「それで聞きたいんだが、今後の人間への対応はどう考えてるんだ?」
和らいだ空気の中で、おもむろにカイジンが核心的な話題を切り出す。
場が一気に引き締まり、視線が俺に集中した。
もしここで俺が人間の敵になると宣言したら、カイジン達ドワーフやヨウム、カバル達にとっても脅威の誕生となるのだから。俺は一度人間に殺された身。恨みつらみはいくらでも湧いて出てくる。
だけど、それ以上に人間を見捨てるという選択肢を取るつもりはない。カバル達やヨウム、そして子供達の存在があったからだ。ここで敵対を選んでしまえば、子供達がエミルスと話す機会は遠のいてしまう。彼等彼女等の存在と、エミルスの行動が、俺の個人的で悪辣な暴食にブレーキを掛けていた。
「人間は善にも悪にもなれる。それはそもそもの性根もあるだろうが、周囲の環境に大きく影響される。個人として善であっても住む国が悪に進めば、いつしか同じ色に進むだろう。だから、俺は人間が学習できる環境を整えたいと思う。そして、人間と魔物との垣根を取り払えると」
——俺は、その可能性を信じたい。
ただし、
「これはあくまで今後の希望としての話だ。今の段階では時期尚早、まずは俺達の存在を人間達に認めさせることだ」
俺が魔王になり、武力を持って俺達を支配しようとする奴等を徹底的に潰す。
そして、武力を用いた交渉は不利だと悟らせるのだ。その上でほかの魔王に対する牽制も行い、人間たちの国の盾としての役割を担う。賢い人間ならば、敵対するよりも共存した方がいいと理解するだろう。長い時間を掛けて、ゆっくりと友好的な関係を築けるように目指していく。
これが、今の俺の考え方だ。
そう結論づければ、溜息混じりにカイジンが呟いた。
「そりゃまた甘い理想論だな。これから魔王になろうってやつの台詞じゃねぇぞ、ったく……」
「あぁそうだな。エミルスだってきっとそう言う」
「なら、きっとこれも言うぞ。旦那らしくて、嫌いじゃないぜってな」
カイジンの漢気のある言葉に頷く。アイツは悪態を吐きながらも、この夢物語に付き合ってくれるのだ。今までも、ずっとそうしてきたように。カイジンとエミルスは、似ている部分がある。二人はなんだかんだ長い付き合いだしな。
シュナは俺の言葉に満面の笑みを浮かべる。
「理想論でもいいじゃないですか。私はリムル様とエミルス様ならば作れると思います。その夢のような世界を」
シュナに続いて、ゲルドやベニマル、皆のそれぞれの決意表明が続く。
俺の夢物語を信じてついてきてくれるのだ。俺は、皆と出会えて本当に良かった。
俺の、俺達の仲間達は随分頼もしい。そう実感せざるを得ない。
「やれやれ、俺達に新たな国を創って、意識改革を手伝えってことなんだろ?」
「分かってるじゃないの、ヨウムちゃん」
「えっ……チッ、言ってろよ」
茶化した感じで言えば、不貞腐れて捨て台詞を吐いた。その様子をミュウランとグルーシスが面白おかしく笑う。
エレン達も、そんな様子を見て嬉しそうに話しかけてきた。
「リムルさん、今後もずっと仲良くしようね!」
「あぁ、もちろんだ!」
俺は俺の好き勝手に生きていく。ならばこそ、行動に責任を持つべきなのだ。
エミルスを一瞥し、頷く。お前は俺の我儘な行動の責任を取ってくれた。だから、俺もお前の全ての責任を背負うと誓おう。
だって俺達は、仲間であり、唯一であり、そしてテンペストの王なのだから。
「みんなありがとう! これからも、俺の——俺達の我儘に付き合ってくれ!」
皆思い思いの快諾の声を上げる。
そして実感する。
やはり、ここが俺の家なのだと。この世界に出来た、俺の居場所なのだと。
◇
侵攻中の軍勢は、三日後にはテンペストに到着する。
