いきなり飛んできてふざけた事を宣う妖精の羽を掴む
「何するだぁ!」と暴れるのを無視して呆れながらも問いかけた。
「何やってんだブンブン羽虫」
「あ、アンタもしかして……エミちゃん!?」
「あ゛?」
「ひぃ!」
「おいおい、あんまり虐めてやるなよ……」
殺気を込めすぎたのか、ラミリスのただでさえ小さい身体が更に縮こまってしまった。
しかし、反省する気はあまりないようだ。こういうバカは死んでも治らないんだよな、二人目とか勘弁してほしいものだが。
「あのエミルス殿、その妖精は……」
「ラミリスだ。一応魔王らしいが、気にしなくていい」
「ちょっと!どういう意味よ!アタシはねぇ、この国にとって重大な情報を」
「はいはい」
ラミリスを連れて脇に逸れ、ソファで漫画を読んでいるヴェルドラの所に連れていく。
暴風竜が復活したことに気づいたのか、ヴェルドラを視界に捉えた途端に気絶した。こいつ本当に魔王なのか疑わしいな……まぁ、恐らくそうなんだろうが。ついでに、大量に置いてある漫画を手に取りつつ、遠くから会議を見守ることにした。
「エミルス様、お初にお目にかかります」
「……お前は?」
「ワレはベレッタと申します。リムル様に召喚され、今はラミリス様に忠誠を捧げております」
「そうか、わざわざご苦労なこった」
「つかぬことをお伺いしますが、エミルス様はワレの同僚に名を与えたのでしょうか?」
同僚、という言葉に引っかかりを覚える。
漫画から視線を外すと、灰色の人形がそこにいた。元は悪魔のようだが、聖属性を持ち合わせているようだ。その異様さより先に、
黒って少ないんじゃなかったか? なんでこの国に4匹もいるんだよ。
「まぁ、そうだな」
「彼等はどちらかというと、上司に似た気質でして……迷惑を掛けてないといいのですが」
意外とこいつ、苦労人気質なのか。
俺の中でベレッタに対する好感度が上がった。
「では、改めて本題に入ろうと思う。公に発表するのは以下の筋書きとする。俺は魔王を名乗るが、覚醒したのは隠す。欲深きファルムス王国のエドマリス王が、テンペストへ軍を向け、戦争になり——敗北した、とする。そのうえでファルムス軍の大量の死者が最悪の封印を解いてしまい、眠れる邪竜——暴風竜ヴェルドラを復活させた。そのヴェルドラを英雄ヨウムと俺が協力し、多大な犠牲を出しつつも説得して、怒りを鎮め守護者として祭ることで話をつけた、とする」
要するに、ファルムス王国に全ての罪を着せて、リムルが魔王化したことによって未曾有の災害が防がれたということにした。暴風竜というか、竜種は天災であるという人間の認識を使った誘導だな。
俺も一応テンペストの王を名乗ることにしたが、現状これは隠すことにした。外部に言っても混乱するだけだし、そもそも言う必要もない。然るべき時には大々的に宣言しようとは思うが、テンペストがまだ国として認められていない以上俺は身軽のまま行動した方がよさそうだ。
ヴェルドラと交渉可能だという利点は、他国にとっては脅威に思えるだろう。下手に手出しもできないはずだ。ヴェルドラは自分の威光をヘイトタンクにされることに対して寛容だった。ズッ友の為なら惜しくもないといった感じだ。
「感謝するぜガゼル王。これで俺達が動く時、リムル様の援軍が期待できるってものだ」
スフィアの感謝にガゼル王は頷いた。
仲間達もクレイマンの方に集中できると気合を入れ直している。
「では、それを基に今後の方針を決めたいと思う」
リムルの視線はヨウムに向けられた。
当の本人は油断していたようで、頓珍漢な声を上げた後咳払いをして立ちあがった。
俺が知らない間に何かあったのか?
「ファルムスの新しい国王として、英雄ヨウムを擁立し、新国家の樹立を目指したいと思う。……その為に、ファルムス王国には一度滅んでもらう」
リムルが言い放った言葉に、ピリッとした空気が流れる。
現王……確か、エドマリスとか言ってたヤツを解放してテンペストへの賠償を行わせ、ファルムス王国内で内戦を起こさせる。その時にヨウムを主とした革命を行い、新しい国に生まれ変わらせるのだという。賠償問題をきっかけに、内部崩壊を引き起こす。滅ぼすとは言い得て妙だ。
異論はない。アイツはハクロウの修行に耐えきったし、獣人相手に一歩も引かずに戦った実績もある。人間にしては度胸があるし、認めてやらんでもないな。
ヨウムの人となりを知っている一部は、困惑気味に彼の顔を見つめている。
「幸い、彼は国民からの人気も高い!」
「えぇ……」
まぁ世論の人気も大事だとは思うが。
そう思っていると、ガゼル王が口を開いた。
「うむ、よかろう。俺としてはその計画自体に異論はない」
そう言うと、彼は立ち上がってヨウムを睥睨する。
かなり離れているが、凄まじい威圧感を感じる。前に対峙した時より、魂を震わせる畏怖。魂を戻したせいか、身体は進化したものの精神的な攻撃を直接喰らうようになってしまったらしい。真向から威圧感を受けるヨウムの負担は尋常じゃないが……。
ヨウムは呻き声を上げつつ、ガゼル王から目を離すような真似はしない。
「貴様は民を思い苦しみを負って立つ覚悟があるのか!」
その言葉に、場が静まり返る。
「へッ……知るかよ。俺だって、好きで王様になろうってんじゃないんだ。だがよ、俺を信じて託されたこの役目、断ったんじゃ男が廃るだろうが!」
「ほう?」
「出来もしないと決めつけて、やる前から諦めたくないだけさ。惚れた女の前で格好つけたかったってのもあるけどよ、やるからには全力でやるさ」
発言から馬鹿まるだしだが、悪くないんじゃないか?
