一晩経って、晴れ舞台となる二国間の友好宣言を行った。
リムルはガチガチに緊張していたが、なんとか事前に相談していた演説を行うことはできた。
俺の顔はまだ公開しない。少なくとも、リムルが魔王となり国が強固になるまで俺の存在は秘匿するべきだと感じたからだ。クレイマンが何処から見ているかも分からねぇし。
拙い演説の後、リムルはガゼル王から駄目出しを喰らっていた。一国の王にしては謙りすぎている。情に訴えかけすぎている。あと短すぎる。
平和な異世界から転生してきたリムルにとって、王として国を統治し他国の情勢を鑑みるなど難しいものなのだろう。
ガゼル王の懸念は尤もだ。あまりにも隙だらけな体制。スパイを取り締まるルールも存在しない。
簡単に国を放棄すれば、その隙に国が荒らされても文句は言えない。
だから、この宣言が終わった直後、俺は国へ帰ることを決めた。この後は自由らしいし、さすがに必要ないだろう。
ガゼル王もすでに俺と和解したから、引き止める理由もない。そのことをリムルに伝えると、こくりと頷いて皆で見送ると言った。
後はここを通るだけだ。リムルはそのままイングラシア王国に行くから、暫く会うこともないだろう。
「じゃあな、リムル。さっさと帰ってこいよ」
「あぁ、分かった」
「エミルス様。私達もすぐ合流します」
「リムル様を護送したあと、風のように飛んでいきますから!」
「いや、ゆっくりでいい。安全第一にしろ」
特にシオン、と心の中で呟く。お前が帰ってくると余計な仕事が増える。
テンペストの面々と一通り会話した後、ガゼル王に会釈する。警戒を解いたガゼル王は柔らかい表情のまま見送りの言葉を送った。
「達者でな、もう一人の弟弟子よ」
「そっちもな」
一通り短い挨拶を終えた後、鏡の中を通り抜けようとした。
が、金縛りに遭ったかのように身体が重くなる。
振り向いてみれば、リムルに左腕を掴まれていた。
「……おい」
声を荒げて抗議しようとしたが、リムルから漏れ出る異様な威圧感に喋ることができない。
苦し紛れの抵抗でリムルを睨みつけるが、俯いていて表情が見えない。シュナとシオンも、主の突然の行動に戸惑っているようだ。
「おい」
「……」
「リムル!」
「……あれ、俺いつの間に?」
俺が名前を呼んだ瞬間、リムルが反応する。
リムルは慌てて手を離し、自分の手を何度か開いて確認する。俺の腕も一応確認するが、特に何もない。指輪が関係あるかとも思ったが、右腕ならまだしも左腕だったからその可能性も低いだろう。
つまり原因は、リムル自身のはずだ。
どうもおかしい。さっきのは明らかに不自然すぎる。
前にもこんなことがあった。リムルがイングラシア王国に出発しようとしたその瞬間。突然様子がおかしくなって俺が近づいた時だ。
——エミルス、今何かしたか?
あの問いかけは、どういう意味だった?
ダメだ、何も分からねぇ。少なくとも今の今まで特に何も無かった。
……小さな違和感はあった。
——未来であれが生まれたら、大変な事が……
——だから、お前のその夢も、誰かの魂が見せた夢なんじゃないか?
——そんな未来がやってくるまで見守っててくれないかな?
