数日が経過して住民達の避難が終わった後、幹部を会議室に集めて情報を整理することになった。
どうやら俺が兵士達を皆殺しにする少し前、住民を守っていたリグルド達に向かって宣言していたのだという。
とはいえ、その内容は耳が腐るような戯言だったが。
「一週間後までに恭順しなきゃ皆殺しだと……?」
「はい、そのように宣っていました」
会議室に集まったのはリグルド、リグル、シュナ、ベニマル、ゲルド、クロベエ、ハクロウ、カイジン達とドワーフ三兄弟。ついでにゴブタ。
ミュウランはグルーシスと共に宿屋で監禁させている。クレイマンに盗聴でもされたら計画が台無しだからな。ヨウムには情報を聞き出すため、来てもらっている。
広場には俺の『分身体』を置いておき、不測の事態に備えている。
ソウエイやガビル達は結界の外で連絡が取れず、リムルに関しては消息不明。ファルムス王国が突如攻めてきた理由は分からないが、クレイマンに関してはこの騒動に便乗したと見ていいだろう。元々監視するだけだったミュウランを使い、確実にテンペストを滅ぼそうとしての行動だ。
「調査という名目で来た聖騎士団の前で、異世界人どもが暴動を起こし、それを口実に戦争をふっかける。はっきりいって茶番だな」
「えぇ、ファルムス王国と西方聖教会はグルとみて間違いないでしょう」
これは嵌められたとみていいだろう。
魔物というだけでここまで強引に事を成そうとしてくるとは。政治について学んでいたつもりではあったが、俺には人間の考えなど理解できん。
ファルムス王国はともかく、他の国々から来た商人達に被害が出ていればそれも魔物の仕業だと捏造されかねないな。
「迎賓館にいた商人達は全員無事か?」
「はい、幸い犠牲者は一人もいませんでした」
リグルドが力強く答えてくれる。
来客としてテンペストに来ていた商人達はテンペストの無実を証明する生き証人達だ。下手に外に出したとして殺されたら堪らない。安全が確認されるまでは保護するしかないだろう。
正直戦争自体はどうとでもなる。俺と配下達がいればファルムス王国は滅ぼせると断言しよう。問題はその後始末と、後遺症だ。
「リムル……リムル=テンペストについて、言っておかなければならないことがある」
名前を挙げれば、一気に空気が重くなる。配下達は結界に阻まれてリムルの安否を完全には把握できなかったようだが、『鏡像者』のスキルによってヤツの末路が確定されてしまった。これはどうしようも無い事実で、どうしようもない現実だ。
……言いたくねぇが、言うしかない。
俺は重たい空気を吸い、吐き出した。
「リムル=テンペストは消滅した。これは間違いないだろう」
俺の言葉に、全員が注目する。一番動揺していたのは、ヨウムとカイジンだった。魔物達は何となく理解していたのか、各々が無力さを嘆いている様子だった。
「だ、旦那が……?嘘だろおい!」
「エミルスの旦那、それは確実なのか?」
「あぁ、俺のスキルはリムルの状態を把握する権能を持っていた」
リムルがいなくなり、似たような魂を持つ俺の方にアイツのユニークスキルが宿った。『鏡像者』の置き土産とも言うべき祝福なんだろう。カイジンは「そうか……」とだけ呟くと、悔し気に顔を歪ませる。
長い付き合いだったお前にとって、酷な真実だっただろう。それでも、隠していても意味が無いんだ。俺は罪の意識から逃げるように、カイジンから目を逸らした。
《……》
何か言いたげだな『大賢者』。
まぁそうか、アイツの言い方ならリムルの遺品の相続人と言った方が正しいのかもしれねぇ。お前は納得いかないかもしれないが、俺はそんなお前を最大限利用してこの国を守るさ。恨みたきゃ恨め。その覚悟はとっくに出来てる。
己のスキルに語り掛けていると、シュナが突如声を上げる。
「いいえ、リムル様はまだ消滅していません!」
「は?」
突然の言葉に思考が止まる。いや、ならなんで『鏡像者』の権能が使えなくなったんだ。どう考えたってアイツが死んだからじゃねぇのか。
だが、シュナの言葉に他の皆もこくりと頷く。その瞳は太陽を見つめる子供のようにギラギラと輝いていた。
俺は戸惑いつつもシュナに問いかける。
「じゃあ、今リムルがどこにいるのか知ってるのか?」
俺の純粋な疑問に、皆が一瞬言葉を詰まらせる。
良い意味で空気を読まないゴブタが、あっけらかんと答えを口にした。
「そこにいるじゃないっすか」
ゴブタが俺の胸を指し示す。幹部も全員、ゴブタの言葉を理解しているようだ。
意味が分からず再度問いかけようとしたその瞬間、俺の視界に無数の赤い糸が浮かび上がり、その全てが俺の身体に繋がっていることに気づいた。これは……魂の繋がりを可視化したものか?
