空は青かった。
なんてつまらない感想を抱く。意識が目覚めると、俺の視界は青で埋め尽くされている。髪のカーテンの合間から陽光が見え隠れしていた。
俺より先に起きていたらしいリムルの膝上に乗せられ、ヤツの水色の髪と空が同化してると錯覚したようだった。黄金の瞳に、薄桃色の身体が映っている。
ふっと浮かんだ本音を零した。
「暫く赤色は見たくねぇな……」
「お前の瞳は久しぶりに見たかったよ」
「気色悪い。さっさと退け」
「はいはい」
よくよく見れば、身長が僅かに伸びている。雰囲気も幼さが抜けたようだ。
言うまでもなく、魔王になったのだろう。
俺がよく知るリムル=テンペストとほとんど変わらない。まぁ、魔王になったのなら俺の知っているリムルと相違点は無いしな。
リムルがスライム状態に戻り、傍にいた人物の胸に飛び込んでいた。俺はそいつの顔を見て、安堵したように呟いた。
「久しぶりだな、シオン」
「はい、おはようございます。エミルス」
屈託のない笑みを向けられると、かつての光景が塗り替えられる。その笑みを見て、俺がやった事は間違っていなかったのだと、漸く実感した。しかし、俺の心に一抹の陰りが残る。
彼女を死なせてしまったという後悔が深くのしかかっていた。するとシオンは俺に近づいてきて、おもむろに俺の顔を手で挟んできた。突然の事に驚いて目線を合わせれば、シオンは安堵の息を吐き、目尻を下げてこちらを見つめていた。
「生きてくださって、よかった」
「……その為に、お前が死ぬような真似は二度とするな」
「はい、もちろんです!」
彼女の元気な返事に薄く笑みを浮かべる。
前を向いてくださいとシオンに促され目線を前へと向ければ、百名近くの魔物達とシオンが俺達の前で跪いていた。
リムルはシオンに、俺はシュナに持ち上げられて仲間達を見下ろす。
「リムル様、エミルス様。こうして無事に、我等一同生き返る事が出来ました!」
「「「我等一同、一名の欠落もなく無事に生還致しました!」」」
俺は無事に役目を果たせたらしい。
こうして仲間達も復活し、リムルも魔王になった。文句なしの大団円。問題は山積みだが、ひとまず峠を越したと言って差し支えないだろう。
仲間達も、
俺は……お零れは貰ったのか? 夢の中で文句を言ったことはなんとなく覚えているが、あの後どうなったんだ?
シュナの手から飛び降りて、人間の姿へ変化する。
今までの『変身』とはまた違った感覚だ。スキルを通してではなく、スムーズに変化できるようになったような、言葉に形容しがたい馴染んだものを感じる。服装も慣れ親しんだあの姿だ。これは進化というより、俺の決意が変化したことによるものかもしれないが。
自分自身に『魔力感知』を向けようとして、『万能感知』に変化していることに気が付いた。
エクストラスキルではなく、固有スキル。しかも固有スキルどころか
魔王種になってやがる。
《告。個体名:エミルス——いえ、
おう、悪い……あ?
