ジュラの大森林に国は存在しなかった。
これからリムルはゴブリンどもを従え、狼どもに忠誠を誓われ、大鬼族の生き残りを拾って……いずれはジュラの森大同盟の長になっていく。
エミルスはこの国の住人として迎えられていくだろう。それが正解かどうか俺には分からない。このままだと確実に政治に関わらなきゃいけなくなるのは確かだ。
リムルと別れて手っ取り早くイジスを探しに行くか? いや、アイツを探すのはまだ早い。湖で試してみたが鏡面世界に入れそうになかった。俺からコンタクトを図るのも至難の業だ。
暫くは、リムルに同行するのが合理的だ。目安は
(久しぶりの太陽の光! 眩しすぎるぜ……)
……俺の横でオーラ駄々洩れのコイツが恥をかくところは見たいしな。危険を察知した鳥がバタバタと飛んでいってやがる。今頃ゴブリンの村は大混乱だろう、可哀そうに。
当の本人はのほほんとノスタルジックに浸って気づく気配すらない。絶対教えてやらない。
(何してんだよエミルス、置いてくぞ)
(はいはい)
段々リムルが俺に対しての遠慮が薄れてきている気がする。さすがに何日も一緒にいれば慣れるか。
リムルを観察して分かったが、コイツの成長速度は異常だ。『大賢者』のサポートもあるとはいえ、スキルを使いこなして戦闘を有利に動かす判断力がある。初めての戦闘で嵐蛇を圧倒し、一撃で首を刈り取るその姿は、俺が以前対峙したヤツの片鱗を感じさせた。
末恐ろしいぜ、ったく。
そんな未来の魔王の元へ、未来の配下がやってくる。正直順番なんて知らなかったが、最初は狼なんだな。名前は……確かランガ。 進化前だからどれがランガかなんて見分けつかねぇけど。
(狼だ! スキルはなんだろう、ちょっと変身してみたいかも……)
リムルはもう戦った後のことを考え始めているようで、目の前の狼を敵とすら認識していない。リムルをちょっと強くしてやろうと発破をかけすぎたか……? 確かに途中から面白くなってつい洞窟内の魔物を狩り尽くしてしまったけどよ。
(リムルがいつの間にかスキルジャンキーになってたとは)
(ち、違うって! けど狼に変身なんて男のロマンじゃん)
いや知るか。
「グルルル……」
狼の群れがこちらを威嚇していたので、リムルを前に押し出してやると「キャイーン!」と子犬のように情けない悲鳴を上げて逃げていった。そりゃオーラ垂れ流しのまま迫ってくるスライムなんていたら逃げるよな。
リムルはスキルと姿を獲得できなかったので少し残念がっていた。
次に出会ったのはゴブリンの群れだ。もしかして、コイツらが未来の第一村人、というより種族か。RPGならスライムと一緒に出てくる序盤の雑魚だ。
ちなみに、何故転生者でもねぇのにこういった二ホンの知識があるのかと言われれば、未来のリムルがシンシアに教えた入れ知恵とでも思ってくれ。アイツ、シンシアを楽しませようと色々やってたからな。なんとなくそれを覚えてるだけだ。
それにしても貧相な装備だな、剣なんて一発振っただけで折れそうだ。
「グガッ強き者達よ。この先に何か用事がおありですか?」
ゴブリンのリーダーらしき者が話しかけてくる。おお、コイツ中々勇気があるな。オーラ駄々洩れのスライムだってのに。
(強き者達って俺達のことかな?)
