俺達が眠っていた間に町は復興の目途が立ったらしく、道路の瓦礫は除去され各地で建設作業が行われている。リムルと一緒に町を歩けば嬉しそうに声を掛けてくる住民達。手を振れば笑顔の花が咲いた。町の皆は忙しなく動いている。今夜は延期していた宴会だ。リムル帰還と、魔王のお祝いと、住民達の復活……と色々重なった特別な宴会の為、皆張り切って準備していた。俺達も手伝おうとしたが「目覚めたばかりでお疲れでしょう、今日一日ぐらいはゆっくり過ごしてください」と言われて、何もせずに町を見回っているわけだ。
どうにも落ち着かない。それはあっちも同じのようで、住民達から貰った食べ物を口にしながら視線を彷徨わせている。
リムルは串焼きの肉を飲み込んだ後、悠然と呟いた。
「エミルス、せっかくだからあそこ行かないか?」
「なん……あぁ」
魂の回廊を繋いだせいなのか、こいつの言いたいことがなんとなく分かる。
翼を広げ、悠々と空を駆ける。
日が傾いて空の色が段々暖かくなり始めた中、俺達は町を見渡せる丘に降り立った。リムルがイングラシア王国に旅立つ前、二人きりで話した場所だった。住民達が暮らしている姿を一望することができる。
——魂ってなんなんだろうな。
あの時の素朴な疑問が浮かび上がる。
怒涛の一週間で沢山『魂』について考える時間はあったが、結局未だ明確な答えは見つからない。ラファエルが答えを出せないなら、俺達が悩んだところで現状だと辿りつかない真理なのだろう。
リムルが魔王になったんなら、専門家に聞くことだってできるかもしれねぇし。そもそも悩む必要もない。俺が王としてこの町を治めるというなら、この国を何処よりも豊かで良い国にしてやるだけだ。
それが俺のこの世界での役目だ。
と、いったものの。
クレイマンをぶっ潰すのは確定したとしても、問題は山積みだ。
隣にいたリムルと顔を合わせ深い溜息を吐いた時、見知らぬ気配が近づいてくる。いや、俺としては初対面ではない気配だがそういうヤツらが来た。
貴族が着てそうな衣服に身を包んだ悪魔、それと付き添いの悪魔二体。推定ディアブロは知ってるが……デカいやつとちっこいやつ、こんなのいたか?
「お目覚めになられたようで何よりです、御二方」
「うっわ」
「え……」
出たな
こいつに敬われるの薄気味悪すぎて寒気がする。思わず声に出してしまった。
まじで俺に対して敬意を抱いていたらしく、普通にショックを受けているようだ。悪寒が走るのを止められず、一歩後ずさるとまたショックを受けた。
「……我が君。無事に魔王へとなられましたこと、心よりお祝い申し上げます」
「あ、あぁ……」
と返事をしたものの、そもそもリムルはこいつの存在を忘れているようで耳打ちしてきた。
「なぁこんな高位の悪魔達俺知らないんだけど、誰?」
「うっ、! うう…う……悪魔である私が、
リムルの言葉がかなり鋭かったのか、凄く動揺している。
身体がふらついて声が震えてしまっている。マジかお前。そこまで狂ってるのか。
蔑む視線を悪魔に向けつつ、リムルの疑問に返した。
「……お前が召喚した悪魔じゃねぇの?」
「う~ん」
《……告。彼等はマスターがファルムス軍の亡骸を供物に召喚した悪魔です。一体は
「あ~そうか! まだいたんだ!」
「くっ……まっ、まだ……」
「……っぷ、ハハハ!!!」
ダメだ、悪魔に突き刺さる言葉の刃の数々に笑いを堪えきれねぇ。
やっぱおもしれぇなぁ、常識を知らないやつが悪魔たちの尊厳を踏みにじっていくこの有様。二年前のアレを思い出すな。大声を上げて笑っていれば、リムルが恥ずかしそうに訂正してきた。
「おいエミルス! 笑いすぎだろって」
「面白くてつい……」
「まぁ忘れてた俺が悪いんだけどさぁ。え、えーと、色々手伝ってもらっちゃったみたいで。助かったよ」