お前
《解。ネイバーが休眠状態の間にマスターと魂の回廊を接続しました。これにより、回廊を通して伝達が可能となりました》
やっぱりか。
さっきから隣のリムルと妙に繋がりを感じてたから、ンなこったろうとは思ったけどよ。
ネイバー……ってのは俺の呼び名か?お前がそう呼ぶってことは、俺は主の隣に立つ者として認めてくれたのか。それはありがたいが、お前はそれでいいのかよ。
揶揄うように告げれば、沈黙しか返ってこなかった。
代わりに来たのはスキルの詳細だ。まぁこれらは後でじっくり検証も兼ねて調べてみるとして。
俺の目の前では醜い争いをしているリムルとベニマルがそこにいた。
シオンのアレソレから逃げるために念のため『虚飾者』で隠れておいてよかった。遠くでリムルが「裏切者!」とか何とか騒いでいる気がするが、気にしないでおこう。
俺はエレン達の傍に近づくと、あちらが気づいて挨拶代わりに手を振ってくれた。近くにヨウム達もいるようだ。
全員が成長した俺の姿を見て、感心したような声を漏らしている。
「……エミルスの旦那、ちょっと男らしくなっちまって」
「ヨウムさん、ちょっとどころか大分違う気がするが……」
「人間的に言うなら、大人になったってことじゃねぇの?」
戸惑う男達へ揶揄い混じりに言えば、納得したように頷いた。
雑談もそこまでに、辺りを見渡してから頭を下げて感謝の意を示す。エレンは驚いて「頭を上げてくださいよぅ!」と慌ただしく身振りする。向き合い、改めて感謝を示した。
「お前達には感謝しかねぇよ。正直、来てくれなかったら詰んでたところだ……お前達と縁を結べて、よかったぜ」
「エ、エミルスさん~~!」
「おいおい抱き着くなって」
身長が伸びたおかげで、抱き着いてくるエレンの身体を難なく受け止める。そのままぐずるエレンをあやす。
カバルとギドも安心しきった笑みを零し、ヨウム達もこの光景を見て安堵の息を吐いた。ある程度人間の奴等と会話した後、リムルを抱えたベニマルが近づいてくる。
「エミルス様。お二方が眠っておられた三日の間に、獣王国ユーラザニアで大変な事態が」
ベニマルが示した先に、魔王カリオン配下の三獣士が近づいてくる。
アルビス達は跪き、口上を述べる。
「お初にお目にかかります、リムル様。この度の魔王への進化、先ずはおめでとう御座います」
「挨拶は後でいい。まずは何が起こったのか、詳しく聞かせてくれ」
ユーラザニアの現状は仲間達が一足先に把握しているらしく、空気が重たくなる。
挨拶回りはこのくらいにして、未解決の問題を把握する為俺達はリムルの執務室へ移動することになった。
「ユーラザニアが消滅したというのか……」
「はい、俺が見届けました」
〝黒豹牙〟フォビオが答える。
テンペストの事で手一杯だったとはいえ、同盟国の消滅か。ミリムの破壊力は底知れない。
グルーシスは祖国の状況を漸く把握し、無力感に拳を震わせている。
避難民の救助活動は、俺が寝る前に指示していた。だが国が消滅したとなると、途方もない国民達が明日の寝床すら無い状態だ。
更に、魔王カリオンはミリムと手を組んでいたフレイによって討たれていた。
国どころか王も行方不明。テンペストよりも事態は深刻だった。
「しかし、魔王フレイがミリムと?」
リムルの疑問にフォビオが付け加える。
魔王同士が組むことなど本来ありえない。何より、魔王ミリムはそういう策略を嫌う性格だと思っていたと。それはアイツの性格を知ってる俺達でも不可解な点だ。
「確かに少し不自然だな……」
「——リムル、それにお前達も聞いてくれ」
俺が凪いだ空気を切り裂くと、全員の視線が集中する。
テンペストの王になると決めた以上、隠し事は抱え込むべきじゃない。
俺の私的な目的以外は、はっきり言っておくべきだ。覚悟が足りなかった、この世界に傷跡を付けた責任を負う覚悟が。
一拍置いた後、俺は隠していたものを暴露する。
「クレイマンには魔王を操る呪法がある。それを使って、魔王ミリムを操っていると俺は考えている。アイツの性格だと、利用できるものはとことん利用して使い捨てるからな。魔王フレイも同様に操られているか、もしくは脅されている可能性が高いだろう。以前から動いていた中庸道化連もクレイマンの仲間だし、裏で糸を引いているのはクレイマンで間違いないだろう」
「おい、ちょっとまってくれ!」
