結界の外にいるソウエイ達と連絡するため、糸電話の要領で『粘鋼糸』で俺とソウエイを繋いでおく。無事結界内に入ってもソウエイの声が聞こえた事を確認すると、執務館へ急いだ。
おっと、そうだ。忘れるところだった。
シオン達の魂の拡散防止の為にも、結界を張っておく必要がある。
エミルスが結界を壊さずにいてくれたおかげで、可能性が芽生えたのだ。結界を残す英断をしたエミルスに感謝しかない。『解析鑑定』によって習得済みの大魔法を改変し、より強力に町を覆った。ミュウランの〝
広場に辿り着くと、さっきの大魔法で俺の復活に気づいていたのか、仲間達が勢ぞろいしていた。俺の姿を見た瞬間すぐ集まってきて、膝をついて首を垂れる。
「リムル様!」
「あぁ、今戻った。心配かけてすまない」
「とんでもございません」
ほんの少ししか離れていなかったはずなのに、随分と懐かしく感じて破顔しかけてしまうのを堪える。シュナが顔を上げ、俺に問いかけた。
「エミルス様はどちらに?」
「ここにいるよ。俺の為に全力を尽くしてくれて、疲れて寝ちゃったけどな」
俺の腕に抱かれたままのエミルスは微動だにしない。意識が無いから当たり前だが、ずっと俺に抱きかかえられても恨み言一つ言ってこない。アイツから文句が聞けないのは、調子が狂う。
あけすけに言えば、寂しいと言い換えてもよかった。
「話は聞いてる。……覚悟を決めるためにも、皆の顔を見せてくれないか?」
俺の言葉に確かな意志を感じたのか、仲間達は力強く頷く。俺が言った皆という者達の意味を、正しく感じ取ってくれたようだ。仲間達は立ち上がり道を開けてくれた。
真っ直ぐ進めば、そこには整えられた服を見に纏い、まるで眠っているようにしか見えない皆がいた。そしてその中には、ゴブゾウも、シオンも。
俺はシオンの近くで立ち止まり、身を屈める。
俺がいない間もずっと手入れされているのだろう。綺麗なシオンのままだ。シオンの髪を撫でて、無意識にエミルスを抱きしめる力が強くなる。
魔素が俺の怒りに呼応して、溢れ出してしまいそうになるがグッと堪える。
「……分かってる、必ず助けるから」
救えないと諦める事も、救わなきゃと焦る事もしない。俺は俺のやるべき事をやる。それだけだ。
立ち上がり、一時の別れを惜しみつつも振り返る。仲間達の顔には決意が宿っていた。
「ゴブタ」
「はいっす」
俺が声をかけると瞬時に飛び出してくる。暫く動かないエミルスを見つめた後、ゴブタに渡した。
「俺よりお前が持っててくれた方がエミルスも嬉しいだろうし、頼む」
「了解ッス!エミルス様のことはしっかり守るッスよ!」
ビシッとポーズを決めて有り余るやる気を見せてくれるゴブタ。やる気がありすぎて逆に不安はあるが、ああ見えてゴブタはやる時はやる男だし大丈夫だろう。
「さて……」
◇
「ミュウラン、処罰を決めた。お前には死んでもらう」
「旦那っ!」
俺の言葉を聞いて妨害しようとするグルーシスをベニマルが受け止める。ミュウランはすでに覚悟を決めていたようで、動揺するヨウムに対して唇を塞ぎ、それから別れの挨拶を述べる。
「好きだったわ、ヨウム。私が生きてきた中で、初めて惚れた男。今度は悪い女に騙されないようにね……」
なるほど、ヨウムは見る目を間違えていなかった。希に見るいい女である。
抵抗しようとするヨウムとグルーシスを糸で縛る。「ミュウランッ!」と慟哭するヨウムを横目に、俺は前に出てきたミュウランに告げる。
「いい覚悟だ」
ミュウランは目を閉じて処罰を受け入れる。ヨウムの悲痛な叫びを聞きながら、『暴食者』を纏わせつつ俺は迷いなくミュウランの胸を手刀で貫いた。
「あ、ああッ、ああああ!!」
絶叫するヨウムと無力を嘆くグルーシス。手刀を引き抜くと、ミュウランの身体は重力に逆らうことなく地面へ。
ヨウムの絶望に沈む顔を見て、目を細める。俺が死んだ時はエミルスもこんな顔をしてくれたのだろうか。心に一瞬痛みが生じつつも、俺はキョトンとした顔で戸惑うミュウランを見上げた。
「よし、うまくいったようだな」
「あれ? なんで私生きて……」
