宴会から一夜が明け、幹部と俺達は会議室に集まった。
「改めて紹介しておこう。今回俺を窮地から救ってくれたディアブロ君、そしてエミルス専属の配下として新たに仲間になったダビッド君、カブ君だ。ディアブロ君はかなり強くて頼もしいから、第二秘書として頑張ってもらうつもりだ。みんなも仲良くするように」
「皆様、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
ディアブロの挨拶に続いて、ダビッドとカブも頭を下げる。会議室の入口から見て、俺とリムルが並んで座っている。右にシオンとディアブロ、左にダビッドとカブがいる形だ。悪魔達の正式な紹介の後、ガビルは開発部門を担当する幹部に任命された。窓の外にいたガビルの部下が盛り上がっているのが聞こえてくる。意外と慕われてんだよなぁコイツ。
「では、今後の方針について伝えたいと思う。ヨウムや三獣士の皆さんにも関係あるから、一緒に聞いてもらいたい」
「何でも聞きますよ、リムルの旦那」
「それはカリオン様の救出に関係あるのですね?」
この前の軋轢から、俺と三獣士の間に冷たい空気が流れている。現に、表面には出していないようだがアルビスから圧を感じる。
リムルは全員と目線を合わせてから、数秒置いて宣言する。
「俺、魔王になることにしたよ」
静寂が流れた。
その言い方だと意味が分からないだろ。と皮肉った意味を含めて返してやる。
「……もうなってるだろ」
「それはそうだけど、まだ外に向けて魔王になったとは言ってないだろ?」
「ほほう、ほかの魔王にケンカを売る。そういうことですかな?」
「そう、そのとおり。他の魔王にというか、相手はクレイマンだ」
「なるほどな、自分から魔王の席を奪うってわけですね。面白い」
「そうだ」
当然、俺も同意を示す。
俺も魔王クレイマンを許すつもりはない。対岸の火事と思っていたやつに、火の粉を浴びせてやるさ。
リムルは作戦内容を全員に共有していく。ファルムス王国の後始末や西方聖教会の動きへの牽制。魔王カリオンの救出について——部下達に、それぞれの役割を指示した。
交渉が得意な者達には外部との連絡を、戦力になる者には鍛錬と把握を、シオンには捕虜の尋問を。
「悪い、その捕虜の尋問俺が手伝ってもいいか?」
「エミルス?別にいいけど」
「あぁ気にするな、ただの
「そうか……でも、お前もやりすぎそうな気がするんだが。一応ヨウムとミュウランはこの二人が捕虜を殺さないように見ていてくれないか?」
「おい」
シオンは知らねぇけど、俺はそんなヘマしねぇっての。
話がまとまったところで、タイミングよく会議室の扉が開かれる。
そこには、顔から大量の汗が噴き出るおっさんの姿があった。
「リムル殿!エミルス殿! ブルムンド王国とテンペストの安全保障条約に従い、馳せ参じました」
「フューズ?」
「少ないが、完全武装の兵50人を連れてきた。皆覚悟はできている、まだファルムス王国軍の本体は到着していないようですが、ブルムンド王も騎士団を動かすと約束してくれた」
「あ~フューズ君、ちょっと待ってほしい」
「失礼しました、もしや既に作戦が?」
「ああ、ううん。作戦というかね……」
何やら盛大な勘違いをしているフューズに、大きく溜息を吐いた。
何故か言い淀むリムルの代わりに、俺が答える。
「ファルムス軍は既に壊滅した」
「……は?今なんと」
「リムルが、ファルムス軍を、全員殺したって言ってんだよ」
俺の言葉に脳の処理が追いつかないようで、リムルを信じられないと言いたげな目で見つめる。
当の本人は苦笑いを浮かべるばかりだった。ベニマルも頷き、シオンも頷き、シュナも頷いた。
そこでようやく理解したようで、言葉にならない声が駄々洩れになってしまっていた。
ヨウムはフューズに近づき、肩に手を乗せる。
「気持ちは分かるが、まぁとりあえず温泉にでも入って休め」
「兵士達も宿に案内して、くつろいでもらってくれ。せっかく来てくれたんだ、丁重にな」
せっかくの決死の覚悟も無駄になっちまったな。
と、更に来客が来たようだ。俺の感知に反応がある。
この反応は……
《告。30騎の接近を確認。先頭に、武装国家ドワルゴン国王——個体名:ガゼル・ドワルゴの存在を確認しました》
おいおい急に集まってくるじゃねぇか。
迎える為、仲間達と共に執務館の外へ出る。ペガサスに乗って空からの登場、毎度ながら迫力がある。