スフィアが俺の言葉を制止する。
続いてアルビスが、冷徹に俺の目を射抜いた。
「言い分は分かりましたわ。ですが、エミルス殿は何故そこまで魔王クレイマンのことをご存知なのですか?」
「あぁ、お前達の疑問は尤もだ。生まれたてのスライムがクレイマンの事をここまで知り尽くしているわけがないからな」
俺は邪魔な髪を掻き上げて乱雑な思考を取り払う。
リムルの表情が固くなり、空気が冷え込んだ。
「——俺は、クレイマンと手を組んだことがあるからだ」
決定的な一言を告げると、俺の目と鼻の先に拳が突き出され、寸前で止まった。
スフィアと目線が合う。
「殴りたいなら殴ってみろよ」
殴らせてやるかどうかは別だが。
俺は別にクレイマンと手を組んだことを後悔していない。あの時は情報が必要だったし、実際役に立った事はある。これからやろうとしている事も含めれば猶更だ。
他の二人も表面は怒りを隠せていても、
「念の為言っておくが、これは俺個人の独断であり他のテンペストの奴等とは関係ない」
「エミルス」
リムルが人間の姿になり、俺の前に出る。
スフィアはリムルを見た後震える拳を抑えて後ろへ下がった。
「その行動は、俺達を裏切るためにしたことか?」
いつになく真っすぐな目だ。
その表情に、俺に対する疑心は浮かんでいない。信頼されている、ということだろうか。
俺は期待に応え、ありのままの事実を告げた。
「裏切るつもりだったら、俺はお前を助けていないし避難民の救助に向かわせたりはしないだろうな。……俺は俺の目的の為に、クレイマンを利用したに過ぎない」
「その目的とは何でしょうか」
「悪いが言えない。情報を集める必要があるとだけ言っておく」
「そんなんで納得できるか!」
スフィアが声を荒げると、俺は呆れたように呟いた。
「お前達が納得するしないなんてどうでもいい。魔物の掟はただ一つ、〝弱肉強食〟だろ」
俺の言葉にスフィアが歯ぎしりする。
ここで争っていてもしょうがない、と早々に気づいたアルビスはすでに矛を収めている。弱肉強食を理解しているフォビオも沈黙し、スフィアも気持ちが落ち着いてきたのか渋々拳を緩めた。
落ち着いた三人を見て、リムルは執務室の椅子に座りなおした。
「ともかく、エミルスの情報を信じるなら……俺達は魔王クレイマン、最悪の場合魔王3人を相手にするかもしれないってことだ。俺の見立てでは、魔王カリオンは生きてる。正直ミリムがコソコソ裏で暗躍する魔王に操られるようなタマではないと思う」
俺も同意見だ、と同調の意を示す。
「魔王カリオンの救出に手を貸すから、お前達も勝手に暴走するな。協力しないと、助けられる者も助けられないぞ」
「了解ですわ」
アルビス、スフィア、フォビオがそれぞれ了承する。
三人はリムルの指示で避難してきたユーラザニアの民の応援に行った。付き添いで来ていたベニマルとリグルドも現場の指示だしを命じられて執務室から立ち去る。
残ったのは、俺とリムルだけだ。
静かになった部屋の中で、切り出したのはリムルだ。
「……俺は気づいてた」
「知ってる」
「なんでこの場で言ったんだ。……俺には、クレイマンに向かう怒りの矛先を自分に向けさせたように見えた」
俺は思わず舌打ちすると、リムルは机上を拳で叩いて大きな音を立てる。
珍しく感情を露わにするそいつに目を見開いた。
「魔王になって、ちょっと気性が荒くなったか?」
「話を逸らすなよ」
「……裁くべきだ、リムル。お前の定めたルールを破り、さらに仲間を殺した敵と通じてたヤツを野放しにするわけにはいかねぇだろ」
「だからベニマルやユーラザニアの幹部がいる中で言って自分自身をわざと追い込んだって?」
「あぁ、いつまでも抱えこむわけにはいかねぇからな。清算は必要だろ」
こっちの世界でも王やるって決めたんだ。溜め込んでたもんはさっさと吐き出すに限る。まぁ、ここで国外追放を命じられれば、どうしようもないが。
……俺の本当の目的は、その方法が見つかるまで秘匿しておく。これはこの世界に関係ねぇことだし、余計な事を考えさせるつもりもねぇよ。
リムルは俺の言葉を聞いて押し黙り、暫く沈黙が流れた。顔を伏せているため、リムルの表情を窺うことは出来ない。
その静寂を破り、絶対零度を思わせる声で俺に囁いた。
「……わかった」
リムルは立ちあがり、俺の目の前にやってくる。