意味が分からない。
何故、リムルの……アイツの魂がここにあるんだ?
《解。ユニークスキル『鏡像者』の効果です》
俺の疑問に答えるために『大賢者』が動く。
俺自身では解析できなかった『鏡像者』の権能を『大賢者』が勝手に解析した。
魂之器……それが判明していなかった『鏡像者』の最後の権能。対象者、もしくは自分自身が何らかの理由で物質体を放棄せざるを得なくなった場合、『鏡像者』という鏡の中に魂を保管する権能。
リムルも、そして俺自身も既にその権能で魂を『鏡像者』へ移動させていた、いつからだ?まさかこの世界に来た瞬間からずっとそうなっていたのか?
存在ごと消滅しかけていた俺をこの世界に移動したのは、このスキルのせい……なのか?前後の因果関係が上手く掴めないが、ひとまず納得しておく。
リムルの魂も同じくその権能で『鏡像者』の中に来たのか?
外の結界はどうやって突破したんだ?
《解。
あ〜なるほどなぁ……って、リムルの『大賢者』であることをあっさり明かしたな。しかもその言い方はお前が指示したみたいに聞こえたんだが。
俺の素朴な疑問に『大賢者』は沈黙を返した。
『鏡像者』の権能は消えた訳ではなく、他のユニークスキルに吸収されている。『暴食者』の『胃袋』はいつの間にか『亜空間』に変わっていたし。
自分で勝手に諦めようとしたとか、アイツが見てたら笑われちまう。
こういうの、灯台下暗しって言うんだっけな。リムル。
「……悪い、皆の信頼を削ぐようなことを言って」
「何をおっしゃるやら、我々は皆リムル様とエミルス様に揺らぐことない絶対の信頼を置いています」
「そうかよ」
真正面から信頼を託されるってすげぇむず痒い。だからこそ、絶対にリムルを復活させないといけないと思う。アイツがいないとこの国の名前をアゲンストに変えないといけなくなるからな。ンな面倒な事はしたくない。
ガタンッ、と会議室の扉を開く音が聞こえる。全員が振り返ると、呼吸を乱した様子の三人組が必死に呼吸を整えている。三人組の一人——エレンが俺に語りかけてくる。
「エミルスさん、聞いて欲しいことがあるの!」
ファルムス王国の動きに気づいた三人組は、急いでテンペストにやってきた。すでに後の祭りだったが、エレンはある物語を——希望を伝える為にここに駆けつけてくれた。
それは魔導王朝サリオンに伝わる昔話。死んだ竜を……友を蘇らせようとした竜皇女の話。あまりに悲しくて……そして、今この状況の一縷の希望であった。
俺の中のバラバラだったピースがどんどん繋がっていく。あまりにお人好しなスライム。ファルムス王国の理不尽な暴力。今までのリムルが繋いできた縁によるたった一つの希望。言われなくても、分かってしまった。
——……なんだ、お前は最初から最後までその為に理想を追い求めたのか。
リムルが、魔王になった原因はきっとそうだった。そして、俺がここにいる理由も理解する。勝手に舞台から降りた主役を引きずり出すための、
どちらにせよ、前の俺ならこんな面倒な事はしなかっただろう。俺が魔王になるか、この国を見捨てる選択をした。
……その選択肢は消えた。なら、やる事は一つ。
アイツがやったことを、俺が先取りしてやるだけだ。
だが、魔導王朝サリオンってことは……。
俺はエレンの話を聞いた後、おもむろに問いかける。
「……いいのかよ、俺にそれを伝えて」
それは、俺達に新しい魔王になれと伝えているのと同義だぞ。
ぶっきらぼうに言えばエレンはうつむき、無言となる。だがそれは一瞬の事で、意を決したように顔を上げた。