「3秒くらいは死んでたかな? まっ、死んでもらうとは言ったが殺すつもりなんてなかったし」
所謂叙述トリックである。ヨウムとグルーシスは状況を理解できず混乱しているようだ。
これは前座であり、本番はシオン達の復活だ。
死んで生き返るなんて、そう珍しい話でもない。
エミルスだってそれを成し遂げた。だったら俺が出来ないなんてこと、あってはならない。絶対にシオン達も生き返らせてみせるさ。
《告。個体名:ミュウランの〝疑似心臓〟は、正常に作動しています》
安全を確認し、男達を縛っていた糸を解放すると、何やら不満げな顔でこちらを見つめている。
説明求む、と言わんばかりの表情だ。
「さっき3つ目の結界を張った時に分かったんだが、クレイマンがミュウランに仕込んだこの仮初の心臓は、クレイマンの盗聴に使われていたんだ」
「盗聴?」
「暗号化された電気信号を発信させ、クレイマンのもとへ届けられていた。欺くために、ミュウランは死んだと思わせたかったんだ。怖い思いさせてすまんな」
「盗聴、だからエミルスの旦那はあの時……」
どうやら、エミルスも違和感自体には気づいていたようだ。ミュウランには仮初の心臓を参考に作った疑似心臓を取り付けた。これでミュウランはクレイマンの手から解放することができた。そう伝えると、本人は放心状態だったがヨウムは心底嬉しそうにミュウランを抱きしめた。
「ハハッ、やったじゃねぇかミュウラン! お前を縛るもんはもう何もなくなったってよ!」
「えぇ、リムルさん。いえ、リムル様。どんなに言葉を尽くしても感謝を伝えきれません。忠誠をお望みであれば、私はそれに従います」
「いや、それはいい。ただ、手伝ってほしいことがあるんだ」
「なんでしょう」
「今、お前が死んで生き返ったように、シオン達が生き返る可能性がある。というか、かくいう俺も魂の状態から無事生き返ったんだ」
「え……!」
ミュウランとグルーシスが信じられないといった目で俺を見つめてくる。作戦を知っていたヨウムだけは、こくりと頷いて二人に対して付け加えた。
「あぁ、エミルスの旦那がやり遂げたことだ。だから、リムルの旦那も出来るって信じてるぜ」
「絶対に成功させてみせるよ。そして、その成功率を上げるためできる手はすべて打つ。手伝ってくれるか?」
失敗は決して許されない。俺に託してくれたエミルスの為にも。
俺の決意が伝わったのか、ミュウランはその覚悟に応えてくれた。ちなみに、クレイマンから解放されたし、今後どうするのか尋ねると……。
「私……せっかく自由になれた身ですけど、人間の短い一生分くらいなら束縛されてもいいと思っています」
と、ヨウムの目の前で大胆なプロポーズをしていた。ちょっと羨ましい。
グルーシスは完全に振られてしまったが、100年後は俺の番だと言い放ちヨウムと喧嘩が始まってしまった。惚れた女の前で情けない奴等である。
取っ組み合いの喧嘩が始まりかけたところで、俺はヨウムに話しかける。
「ところでヨウム、お前にも頼みたい事があるんだ」
「あ、あぁ……旦那の頼みなら何でも」
「ファルムス王国の、新しい王になってくれ」
「おう、任せろ! って、え……王?」
見事なノリツッコミである。
何でもない顔でサラッと言ってしまったのが困惑に輪をかけてしまったようだ。
俺は自分の考えを説明する。
今回攻めてきた軍勢の中には、ファルムス王国の王と幹部がいる。俺は魔王となる為、軍勢を全て皆殺しにするつもりだ。これは必要条件なので譲れない。しかしその場合、残された国民が困る。年月が経てば新しい王も出てくるだろうが、今回の二の舞になるのはごめんだ。
——そうしたら、俺はもう自分を止められずに人間という種族を滅ぼしかねないから。
そこで、英雄として名を上げたヨウムが王になることでファルムス王国を統治し、俺達テンペストと国交を結ぶ。ヨウムの役割は、腐った執行部の粛清。出てきたヤツは俺が皆殺しにするが、国に残った汚物の後始末を任せたいのだ。
「簡単に言ってくれるな、俺が王だと?」
「いいだろ? 俺だって魔王になるんだ。お前も付き合えよ」
「リムル様は貴方だからお願いしてるのよ。私も応援するから、波乱万丈に生きてみたら?」
