何故かリムルがお茶やお菓子を用意して迷宮内でピクニックが始まった。ちゃんと俺の分の激辛ソースとポテトまで用意してるんだから律儀な奴である。
ガキどもはラミリスの配下妖精と遊びまわっている。俺達はそれを眺めながら、今後について話し合いをすることになった。
ラミリスは巨像で俺達をビビらせ、自分の威厳を認めさせる事だったらしい。規格外のスライムのせいでその作戦はあえなく失敗したが。
「なのに
クッキーを食べながらラミリスは恨みがましく呟いている。
「自業自得だろ」
ポテトに激辛ソースをつけて食べる。チップスとはまた違うサクサク感だな。
その後もラミリスは精霊工学という技術を余すことなく使用した素晴らしいものだったとぐちぐち言ってくる。余程壊されたのが嫌だったらしい。やっぱり自業自得としか思えねぇ。
リムルは精霊工学に興味を持ったらしく、ラミリスから色々と聞き出していた。〝精霊魔導核〟という心臓部を造れなかったせいで失敗したとか、俺には関係ない話だ。
……心臓部か。俺の身体に魂が無いという話なら、『
ミリムにも分からなかった答えを、リムルの『大賢者』が持っているのか怪しいところだ。解析させるつもりはねぇけど。
「そういや妖精、ヤバい気配纏ってるとか言ってたよな? 何か知ってるのか?」
「ん~や、知らないわよ。ただ、アタシの歴戦の勘がヤバいってビンビン反応してんのよ。というか、種族名で呼ぶとは無粋ね!」
「別にいいだろ」
結局情報は得られずか。引きこもりには難しい話だったな。
それはそれとして、リムルはラミリスに新しい
いつの間にか、子供達はランガにもたれかかって眠っていた。
「なるほどね。みんな苦労してるんだねぇ」
「だろ? だからさ、精霊女王とやらに紹介してほしいんだよ」
「ん? あ~言ってなかったっけ。あたしだよ」
「えっ?」
「はっ?」
「だから、精霊女王。アタシのことだよ」
リムルが冗談だろ、と聞き返したがどうやら本気のようだ。
ラミリスが言うには、精霊女王が堕落して魔王になったらしい。自分で堕落したとか言うのか?
「あっ、そういえばあいつも堕落したんだった」
「あいつ?」
「レオンちゃん? なんかさ、調べものがあったみたいで大昔の上位精霊を呼び寄せてさ、契約結んだんだよね。びっくりだよね。で、しかたないから精霊女王のアタシはレオンちゃんを勇者と認定して精霊の加護を授けたってわけ」
勇者も魔王になれるのか。
この感じだと、ある程度の力を持ったやつは総じて魔王になる資格があるんじゃないかと思えてくる。
「そういやレオンちゃん無茶なことも言ってたな。異世界から特定の人物を召喚してくれって」
「できるのか!!?」
思いがけない情報に思わず立ちあがってラミリスに問いかける。
リムルも急に大声を出した俺に驚愕の眼を向けるが、ンな事気にしていられない眉唾物の情報だった。
「い、いや無理よ。そもそも異世界の召喚もそんな簡単にできることじゃないし。アタシとミリムも異世界召喚なんてできないんだもの。空間属性を掌握したとしても、世界自体を超える魔法なんて早々使えるわけないじゃない。……でも、あそこまで頑張ってたレオンちゃんなら、特定は無理でも異世界から召喚は出来るかもね」
ま、アタシも本気出したらちょちょいのちょいなんだけど!、とよく分からないマウントを振りかざす。
実際、魔王レオンはシズエを異世界から召喚していた。
しかし、特定の人物を、特定の場所に、しかも下手すりゃ過去に飛ばすなんてできるのか……? あの時周りに召喚者の気配はしなかった。だとすれば転生の可能性もあるが。
ダメだ、まだまだ情報が足りねぇ。少なくとも分かったのは、首謀者がいるとすればとてつもない存在。少なくとも魔王以上であるのは確定している事だろうか。
ラミリスの情報を聞いてから黙り込んだ俺を不審に思ったのが、リムルが声を掛けてくる。
「エミルス、何か気になる事があったのか?」
「……いや、なんでもねぇよ。悪いな、話の腰を折って」
「そうか……」
そう言って、介入してこようとするリムルを振り払った。
さすが、魔王兼精霊女王なだけあって、色々情報持ってるじゃねぇか。こりゃあ後で
「それで、〝精霊の棲家〟に案内してくれるのか?」
リムルが改めてラミリスに問いを促すと、ラミリスの顔つきが変わった。
