◇
話は数時間前に遡る。
学園の期末試験も無事に終了し、イングラシアでの俺の役目も終わった。子供達はこれからすくすくと成長していくだろう。俺も自分の国に帰らなければならない。いつまでもエミルスに頼ってちゃ怒られるし。
子供達を引き取ることも考えたが、テンペストの教育サービスはまだ整っているとは言い難い。
自由学園は、信頼できる教師がいる。ここでは基礎教育は勿論、これからの生き方や魔法まで教えてくれる。子供達も俺が打診した時、ここで学ぶのだと相談して決めていた。俺が先生を続けると思っていたらしく、帰ると言ったら泣き出されてしまったけど。
それと、エミルスに対して直接感謝が言えなかったことを悔やんでいた。ブルムンドの外遊の時に伝える事も出来たが、子供達の強い頼みで黙っておいた。エミルスは終始ツンとしていたが、やっぱり子供は好きそうだったし感謝されるのは満更じゃないはずだ。
子供達の
そのあたりは、学園長であるユウキとよく相談した。
「本当にありがとうございました」
「いやいや、いいってことよ。子供達はもう大丈夫だ、これで普通の生活を送れるよな」
「えぇ、一度捨てた子供を各国が再びさらうことはないでしょう。それは国際法に抵触しますし、我々自由組合を敵に回すことになりますから」
「子供達にも身分証を発行して、組合員にするのか?」
「そうですね。あの子たちもそれを望むなら、それもいいかもしれませんね。暫くは自由学園でのびのびと勉強させて、未来を選べるようにしたいと思います」
「あぁ、頼むよ」
今はまだ子供だが、この世界での成人は十五歳だ。直ぐに大人になって、自分の意思で行先を選択するようになる。学生の間はゆっくりと考えればいい。子供はすくすくと育つのだから。
ユウキは何度も解決方法を尋ねてきたが、秘密にしておいた。世の中には知らなくてもいい事がある。ユウキを疑っているわけではないが、変に情報が出回ったりでもすれば大変だからな。念のためだ。
代わりと言っては何だが、大量の雑誌を渡せばユウキは文字通り跳び回った後俺に平伏した。単純なヤツである。
部屋を出ようとした時、ユウキから「あ、後もう一点だけ」と呼び止められる。
「エミルスさん、という方にも協力いただいたんですよね? 僕からの感謝を伝えておいてください」
「あぁ、分かった」
ま、アイツは知らないヤツの感謝なんか突っぱねそうだけどな。
……あれ、俺エミルスの事伝えてたっけ。子供達から聞いたのか。別に口止めしているわけじゃなかったし。
俺は特に気を留めず、その場を後にした。
子供達の今後の打ち合わせや教師達への引継ぎも問題なく終了した。
基本的な戦闘訓練を行ったし、それなりに〝疑似精霊〟との会話にも慣れたようだ。
その合間にピクニックに行ったり、カバル達が遊びに来たり。コリウス王国とのいざこざもあったりしたけど、イングラシアでの生活は中々に充実していたと思う。
商売の方もミョルマイルとの関係は良好。大きな利益も出ているようだ。
まだまだ問題は山積みだけどな。
ランガと一緒に遊んでいる子供達を見守りつつ、想いを馳せる。
木陰で休む俺の手には、仮面があった。
「これで一件落着、問題は全て解決だ」
木漏れ日を浴び、そよ風が吹いた。
「シズさん、これでいいんだよな」
——ありがとう、スライムさん。
そんな、満足そうなシズさんの声が聞こえた気がした。
旅立ちの日。
イングラシア国内から出た道で、子供達とお別れの挨拶をした。
「先生……行っちゃやだ」
「クロっち、先生を引き止めるのはダメだよ」
「そうよ、さっさと行きなさいよ」
「でも……」
クロエも、他の子供達も。
皆俺との別れに涙を流している。先生冥利に尽きるとは、この事だろう。
纏めて抱きしめてやる。見送りの保護者として、少し離れたところで立ち会うユウキに話しかける。
「頼むぞ」
「えぇ、お任せください」
その言葉にこくりと頷き、俺はそっと離れる。
そのまま振り向いて、自国の方へと歩き出した。
これ以上の言葉はいらない。
「先生!」
クロエが泣きそうな声で俺を呼び止め、思わず振り向いてしまった。
