俺の固有スキル『亜空間移動』によって、一瞬で洞窟に移動する。『鏡像者』の空間移動の特性が俺の固有スキルとなって大分使いやすくなったようだ。意識するだけで飛べる。
問いかけてみれば、ヒナタに殺された時耳飾りも一緒に破壊されてしまったらしい。ラファエルがいるならいくらでも復元は可能だろうと言えば「そういうんじゃないんだよ……」と悔しげに呟いていた。
ちなみにだが、ミリムの方は今でも健在だ。さすがに魔力を流したらクレイマンに気づかれるだろうが、今のところ問題は無い。
ラファエルによれば、今の俺はスライムと
血を吸う必要はなく、日光が弱点というわけでもない。元々スライムだったわけだし当たり前だが。更に『状態付与』という固有スキル。これは吸血鬼の固有スキルである魅了とか麻痺を融合したものらしい。いわゆる魔眼だ。使う機会があるかどうか分からない。
一番の目玉は『
知っているスキルを理論上なんでも使える『虚飾者』や物質体を構成する血液に対して圧倒的優位を誇る『純血華』と組み合わせれば……その恐ろしさは言うまでもないだろう。
『空間暴食、物体変質、大賢独占、心無掌握、亜空間、隔離、侵食』……といったところのようだが、さっき言ったやつは侵食に当たるらしい。前の世界にいたときよりも強くなってねぇか?まぁ、気にするだけ無駄か。
《告。『無限牢獄』の『解析鑑定』が終了しました》
ラファエルから連絡が来た。
ちょうどリムルのスキル確認も終わったようだし、頃合いだろう。
ちなみに封印の洞窟は普通の洞窟になっている。
ヒポクテ草が育つ環境じゃなくなってしまったため、現在研究を一時停止しているらしい。緊急時代とはいえ、ここにあったヴェルドラの魔素を全部吸収してしまったのはすまないと思っている。だが、どうせここでヴェルドラを解放するなら一時的に魔素が無くなっても関係無かったな。
リムルが俺の顔を覗き込む。
「あの時と大分変わったよな、ヴェルドラもさすがに驚くんじゃないか?」
「どうだか」
《告。『無限牢獄』を解除します》
ラファエルの声が脳内に響いたかと思えば、リムルの周りから
中身はただのおっさんだ。それはリムルも一緒だが。
『ククク、クハハハ、クァ——ハハハハハ!』
二年ぶりの姿が目の前に映し出される。解放された勢いで、周りの魔鉱石が再び色を取り戻したようだ。あんなに希薄だった魔素が一瞬で満たされた。竜種の暴力的なエネルギーってやつを実感させられる。
『俺様、復活!!』
肌にビリビリと伝わる威圧感が最早懐かしい。
なんで口調まで変わってるんだ?
そんな疑問も裏腹に、リムルは気軽に挨拶する。
『いよぅ久しぶり、元気だった?』
『……せっかく復活したのに我の扱い軽くないか? しかし、思ったより早かったな。まだまだ当分先だと思っておったぞ』
『ああ、ちょっと色々あってな。俺魔王になったんだけど、ユニークスキルが
『ほうほう……実は知っておる。そもそも、お主一度死んでおったし』
と、そこまで言った後俺の方に目を向けてきた。
『リムルの魂がエミルスのスキルに封じられている間、我はエミルスの『胃袋』に隔離されておった』
なるほど、って思ったが疑問点が残る。リムルが死んでから俺が『虚飾者』を獲得するまでの間はどうしたんだ?
その疑問の答えは単純で、『鏡像者』のスキルが解除されても、リムルの魂が俺の中にあった時点でユニークスキルはあったらしい。ただし、魂の解放を行っていなかったから使用できなかった。
『エミルスよ、我の勘は当たっておったな』
『……フン、言ってろ』
得意げなヴェルドラに、俺は顔を背ける。
リムルもなんだか嬉しそうだった。
『実はな、リムルの祝福によって我のユニークスキル『
『はいはいすげぇな』
『すごいすごいさすがヴェルドラだな』
《……》
大興奮してるのを軽くあしらえば、分かりやすく落ち込んだ。
竜種のヴェルドラや覚醒魔王のリムルはともかくとして、俺が究極能力を獲得するとは思わなかったけどな。「俺は変身をあと二回も残している……」だったか。リムルの脳内から出てきた漫画にそんなこと言ってるやつがいたな。
実際、覚醒魔王になるかどうかまだ決めあぐねているが。念のため片隅に置いておくとしよう。
暫く会話を楽しんだ後、リムルが出る前の約束をヴェルドラに取り付けた。
『お前のデカすぎる
『ヴェルドラの魔素を結界で封じるのは面倒だからな』
『——なるほど。お前達は本当に王になったのだな。わかったぞ、約束しよう!』
ヴェルドラの応えに頷くと、儀式が始まった。
リムルが『強化分身』を発動し、そっくりな分身が目の前に現れる。
何故か見惚れているリムルを小突いてやると、コホンッと咳払いしてから再開する。
念のため数メートル程離れて様子を見ることにした。
ヴェルドラの思念体——