ガゼル王はリムルと俺を交互に見てから話し始めた。
「久しいなリムル、エミルス。我が弟弟子。……リムルよ、魔王になったらしいな」
「まぁね、いろいろあってな。ぶっちゃけ面倒だけど、今後の対策の会議を行っていたところだ」
「ちょうどいい、俺もその会議に参加するとしよう」
握手を交わしつつ、近況報告を行う。
ガゼル王は俺をもう一度見つめて、興味深そうに呟いた。
「エミルス、お前も顔つきが変わったな」
「色々あったんだよ」
「そうか。正直に言って、魔王になるとすればお前の方かと思っていたが、予想が外れたな」
「俺はリムルが魔王になると思っていた」
……まぁ、これは反則技だ。
あの状況で魔王になることもできたが、シオン達を確実に復活させられる方にかけたってだけだ。
もし今後魔王になる機会が訪れたなら……恐らく、なるだろうな。
状況次第ではありえるってだけで、確定ってわけではないが。
……ん? また新しい反応。右からだ。
気配がある方向に顔を向けると、緑色のローブをまとった集団がこちらに近づいてくる。
ガゼル王は真っ先に声を上げた。
「何者だ、貴様たちは」
「これはこれは、地底に隠れ住むのがお好きな帝王ではありませんか。意外ですな、臆病なあなたが魔王に肩入れなさるとは」
一番前の男がフードを脱ぐと、整った金髪の老骨が顔を出す。
ガゼル王は露骨に顔を顰めた。
「フンッ貴様か、バカみたいに高い所が好きなエルフの末裔よ。神樹に抱かれた都市より下りてきたのか。いや、その体は恐らくは……」
「あぁ、
ホムンクルスを創るエルフか、中々高度な技術を持っているようだ。
その予想は当たりらしく、魔導王朝サリオンという場所からやってきたらしい。ガゼル王からはエラルドと呼ばれていた。紹介がすんだところで、リムルが前に進み出る。
「どうも、この森の盟主をやっているリムルです。よろしく。それと、こっちにいるのが……」
「……同じく盟主をやってる、エミルスだ」
俺が名前を言った途端、男は急に目をかっぴらいた。
衝撃を食らったかのように潰れた声を上げ、俺の全身を観察している。
待て、すごい嫌な予感がする。
「ぐぬぬ……貴様か! 貴様が私の娘を、誑かした、魔王ですか!」
「は? てか俺は魔王じゃな」
「覚悟はできているんでしょうねぇ!!」
いきなり数mほど距離を取って、怒涛の勢いで詠唱を開始する。
目の前でデカい魔法陣が展開され、魔素が熱となって周囲を照らし始めた。
意味が分かんねぇ! けど、あれはどう考えても発動させたらやべぇだろ!
《告。あれは超高等爆炎術式です》
冷静な説明をどうもありがとうな!
念のため『侵食之王』を発動し、魔法陣に干渉できないか試みる。
……いや、この魔法もしかして。
そのとき、詠唱を唱えるエラルドの元に高速で近づいてくる人物がいた。
「この、アホタレがあああああ!!!」
魔法の杖でエラルドの頭を思いっきり殴って詠唱を終わらせた。
飛び出してきたのはエレンだ。カバルとギドも後から追いかけてきたらしい。
ぶっ飛ばされたエラルドに近づき、エレンは怒号を浴びせる。
「ちょっとパパ、何しに来たのよ!」
「え? あっエレンちゃん、無事だったのか」
「「パ、パパ!!?」」
俺とリムルの綺麗なユニゾンが響く。
発動させていたスキルを解除して、現在もエレンに叩かれているエラルドをまじまじと見つめる。
エラルド本人は娘に叩かれても嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「いや~ハハッすまんな。娘が魔王にさらわれたと報告を受けたもので、つい慌ててしまったのですよ」
「何がついだ、この辺り一帯吹き飛ばす気か」
「親バカは治らんな、エラルド」
「親バカなのではない。エレンちゃんが可愛いから仕方ないのだ」
「それを世間一般では……いや、何を言っても無駄よな」
魔導王朝サリオンの大公爵エラルド・グリムワルト。
そうエレンに紹介された男は、コホンと咳払いをしてから俺達に向き合った。
「ジュラの大森林の盟主にして、魔物を統べる者達よ。今、娘のエリューンより紹介されましたとおり、私の名はエラルド・グリムワルトと申します。どうぞエラルドとお呼びください」
「おっおう……」
エレンの父親って大公爵だったか。
そんな娘に色々連れ回したこともあったけど、もしかしてそのせいか?