駆け寄ってきてそのまま抱き締められた。行かないで、と言葉にしなくても伝わってきた。
「ま……全く、クロエは泣き虫だな。泣くなよ!」
「ケンちゃんだって……」
「目から汗が出ただけだ!」
悲しまないでほしい、とは言えない。
彼ら彼女らはまだまだ幼い子供なのだ。
俺はクロエと目線を合わせ、語り掛けた。
「よしよし、クロエ。これをやるから元気出せよ」
といって、取り出したのはシズさんの仮面だ。
「うぅ……あっ!」
クロエの瞳が輝きを取り戻す。
羨ましかったのか、その贈り物にアリスとケンヤがいの一番に反応した。
「あたしも欲しかったのに!」
「エヘヘ、私がもらったの」
「いいないいな」
「ずるいずるい!」
プレゼントと言えば、渡すのを忘れそうになっていた。
シュナに用意してもらった学園の制服だ。せっかく送ってもらったのに、渡しそびれるとは危なかった。
「おお~」
「ケンちゃんかっこいい!」
「素晴らしいですね」
「か、かわいい!」
「先生」
「ありがとう」
子供達は制服を見事着こなしている。
互いに姿を見ながら、満足してくれたようだ。
「いいか、しっかり勉強しろよ。別れはつらいが、二度と会えなくなるわけじゃない。ランガも連れて遊びに来るから」
「我らがいなくても、しっかり勉強するのだぞ」
ランガも激励の言葉を送ってくれている。
なんだかんだ、いい関係性に落ち着いたようだ。
「か……必ず遊びに来てくれよ」
「そそ……卒業したら、こっちから行ってあげてもいいんだからね」
「あぁ、待ってる。中央都市リムルの町を挙げて大歓迎だ」
「エ……エミルスさんにも、よろしく伝えといてください」
「分かったよ、アイツもきっとお前達が遊びに来てくれるのを待ってる」
そうして俺は、ランガの背に乗ってイングラシアから出発した。
子供達は手を振って見送ってくれた。
「先生~!」
「またね~!」
「さようなら!」
「気を付けて~!」
もちろん、俺も手を振ってそれに応える。
「元気でなぁ!」
リムルが見えなくなった後、クロエは渡された仮面を胸に抱きしめながら呟く。
仮面を抱きしめるその手は、震えていた。
「また、ね」
ランガの背に跨り、リムルはイングラシアから離れていく。
リムルはイングラシアからある程度離れたところでランガに命令し、一時的に立ち止まる。スライムの姿に戻り、周囲の様子を確認した後頷いた。
「ここまで来ればいいだろう。さっ、『空間転移』でテンペストに帰るぞ」
「皆、主の帰国を待ち焦がれていることでしょう! このランガも同じ気持ちです」
「お前はずっと俺と一緒にいるだろうが」
ランガの素っ頓狂な発言にツッコミを入れる。
だが、突如感じた異様な気配にリムルはスライムの身体をブルブルと震わせた。
危険予知が脳内で甲高い警鐘を鳴らす。ミリムの時とはまた違う感覚だった。
彼女は莫大な魔力を散らしながらやってきただけで、特に殺意は感じなかった。だからリムルもそこまで危機感を感じていなかった。
今回は、そんなものではない。通り魔なんて比にもならない、冷徹な殺意が空気を凍らせている。
リムルは人の姿に擬態し、ランガを影の中に入るよう促した。
忠実なランガは短い返事と共に影へ即座に入った。
その時、大賢者が変化を告げる。
《告。広範囲結界に囚われました》
「結界?」
《結界外への空間干渉系のスキルは封じられました。空間転移は不可能です》
——これは、イヤな予感がする。
リムルの予感は、ソウエイが木の陰から姿を現したことで確信に至ることとなる。
「リムル様……」
「あっ、ソウエイ!」
傷だらけの身体で顕現したソウエイに、リムルは形相を変えて近づいた。
ソウエイは懇願するかのようなか細い声で、「リムル様、お逃げください」と呟く。きっとここにいるソウエイは分身体で、本体は無事なのだろう。
だけど、仲間が分身体と言えども傷つけられた。その事に、ふつふつと心の奥底から怒りの炎が湧き上がっているのを感じた。リムルの声は自然と低くなる。
「何があった?」
「敵です。それも、想像を絶する——」
「ソウエイ!」
言葉の途中で姿を保てなくなったのか、ソウエイは消えた。
何だ、何が起こっている?