「い、いいえとんでもございません。つきましては——」
「長々と引き止めてしまって悪かったね。もう帰っていいよ!」
「——えっ!? 帰って……」
あっけらかんと解雇宣告するリムルにまた笑い出しそうになるのを堪える。
推定ディアブロの方を見れば、泣き出しそうになっている。
大丈夫か? さすがに心配の方が勝つかもしれない。というか背後の二人も身を寄せ合って震えているし。
リムルはまだ状況を把握していないらしく、困惑しながら帰らない悪魔たちに問いかける。
「あれ? もしかして報酬が足りなかった、とか?」
「そんなことおっしゃらずに、先だってお願いしておりました通り、配下の末席に加えていただきたいのです!」
「配下になりたいだって?」
『なぁエミルス、さっきはスルーしちゃったけど
『あー、うん。とりあえず、悪魔に常識を求める方がおかしい』
お前は変なところで真面目なんだよな。相談するときも先程のアレを一応鑑みて『思念伝達』にしている。
だが、目の前の悪魔は盗聴していたらしく最早涙目になっていた。俺も実際の現場は見ていないが、ラファエルがそう言ってるってことはそうなんだろう。
リムルは無理やり自分を納得させたらしく、目の前で項垂れる悪魔たちに声を掛ける。
「報酬とかないけどいいのか?」
「お仕えできるだけで幸福です」
配下にしてくれるということを感じ取ったのか、顔を上げてはっきりと頷いた。生気も取り戻して心なしか輝いて見える。
「よし、分かった。エミルスはそれでいいか?」
「俺は元から反対してねぇよ」
「おぉ!感謝します見目麗しい御二方」
「それはちょっと堅苦しいしむず痒いからやめろ! 俺はリムルでいい」
「……エミルスだ」
「リムル……エミルス……甘美な響きです。それでは今度はリムル様、エミルス様と」
なんだか天の光を受けて身も心も浄化されたような仕草をしている。
はっきり言う、気持ち悪い。敵だった時より普通に。
言動の全てが大袈裟なヤツだ。そして十分にその名前を味わった後、後ろで跪く悪魔達に呼び掛ける。
「お前達も我らが主君にご挨拶を」
俺達と会話していた声色よりも断然低い。
「お仕えさせて頂き、感謝を」
「ご命令とあらば、いかなる障害も排除します」
「か、固いな……」
リムルが思わずつぶやいた。
やっぱり俺の脳内にディアブロ以外の悪魔に見覚えが無い。記憶の欠落か、それとも俺が来たからバタフライエフェクト?ってやつが働いたのか……まぁそれはどうでもいいか。
三人とも、名前が無いらしい。リムルを見れば、報酬代わりと称して名前をつける気満々のようだ。別に止めても無駄だと知ってるから止めはしない。
リムルは名前を名付けようとしたが、一旦動きを止めて俺の顔を見た。
な、なんだ?
「せっかく進化して
「……は?」
「前々からこれは思ってたけど色々な事情で先送りにしてたんだ。でももう大丈夫だろ? 魂の回廊も繋いだし何も問題は無い」
「いやいやいや待て、つまりコイツらに俺が名前を付けろって?」
「そうだ」
何当たり前の事を言っているんだ、と言わんばかりの言い方だった。
お前等だってリムルに名付けられた方が嬉しいだろ?と密やかな期待を向けて悪魔達の方を見る。しかし、期待を裏切り悪魔達は俺から名を賜れることを嬉々として受け入れている。推定ディアブロもだ。
落ち着け、俺。俺が名付けたらどうなるんだ? 元の世界のコイツらと何が変わるんだ? 一応リムルと魂の回廊は繋がっているから、それほど変わるわけじゃないのか? 別に性格云々が変わるわけではないはずだし。そもそも名付けってこんな気軽にするべきじゃないだろ。
俺の葛藤をよそに、リムルは「エミルスはどんな名前をつけるんだろうなぁ」と呑気な言葉を口にしている。
ディアブロが、専属?