想起した言葉達は、一見すればまとまりがないものだ。
偶然で片づけるにはあまりにも歪な可能性を切り捨てる事は難しい。
いや、あまりにも突飛すぎるだろ。全て杞憂でしかない。
俺が生まれたのはアイツが魔王になってからだ。偽物の俺が何をしようって話だ。
とはいえ、
「警戒するにこしたことはない……か」
「何か思い当たる事があったのか?」
「別にねぇよ、じゃあな」
そもそも、俺という不確定要素がいるせいで、僅かにでもリムルの思考パターンに何か変化があるはずだ。この事実を伝えようが伝えまいが、とっくに未来が変わっていると見ていいだろう。仮にも、リムルと同等の力を持っているわけだしな。
この先面倒事が起きそうな予感を感じつつ、その場を後にした。
——もし、俺の仮説が正しかったら。
あの夢は、予知夢だ。
執務室の鏡から国に帰ってきた。
凝り固まっていた身体を伸ばす仕草をして、椅子に座り込む。その時、ちょうど書類の束を置こうとして扉を開けたベニマルと遭遇する。
「あ、お帰りなさいませ。エミルス様」
「町の様子は変わっていないか?」
「特段これと言って……いや、珍しい客人がいらっしゃって色々ありましたけどね」
「珍しい客人?」
「はい、
「そういえばリムルと結局縁が出来たのか、あの小太り商人」
俺のアドバイスが功を奏したのか、それともアイツの悪運か。
ミョルマイルという商人として気が抜けない男との取引が成立したらしい。時折この町にやってきては、商人の知識をいかんなく提供してくれているらしい。おかげで、魔物と舐め腐った人間どもを逆に嵌める事が出来ているようだ。コボルトの商人達は、ユーラザニアの外交もあってしっかり鍛えられている。
三人娘は、この国で仕事していればいつか会えるだろう。
三柱の魔王に仕える奴等がつるむとは、テンペストは縁結びの国なのかもしれねぇな。いい意味でも悪い意味でも。
ほどなくして、シュナやシオン、ゴブリンライダー達が帰ってくる。
何故かニコニコ笑顔な女性陣と、げっそりとやつれた男性陣。どうせ何かやらかしたのだろうが、聞かないことにした。リムル達の事だ。どうせ調子に乗って怒りを買ったのだろう。
最近政治とリムルの付き添いであまり現場の視察ができていなかったから、久しぶりに町を歩くことにした。クロベエの元へ訪れると、相変わらず鉄を打っている音が鳴り響いている。邪魔をせずにその場から離れる。
ハクロウの方も、最近は獣人達の修行も見ているようで大所帯になっている。グルーシスはハクロウの
「あ、エミルス様~!」
「エミルス様だ、料理食べていかれますか?」
「エミルス様! またかっこいい必殺技教えて!」
「エミルス様! おはようございます」
歩いているだけで、四方八方から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
国家元首だというのに、必要以上の畏怖は向けられない。住民と王の間に壁はほとんど存在しない。これがアイツの作りたかった世界で、俺が作りたかった国。
あの頃の俺ではこんな国は作れなかっただろうがな。
適当に挨拶を返しつつ、目的地へ向かう。
町外れにひっそりと建てられたスナック樹羅。最近は特別修行も無かったせいであんまり顔を出せていなかったからな。ヤツが不貞腐れていなければいいが。
「お帰りなさいませ、エミルス様。首を長~~~~くして、お待ちしておりました」
「……」
「お久しぶりですエミルス様。
「おう、ただいま。アピトとゼギオンもいたのか」
コップを拭きながら、清々しい笑みを浮かべて圧をかけてくるトレイニー。机に引っ付いてるようにしか見えないゼギオンと、器用にコップの中に
成長期という事だろうか。
ここに座れと言わんばかりに空けられていたカウンター席に座る。トレイニーがおつまみのポテトチップスを目の前に置いた。じゃがいもの色味ではなく赤橙色をしたそれを口に含むと、ピリッとしたほど良い辛さが口の中を走る。思わず隣に用意された
俺の飲みっぷりにトレイニーはしてやったりといった表情を浮かべ、インセクト達も満足そうに頷いた。
「……これは驚いたな」
「エミルス様の舌を満足させることが出来て嬉しいですわ」
「これはエミルス様の食べ方から発想を得たものです。ミードのほど良い甘さとチップスの辛さが絶妙にマッチしていて、他のお客様にも大人気なのですよ」
「あぁ、あの激辛ソースか……」
かけるんじゃなくて、チップスを作る工程で混ぜたのか。上手く考えたな。
ゼギオンも無心でチップスを食べている。正直、俺が食べた料理の組み合わせの中でトップを争うレベルで好みかもしれない。
思えば、食に興味を持ったのもここに来てからだ。そもそも、アッチの世界じゃ食事を取る暇も無かったという方が正しいだろう。帰ったら、シンシヤに激辛料理を渡して反応が見たい。きっとアイツなら、いい反応をしてくれる。
……その前に、問題点が山積みだけどな。
障害が多くて嫌になる。文句なら何個でも言えるが、言ったところで状況が好転するわけでもない。
その時、扉が開いたと同時に中へバタバタと音を立てて入ってくる。
ちょうどポテトチップスと同色の髪を持つ女と、水色の長いツインテールの女と、萌黄色の眠たげな女。三名がサンドイッチのように重なっており、最初に入ってきたチップス女が無理やり身体を起こして叫んだ。
「重すぎです!! 離れるです!!!」
「ちょっと、元はと言えばフォスが躊躇ったからじゃない!」
「ステラ、うるさいの」
「ネム、あんたねぇ……」
落ち着いたバーがいきなり賑やかな雰囲気になった。
三人娘は互いに責任を擦り付け合っていつまで経っても入口から離れようとしない。トレイニーが止めに行こうとするのを制止して、俺が出向くことにした。
「テメェら、遊びたいなら他所でやれ。ここはガキの遊び場じゃねぇよ」
「ハァ? 喧嘩なら買うわよ……って、リムル様?」
「あ"ぁ??」
「ステラ、何言ってるです!」
誰がリムルだって?