分身に球が憑依し、魔素が馴染み始める。
《告。
俺もヴェルドラと繋がるんじゃないのかと密かに感じていたが、この場合別にそういうわけではないらしい。
それぞれが別の繋がりとして認識されているようだ。
リムルの分身体はヴェルドラの魔素を纏いながら膨張し、身体が変化していく。
体格が男らしくがっしりして、しなやかで強靭な筋肉が付いた。
褐色の肌に、金髪。そして見覚えのある顔。最後にアクセサリーとしてのマントを被ったら……
「クァハハハハ! 我、暴風竜ヴェルドラ=テンペスト完全復活! 逆らう者は皆殺しだぁ!!」
金色の光が光線となって洞窟中に放出されている。
眩しいので抑えろバカ。
「おいおっさん、なんでそのセリフを知っているんだ?」
「ハハハハ! 実はな、退屈だったんでお前の記憶を解析して、漫画とやらを読み込んでおったのだ」
どうやらリムルの中で随分娯楽に触れていたらしい。
将棋というよく分からないものにどっぷりはまり込んだようで、自慢げに話していた。
離れて様子を見ていた俺に、ヴェルドラはずかずかと近づいてきて肩に腕を回してきた。
「エミルスよ、リムルともども我を現世に呼び戻してくれて助かったぞ! お前の声はちゃんと聞こえておったからな!」
「むさ苦しい! 礼を言うならリムルにしろ。俺は手助けしてやったに過ぎない、か、ら!」
払いのけようとしたが、竜種の力に対抗できるわけもなくググ……と僅かに動かしただけだった。
おいおいと呆れながら近づいてきたリムルも空いている片方で肩に手を回し、両手にスライムといった感じで喋る。
「お前達は我のズッ友である!」
呆気に取られてしまったが、リムルは嬉しそうに笑い俺は呆れたように呟いた。
「ズッ友って、ネタが古いんだよ! エミルスだって分かんないだろ」
「分からねぇが……呑気なお前達だから、どうせ悪い意味じゃないんだろ?」
「「まぁな!」」
なんつう屈託のない笑みだ。
《告。ヴェルドラの残滓を解析したことで
おっと、立て続けに来たな。
知ってはいたが、四つの究極能力とは恐ろしい。ユニークスキルで戦っている俺とは文字通り桁違いの戦闘力を誇る。今の俺達が本気で戦うなら、地上では無理だろう。空中で戦うのが現実的だ。
……それだと俺のスキルの扱い方も難しくなるから、地に足つけて戦いたいがな。
妖気を抑える練習を俺がヴェルドラに手解きしている間、リムルは能力の確認を行っている。
竜種の魔素は想像以上に暴れ馬のようで、中々抑えきることが難しい。練習の合間にヴェルドラが俺に話しかけてきた。
「してエミルスよ、お前の内側にある〝アレ〟はなんだ?」
「……アレ?」
今俺の『胃袋』……じゃなかった、『亜空間』には薬といった雑貨以外なにも無いはずだ。
ヴェルドラは俺の言葉を聞いて首を傾げ、とんでもないことを言い出した。
「強大な気配を感じたのだ。思えば、我と少し似ていたような……似ていないような?」
「どっちだよ」
「分からんのだ、そもそも。まだ存在が
「ますます分かんねぇ」
竜種と同じ気配だと?
心当たりはないが、そういえば以前誰かがそんなことを言っていたような気がする。
ラファエルに聞いてみたら分かるか?
《否。私でもその存在は観測できません。個体名:ヴェルドラが推測した通り、座標が未だ確定しておらず解析することも不可能です》
ラファエルでも解析できないやつなら考えても答えが出ない。
疑問符を浮かべるヴェルドラに、俺は微妙な回答を口に出すことしかできなかった。
◇
なんとか妖気を抑えることが出来た俺達は、ヴェルドラを連れて町に戻ってきた。
広場に戻ると、盛り上がっている様子は無く緊張した空気が漂っている。
なんとなく察した俺は、今後の展開に溜息を吐いた。
「やぁみんな、お持たせ」
「おぉリムル様!エミルス様! 心配しましたぞ、突如暴風竜ヴェルドラ様の気配が復活したのを感じまして……」
「それについては、今から説明する。その前に、みんなに紹介しておこう」
そう言うと、ヴェルドラを前に押し出した。
本人は待ってましたと言わんばかりに躍り出てくる。
「こちら、ヴェルドラ君です。ちょっと人見知りだけど、仲良くしてあげてください!」
リムルの元気な紹介の後静寂が訪れる。
全員が情報を咀嚼し理解に努めようとするが、意識が追いつかないようだ。
「ちょっと待て、我は人見知りなどではないぞ。我の元まで生きて辿り着ける者が少なかっただけなのだ」
「世間知らずも甚だしいとはこのことだな……」
どうしようもなくなった空気に、突如として新しい気配がやってくる。
トレイニーとトライアだ。しかも擬態なし。
彼女はその場で跪き、祝福の言葉を送る。
「我らが守護神ヴェルドラ様。ご復活を心よりお祝い申し上げます」
「おう