眠っている子供達を眺めた後、慈愛に満ちた眼差しを向ける。雰囲気の変化に、無意識に息を呑んだ。
「アタシはね、魔王であると同時に、聖なる者の導き手。〝
妖精達が子供達の周りを飛び回り、まるでここまで辿り着いたことを祝福しているように笑い声を響かせていた。
先程までの様子からじゃ考えらない威厳に、動揺を隠せなかった。
ラミリスは笑みを称え、俺達を見下ろし——
「いいよ、召喚に協力してあげる。すごい精霊を呼び出すといいさ」
そう宣言したのだった。
これ以上ついていく理由は無い、と判断したのだが、上位精霊を無事子供達に与えられるか見守っていてほしいと言ってきた。「嫌だ」と言えば「頼む!」と返される。それを何度か繰り返せば折れるしか無かった。そもそも、空間属性が制限されている影響でラミリスの許しが無ければ容易に出る事も出来ないのだ。
ラミリスはリムル側だったので、負け戦だ。
精霊の棲家へ行く道すがら、精霊についてラミリスが解説した。上位精霊には自我があり、呼び出しに応じてくれるのは気分次第であると。悪魔も精霊も似たようなもんなんだな。危険性はさすがに悪魔だろうけど。
一番簡単な方法は、大精霊からエネルギーを切り取り新しい精霊を生み出すこと。そんな離れ業をやってのけるヤツがちょうど隣にいる。
リムルならこのぐらいできるだろ。
その間にトレイニーの名を口に出せば、ラミリスは興味を示した。
「へえ〜あの子たちも元気にしてるんだ。昔は小さくてかわいい精霊だったんだよ」
「あれ?トレイニーさんは今の精霊女王とは接点無いって」
「あ〜それね、アタシは死んで生まれ変わっても前世の記憶を残してるからね。あの子たちそのこと知らないんじゃないかな。ずっと昔にはぐれてそれっきりだったし……またこんど、遊びに来てって伝えてよ」
「分かった」
「楽しみだな〜」
転生というよりかは、成熟して
長期的に見れば確かに有用だが、大前提が自身に危険が迫らない環境を作れることだからな。コイツぐらいしかできねぇだろ。
色々話しているうちに、精霊の棲家に辿り着いたようだ。迷宮の最深部にある託宣の間。精霊の棲家に繋がる場所。光の通路が上へ伸びており、その先端に円形の足場がある。天井は無く、吹き抜けのようだった。恐らくあそこから精霊がやってくるのだろう。いかにもな場所だな。
周りを見るに、ヴェルドラがいた洞窟と感覚が似ている。魔素が充実している証拠だろう。
「みんな」
リムルが子供達に問いかける。
クロエ、アリス、ケンヤ、リョウタ、ゲイル。全員が緊張した表情でリムルを見つめていた。
各々が決意を胸にリムルへ覚悟が決まったことを伝えた。
ふと、右手の中指に嵌められた銀の指輪を見る。
弱体化したとはいえ、さすがに悪魔が転移できる隙は無いと思うが。念のため警戒しておくか。
シズエの心残りとも言えるような奴らに、万が一にも被害が及ばないように。俺は翼を広げて上に飛び上がった。
俺の白い翼が気になったのか、ラミリスが近づいてくる。
「アンタ、空を飛べたのね……何、その翼」
「アイツも飛べるぞ。これは蝙蝠の姿を部分的に擬態しているだけだ」
「へぇ、そんな器用な事できるの。でもこれ蝙蝠って言うより——」
「おーい、二人とも。こっちはいつでも行けるぞ」
俺達が談義している間に、精霊を呼び出す順番が決まったらしい。ラミリスが地上に降りて細かい説明を付け加えていた。
まず最初はゲイル、俺を随分警戒していた男子。こっちをチラチラ見ているが、視線がウザい。
何を言っているのかは聞こえづらいが、特段聞かなくてもいい話ばかりだ。
ゲイルが円形の広間の真ん中に移動する。
神に祈りを捧げる信者のように片膝をつき、目を閉じる。ゲイル以外は、彼の姿をじっと見つめていた。
暫くすると、天から土色の光が無数に降りてくる。上位精霊ではなく、下位の意思なき精霊達だ。リムルは『暴食者』で漂っていた精霊を全て喰らい尽くすと、『変質者』で上位精霊に統合してゲイルに憑依させる。まぁ、リムルがしたことに関しては俺の推測だが、概ね合っているだろう。俺の模倣スキルではここまでの力業は難しい。
ゲイルは地属性の上位精霊。
続いて金髪女子のアリスが空の上位精霊。どうやら統合するだけでかなりの大仕事らしく、リムルの魔力が消耗していた。失敗されても困るから、『鏡像者』で魔力を渡してやった。