(それ以外ありえねぇだろ。リムルは喋れるんだからさっさと返答しろ)
(おいおい勝手だな)
そうは言いつつも、リムルが二歩前に出て対話を試みる。
それだけでゴブリンの数匹がオーラに圧倒されて危うく武器を落としかけていたんだから笑いを堪えるのにも必死だ。ここで笑ったら色々とマズイからな。スライムでよかったと初めて思ったかもしれねぇ、口角が上がりっぱなしだ。
「「「ええと、はじめまして! 俺はスライムの、リムルという。こっちはエミルスだ」」」
……っぷ、ハハハ!!! ダメだ面白すぎる。こんなん笑わない方がおかしいだろ。
超拡声器メガホンで対話のキャッチボールを試みようとするリムルに対して、ゴブリン達は武器を構えるどころか立つことすらままならなくなってしまった。俺のスライムの身体がプルプルと震えている。まんまと笑壺に入ってしまった。
「あなた様の力は十分に分かりました! どうか声を鎮めてください!」
「す、すまん。まだ調整できてなかったみたいだ……」
(おいエミルス、笑いすぎだろ)
(いやぁ、面白くてつい)
(お前、自分が何もしなくていいからって……)
リムルが恨みがましく俺を睨みつけてくる。本当は俺も喋りたかったさ、だが残念な事に喋れないからなぁ。声帯を持ってるお前が羨ましいぜ。
水面下の争いの後、ゴブリン達はリムルの強さを見込んでお願いしたいことがあると懇願してきた。特に行く場所も無かった俺達は、ゴブリンの村に案内されることになった。
村というか、集落だ。炎が得意な魔物がここに来たら一晩で燃やし尽くされそうな文化レベルである。その集落の中で一番大きい家の中に案内され、リムルが話を聞くことになった。
俺はこの後の話を知ってる上にどうでもいいので抜け出そうとしたが、リムルの巧みな『粘糸』に捕まってぐるぐる巻きに。クソッ、やるじゃねぇか。
「ようこそお客人。私はこの村の村長をさせていただいております」
リグルドなのか? こんなヨボヨボの爺さんが?
下位の魔物にとって進化というのは劇薬に等しいものだな。
「はい、どうもよろしく。んで、自分にお願いとはなんですか?」
村に入る前、念入りに調整したことで漸くリムルがまともに喋れるようになったようだ。ちなみに俺は手伝わなかった。
簡単に言えば、リムルのせいで竜の守り神が消えてしまって縄張り争いに巻き込まれてヤバい。責任を取れということらしい。実際はリムルのせいだとは知らないので、オーラ駄々洩れの強者に縋る思いで助けを乞うゴブリン達という状況。
「しかし、自分スライムですので、期待されているような働きは出来ないと思うのですが……」
「アハハハ、ご謙遜を……ただのスライムにそこまでのオーラは出せませぬ。相当に名を馳せる魔物なのでしょう?」
そりゃそうだろ、このスライム守り神喰ってるし……とは言えず。
ようやくここでリムルがオーラを出しっぱなしなことに気づいた。洞窟内はヴェルドラの魔素が充満していたがために大して悪影響は無かったが、外では御覧の通りヤバいやつである。これにはリグルドも苦笑い。俺は爆笑。
その後リムルは苦しまぎれの見栄をはりつつ、そそくさとオーラをしまう。謎の強者ムーブをかましながら心の中で冷や汗が出まくってる様を見るのは中々に愉悦を感じさせる。
面白かったよ、リムル。いい見世物だった。
(おい、エミルス。後で話がある)
(俺はお前に話がないから帰っていいか?)
(そうか、俺はあるし離さないからな)
そういえば捕まったままだったの忘れてた。
牙狼族によって多くのゴブリンの戦士が討ち死にした。
名持ちの守護者、リグルドの息子でありリグルの兄だったがコイツも戦死してしまったらしい。戦える者は敵に比べて圧倒的に少なく、牙狼族の対抗手段が無く絶滅の危機が訪れている。
家族を失う辛さは、俺なりに理解しているつもりだ。戦わない理由はない。
体裁のためにリムルが見返りを求めれば、ゴブリンは忠誠を捧げると誓った。これから、テンペストという国の中で多くの役割を担い経済を回していくだろう。
未だにコイツらとの付き合い方を決めあぐねている。俺はコイツらと心から家族になることはないだろう。俺の家族はシンシア、それと鏡の中の世界にいたアイツらだけだ。
……真綿で首を絞められるような感覚だ。
一先ず、この問題は後に回すしかない。考えても答えが出そうにないのだから。
(エミルス、俺はこいつらを助けたい。異論はないな?)