腕を伸ばして拳を握り、肘を曲げて引っこめた。——そして、俺の腹に拳を叩きつけた。
「がはッ……」
痛覚は無い。だが、前の世界でリムルと殴り合ったときのような……心の痛みを感じた。リムルに俺の存在が否定されたみたいで、思わず顔を歪ませる。
この痛みは甘んじて受け入れるべきものだ。だから反撃はしない。リムルは俺を殴った己の拳と、殴られた後の俺を交互に見ていた。まるで、自分が傷つけられたかのような顔をして。
魔王になったってのに、殴る事を躊躇うのか。俺はそう思って、わざと煽ってやった。
「なんだ……これで満足かよ? お前の怒りは大したことねぇな」
「違う——お前を殴ると心が痛むんだ。同じ顔してるからとかじゃなくて、お前を殴ると俺自身を否定しているような気分になる」
はは、これじゃあまともに喧嘩できないな。とリムルが茶化したように笑う。
意味が分からず唖然としていると、リムルは俺の胸に拳を軽くぶつける。
「どんだけお前が偽悪的に振舞おうとしても、俺はお前を許す。それに、俺達は二人でテンペストの王なんだ。お前の罪は俺の罪だし、俺の業はお前の業だよ」
――お前の目的のために無条件で手を貸すし、お前のピンチを助けたいって思う。
あの時の言葉が、今になって響いてくる。
呆れたように溜息を吐けば、リムルは表情に焦りを滲ませた。
「……理屈が滅茶苦茶だ」
「我儘な魔王で悪いな。他の奴等に何て言われようと俺は仲間を優先することにしたから」
「……だったらしれっとお前の仕事や責任も押し付けてくるな」
「ハハッ、バレた?」
真面目な話をしてるってのに、ふわりと受け流して平和的に解決しようとする。
とことん身内に甘い。魔王になってもその甘さは健在だな。
——けど、まぁ。
お前らしくて、嫌いじゃない。
隙は俺がカバーすればいいだけの話だ。俺の分の罪も背負ってやるというのなら、その船にとことん乗りかかってやるとするさ。
俺がこくりと頷けば、リムルが右手を差し出す。
その顔は晴れやかで俺がその手を取るのを確信しているらしい。
こいつの手を取るのは少々思うところがあるが、素直に手を差し出してその手を掴んだ。
視界にノイズが走り、赤い
「……ッ!」
生理的行動の瞬きの後、視界は正常に戻る。
動きが固まった俺を不思議に思ったのか、「どうした?」と声を掛けてくる。
リムルの顔を凝視する。不自然なところは無い。
「エミルス?」
「……はぁ」
「俺の顔見て溜息吐くなよ」
不満げなリムルに、率直な疑問を問いかけた。
「リムル、お前って鬼になったことあるか? 物理的にも精神的にも」
「心を鬼にするって意味か? まぁ人間達を殺したわけだし、それはあるけど……種族自体が鬼になったわけじゃないしな。それを言うならお前の方だろ」
「あ?」
「とりあえずお前の言いたい鬼とやらにはなってないはずだ」
「そうか」
眠る前、最後に見たあの姿は一体なんだ……?
雰囲気で言えば悪夢で見たアイツの姿に似ていた気もする。
……もしかして、あれが
これは考えても推測の域を出ない。害が無いなら放っておくに限る。
結論を出した後、脱線していた話題に戻る。
リムルの戯言に付き合うのは別に苦じゃない。元々似た者同士だ。そもそも眠っている間に外堀埋められちまったみたいだし……
「いいぜ、我儘に付き合ってやるよ」
「言ったな? これからの行動は隠すなよ。全部俺に報告しろよ」
「はいはい……んじゃ早速、俺がやりたい事を言っていいか?」
「なんだ?」
俺達は互いのスキルの把握を兼ねて、今後の計画の相談をした。
考えていた作戦を口にすれば、予想通りの驚愕が返ってきた。
「お前、こんなヤバい事を言わないつもりだったのか!?」
「事後報告でもいいだろ、敵を欺くにはまず味方からって言うしな。……でも、よく考えればラファエルで動きはバレるのか」
「ちゃんと話し合っといて正解だった……とりあえず分かった。お前がやりたいようにしろ、こっちは俺がなんとかしてやるから」
「あぁ、好きにさせてもらう」
「でも作戦会議には参加しろよ。お前だって仲間の動きは把握しときたいだろ」
「分かってるつーの、ったく」
俺がそんな自由気ままに動くやつに見えるのか?
ある程度は周りの都合に合わせてるんだがな。
「……やっぱエミルス、改めて見たけど顔良いな」
「お前と同じ顔だよ、ナルシスト」
「う、確かに……」