俺の怒りに呼応して『威圧』を発動し、魔素が店内で溢れ出る。風圧で吹き飛ばされそうになる目の前の馬鹿どもをどう処理してやろうか考えていると、慌てて店員のゴブリナが俺の口にポテトチップスを放り込んでくる。
咀嚼していると、自動発動していた『威圧』が収まっていく。
ゴブリナは安堵の息を吐くと、目をパチクリしながらこちらを見ている三人娘に俺を紹介した。
「こちらはリムル様に並ぶテンペストの主、エミルス様です。今後は間違えないように」
「やめろ、気恥ずかしい」
テンペストの主と言われると、居心地が悪い。
そんな俺の心境も知らず、三人娘は目をキラキラさせてこちらをじっと見つめている。
「先程は失礼いたしました! ですが、エミルス様の事今の今まで気配すら察せられなかったなんて……」
「町のみんなも、全然教えてくれなかったの」
「執務室から出ねぇし、他国には俺の存在を教えてねぇからな。住民にも外部の存在には不用意に教えないよう命じてある。ユーラザニアから来たフォスとやらはともかく、お前等二人は初耳だろうな」
「エミルス様。教えちゃっていいのです?」
……まぁ、ミリムの国のステラならともかく、天翼国フルブロジアから来たネムはテンペストに害する者かどうか判断できない。こいつが自国に持ち帰って情報を伝えれば面倒な事になる。
だが、こいつ一匹なら『分身体』で監視しておけば問題ないだろう。
「もし怪しい素振りを見せれば、すぐに俺へ情報が来るようにしてある。大人しくしてれば何もしねぇよ」
「わかったなの、大人しくするなの」
魔王フレイ、今のところ動きは無い。しかしここにネムがやってきたということは、何か策があるんだろう。
正直、クレイマンの動きが読めない時に動かれたら面倒でしかない。
そのままテンペストに留まっておけ。居心地は悪くないはずだし。
「では、せっかくの記念ですので大盤振る舞い致しましょうか」
「やったです!」
「……うむ」
トレイニーの鶴の一声によってバーが一気に活気づいた。
関係ない客も皆巻き込んで、一夜限りの大騒ぎだ。
それにしても、妖精に獣人、蟲や
かくして、スナック樹羅での小さな宴会に巻き込まれたのだった。
ちなみにだが、ゴブタやランガ。それにシュナとシオンも羨ましがっていたのは言うまでもない。
もうすぐイングラシアから帰れそうだ、というリムルの報告が来た。
それに合わせて、町は慌ただしく動き始める。主の帰還を祝う大宴会を行おうとしているのだ。
この国、居心地が良いのは確かだが事あるごとに祭りだ祝い事だ宴会だと騒ぎ立てやがる。昨日スナック樹羅で騒いだから当分はやらなくていいと思っていたが、そういえばリムルの帰国に合わせてお祝いする準備があったのを失念していた。
それと同時に、ヨウム御一行がテンペストにやってきた。シュナとシオンを連れて出迎える。
タイミングが良いし、リムルが帰ってくるまで留まってくれとヨウムに頼めば快く応じてくれた。アイツが帰ってきたら、そのまま面倒事を一気に押し付けるつもりだ。
そんなヨウムの隣に、見慣れない翠色の髪を纏めた女性が佇んでいた。
見慣れない人物だ。新しい人間が来るなら言っておいて欲しいものだが。
「エミルスの旦那、紹介が遅れてすまなかった。俺達の新しい仲間、
と、ヨウムが紹介すればお辞儀した後こちらをじっと見つめてくる。俺の態度が気に喰わないのか、凍て付く視線が突き刺さる。
「どうも初めまして、ミュウラン殿。俺はテンペストの摂政をしてるエミルスだ」
「……どうも」
「ミュウランには相談役兼軍事顧問として、対魔法戦を指導してもらっている」
「まぁ、お強いんですね」
「それほどでもありませんが」
シュナの褒め言葉を軽く受け流し、目を合わせようとしなかった。
ある程度の挨拶を交わした後、ヨウムはミュウランに町を案内すると言って離れていく。
ミュウランは張り切ったヨウムを見て困惑気味だったが、嫌ではなさそうだ。
あの様子だと、ヨウムはミュウランの事かなり気に入っているな。
俺は人間の惚れた腫れたに興味は無いが、恋路にかまけて英雄業をおろそかにするか心配だ。
しかしあのミュウランって女、かなり上手く隠蔽しているが、魔人だった。
一体何処で知り合ったんだ?
