから……」
「ンなもんすぐに突破してやるから、余計な心配せずにガキの子守しとけ」
警戒されているならそれでいい。正面は俺が突破して、後ろをリムルとランガが守ればいい。
俺は重々しい扉を開き、中に足を踏み入れる。光源が無いはずなのに、妙に明るかった。
入って早々攻撃を仕掛けてくるような気配は無い。空気成分も、『魔力感知』にも異常は無い。ただ、『鏡像者』の移動系の権能が封じられている。どうやら空間に作用する力を制限されているようだ。
リムルに詳細を伝えると、暫く悩みこんでいたが意を決して子供達を誘導し迷宮内へ入ってくる。全員が迷宮内に足を踏み入れた途端、扉が勢いよく閉じられる。
どうやらここの主は閉じ込める気満々らしい。
「お前ら、絶対にはぐれるなよ」
「はい!」
リムルが後ろで声掛けをしている中、俺は一足先に迷宮を歩く。見た目だけならただの一本道だ。
だが、歩けばすぐにタネが分かった。あちこちに方向感覚を狂わせる罠が仕掛けられてやがる。明かりを調整することで、来た道を隠して進むべき方向を惑わせる。なるほど、かなり悪質な迷宮だ。ここを作った主はかなり性格が悪い。
『魔力感知』があれば些細な違いも感知できる。逆に言えば、人間なら確実に惑わされて出られなくなるだろうな。リムルがぼそりと「不思議のダンジョン……」と呟いた。一体何の話だ。
その時、辺りから何者かの笑い声が響いてくる。
(フフフフフ……)
これは、
次第に声が重なり、笑い声が俺達の周りを取り囲むように反響する。
「なんだ? この声、どっから……」
「頭に直接響いているみたいだ」
ガキどももその強烈な気配に気づいているらしく、辺りを不安げに見渡している。どうやらこの声は全員に聞こえている。俺への畏怖より迷宮に対する恐怖の方が勝ったのか、前にいた小柄な男子が俺の後ろに身を隠した。
声の主は俺とリムル、ランガが怖がっていないのに気づいたらしい。不満げな声が脳内に響いた。
(ツマラヌぞ、客人よ!)
(もっと怖がれ! もっと怯えよ!)
笑い声が大きくなるにつれて、ガキどもも不安の輪が広がっていく。
それをお気に召したのか、そいつは言葉を続ける。
(いいねいいね! もっと怖がってくれないとつまらない)
「ここに住んでる精霊さんかな? 俺達は上位精霊に用があるんだ。できたら邪魔しないで、案内をしてほしいんだけど」
リムルが声を張り上げて声の主にお願いする。
すると、先程よりも大きく笑ってリムルに言葉を返した。
(面白い事言うね。いいよいいよ、教えてあげる)
意外と協力的か? いや、こういう輩は——
俺が考察している間に、迷宮が姿を変え始める。光の道が真っすぐ伸びて、誘導するように道の先が輝いている。
「ハッ、どうやら誘ってるみてぇだな」
「行くしかないか」
光の道は問題なく歩くことができる。俺が先導して歩いていると、道の先が途切れたところまで辿り着いた。
「途切れてんぞ」
(慌てない慌てない——
声の主が何らかのスキルを発動した。すると、辺りが一気に変化し、いきなり大広間の真ん中に立たされていた。
あのスキルは恐らく、この迷宮という空間を操作できるスキル。なら、ヤツのフィールドに入っている俺達は命を掌握されていると言っても過言ではないだろう。
(どう? すごいでしょ)
俺の予測通り、目の前には一体の巨像。鋼の巨人が待機状態で待ち構えていた。
(さぁ、試練の時間だよ!)