「う~ん……」
悩むヨウムに、グルーシスが肩を掴む。
「俺も付き合ってやるぜ、傍でお前が死ぬのを待ってやる」
「なにィ?」
「ハハハッ」
親友みたいな関係だ。この三人が一緒なら、きっといい王国を作れるだろう。
俺はそう確信した。
そしてヨウムも、二人の言葉に覚悟を決めたようだ。
「分かった、やるよ。任せてくれ」
力強く頷いてくれた。
俺達は握手を交わし、ここに新たな王国の誕生を予見させる結果となったのだ。
打ち合わせは、全てが終わってから細かく行う。まずは魔王に成らねばならない。
エミルスも、今は意識が無くとも俺達のことを気にしているはずだ。同じスライムとして生まれ、ずっと一緒に過ごしてきたから分かる。アイツは心配性だからな。
◇
執務館に戻ると、仲間達はすでに会議室へ集合していると報告を受けた。
ヨウム達を引き連れて、会議室に入る。
主役の登場を待ち構えていたかのように、全員が表情を引き締め俺を見つめてきた。エミルスはゴブタの目の前の机に置かれていた。席についてスライム状態になる。「心配かけてごめん」と言葉が出かけたが、ガゼル王のアドバイスを思い出し威風堂々とした振る舞いで語った。
「みんな、待たせたな。これより会議を行う。議題は今後の人間への対応と、シオン達の蘇生についてだ」
俺の宣告に、皆の意志が強まることを感じる。
もう誰も失いはしない、そんな決意の炎が瞳に宿ったことを気づいたのだ。当然、俺も同じ気持ちである。誰一人として不安の言葉を発する者はおらず、シオンやゴブゾウ達の復活に向けて動き出す。
会議の前に、改めてエレン達から聞いたという竜皇女の物語を教えてもらった。
竜皇女を支配しようとした王国が、父から贈られた友である子竜を殺されてしまい、怒りから王国と民を皆殺しにしてしまった。その人間達の魂で魔王になった竜皇女、その進化に伴い子竜は奇跡の復活を遂げた。だが、死と同時に魂を失った子竜は、破壊の限りを尽くす意思なき邪悪な魔物——
「ということで、俺は魔王になる」
俺の言葉に、仲間達が力強く頷いた。
すでに察していたのだろう。エレンの話は簡単に聞いていたらしいし、エミルスもそれを聞いて俺を復活させるために動いたのだから。誰も取りこぼさない選択。エミルスはそのための一歩目を繋いでくれたのだ。
エミルスの奇跡に、仲間達は確信した。シオン達を必ず生き返らせる事ができると。
だが、その前に伝えておかねばならない。
「皆、聞いてくれ」
そういって、俺に注目を集める。
皆の視線を受け止めながら、俺は話始めた。
「俺は元人間の、〝転生者〟だ。いわゆる〝異世界人〟と呼ばれる者と同じ世界の人間だったんだ。俺は向こうで死んで、こっちに生まれ変わったんだ。スライムとしてな。最初は孤独で寂しかったが、そんな俺にも友達や、仲間が出来た。お前達だ。もしかしたら、進化を果たしたお前達が人間に近い姿となったのは、俺の望みが影響したのかもしれない——」
もしかしたら、エミルスが俺と同じ姿になったのも、無意識に俺が自分の気持ちや心を理解してほしいとエミルスに願ったからかもしれない。アイツは絶対「気持ち悪い事言うなよ」と反発するだろうけど。
俺は恥ずかしい自分の本音を、素直に告げる。
「愛すべき俺の仲間。家族とも呼べる大切な者達だ」
そう言って皆の様子を窺うと、誰もが熱心に俺の言葉に聞き入っている。水晶玉の向こうで俺の会話を聞いているソウエイ達や、窓の外からのぞき見している仲間達。全員、誰一人として失いたくない。
「〝人間を襲わない〟というルールも、人間が好きだと言ったのも、俺が元人間だったからだ。俺は魔物だけど、心は人間だと思っていた。だから、人間と交流し仲良くできればな……と、今更後悔しても取り消すことはできないが、そのことでお前達が傷つくのは俺の本意じゃない」
エミルスも、後悔に塗れながら不甲斐ない俺の代わりに王として皆を引っ張ってくれていただろう。
俺があの時ヒナタに殺されず、逃げる判断が出来ていれば。そもそも、イングラシアに長居せず、すぐに帰還していれば……。