——どうあがいても嫌すぎる。
「リムル、こいつは……
「そんなことないと思うけど?」
なんで強気に反論してきたんだこの馬鹿。
このままじゃあ恐ろしい呪物を押し付けられる。コイツを扱えるのは俺じゃなくてリムルだろ。
御託を並べてリムルをなんとか説得する。こういうことをするのは癪だが、こいつが専属になると途轍もなく面倒くさい事が起きるのは確実だ。
「ともかくデ——この悪魔はお前に任せる。後ろの二人は俺の専属でいいから」
「……はぁ、分かったよ。しょうがないな」
なんで俺の我儘を仕方なく受け入れたみたいに言ってんだこいつ。
ともかく、折れてくれたようで心の中で安堵の息を吐いた。
リムルはスーパーカーという前世の乗り物の名前からディアブロと命名した。すると、リムルの身体からごっそり魔素が吸収されていく。いや、まぁだろうなとしか思えない。こいつに名付けてスリープモードにならないリムルがおかしいんだが。
こっちはこっちで考えるか。
名前……そういえば名前なんて考えたこと無かったな。考える機会を避けてたし、いよいよ逃げられなくなったってだけで。目線を押し付けられた悪魔達に向ける。
全体的に暗くてデカいヤツと、チビな三つ目……じゃあこれか?
名付けようとしたところで、急にリムルから念話が来た。
『エミルス、一応名付けようとしてる名前教えてもらっていいか?』
『あ? デカクロとミツメ』
『……えっと、本気で言ってる?』
『特徴的でいい名前だろ』
『お前、まさかネーミングセンスが無い……』
リムルが驚愕した顔をこちらに向けてくる。
お前が付けてきた名前とパターンは一緒じゃねぇか。不満を口にしても、リムルは微妙な顔をして否定してくる。じゃあお前が名付けろと言ったら、それはそれでダメだと。
百歩譲って下手だったとしても、そもそも名前をつけたことねぇんだから仕方ねぇだろう。
『……なら、お前が考えてみろよ、こいつらの名前』
俺が投げやりに呟けば、リムルは動揺した声を上げつつも真剣に悩み始めた。
『じゃあ、スーパーカーで名付けてたしお前はバイクシリーズでどうだ? 大きい方はダビッドで、小さい方はカブだ!』
『そんなに変わらなくねぇか? まぁ面倒だしそれでいい』
よく考えればこれって結局名前を借りてるようなもんだから、リムル自身のネーミングセンスって分からねぇな。正直名付けにこだわりは無いから、その名前で呼ぶことにしよう。
俺は悪魔達に腕を伸ばし、はっきりと告げる。
「デカいの、お前はダビッド。そしてチビ、お前はカブだ。精々俺の役に立てよ?」
俺がそう名付けた瞬間、身体から魔素が奪われていく。
体感としては四割程度……初めての名付けだから多いのか少ないのか知らん。俺の目の前で黒い繭が二つ形成され、進化を始めている。いつの間にか終わっていたディアブロは俺の後ろから声を掛けてきた。見れば、
「改めて、ディアブロの名を賜りました。エミルス様、今後ともよろしくお願い致します。……それと」
ディアブロはチラリと俺の右手を見る。視線の先は俺の中指だ。
そういえば悪魔が憑いていたんだったか。色んなことが起こりすぎて忘れかけていた。
それをじっと観察しつつ、ディアブロは不敵な笑みを浮かべて俺に話しかけてきた。
「その指輪には、私の古い知り合いの気配を感じます」
「は? ……お前の知り合いってまさか」
「おや、私の事はご存知で?」
「まぁな。そこの馬鹿よりかは知識がある」
「え、どういうことだ?」
「ならば詳細は省きましょう。もし不快ならば、すぐにでも片づけてきますが」
まじか、さすが随一の変態だな。ほんの少しだけ感激した。
ディアブロは言葉を続ける。
「その指輪、一応魔除けの役割を果たしているようです。現に今回、貴方様を狙った者がおりましたが、位置を特定できなかったようですので」
「……エミルスを狙ったやつだと?」
反応したのは俺じゃなくてリムルだ。
さっきまでと少し声色を低くして、ディアブロに問いかける。魔王になったからか、家族を狙うやつに容赦がない。俺も入ってるのはむず痒い感じがするが。