弾んだ声が脳内に響くと同時に、巨像が身体を起き上がらせてその目に赤い光を宿した。
……正直、鉄クズ相手に俺のスキルはかなり不利だ。そもそも、攻撃手段が少ないってのもある。血液と水、あとは借り物の『暴食者』だけ。なんでもかんでも習得していくオリジナルとの差はどんどん広がっている。
あの固い鉄を貫けることが出来ればなんとか行けるかもしれねぇが、護衛対象がいるなら無理はできねぇ。
リムルに目配せをすれば、アイツは子供達を俺に託して前へ移動する。俺はリムルの代わりにガキどもを護衛する。ランガもいるし、最悪の事態はそうそう起こらないだろう。
今、俺が出来ることはこれしかない。
「リムル」
「あぁ、エミルスはランガと一緒にこいつらを守っててくれ」
「わかったよ」
ランガが一回り大きくなると、足の下にガキどもが移動した。
俺はその前で立ちはだかるようにして、リムルの戦いを見届ける。
アイツの瞳はすでに目の前の標的を解析し始めていた。隠れ
「ねぇ、エミルス……さん。先生なら勝てるよね?」
黒髪の女子が震えた声で問いかける。
俺は一瞬だけ振り返って視線を合わせ、それから呆れたように呟いた。
「余計な心配はいらねぇよ。……お前達の先生なんだから」
警戒してる俺の言葉が気休めになるかどうかは知らねぇけどな。
そんな会話をしているうちに、すでに戦闘は始まっているようだ。地面を叩きつけた轟音と共に砂埃がこちらに舞い上がってくる。『暴食者』で適度に喰らいながら、煙一つ浴びせないように立ち回る。
この巨像、見た目と魔素量だけなら威圧感満載だが、動きがトロ過ぎる。避ける程度なら俺でも出来そうだ。とはいえ、攻撃技が無いから決定打に欠ける。
リムルは巨像の破壊許可を問い掛ける。完全に舐め腐っているようで「壊せるものならやってみるといいさ!」と元気な声が返ってきた。
次の瞬間、ソウエイの操糸妖縛陣で巨像の動きを止めた。『魔力操作』を会得したリムルの『粘鋼糸』は鉄クズの怪力でも剥がせないらしい。
(なっ……あたしの
漸く事態を把握したらしく、焦った声色が大広間に響く。聞く限りどうみても子供の声なんだが、この鉄クズを創る力はあるんだよな。
驚き騒ぐ声の主を無視し、リムルはベニマルの技である〝
あの炎、前カリュブディスを倒した時よりも威力が上がっている。俺の『血液操作』ではガードできないだろう。
(ウソだ……! たった一撃で……)
漆黒の炎が消えた後、巨像は塵ひとつ残さず消えていた。あの高威力の技を、範囲や時間まで指定できるならかなりの打点になる。俺の『熱変動無効』でさえ効かない最強の攻撃技。
子供達はリムルの元へ駆けつけ、感想を口々に呟いている。リムルはその様子を眺めていた。
俺は無意識に拳を握り締めていた。
進み続けるお前と、何も進歩しない俺。誤魔化し続けていたが、これ以上は無意味だ。
クソ、気づきたくはなかったな。
アイツにはもう……勝てねぇってこと。
◇
「たった今、恥ずかしながら、呼ばれてやって参りました!!!」
リムルが脅しを含めて声の主を呼ぶと、分かりやすく動揺しながら俺達の目の前に飛んで出てきた。謎の光源体だと思っていたそれは、三十センチ程度の小人の妖精。小人にしては随分と着飾っているようだが、コイツが精霊女王なわけがないだろう。威厳が無さすぎる。
首根っこを引っ掴むと、腕をブンブン振って暴れる。始めて見る生物だ。
「ンだこのデカい羽虫?」
「は、はむしぃ!!? アンタ、このアタ……じゃなくて、偉大なる十大魔王の一人であるこの我になんたる無礼なのよ!!」
「お前が魔王? ハ、面白い冗談だな」
「ホントの事に決まってるでしょうが!!」
俺の手から何とか脱出すると、乱れた呼吸を整える。
ガキどもは「妖精?」「かわいい」とこそこそ話している。精霊とはまた違うのか?