リムルは影の中に潜むランガを呼ぶが、返事は無い。空間干渉の封印は、影の中の空間の出入りも隔絶しているらしかった。つまり、リムルは応援を呼ぶことも、逃げることもできない。
焦燥感がリムルの身体を巡る。焦れば冷静な思考が失われるというのに、立て続けに起こった現実を受け入れる事が難しい。
そんなリムルとは裏腹に、いつも通り理性的な『大賢者』がまた脳内に語り掛ける。
《告。》
「今度はなんだ?」
《別種の広範囲結界に囚われました。結界内部でのスキル使用が封印》
「
リムルが命令すると、『大賢者』が命令通りに遂行し始める。
《……
「なんだって!?」
魔法系統のスキル、つまり魔素を使うスキルはほぼ全般である。
ユニークスキルの『暴食者』と『大賢者』以外はほとんど使えないと言っていい。主力の技である『黒炎』『黒稲妻』、操作系の『粘鋼糸』や『魔力操作』も対象内である。前に戦ったことのある
そもそも、こんな結界を張ろうとする者がいれば、ソウエイたちが気づかないはずがない。
リムルの予想が正しければ、結界の範囲はかなりの広範囲に渡るということだろう。
(だとすれば、その目的はなんだ?)
少なくとも、これは魔物と戦いなれたプロの仕事だ。魔素を用いて攻撃する習性を利用し、手段の一切を封じる。そのあまりに合理的な戦い方は、まるでエミルスがやりそうなものだった。
この世界に来てから、リムルは死の危険を感じるような危機感を感じたのは二度目だった。一度目はオークロードの時。あの時はエミルスが『鏡像者』でサポートしてくれなかったら、危ないところだった。
今回はエミルスの手助けは借りられそうもない。圧倒的に不利な状況の中、孤軍奮闘しなければならない。
殺意は背後から感じた。
リムルが振り返ると、一人の女性が剣を携えながら近づいてくる。
冷酷な瞳、魔物という存在を排除するためにここへやってきた、人間側の戦士。ただし、その女性は冒険者のように荒々しい者ではない。手先まで整えられた佇まいと服装は、麗しいと表現するべきものだ。
そして、襟元の十字の紋章。それは、西方聖教会に所属する者の中でも最上位である証。
「はじめましてだと思うけど、何か御用ですか? どなたかとお間違えでは」
リムルが念のため確認すれば、冷たい視線を逸らす事無く告げられる。
「丁寧なのね、魔物の国の盟主リムル=テンペストさん」
「なんで俺が魔物の国の盟主なんだ? 見ての通り普通の冒険者なんだけどなぁ」
「とぼけてもムダよ。密告があったもの。イングラシアの王都にはさまざまな〝目〟があるのよね」
目、誰が俺を売ったんだ?
思考を巡らせるも今のところ心当たりがない。
「君の町がね、邪魔なのよ。だから潰すことにしたの」
「なんだって?」
それはリムルにとって聞き捨てならない言葉だった。
聖教会が動く以上、魔王はありえないとして疑わしきはどこかの国。
それこそ、ミョルマイルが警戒していたファルムス王国が思い当たった。
「そういうわけで今、君に帰られるのは都合が悪いのよ。理解していただけたかしら?」
「テンペストを潰すって、まさか既に攻撃を?」
「さぁ、どうかしら」
嫌な予感にもう一つ思い当たった。
出発前に感じていた恐怖、そしてエミルスが見たという悪夢。
町が燃える、その景色。
リムルの中の炎が、また勢いを増した。
「テンペストを潰そうとするのは何故だ? 誰が、何のために?」
激しさを増す激情を抑え、リムルは目の前の敵に問いかける。
女性は、それ以上の雑談はごめんだとばかりに剣を見せびらかした。
「そろそろいいかな?」
「よくはないが、せめて名前ぐらい教えてほしいんだけど?」
女性は不思議そうに目を見開き、それから不敵な笑みを浮かべる。
「魔物なのに名前に興味があるの? 私にとってはどうでもいいから忘れていたわ」
女性は姿勢を正し、目の前の敵に宣言する。
「では改めまして。私は、神聖法皇国ルベリオスにおける神の右手——法皇直属近衛師団筆頭騎士にして、聖騎士団長ヒナタ・サカグチ。短い付き合いになると思うけどよろしく」
「ヒナタだと? そうかお前が……聖騎士団長だとは聞いていたが、法皇直属近衛師団筆頭騎士?」
リムルが驚いたのと同様に、ヒナタも自分自身の名が売れていたことに驚いたようだった。
「私が二つの役職を持つのは事実よ。意味はないけどね。私が仕えるべきなのは法皇ではなく、神ルミナスなのだから」
ヒナタはそう言い放つと、鞘から
やる気満々のようだが、リムルにとってヒナタはシズさんの教え子だ。だからこそ、穏便に話し合いでなんとか出来ないか模索しようとした。
——相手は国を滅ぼそうとしているのにか?