次は典型的なクソガキのケンヤ、なんとこいつは光の上位精霊を呼び出した。というより、あっちが興味本位で近づいてきたと言ったほうが正しいだろう。勇者の素質があったという事だ。意外な発見である。めちゃくちゃ稀の事らしいが、リムルの周りにいるとそういった事に慣れてしまった。
次に気弱そうなリョウタ。リムルは水と風両方の性質を持った上位精霊を創りだしたらしい。やってるのは『大賢者』だろうけど。
さて、最後はクロエだな。俺に憑いてる悪魔が動く気配もないし、近づいてみてもいいだろう。
俺は高度を下げて二人に近づいた。
——その時だった。
天が、精霊の棲家から異様な気配を感知したのだ。悪魔なんて比じゃない、言葉で表すことができない
リムル達の目線の先に、そいつは顕現していた。黒銀髪の長髪が靡いて、周囲に銀光をまき散らす。大人の女性の姿をしたそいつは、上位精霊ではない。
いや、そんな情報はどうでもいい。
思考する前に、存在しないはずの心臓が音を鳴らした感覚。それは俺自身が初めて味わった感覚——共感覚だった。
俺は、こいつを、知っている。
この存在の理を知っている。
何故なら俺とこいつは————
そいつはリムルに真っすぐ近づいて抱擁し、接吻する。
そのまま優雅に空中を飛び回り、俺の傍に近づいてきた。
反応する間もなく、抱きしめられる。そして、俺の耳元で何かを囁いた。
彼女の笑みは、悲哀に満ちている。その言葉を伝えた後、俺を振り返ることなくクロエの方へ飛び去る。
ただ茫然として、そいつを見送ることしかできなかった。
◇
「待て! させないよ、アンタの好きにはさせない!!」
成り行きを見守るだけだったラミリスが、突然制止の声を発した。
いきなり何を言い出しているのか理解できず、俺はラミリスに問いかける。
俺の『大賢者』では彼女の正体を解析することができなかったから。
ドクン。
俺の『胃袋』にいるヴェルドラが反応している。
一体彼女は何者なんだ?
ラミリスの声も空しく、謎の存在は虹色の光となってクロエの身体に宿っていく。あっという間にその輝きは綺麗さっぱり消え失せていた。
「あーー!! もう手遅れだ。やめやめ……アタシは知らないからね?」
ラミリスの言葉に、俺は慌ててクロエに『解析鑑定』してみるが、あれだけ膨大だった
少なくとも、魔素が暴走する危機は去ったようだ。
クロエは目を閉じていて状況を理解できていないらしく、愕然としている俺達を見て目をパチクリとさせていた。
「さっきのはなんだったんだ?」
「わっかんないわよ! アタシも詳しくはわからない。でもね、アレは多分、未来で生まれたのよ。未来からやって来た、精霊に似たナニか。とても信じられないけど、その子に宿ったことで自分を産み出す土壌を作った……?」
「何言ってんだ?」
「ああ~ほんとに分からない! でもあれは大きな力を持ってた。未来であれが生まれたら、大変な事が……あ、あれ。でも、なんかそうじゃない気がする。もっと別の、大きなものが蠢いているような」
いよいよ自分でも理解が追い付かなってきたのか、しとろもどろになるラミリス。
一方で、エミルスは茫然と立ち尽くしたままクロエをじっと見つめている。あの存在に何かされたのか? 心配になってエミルスの方へ近づいた。
「おい、エミルス」
「……ハッ、そういうことかよ」
エミルスは自嘲気味に笑い、消え入るようなか細い声で呟いた。
「元々、帰らせる気はねぇってか」
本来誰にも拾われるはずのない独白を、俺は拾ってしまった。
帰る、きっとこれはテンペストに帰るとかそんな話ではないのだろう。
——転生者ではない。だがユニークモンスターでもない。これが答えだ。
——ネームド……そうだな。俺にはエミルスという名前がある。
初めてエミルスと出会った時、アイツは
よく考えればおかしい。アイツが封印の洞窟から生まれた事は確実なのに、名前をつけた人物なんてどこにもいなかった。エレン達が封印の洞窟を開くまで、あの洞窟には魔物以外の気配なんて一つも無かった。
出会った時から、俺はエミルスに嘘を吐かれていて、わざと俺に情報を与えなかった。
俺の事をずっと信用していない? いや、それにしては俺の事を信頼している節がある。じゃなきゃ今の今まで俺の我儘に付き合ったりしていないだろう。
なぁエミルス、お前は一体……何者なんだ?