と後悔を呟けば、隣にいたシュナが「いいえ、それは違います」とはっきり言い返した。そのまま、仲間達に語り掛けるように続ける。
「いつでもリムル様が、エミルス様が守ってくださるという甘えが私達にあったのです。その結果が今回の惨劇でした」
「妹に先に言われてしまうとは、兄として情けない限りだ。俺も今回の件で痛感しました。結界で、リムル様とのつながりを断たれた時、常にあった万能感が消え去り、胸中には寄る辺を失った動揺が広がったのです。エミルス様は、それでもなお俺達を奮い立たせてくださった。俺は、エミルス様の心を支える事が出来なかった。今度はエミルス様に寄りかかろうとしたのです。侍大将として、情けないばかりです」
「待ってくれベニマルさん! それを言うなら警備責任者の俺の失態だ。原因なら俺にある!」
ベニマルの言葉をリグルが遮る。リグルだけではなく各々がそれぞれに、今回の責任を感じているようだった。皆が自分のせいだと口にして、譲ろうとする。
俺は慌ててそれらを止めた。
「待て! 待て、待ってくれ。油断していたのはこの俺だ。自分の思いを優先した結果、このザマだ。すべては俺の責任だ。本当にすまなかった」
心からの謝罪を告げると、皆が押し黙った。
どうあがいたって、俺の責任だ。油断して、他の国に留まり続け、挙句の果てに殺された。そしてその失敗を、エミルスに押し付けた。そんな、愚かな王なのだ。
それぞれが、俺の言葉を受け止めてくれている。
「リムル様」
暫く間が空き、ハクロウが立ちあがって注目を集めた。
「リムル様がご自分の思いを優先したからといって、何ら問題はございませんぞ。今回の件は、わしら全員の油断。そして弱さが原因じゃ。あのような不埒者共に好き放題されてしまったのは、ワシ等の怠慢であろう。違うか皆の衆?」
ハクロウの言葉で、その場にピリッとした緊張が走った。そして間を置かずに、全員が頷き同意したのである。
続けて、ハクロウは呟いた。
「ワシ等がこうして己を顧みることが出来るのも、エミルス様が庇護し、その罪業を一身に背負うことを選んでくださったからじゃ。本当に、不甲斐ない」
そう言ったハクロウは静かに目を伏せた。他の皆も思い当たる節があるようで、重苦しい空気が蔓延する。
言葉の中に、聞き捨てならないものがあった。
「罪業……?」
俺が疑問を口にすれば、僅かな動揺が広がった。
言い淀む仲間達を見て嫌な予感が走る。隣にいたシュナが震えた声音で話してくれた。
「エミルス様は、私達の為に人間達を……そして、その責任を全て自らが引き受けるともおっしゃられました」
「……そうか」
俺が、重たい荷物をエミルスに押し付けた。
アイツの事を助けるって決めたはずなのに、助けるどころか後始末させちまった。
アイツの手を、薄汚い人間の血で汚させてしまった。後悔が重くのしかかり、重力の負荷が増したような錯覚を覚える。
「リムル様」
沈黙を貫いていると能天気な声が空気を軽くする。
「後悔してばかりじゃしょうがないっすよ。エミルス様だって、そんなこと望んでないっす」
「我が主よ、我も僭越ながら進言致します。エミルス様は、御自分の事で悩まれるのは好ましく思わないでしょう」
エミルスの弟子として、同じ時間を過ごしてきたゴブタとランガが背中を押す。
目線を上げ、机の上で眠り続けるエミルスの姿を見る。ジュッ、と形容できない違和感が走った後、程なくして沈みかけていた気持ちが浮上する。
確かに、アイツはそう言うだろうな。分かった、エミルスに関する事で悩むのは一旦止めておく。
とはいえ、責任とかそっちの方で話が進んでしまっているが、そもそも元人間が主とか嫌じゃないのか?気持ちよくスルーされちゃったけど。そう伝えれば、前世なんて関係ないと見事に言い切られてしまった。俺の心配は、杞憂以前の話だったようだ。
人や魔物、もしくはそれ以外の種族であっても関係ない。
互いを思いやる心と、理解を示す価値観さえあるならば垣根なんて越えられるのだと。俺は皆の反応で、それを確信した。
そして、当然その価値観を持たない存在はどこにでもいる。
俺はもっと慎重になるべきで、正しく冷酷であるべきだった。