「私はねぇ、魔道王朝サリオンの出身なのよぅ。本当はねぇ、自由な冒険者に憧れてたんだぁ。でもね、もういいの。シオンちゃんを助けたい気持ちは一緒だし。ファルムス王国も西方聖教会も、許せないもの。魔物だから悪しき者、なんていう考え方、私は嫌い」
エレンがそこまで喋って後、俺に微笑みかける。
「だって、エミルスさんはルビーとして、その願いを応援したくれたもの」
——だから恩返ししたいと思ったの。
エレンの目は真っすぐだった。なんだかこっちが恥ずかしくて思わず目を逸らす。
俺も、この世界に確かな縁を残している。そういう事だったのだ。
口から零れた溜息は、形式上に過ぎなかった。
聞こえてるか、リムル。
不幸にも、ここにお前の魂と相性ぴったりな身体を持つ存在がいる。残念だったな、このまま消滅させてやらねぇよ。
「……用事ができた。少し出かけてくる。お前達は広場に戻って待機しておけ」
「エミルス様」
ベニマルの表情は険しい。
俺は不敵な笑みを浮かべた。
「安心しろ、寝坊助野郎を叩き起こしてくるだけだ」
会議室から早々に立ち去り、俺は深呼吸する。
胸に手を置いて、一時的な相棒に話しかける。
大賢者、俺とお前の最後の大仕事だ。
——リムル=テンペストを復活させるぞ。
俺のその言葉を待っていたかのように、すぐに『大賢者』はいつも通りの冷静な分析を始めた。
◇
虚飾者の権能である『意識結界』によって結界を素通りする。そのまま封印の洞窟まで移動すると、見慣れた顔のはずなのにどこか真新しい彼等の姿を見つけた。
「エミルス様!よくぞご無事でぇぇ!!」
「うるせぇよガビル。静かにしとけ」
ほれ、ポーション。と回復薬をガビルに投げ渡しつつ、洞窟の奥へと急ぐ。そこにはソウエイとその部下達が満身創痍の状態で伏せっていた。
「ソウエイ、ユーラザニアの状況は?」
「まだ避難民が集まりきっていないため、まだ動くに動けない状況だと。その為ソーカの方へ合流した際、人間達と戦闘になり……」
「分かった。不甲斐ない主の代わりによくやってくれた」
それぞれにポーションを渡しつつ、ベスターとも会話する。ドワルゴンには連絡してくれたようだが、詳しい状況が分からぬ以上迂闊に動くことができなかったらしい。
俺が結界の中の様子を掻い摘んで説明すると、それぞれが悔しげに顔を歪ませていた。
「俺の力不足だ、すまない」
俺がもっと周りの状況の把握に務めていればこんなことにはならなかっただろう。
「いえ、我々も状況を甘く見過ぎていました。俺がもっと人間達を警戒していれば……」
「吾輩も町の者達に助太刀できず、悔しさが募るばかりであります」
「お前達の悔しさもよく分かってる。だが、それは未来に活かせばいい。俺達はまだ負けてない」
——まだ、全てを救う選択肢は残されている。
俺は立ち上がった後、軽く深呼吸して配下達に告げる。
「ソウエイ、ガビル、ベスター。封印の洞窟から離れてくれ」
「畏まりました」
俺の命令の意図を探ろうとはせず、ソウエイは了承の意を述べる。続いて、ガビルとベスターが頷きポーションで回復した部下達を連れて封印の洞窟から離れていった。
全く、リムルの配下達は有能ばかりですげぇな。……一応、俺の配下でもあるが。幸運であるとしか言いようがない。
さらに奥へ進めば、懐かしい景色が視界を埋め尽くす。不自然に大きな空間に辿り着いた。あれから一年ぐらい経ったはずなのに、相変わらず魔素は大量に充満している。あんなナリだが一応最強の竜種の一体ではあるしな。
『胃袋』の中から、あるものを取り出す。
一滴の血液が透明な泡の中に収まっていた。
「……役に立ったぜ、シズエイザワ」