「はい、その者はネクロと名乗りました。とはいえ、あの様子では偽名でしょう。中々に注意深く、偵察に分身体を利用し徹底的な気配遮断を行っておりましたゆえ」
「そいつの気配に気づかなかった……そうなると、かなりの実力者だな」
「卓越した魔法技術を持っておりました。ダークエルフであそこまで魔法に長けた者は、久々に見ましたよ」
「……」
ダークエルフのネクロ、聞いたことねぇな。
エルフの知り合いって言えばエレンを思い浮かべるが、アイツは絶対そんなことしない。むしろエレンの動きに気づいた第三者の勢力の可能性がある。『大賢者』が気づかない相手って、大分ヤバそうだけどな。
俺は右手の指輪を見つめる。今のところ害は出てないし、一先ず放っておくか? ディアブロの知り合いってなると大分厄介な相手だが、むやみやたらに弄って余計な面倒は起こしたくない。
「指輪の件は保留にする。情報ありがとうな、ディアブロ」
「……! いえ、滅相もございません」
頬を僅かに紅潮させながら感極まっているディアブロはどうでもいいとして。
ネクロ、その名前は一応覚えておくとしよう。
新勢力を相手取る暇はねぇ。
色々話し合っていると、ダビッドとカブの方も進化が終わったようだ。
繭から飛び出してきたのは
「ドフドフ……ダビッドの名を賜りました。エミルス様、これからよろしくですぞ」
「キョキョキョ! カブとして、エミルス様に仕えさせていただく!」
「……黒の系統ってこんなのばっかりか?」
進化したら比較的マシだった変態度が増した。
デカい方はリムルが何故か感心してるし、小さい方はよく分からない。ていうかどっちも笑い方が変だ。
こいつらが俺の専属になるのか、ディアブロよりはマシだが及第点にも届かないな。
「それで、御二方。なにか思い悩んでいたようですが、よろしければ私達にお聞かせください」
「何、大したことじゃない……ってこともないけど、今後についてな」
「といいますと?」
リムルは俺に目配せする。頷いた後、リムルはディアブロに事の詳細を話し始めた。クレイマンの件、ファルムスの後始末の件、そして西方聖教会の件……リムルが進化する前だとはいえ、リムルを撃破した実力は確かだ。リムルが言うにはまだ本気じゃなかったようだし、油断ならない。
《西方聖教会については心配不要かと》
『なんでだ?』
リムルはそう聞き返すと、ラファエルはあっさりと呟いた。
《個体名:ヴェルドラを封じる『無限牢獄』の『解析鑑定』がまもなく終了するからです》
『ええっ!?』
『意外と早かったな』
リムルが驚愕の声を上げる。俺としては満を持しての登場だなと期待している。あの時点でヴェルドラがいたしな、出てくるのは時間の問題だと思っていた。クレイマンの件が片付いてからかと思ったが、ラファエルは想像以上に優秀だった。
「ディアブロ、そしてエミルス」
リムルは暫く考え込んだ後、俺達を見渡して告げる。
「俺は、名実ともに魔王になることにした」
「やるからには、せいぜい寝首をかかれないようにしろよ?」
「俺の首はお前が守ってくれるだろ?」
「……チッ、まぁな」
「クフフフッさすがは御二方でございます。このディアブロ、永遠なる忠誠を御二方に」
ディアブロに合わせてダビッドとカブも深々とお辞儀する。何故か気に入られているらしいが、なんでこいつ俺まで敬ってるのか分かんねぇなぁ。リムルは思い立ったが吉日といった感じで動き始める。
「ソウエイ、いるか?」
「ここに」
リムルが呼んだ先にソウエイとソーカが音も無く現れる。
準備万端といった感じだった。
「速やかに……」
「クレイマンの情報を集めてまいります」
命令を聞くまでもなく、ソウエイ達は理解して行動を開始する。有能な部下がいると助かるな。
悪魔達には町の方で待機してもらい、リムルは俺に声を掛ける。
「よし、じゃあエミルス。あそこに行くぞ!」
「あぁ」
俺達が生まれた場所、リムル再誕の地、そしてこれからヴェルドラ復活の場所となる洞窟。封印の洞窟というが、もう名前だけが残ってるようなもんだな。
……あれ、そういえばあそこの洞窟って俺のせいで魔素が無くなったんじゃなかったっけ。