頭の中に余計な感情が入る。
「なぁちょっと待て、お前には話したいことがあったんだよ」
「魔物の言葉に興味は無い」
冷たく言い放たれると同時に、虹色を纏った一突きが目の前に迫る。
『魔力感知』を封じられた今、神経伝達と脳が直結していなければ避けることすらできなかっただろう。つまり、人間の反応速度では捉えることすら不可能だった。
ギリギリで避けたことでレイピアにマフラーが突き刺さる。距離を取って剣を鞘から抜きながら「待てってば!」と声を荒げた。念のため、鞘から刀を抜いて。
ヒナタは避けられたことを冷静に分析している。
「今のを躱すのね、少し驚いた。さすがはシズ先生を殺した魔物、かたきは討たせてもらうわよ」
「だから待てって、お前日本人だろ? 俺もなんだよ!」
「日本人?」
ヒナタが言葉を反芻する。
「そうだ、シズさんにお前のことを頼まれて……」
「シズ先生に私のことを頼まれた?」
「あぁ、シズさんはお前のこと、すっごく心配して……」
「おかしなことを言うものね、笑わせないで」
レイピアの追撃を、リムルは間一髪で避ける。
「だから日本人だって! 向こうで死んで、こっちでスライムに生まれ変わってしまっただけで」
「情報どおり日本人だって言い張るのね。それ以上の演技は無意味よ」
情報? 密告者は俺が日本人だと知ってるヤツなのか?
信じるどころか、ヒナタの疑心を確信させてしまった。
リムルの情報を売った人物は、リムルが日本人であることを知る存在。そんなの一握りしかいない。
だが、今はそこに思考を割く余裕はない。
「——どうしてもやり合うつもりか? 俺の相手を、お前1人で?」
「あら笑える。勝てる気でいるの? この結界の中で」
ヒナタは微笑を浮かべ、囁くように問い返す。
そして次の瞬間、レイピアの先端から七色の虹が放たれる。
超高速の刺突技。
リムルは回避行動を取るが、結界の中ではいつものように動けない。
身体能力まで弱体化し、反応が遅れて三撃喰らったところで距離を取る事に成功する。
身体の内側を金槌で打たれたような鈍い痛みを感じる。痛みを感じるのは、久しぶりだった。
「ふーん、たった三撃。少し甘く考えていたかな」
口で言う割には冷静に呟き、更に追撃を入れてくる。
呼吸を整える暇もない。スライムの身体でなければ、すでに死んでいたと言っていい。
この攻撃は、ヤバい。
リムルはそう直感した。
「もしかして、この技の危険性に気づいたの? 少しは知恵があるようね」
「褒めてくれてうれしいが、話を聞いてくれるともっと嬉しいんだけど」
《解。この技術は物質体ではなく精神体……
『大賢者』の分析がリムルの頭に響く。
肉体ではなく、精神に作用する攻撃。その証拠に、三撃刺された後でもリムルの身体に傷跡は無かった。
「あとどれくらいもつ?」
《告。三撃で絶命に至ります。》
あと三回喰らったら終わりってか。相手をナメていたのは俺のようだ。
肉体ではなく、精神の死。
ヒナタは異世界人、つまりユニークスキルを会得しているとリムルは睨む。彼女のスキルが不明なままで、リムルのスキルが封じられているとなれば、圧倒的に不利な立場であるのは間違いない。
逃げに徹するべきだった。ただ、逃げ切れるかどうかは分からないが。
ヒナタはジリジリと距離を詰めていく。
「何してもムダ、君は詰んでいるのよ。この〝
「結界に閉じ込められた魔物は弱体化するということか」
「この結界内では魔素が浄化されるのよ。だから君みたいな上位の魔物でも、存在を維持するために力の大半を奪われて本来の力を発揮できなくなるの」
ヒナタは淡々とリムルを言葉で追い詰める。
つまり、リムルがこれだけ弱体化するということは、配下の
町を覆う広範囲の結界、魔物というだけで殺される仲間達。嫌な想像は、リムルの脳裏を何度も過ぎっていく。
ヒナタはリムルの動揺を誘うのが目的。それは分かっているはずだ。