俺が思考の海に沈みかけていたのを、シュナの明るい声が引っ張り出した。
「エミルス様、リムル様の帰国に合わせて新しい服を新調致しましょうか?」
「いや、別にいい」
「遠慮なさらずに、一週間後なら余裕を持って準備できますから」
「リムル様! それなら私の料理の新作を是非!」
「それはもっと遠慮しておく」
「そう、ですか……」
今回はやけに押しが強いな。
まさか、ペアルックにさせようとしているのか?
何故かシュナはリムルとお揃いにさせたがっている。色々重なって最近はご無沙汰だったから、シュナの創作意欲が爆発したのかもしれない。
「いえ、そういうわけではありませんよ」
俺の心を読んだかのようにシュナが切り込んでくる。
驚いてシュナの方へ目線を向ければ、心底幸せそうに微笑んだ。
「リムル様とエミルス様が生まれてから二年近くになるらしいとの事を聞いていたのですよ」
「はぁ? ンな正確な日時分かるわけが……って、アイツか」
「なので、今回の宴の主役はリムル様とエミルス様です!」
「毎回言ってる気がするんだが……」
「何言ってるんですかエミルス、今回はもっと特別な宴ですよ」
シオンもシュナの言葉に同調し、俺の言葉に疑問を浮かべる。
二人の鬼は互いに顔を見合わせて頷き、俺の困惑をそのままにして俺の手を掴んだ。
「諦めて祝われてくださいね?」
笑顔なはずなのに、俺は冷や汗を掻くばかりだ。
シュナの圧に押されて、結局シュナの工房に連れ去られる。
「はぁ……激辛料理はたんまり用意しておけよ。ゴブタにも用意してくれ」
「分かりました!」
その頃には、俺はミュウランの事などとうに忘れ去っていた。
ミュウランは去り際、工房に消えていくエミルスの背中を一瞥する。
(あれが、影武者? でも、あの微かに感じた気配は——)
「ミュウラン、どうした?」
「……いえ、なんでもないわ」
気のせい、そう思うことにした。
エミルスから感じた懐かしい気配。
それは久しく感じることが無かった、同族の気配だったのだから。
一週間後。
ピリついた空気が漂う執務室に、緊急の魔法通話が入って来る。
机に置かれた水晶玉が、ある女性の姿を映している。
「こちら獣王国ユーラザニアの三獣士が1人〝黄蛇角〟のアルビスです」
「代理のエミルスだ。聞こう」
「エミルス様、申し訳ありません。頼みがあります」
何やら緊張した面持ちで俺に話しかけてくる。
余程の事があったのだろう、場の空気が異様に重たかった。
これは前に味わったことがある。
アルビスは告げる。
「我が国の民を避難民として、ジュラの森に受け入れてほしいのです」
「避難民?何があった」
ベニマルが切羽詰まった声で問いかける。
水晶玉の向こうで、呼吸を整える気配がした。
「ユーラザニアは一週間後、交戦状態に入ります。——カリオン様が、魔王ミリムに宣戦布告を受けました」
シュナの手からトレーが落ちる。
頭が真っ白になった。
ミリムが……アイツが、カリオンに? おかしいだろ、だって。アイツは!!
言い訳染みた言葉をここで言っても、事態が好転する事はない。男の表情は真剣そのものだった。
まさか本当に、ミリムが?
こうなった理由。魔王すら操れる力を持つ存在がいるとすれば、俺は一人しか思い浮かばない。
——魔王クレイマン。
俺の嫌な予感は、次々と事態を動かしていく。
その頃、人間の武装集団がこの町を訪れる。その中に異世界人が三人。
同時刻、テンペストの主リムル=テンペストは、国に帰る途中である人物と出くわした。
シズエイザワの元教え子、神聖法皇国ルベリオスの守護を主とする聖騎士団の団長ヒナタサカグチ。
「初めまして、かな?もうすぐさようならだけど」
リムル=テンペストのカウントダウンは、もうすぐそこまでやってきていた。