リムルは冷静にエラルドに問いかけた。
「で、用件はエレンさんの件のみですか?」
「当然……そんな訳はない。自分の眼で見極めておきたかったのでね、娘が気に入った君達の事をね」
「さっきのは、わざと間違えたってことか?」
「いや、私にとっては娘を誑かした悪しき魔王という意味では間違っていなかったもので」
「おい」
「フフフ、冗談です」
「それで判定は?」
「まだ分かりませんが、はったりが通じる相手ではないと理解しました」
どうやらさっきの魔法ははったりだったらしい。
魔素も見せかけで、質量を持たないハリボテ。俺が『虚飾者』で実験した時と挙動が似ていたからすぐ見抜けた。
「では私も、会議に参加させてもらうとするよ」
おいおい一気に会議が盛り上がってきたな。
ただ、他国とのアレソレとなると面倒な説明が増えそうだ。
溜息を零してしまうのは、仕方ないと言えよう。
こうなってくると、あの小さい会議室だけでは入りきらないだろう。
リグルドに頼んで別の場所を確保するように命じたところで、リムルの傍に自由気ままな風がやってくる。
右手に漫画らしきものを抱えた男は、他国の大物達と話しているリムルなどお構いなしに話しかけた。
「おおいリムルよ、もう読み終わってしまったぞ。続きはないのか?」
「後にしろってヴェルドラ。今来客中だから」
「あ、馬鹿……」
止めるには遅かった。
すぐに異様な存在に気づいたらしく、リムルに問いかけると意気揚々と答えた。
「こちらは俺の盟友ヴェルドラ君です」
「我は暴風竜ヴェルドラ=テンペストである! 我と語ることが出来た者は数えるほどしかおらぬゆえ、貴様達は幸運である!光栄に思うが良いぞ!」
驚きすぎて声が出ないようで、フューズがあまりの情報量に気絶して倒れた音だけが響いた。
リムルと俺、そしてエラルドとガゼル王だけで話し合いが始まった。
今世間を賑わせている大体の元凶はリムルだ。暴風竜消失もリムルが『胃袋』に収めていたせいだったし、テンペストという新たな国を興したのもリムル、魔王になったのもリムルだ。
特にまずいのは西方聖教会。魔王の出現に加えて暴風竜となったら黙っていないだろう。ガゼル王の情報によれば、あそこは暴風竜を特に敵対視しているらしいし。
「なぁガゼル王、俺達が西方聖教会と事を構えることになったらどっちに付く?」
「それを聞くかリムルよ」
ガゼル王は深い溜息を吐き、俺達を一通り眺めた後答えを出した。
「ドワルゴンは西方聖教会に何の義理もないのでな、友好国である
「そうか、兄弟子がそう言ってくれるなら心強いよ」
「貴様はもう少し腹芸を覚えよ、これが密談で良かったぞ」
ガゼル王の言葉に何度も頷く。
リムルは簡単に情報を喋りすぎだ。特に一度懐に入れた相手には例え他国の王であろうと情報をいとも簡単に洩らしてしまう。はっきり言って策謀に向いてなさすぎる。リムルは苦笑いを浮かべていた。
続いてエラルドが発言する。
「事情も敬意も知る術のない大衆から見れば、二万の死者を出した魔王として邪悪に見えるでしょう。西方聖教会から〝神敵〟に認定されれば、西側諸国は敵に回ると思っておいた方がいい」
「そうなれば、無駄な争いが増えることになるな」
人間と全面戦争するとなれば、他の魔王達がどんなアクションを取ってくるか予測できない。
何より、仲間達が心休まらない毎日を過ごすハメになる。それは絶対に避けなきゃいけねぇ。
リムルは俺の顔色を窺っていたようで、暫く考えこんだ後エラルドに問いかけた。
「魔導王朝サリオンとしてはどうお考えですか?」
「お答えしかねますね、今の段階では。ただ——エレンなのでしょう?貴殿、いえ、貴殿らに魔王化を促したのは」
俺達はこくりと頷く。
「である以上、静観は出来ないのです。戦争被害の状況が西側諸国に広まれば、我が国は厳しい立場に追い込まれる」