妖精は改まったようにコホンと声に出して高らかに宣言した。
「我こそは、偉大なる十大魔王の一人! 〝
何やら自信満々に宣言してきた目の前の妖精に対して、リムルがこちらに囁いてくる。
「なぁ、お前はどう思う?」
「にわかには信じられねぇけど」
「俺もそう思う」
「そこ! 聞こえてるわよ!!」
コイツ、なんで偉大なる十大魔王ってわざわざ二回言ったんだ。
魔王とはにわかには信じられないが、魔王と名乗るだけで因果が巡る世界だ。一ミリ程度は信じてやる。魔王と名乗るにしては、魔素量は微々たるもので、リムルにも劣る。とはいえこの迷宮を自在に操るスキルがあるし、ただ者ではないのは確かなんだがな。
ガキどもに弄ばれている妖精のガキ。
傍から見れば魔王の圧なんて一切感じねぇけど。
同じ事を思っていたリムルが、ぽつりと疑問を呟く。
「う~ん、俺達にはミリムっていう魔王の友達がいるが、お前そいつと比べようもないほど弱そうだけど?」
「ふんぬバーーカ! バカバカバカバカバカ、アンタらはバカじゃ~!」
ミリムの名を挙げると、ラミリスは大声で叫び語彙力の低い罵倒を投げつけてきた。叫びすぎて呼吸を整えつつも、抗議を続ける。
「あのね、アンタら。ミリムって理不尽魔王って呼ばれてるの。なんでも力で解決しちゃいま~すって、そんな理不尽の権化とカレンなあたしを比べるなんて失礼なんてもんじゃないよ~! そこんとこ、ちゃんと理解してくれないと困るわけ! 困るわけ! こ~ま~る~わ~け!」
「うるせぇな、一々動き回って羽音まで響かせるんじゃねぇよ」
「アンタらのせいでしょうが!」
こいつ動き回らないと死ぬ病気にでもかかってるのか?
魚かコイツ。
まだまだ愚痴り足りないようで話は続いていく。
「あんたも、ついでにそこのあんたもちょっとおかしいんじゃなくて? なんなの? なんであんな出鱈目な技使えんのよ? そっちもヤバい気配纏ってるし。アンタ達ほんとミリムと知り合いなの?」
「最近友達になった」
「ふ~ん。ってちょっと待って、アンタ達もしかしてジュラの大森林で新しく盟主になったっていうスライムなの?」
「そうだけど、よく分かったな」
「ああっ、やっぱり!」
ラミリスによれば、ミリムが迷宮にやってきてマブダチができたと自慢しにきていたらしい。その時は信じていなかったそうだが、今回リムル達がやってきたことで本当の話だったと驚愕したらしい。
話が終われば、後ろからガキどもの声が聞こえてくる。
「先生」
「スライムって?」
……まさか、コイツ自分の正体すら明かしていなかったのか?
信じられないといった気持ちを込めてリムルに視線を送れば、乾いた笑いを浮かべて頬を搔いている姿があった。そりゃ俺の存在を警戒するわけだ。人間で瓜二つな顔を持つなんて、警戒しない方がおかしいだろう。
リムルがスライム状態になって黒髪の女子の手に乗れば、驚きと困惑が混ざった声を漏らした。
「って、ことはエミルスさんも……?」
「あぁ、そうだ。というか、お前達の先生が事前に説明してくれてるとばかり思ってたんだがな」
「アハハ、すっかり忘れてました……すまん」
「ちょっと、あたしのこと忘れてない?」
痺れを切らしたのか話を遮ってラミリスが割り込んでくる。
話を戻すが、ラミリスはミリムの事をよく知っている。話を聞いているだけでも俺達が話していないミリムの性格や能力を把握しているし、エピソードも嘘ではないと分かる。
しかもミリムがわざわざ自慢しにくるような存在。なら、魔王というのも嘘ではない……のか? まだ半信半疑といったところだが。
「その疑いのまなざしは何? あたしが魔王だって信じなさいよね」
「一応信じてやるよ、一応な」
「かーっ! ムカつくわね、アンタは何もしてないクセに!」
実際その通りだが。
ともかく、無害そうであることは分かったから、俺達は話し合いをすることにした。