「もったいないお言葉です。精霊女王よりはぐれた私共姉妹を拾って頂いたご恩、この程度で返しきれるものではございませんから」
「気にするな、クアーハッハッハ!」
トレイニーが目の前の人間体をヴェルドラだと認識したため、漸く全員が現実を直視できたようだ。
てんやわんやの大騒ぎ、ジュラの森に住む魔物達はヴェルドラに対して「ははーっ!!」と一斉に跪いた。当然、人間であるエレン達やヨウム達も「嘘だろおい……」と言葉を零している。
それを茫然と見ているのは俺達である。
「リムルとエミルスのことを今後とも頼むぞ。これからは我も世話になるつもりだからな」
「お前はいつから俺達の保護者だよ」
「ってか、世話になるつもりってどういう意味だ?」
俺とリムルが抗議していると、リグルドが恐る恐る話しかける。
「あ、あの……ヴェルドラ様と御二方は一体どのようなご関係なのでしょうか?」
「フフフッ…知りたいか?」
「はっはい、ぜひとも」
その質問に、皆の視線がヴェルドラに集まる。誰しもが興味津々で、固唾を飲んで答えを待った。
ヴェルドラは「いいだろう」と呟き、俺とリムルをひとまとめにして片手で抱きしめ、右手を天高く掲げた。
「我らは心の友、魂の片割れ——盟友である!!!」
高らかに宣言した。
いや、リムルはそうだろうけど俺は違うだろ。
そう抗議しようとしたが、住民達はその言葉を聞いて歓声を上げて盛り上がった。これでミリムという最古の魔王だけでなく、竜種とも仲良しという名声が新たに加わった。
俺は本当にリムルのアレソレに乗っかっているだけだからな。まぁいい、今まで本腰入れてなかっただけだ。俺が本気を出せば国の名前を変えるくらい簡単なんだからな。さすがにそれはやらねぇけど。
「エミルス様」
「ん?……おぉ、ゼギオン。それにアピトも、お前達も来てたんだな」
「俺は、弱い。何もできなかった」
「本当に悔しいですわ」
身体を震わせて悔恨を口にする弟子達。
幸いトレントの森に避難していたので衝突は避けられたものの、ただ見ていることだけしかできなかったのは悔しいだろう。俺もその苦しみは理解できる。
とはいえ、お前達に怪我が無かったのは不幸中の幸いだと俺は思っていた。
「……その悔しさを力に変えろ。嘆いてばかりじゃ強さは得られないからな。その意志や感情は、お前達の貴重な経験になる」
と、大口を叩いてはいるが、正直自身の経験から捻りだした助言だ。ゼギオンやアピトに通じるかどうか分からねぇ。そこは本人達が好きなように扱えばいいか。久しぶりの弟子達と談話していれば、背中を叩かれて振り返る。
ニコニコ笑顔のトレイニーが新作ポテチを持って待ち構えていた。
「久しぶりだな、トレイニー」
「はい、エミルス様もお元気そうで何よりです」
擬態は大丈夫なのか、と声を掛けようとして、あることに気づいた。
トレイニーの周りに薄く透明な結界が張られている。
よく見たら、ゼギオンとアピトの周りにも。ついでに遠くで羽目を外しているランガやゴブタもそうだった。他にも複数名。この効果は恐らく『純血華』だが、血を与えなくとも一定以上の繋がりがあれば、効果を自動的に発動するらしい。端的に言ってしまえば、俺が家族だとはっきり思う存在に対しての効果だろう。血の繋がっていない家族が、血液に関するユニークスキルで繋がっている……なんとも感動的だ。
そんな恥ずかしい光景を俺が目の当たりにしているとは露知らず、トレイニーは百面相を浮かべる俺に対して心配の言葉をかけてくれる。このスキルの内容は絶対誰にも喋らないようにしよう。
「エミルス様、例の料理ご用意しておりますよ」
「……!」
シュナが香しい匂いを手元から漂わせて近づいてくる。
待望していたカレーライスだ。日にちで言えば一週間以上お預けされていたから、スパイスが効いたこのパンチのある匂いに目を光らせてしまうのは仕方がない。湯気が立ち昇るできたてほやほやのルーを口の中に放り込む。
身体を貫く辛さに思わず表情を崩してしまう。
あぁ……久しぶりのカレーは身体が染みるな。さすがに涙は出ないが、くるものがある。
酒の席で俺の料理に挑戦しようとする奴らがいたが、火を噴いてバタバタと倒れていく軟弱者しかいない。
「シュナ、ありがとうな。久しぶりに食べられて嬉しいよ」
「はい! 私も久々にエミルス様の食事を作ることができてよかったです」
さすがシュナ、としかいいようがない。
料理は町の文化であり、一番身近にあるものだと言っていい。
仲間達に囲まれながら久々の好物を口にするのは楽しいひとときだった。俺は自信を持ってそう言える。
一方で、俺の視界の端でリムルとベニマルがシオンの料理の餌食になっているのは知らないフリを決め込んだ。
だとしても、俺がシオンの料理を食べるのは遠い未来の話だと思いたい。