油を注いだ炎が、リムルの身体を焦がしている。
「私が1人だったのが不満だったみたいだけど、本来なら私が出るまでもない仕事なの。私が出向いた理由はただ一つ——」
会話で油断を誘い、一気に距離を詰められる。
防戦一方のまま、レイピアの攻撃を避けようとするが先程の動揺が尾を引いている。
離れないのだ、町が燃える姿が。
その動揺を逃すヒナタではなく、肩と右足に二撃。『痛覚無効』は遮断されているため、鋭い痛みがリムルを思考の海から一時的に目覚めさせる。
あと一回、すでに王手を掛けられた。
「君がシズ先生を殺したと聞いたから」
「だから、それは!」
距離を再び取ったリムルに対して、ヒナタはレイピアの剣先を向ける。
「敵討ち。私の手で君を殺しておきたかったの」
「確かに俺が殺したようなものだが、あれは……」
「あれは? 結果が全てなのだしどうでもいいわ。この世界で私に優しかったたった1人の人」
ヒナタの記憶に想起する、優しい笑みを浮かべた先生の姿。自分が身勝手に先生の傍から離れた時も「道に迷ったときは私を頼ってほしい」と背中を押してくれた。
「でも、もういないのね」
静かに目を閉じて、形容しがたい感情を受け止める。
「これは自分でもよく分からない感情だね」
そう言うと、ヒナタはリムルに目を向ける。
その目に浮かぶのは、俺を獲物とさえ認識していない無感情。
リムルは彼女の説得はもはや不可能だと悟った。
誰がヒナタにシズさんの死を伝えたんだ?
脚色されまくっているのか、俺が完全に悪者にされている。
だが、今はそれどころではない。
何より心配なのは、
その心情を見透かされているのか、ヒナタは言葉を口にする。
「君の仲間が心配? そうでしょうね。悠長にしてたら、君、帰る場所がなくなるよ?帰してあげるつもりもないけど」
……帰る場所が、無くなる?
お前は、お前達は、
この、俺から!!
リムルの怒りに呼応して、『剛力』や『身体強化』などの体内魔素を活性化させるスキルが発動する。
今度はリムルから、ヒナタに攻撃を仕掛けた。
刀の一撃を待っていたかのように受け止め、続いての追撃も最初から予測していたかのように受け流す。その攻撃の隙を観察し、リムルの弱点を探っている。
彼女の目は、あまりに冷静だった。
まるで、エミルスどころか『大賢者』を相手にしているかのような……。
理解させられたのだ。
リムルとヒナタの圧倒的な力量差を。
「……私の言葉で感情任せに刀を振るうなんて、あまりに未熟ね。それとも、トラウマにでもなっているのかしら?」
「何の事、だ!」
《告! 回避してください!》
『大賢者』が警鐘を鳴らす。
リムルはもう、止まることが出来なかった。
止まれなかった。どうしても。
ヒナタはそれを察したかつまらなそうに息を吐くと、レイピアが虹色の光を放つ。
「そう、もういいわ」
ヒナタのユニークスキル『
シズ先生を殺した魔物。この程度の存在に、大事な人を奪われた。
ヒナタの瞳が細まる。躊躇いなど、微塵も無かった。
「さようなら、魔物の国の盟主。……〝
閃光がリムルの視界を覆い尽くした。
瞬間、リムルの身体に激痛が走る。内側から地面に叩きつけられたような痛みと、炎の熱が外から内へ爆発したかような苦しみが混濁する意識を揺さぶる。その苦痛で感じたのは、絶対零度の冷たさだ。
寒い。サムイ、さむい。
この感覚は、初めてじゃない。
一度目を経験したリムルにとって、溢れた感情は恐怖でも悲哀でもない。
無力感と、後悔だ。
仲間達を残してしまう。この世界で出来た繋がりを途切れさせてしまう。感情に振り回された、愚かな主を慮ってくれる仲間達のことを。
ごめん、みんな。
本当にごめん。
でも、お前なら。
エミルス、なら。きっと——————
意識は、透明になる。
衝撃で耳飾りが地面に落ちて、リムルの身体から重さが減った。