「——いや、その点については安心しろ。事実が広まることは一切ない」
「どういう事だガゼル?」
「死体は全て消え、捕虜を除いて生存者もいない。そうだな?」
「……」
確かにこの戦争のファルムス側の生存者はいない。
だが、目撃者がいる。ネクロという魔女、ヤツがどの陣営に所属しているのか……そもそも所属しているかどうかすら怪しいが、彼女が何か証言するとすれば。
……いや、ディアブロが言うには彼女は慎重な性格の臆病者だ。ファルムスでもテンペストでもないダークエルフの第三者がいきなり声を上げて不審がられないわけがない。それに、声明を出せば俺達に少なからず居場所を晒すことになる。だとすれば、選ぶのは沈黙である可能性が高い。
これは推測でしかないが、西方聖教会が俺の名前を口に出さなかったということはそういうことだろう。
リムルがもう一度顔を窺ってくるが、承諾の意味を込めて頷いた。
もしかしたら俺の情報がバラまかれるのを危惧しているのかもしれない。最悪バレたところで特に問題は無いしな。
「それで? どういう筋書きをでっち上げるんだ?」
「……清濁併せのむ覚悟が決まったようだな。それでいい、王たるものは悔いてはならんのだ」
◇
外に用意された場所で、改めて会議を行う。
進行役が二人いれば混乱するだろうと、俺が事前に辞退した。
リムルは何故か渋ったが、表向きはあくまで摂政だし身内向けでもない。妥当な判断だろう。
渋々受け入れたリムルは、客人達に経緯を説明した。
元は異世界人だったこと、スライムに転生してからの日々、外遊からの帰国時にヒナタに襲われたこと。
フューズは酷く驚き、前のめりでリムルに問いかける。
「なんと、あのヒナタ・サカグチと戦ったんですか?」
「あぁ、とんでもない強敵だったよ。こっちの話をまったく聞いてやくれない、冷酷で恐ろしい殺人者といった感じかな」
とんでもないというか一回死んだじゃねぇか。
という言葉は飲み込んでおいた。リムル復活の経緯は俺の事情から話始めなきゃいけない上に本筋とは全く関係ない話だからな。
あの時の俺は特に気にしなかったが、今思えばアイツの逆鱗に触れるような事をしていたようだ。
フューズが言うには、ヒナタは理性的で合理的な考え方の持ち主らしい。ガゼル王とエラルドも同意した。そんな彼女が異世界人の召喚魔法を見逃すか?とリムルは疑問を抱いたが、そもそも西方諸国評議会で禁止されているようで、国家としても簡単には認めないだろう。法を順守するからこそ、ヒナタは国家に対して簡単に剣を振るうことはしないというわけか。
で、リムルと話をしなかったのはルベルオスの国教であるルミナス教の教えに〝魔物との取り引きの禁止〟という項目があるから。……おい、なんかシオンとディアブロがそわそわしてやがる。
俺が二人を睨むと、眉を下げて萎んだ。ったく、血の気が多いのは結構だが時と場合によるだろ。
というわけで、ヒナタ達西方聖教会について、今のところは静観という結論に至った。
『エミルス、一応共有しておきたいことがある。ヒナタは俺がシズさんを殺したことを知っていた』
『……へぇ、事実なのか』
『あぁ、そして俺を売ったやつに心当たりがある。そいつは————だ』
『おいおい、その予想が当たっていたら、そいつは相当なクズだな』
俺の呆れた声に同調して、リムルが『確かにな』と淡々と呟いた。
……なるほど、覚えておこう。
「あっちょっと困るダス!今は偉い人達の会議中で……っ!」
遠くから小さな光の球が此方目掛けてやってくる。
あの光、どっかで見覚えがあるような……
近づくにつれ、段々と形がはっきりしてきてその正体が分かった。
そいつは俺達の目の前に現れ、言い放った。
「話は聞かせてもらったわ!
——滅亡する!
「「「な……何だって——!!」」」