ファルムス王国の騎士団が一万、傭兵が六千、魔法使いが千、西方聖教会の
結界の効果が無ければ容易く蹂躙できるため大した問題じゃない。俺が魔王になるための
意気揚々としている皆には申し訳ないが、この連合軍の対処は全て俺が引き受けると宣言した。
侵略者を俺一人で殲滅し、人間の魂を確保する。大賢者によれば魂の繋がりがあれば問題ないらしいが、条件がかなりシビアなので、念のため俺自身の力で確保する方がいいと判断した。
まぁ、それだけが理由じゃない。
この胸の奥から湧き出る激しい怒りを、全力で解き放つ為だ。敵を殺す為になんでもする——そんな姿を、見られたくはない。制御できてるのが奇跡だと思っていいぐらいの炎が俺の中で渦巻いている。ヒナタと戦っている時に感じた、あの激情は俺の中にずっと前から潜んでいたものだ。
仲間を、家族を、傷つけられた。その事実が、いつまでも俺の怒りに燃料を焚べている。
俺自身に対しても。
そして今回の件は、やはり俺が責任を取る必要がある。
今後一切の甘えを、自分自身に許さぬ為に。我儘なのは自覚しているが、どうしても必要な理由だったのだ。
仲間達は俺の心情を汲み取ってくれて、俺に託してくれた。
とはいえ、仲間達にただ黙って待っていてもらうつもりなどない。
「お前たちには別に任せたいことがある」
町の四方には、結界を発生させる装置が置かれていた。
中隊規模の騎士達でかなりの強さを持つようだが、これを同時に攻め落としてもらうのだ。
異世界人達はエミルスが殺した。まだキララという者が残っているらしいが、シュナにスキルを無効化されたこと、そして他の異世界人達が死んだことによってすでに戦意喪失しており、表に出てくる気は一切無いようだ。
結界を抜けるのは最小限に留めておいた方がいいという考えの元、配置を決めた。
東方をベニマル、西方をハクロウ、ゴブタ、リグル、南方をガビルとその配下達、北方をソウエイ達。
ランガ、ゲルドは予備戦力として待機してもらう。
百名近い騎士を一人で相手取ることになるベニマルがかなり負担だが……本人はやる気に満ち溢れていて、手加減の必要がないなら勝利は間違いないと言い切ってみせた。南方のガビル達も、北方のソウエイ達も同様だ。ならば、俺は信じるのみである。
西方はブルムンドの逃げ道ということもあり、戦力を固めていると予想している。使える異世界人達がいない今、どのように動いているのか不明だが、いざとなったらランガやゲルドを出陣させる見込みだ。
誰一人として、死ぬ事は許さない。あの苦痛を味わうのは、お前達じゃないのだから。
もう一つ、忘れてはならない重要な事がある。
俺は凛として佇む、賢き鬼巫女に話しかけた。
「シュナ」
「はい」
「この忌々しい結界こそが、シオン達の魂を留めている可能性が高い。分かるな?」
「代わりになる結界を張ればよいのですね?」
「そういうことだ」
「お任せを、シオン達の蘇生の確率を少しでも上げるために、全力で」
俺は今、結界と
ミュウランは、その結界の維持に力を貸してもらう。大魔法や結界は
「せめてもの償いのため、必ずやご期待に応えてみせましょう」
ヨウムとカバル達は作戦が次の段階に移るまでの護衛役をである。
残ったリグルドは住民達への説明や指示出しをお願いした。
全員、俺の作戦に二つ返事で引き受けてくれた。
「エレン、ヨウム。眠っているエミルスを頼んでもいいか?」
「え、でも……それは……」
「いいんですかい、旦那」
「町の中にいる方が安全だし、何かあった時にすぐにカバーできる。何より、お前達の事は信頼してる。頼まれてくれるか?」
「……うん!もちろん!エミルスさんの事、バッチリ守っちゃうから!」