俺は、この問いをエミルスにぶつける機会を遠ざけた。
もっと落ち着く場所で、もしくはエミルスから話してくれるその時まで。
俺は怖かった。これを話してしまえば、何かが壊れそうな気がした。
俺って案外怖がりだったのかもしれないな。
ともあれ、これてシズさんの心残りは晴れたというわけだ。
子供達がラミリスにありがとうございました!と感謝を一斉に伝えると、照れてバタバタと飛び回るラミリス。コレが魔王だなんて、やっぱり信じられないけどな。
従者の妖精達もグルグル飛び回っており、それはそれで幻想的な光景だった。
ふと、エミルスがこちらを見ていることに気が付いた。
先程独白を無断に盗み聞きしていたのもあって、絶妙な気まずさがあった。だけど、エミルスは俺から視線を逸らしてぽつりと呟いた。
「……助かった、おかげで情報が色々集まった。感謝してやる」
「なんだよ、それ」
あまりに不器用な感謝の仕方だな。
思わず俺は吹き出しそうになるのを堪え、その感謝をありがたく頂戴することにした。
もうすぐ二年の付き合いだが、まだまだ打ち解けられそうにない。
だけど、今の言葉はちゃんと
不意に、『念話』での秘匿会話に切り替わる。
『リムル、クロエ・オベールに憑りついたあの存在の情報が手に入ったら、真っ先に教えろ』
『……もしかして、知り合いなのか?』
『ンな事はねぇが、俺の探してるヤツの手かがりであることは確実だ』
やっぱり、そうなのか。
あの独白はその事を言っていたのだろう。
つまり、エミルスはその人を見つけ出して……見つけ、出して。
なんだろう、このモヤモヤした感覚は。
とにかく、俺はエミルスの目的を助けると決めたんだ。もちろん、協力するとも。
『分かった。手に入ったらすぐに連絡する』
『助かる』
エミルスとの『念話』を終わらせた後、気になったのか俺達の周りをブンブン飛び回るラミリスに対して、エミルスが喋りかける。
「じゃ、俺は帰る。妖精、さっさと送還してくれ」
「妖精って呼ぶなって言ってるでしょ!生意気な……よし、今後アンタへの呼び方はエミちゃんって呼ばせて貰うわ!!」
「な……」
エミルスが珍しく動揺している。
信じられないと言った眼差しをラミリスに向けるが、当の本人は相手の余裕を崩せたことでドヤ顔だ。
これは、多分変える気は益々なくなっただろうな。
「それじゃあエミちゃん、アンタ達のところにも遊びに行くつもりだから歓迎の準備をしときなさいよね!」
「おい待て、このクソはむ……」
ラミリスが両手をエミルスに翳すと、文句を言う暇もなくエミルスは入口へ飛ばされてしまったようだ。
「いやぁラミリスちゃん、世話になったね。それじゃあ俺達も帰るよ、またどこかで!」
「待って!ちょーーーっと、待って!」
続いて俺たちも帰ろうとしたら、ラミリスに引き止められてしまった。そういえば、新しい
アイツもしかしてこれを見越していたのか、逃げ足が早ぇな。まぁ、長くなりそうだから先に帰った方がよかったか。
俺はアイツに、国を託しているんだから。
そして、