大賢者によれば魂は完全な状態で俺の体内に留まっているため、リムル単体であれば俺の半分の魔素と〝死者蘇生の秘術〟を用いれば復活は可能らしい。ただし、それはヴェルドラが体内にいるので不可能。スライムの身体自体は俺の分身体を使えばいいが、俺はまだ魔王種を獲得していない。そのため『虚飾者』を用いて『強化分身』を作り、分身体が暴風竜ヴェルドラの
はっきりいって、血液タンク含めた俺の魔素全部使っても成功しない。
そこで考えた魔素供給の改善策は二つ。
一つはシズエイザワの血を使い、『変質者』の統合の力を最大限利用すること。分身体にシズエイザワの血を投与することでリムルの魂と馴染みやすくさせ、統合の権能で融合させるという荒業である。なお、これは『変質者』と『純血華』を併用することで可能にさせるものだ。精密な作業が必要になる為、『大賢者』に託している。
もう一つは『虚飾者』と『暴食者』を使った魔素喰いだ。わざわざ封印の洞窟に来た理由はこのため。封印の洞窟に未だ漂っているヴェルドラの魔素を全て吸収し、〝死者蘇生の秘術〟を発動する為に捧げる。足りない魔素分を補うと共に、リムルの魂と馴染むヴェルドラの魔素を獲得できるって寸法だ。
まぁ簡単に言ってみれば、大賢者のサポートも含め五つのユニークスキルを同時併用する神業だ。最悪、共倒れする危険性がある。そうなれば、テンペストの民は王を失い瓦解する末路が待っているだろう。
「ったく、まさかリムルを殺すどころか救うことになるとはな。コイツと関わってると予想外の事しか起こらねぇ……」
関わっちまったのが運の尽きってことだな。
さて、洞窟から仲間達が離れたことを確認した。準備は万端だ。俺は空間の真ん中に『虚飾者』で再現した『強化分身』を設置する。ただの小さなスライムだ。本体の
やるぞ、大賢者。お前もさっさと
《了。『純血華』と『変質者』を起動します》
大賢者が行動を開始すると共に、俺は『暴食者』を起動する。魔素の塊である黒霧が周囲の魔素を吸い込み続ける。暴風が吹き荒れ、周囲がゴロゴロと音を立てて崩壊し始める。
おいおい、このままだと復活の前に生き埋めだぞ。
さっさと終わらせねぇとなぁ!
虚飾者の権能である『空白増幅』を用いて魔素を増幅させる。一度使っちまえば確実に
なぁ暴食者、俺はお前の未来の姿を知ってる。主の為に、お前の力を前借りさせてもらうぜ。
虚飾で究極へと至り、かつてのその名を叫ぶ。
「喰らい尽くせ————『
俺の言葉と共に、黒霧は
《告。〝死者蘇生の秘術〟を行使します》
戻ってこい、リムル。そしてヴェルドラ。
お前達を叩き起こして、俺に詫びさせてやるよ!!
ブラックホールは収縮し、目の前のスライムに宿る。その瞬間、先程の暴風とは比べ物にならない衝撃波に、俺の身体が無理やり後ろへと押し流された。風圧で視界が歪み、まともに見えなくなる。虚飾者の権能の効果が切れそうになり、ふらりと眩暈がした。
ダメだ、まだ、あと少し、早く、リムル、ヴェルドラ……
俺の身体の中から質量が抜けていく感覚と、踏み込んだ地面がいきなり消えたような虚脱感に襲われる。五感が徐々に遠くなっていく。大賢者がいなくなった影響で『魔力感知』の効果が途切れ始めた。
全能感が失われた。俺の中からアイツのスキルが消えたんだ。
「リ…ムル……」
安堵して息を吐く時間も無く、急激に意識が暗闇へと落ちていく。
地面に倒れ込みそうになった俺を、誰かが支えた。そのままスライムの状態になってその腕へ抱きかかえられる。
うつらうつらと目を薄く開ける。
青みがかった銀髪が、風に揺られて俺の視界を覆い尽くした。
「…………ありがとう」
俺に似ない穏やかな声を拾う。
意識が沈む直前、最後に見えたのは薄く微笑むリムルの顔。
——そして、左頬に走る赤い亀裂と、どす黒い二本の角だった。