「そう言われたら断れねぇなぁ」
ゴブタからエミルスを渡され、エレンはエミルスを強く抱きしめる。
お前にこれ以上責任を負わせるわけにはいかない。だから、待っててくれ。
俺は改めて皆の顔を見て、声高に表明する。
「連合軍は、決戦は三日後だと思っているだろう。だが、我々は今この瞬間をもって敵の殲滅行動に移る。シオンをゴブゾウ達を生き返らせるぞ!」
俺の号令に反応し、状況は動き始める。
シオンやゴブゾウ達の復活に向けて、全員一丸となって突き進む。
皆が慌ただしく会議室から飛び出していった。残った俺は、仲間達の信頼を一身に受けて感慨深くなっていた。
と、そんなことしてる場合じゃないな。人間の姿になり、いつもの服を整える。
エミルスのペアルックのこの服は、まだ青々しいままだ。
もうすぐ、俺はアイツと同じ色に染まることになる。
その事が、僅かばかりの哀しみを感じて——それを上回る喜びに変換されていった。
東で、一体の鬼が地を歩く。
八つ当たり、と紅鬼が宣告した通り刀に纏った黒炎が人間を一体ずつ燃やしていく。八つ当たりにすらならなかった戦場は、業火に燃やされて焦土と化した。
南で、龍の子が空を駆ける。
制空権を支配された戦場は、一方的な蹂躙から始まる。水槍を持った
北で、鬼と龍が影に潜む。
張り巡らされた糸に巻き取られ、人間達はなすすべもなく千切れた。蒼鬼の攻撃は一撃必殺。敵は死を認識する暇も無く事切れた。
西で、鬼と小鬼が生を奪う。
彼等の剣は逃げまどう人間達を容赦なく切り刻み、数だけ多い群れが散っていく。小鬼の跨る狼が、隠れた餌を見つけ出してその肉を噛みちぎった。
白鬼が呟く。
「キララという異世界人はおらんようじゃな。すでに逃げ出していたか、それとも……」
思考するのを止め、白鬼は装置を切り捨てる。
それぞれの戦場で破壊された装置は勢いを失い、
結界が無くなったことを察知したシュナとミュウランが、新たな結界を展開する。
魂の拡散を防ぐために、シオン達を復活させるという主の願いを叶えるために。
魔素濃度が高くなった影響で、カバル達人間が広場に近づけなくなる。人間にとって、魔素は毒になるからだ。作戦通り、後は獣人族のグルーシスとフォスが護衛を任されることとなった。
「後は任せたぜ、グルーシス」
「あぁ、任された」
「フォスちゃん、エミルスさんのことよろしくねぇ」
「エミルスの旦那を頼むぜ」
「任せるです!」
エレンは最後まで守れないことを悔しがっていたが、エミルスの頭についたサークレットを優しく撫でて微笑む。エルフだと明かした今、やっぱり思うのだ。
(エミルスさんの近くは、不思議と落ち着くなぁ)
リムルを抱いた時は感じなかったし、他のスライムでもそうだった。
一体何が違うのだろう、エレンはそんな些細な疑問を考えながらその場を後にした。
◆
場所は本陣のとある一角。
キララがいるテントに、叡智の魔人と言われたラーゼンという魔法使いが訪れる。
彼は荘厳な佇まいでキララを一瞥すると、椅子に座ったまま放心状態の少女に声を掛けた。
少女はラーゼンを見ると、煩わしそうに言葉を吐く。
「ラーゼンさん、これ以上ウチに出来ることってないと思うんだけど」
「落ち着け娘よ。お前にはまだやることがある」
水谷キララは、すでに戦意を喪失していた。
あの桃色の鬼によって自分のスキルを簡単に弾かれたうえ、自分よりも強いと思っていた異世界人達の訃報が届いたからだ。ラーゼンの手前気取ってみせているが、内心殺されるかもしれないという恐怖で手一杯だった。
ラーゼンは、躊躇いもなくキララに杖を向けて魔法を行使した。
幻覚魔法:
戦意喪失していたキララは、
水谷キララの身体は、動かす心が無くなったことで地面へ倒れた。