(あぁ)
リムルの問いに答えると、奴は満足げに頷いた。
「お前達の願い、"暴風竜"ヴェルドラに代わり、このリムル=テンペストが聞き届けよう」
リムルが宣言すると、ゴブリン達は感謝の意を示す。
俺はそれを眺めながらこれから先の未来をどう生きていくべきか憂鬱とした気持ちを抱えていた。しかし悩む時間はない。
牙狼族の遠吠えが聞こえ、いつ襲ってきてもおかしくない程の緊張感。俺個人の些細な問題は後回しだ。
リムルが無事ゴブリン達の守護者となってから、改めて俺の自己紹介……の前に。まずはリムルの心を宥めるとこからだ。
(エミルスお前! 絶対オーラのこと分かってて黙ってただろ!)
(そんなことねぇよ? 俺もさっき知ってびっくりしたからさぁ)
(めちゃくちゃ棒読み! そんなに俺の事嫌いか?)
(あぁ)
(即答かよ!)
村長の家の中で二匹のスライムが喧嘩しているのを、ゴブリン達は興味深そうに覗き込んでいたという。
「こっちは俺の
(よろしく)
「おぉ、エミルス殿。我らをどうかお導きください」
リムルが様で俺が殿……そんな感じになるのか。リムルの知り合いということで敬意を示される対象ではあるようだが、これから先仲間が増えていくにつれていつか呼び捨てしてくる奴もいるかもしれないな。
会話が必要になってきて、喋れないのが嫌になってきた。一応念話で話せるが、俺だけ念話ってのもなんか無性に腹立たしいい。横のチートスライムがスキルをバンバン獲得するのがこうも羨ましくなるとは。
さて、リムルがゴブリン達の身体を回復薬で荒療治している間、俺は何をするべきか。このままリムルに任せていてもいいが。
「おーい! エミルスさん!」
ん? 遠くから誰かが呼んでるな。てかこっちに走ってきてる。
ほかのゴブリンよりも丸っこい顔、特徴的な鼻……いやゴブタじゃねぇか。コイツだけ何も変わってねぇ!
だが進化前なだけにヒョロガリだな。ちょっとの衝撃で折れちまいそうな腕だ。
(どうした、困ったことでもあるのか?)
「いや、二人に助けてもらったんで困ってることはないっす。ただ……」
ここまで来て言葉を濁そうとするゴブタに対して、焦らされるのが苦手な俺は血液の腕でゴブタの身体を逆さ吊りにして掴み上げた。
「わっ!」
(言わねぇとこのまま木に括りつける)
「言うっす! 言うっすから!!」
あっさり観念してしまったのでなくなく床に落とす。「げふっ」と情けない声が聞こえた気がした。
「イテテ……エミルスさんって結構脳筋なんすね」
(もっかい縛られてぇか?)
「もう勘弁っす! ……実は、二人が手を貸してくれるのはとてもありがたいことなんすけど、やっぱり自分の手で狼達を倒せないってことが悔しいっす」
(じゃあお前だけ前線に出してやろう)
「今の自分じゃどんなに頑張ってもボロ負けっすよ! 知り合いもみんな命を賭してオイラ達を守ってくれて、しかもリグルさんまで……」
(そうか)
こうして直接対話していると、コイツの痛みや悲しみがスライムの身体にピリピリと伝わってくる。気圧されるほどの感情が俺の身体を突き刺しているような感覚だ。これが、覚悟の重みってやつなんだろうな。
「だからエミルスさん! 俺に戦い方を教えて欲しいっす!」
(それは、リムルじゃダメなのか?)
「オイラの直感がエミルスさんに指導を受けた方がいいって言ってたんで」
(なんだそりゃ……けど、別に教えるのは得意じゃねぇんだよな)
「大丈夫っす! 戦うところを見せてもらうだけでも勉強になるんで。オイラ、皆を守るために強くなりたいんす!」
どいつもこいつも直感やら勘やら言いやがる。
でも、確かコイツ天才肌だったな。
正直断るつもりだったが、ここまで食らいつこうとするヤツを野放しにするのももったいないだろう。それに、コイツと向き合うことで何か掴めるものがある気がする。
(わかった、狼どもをぶっ潰した後に考えておいてやる)
「ほ、ほんとっすか。ありがとうっす!」
ハクロウが来るまでの間、俺がゴブタをしごきあげてやってもいいな。あまりの辛さで逃げ出さなきゃいいが。