女を殺したラーゼンは、用意された肉体をどう調理するか悩む。
そこに、フォルゲンがやってきた。
「ラーゼン殿、どうするおつもりですかな?」
「ふむ……ショウゴかキョウヤに
ラーゼンが杖を振るうと、キララの身体が変貌して人形のようになる。ラーゼンが椅子に座り、魔法を行使するとホムンクルスに精神が憑依する。ただし、これは
ホムンクルスは精神に合わせて変化し、いつものラーゼンの姿になった。
「これでいいじゃろう、さて、王の所に戻らねば」
「えぇ、この戦争は必ず勝たねばならない。逃げるなんて許されないのですから!」
「……そうだな」
ラーゼンはフォルゲンの言葉に僅かな違和感を感じたが、気のせいだと思い追及することはなかった。
結局のところ、戦争が始まった時点で殺すか殺されるかの戦いになってしまったのだから。
二人が移動した後、音も無くラーゼンの本体に近づく存在がいた。
彼女はラーゼンの頭に触れると、ほんの少し口角を上げてとある魔法を行使した。
「教えてもらうよ……お前の
◇
ベニマルから『思念伝達』が届く。
『リムル様、町の四方の魔法装置を破壊しました。こちらに負傷者はいません』
「分かった、町へ戻って警戒を続けてくれ」
ベニマルに指示を出し、『思念伝達』を切る。遥か上空から、俺はファルムスの軍勢を見下ろす。
俺の眼下に数多の兵士達が密集している。
今の俺には、進化の為の
コイツ等が、シオン達を……。
俺の怒りはすでに頂点へ達していた。もう、止める必要も無いだろう。
魔素が駄々洩れになってしまうのを防ぐため、仮面を取り出そうとした。そこで、クロエに渡していたことを思い出す。
解析鑑定は済んでいるか?
《すでに解析済みです。複製しますか? YES/NO》
頼む。
右手に抗魔の仮面が複製され、俺はそれを被る。
だが、魔素を完全には抑えきれず仮面の左側にヒビが入った。そのヒビから魔素が漏れて、赤黒い光を帯びている。
熱い。
俺の身体の内側から、熱暴走を起こしているみたいに熱い。
俺はずっと満たされていた。この世界に転生して、友達を作り、仲間ができて、国を建てて……ずっとずっと、満たされていたのに。
こいつらが、この
戦争をしているつもりのようだが、コレは戦争ではない。
ただの虐殺だ。
だから、お前達が虐殺されるのだって理不尽ではない。
消し飛ばすのだって物足りないさ。せめて俺の進化の役に立てることを光栄に思うがいい。
《告。魔法術式の計算完了。いつでも発動可能です》
準備は出来た。
では、始めるとしよう。
俺は、ファルムス王国の軍勢全てを覆うような、大規模な魔法陣を展開させた。ミュウランから得た大魔法:
《
誰一人として、逃がさない。
お前等には、文字通りの
俺が受けた痛み、エミルスが受けた痛み。——そして、シオン達が受けた痛み。
命を持って償ってもらう。
俺は醜い殺人鬼だ。
それでいい、俺はもう、身も心も魔物になったのだから。
——今度は俺が奪う番だ。
天空に無数の水玉が浮かぶ。
俺は空に向かって腕を伸ばした。
大規模対人殺傷魔法。俺の悪辣な憎悪によってもたらされる生き地獄。
その名は——
「死ね! 神の怒りに焼き貫かれて————」
兵士達の身体を貫く無数の針が、領域全体に顕現する。
地底から生まれ出でた針山が、兵士達の悲鳴と共に成長する。蜘蛛の子が散るように逃げ惑う兵士達を見下し、俺はその声に何の感情も抱かぬまま、その名を口にする。
地獄に轟く、裁きを。
「————
天空から降り注ぐ光線が、罪深き人間共に突き刺さった。
数秒遅れて鼓膜を突き破る轟音が響く。
始まりの鐘も、終わりの鐘も鳴る事は無い。
これはただの虐殺なのだから。