ガゼル王相手に本音ぶちまける度胸があるなら、それでいいだろう。
「——馬鹿」
ミュウランが呟く。
「確かにこいつはバカだ。だが実にヨウムらしい。ドワーフの王よ、俺も保証する。コイツは確かにバカだが」
「何度もバカバカ言うな」
「無責任ではない。あんたのように英雄王と呼ばれるまで、このグルーシスが見届けると誓おう」
「私も誓います!」
グルーシスとミュウランがヨウムの背中を押す。
三人は並んでガゼル王に向かい合った。
長いようで短い時間が流れる。
「——で、あるか。ならば良い。何かあれば俺を頼るがいい」
そう言って威圧感を抑え、ほくそ笑んだ。
ま、あのオッサンが好きそうな人材だったし、試験に合格するのは目に見えていた。
惚れた女の為に王になる。まぁ、そういうのもありなんだろう。
俺も、元の世界に戻る為に王になったしな。別にそれだけってわけではないが。
「ヨウムよ、我が国が貴様に望むのは農作物の生産だ。他国と競合する分野ではなく、独自の分野を伸ばすほうが共存共栄しやすいだろう」
「俺からも頼む。欲しい作物は要相談ってことで」
ドワルゴンとテンペストからの同盟の提案。ヨウムは笑いながらそれを受け入れた。
ブルムンド王国を代表して、フューズからも提案があった。
「ヨウム擁立の計画、ブルムンドとしても協力できそうですので」
「ほう」
「ブルムンドは、ファルムスの貴族ミュラー侯爵とヘルマン伯爵を懇意にしておるのです。彼等と交渉し、こちらの陣営に加わってもらうというのはどうでしょうか。ヨウム殿が決起した際には、後ろ盾として頼りになると考えます」
ギルマスとはいえ、国家の意向を決めていいのかとリムルが疑問を投げかけると、フューズは落ち着いて答える。
聞けば、ギルマスとしての顔ではなく、ブルムンド王国情報局統括補佐としてこの場にいるらしい。つまり、元々フューズはブルムンドで上位の地位を得ていると。
……やっぱり、政は苦手だ。策謀ならまだしも、国家間の話し合いに興味は無い。ゴブタも寝てるし。話し合いをした結果、ブルムンドの提案を受け入れることになった。
「英雄ヨウムの国取りはそんな感じだな。英雄の凱旋を、華々しく演出しようじゃないか」
「「「おう!」」」
意見がまとまり、次の議題に移ろうとしたその時、会話を聞いていたエラルドが、呆れたように笑いだした。
なんだこのオッサン。
「ハハハハッ……! 揃いも揃って国を担う人々が、他者を疑いもせず本音で語り合うなどと……フフッ。これでは警戒してる私の方が滑稽ではないですか」
「ちょっと、パパ」
エラルドは大笑いした後、立ちあがる。
その瞬間、雰囲気が変わる。そこにいるのは大貴族として国を背負う者。発言に重圧が乗せられている。
「フューズとやら、ひとつ問おう。君は魔物であるリムルを——ひいてはテンペストを、本当に信じているのかね?」
「それは……どういう意味ですか?」
「魔物が勝手に国を名乗ろうが何をしようが、ブルムンドはそれを正式な国家と認めなくても良かったのではないかね?まして、国交まで結ぶ必要はなかっただろう。貴国はなぜ、
私はブルムンド王の思惑が知りたいのだよ、とエラルドは言う。
純粋な疑問、だからこそ政治特有の言い回しが通用しない。
フューズは頭を乱雑に搔きむしった後、「わかったよ、わかりましたよ!」と観念したように叫んだ。
「それじゃあ本音で語らせてもらうとしましょうか!」
フューズが言うには、最初はエラルドと同意見だったが、上層部の判断は違った。小国であるブルムンドは
「どうせ命運をかけるなら、西方聖教会に助けを求めるのではなく、魔物の主を信じるほうがいい。まぁ、それが理由です」
尤も、国が約束を違えたとしても、俺はここへ来てましたけどね。そう言い切ったフューズに俺達の確かな信頼を寄せる。ごちゃごちゃ言ってるが、不器用な人間だと思う。
ブルムンドとしても賢明な判断だろう。結局、主がスライムであることが尾を引いて色々騒動を引き起こしたんじゃないか。最初から種族を隠していれば。そう感じるが、だからこそ敵が油断して隙を晒してくれたこともあるしな。
「すまなかったね、フューズ殿。おかげでよく理解できましたよ」
「小狡いなエラルド。他国を試さずとも俺がリムルを信じているのだから、疑うまでもあるまいよ」
「そう言うがなガゼル。魔物の国との国交となると、そう簡単には決めかねるよ」
「最初から決断していたからこそ、貴様が出てきたのだろう?策士エラルド、それで結論は?」
「私なりに結論は出ているがね。それを答えるまでに、もう一ついいですかな?」
中々話が進まない会議に、エレンが先に痺れを切らした。
「ちょっとパパ、もったいぶらずにさっさと答えてよぉ!」
「ちょ、お嬢様。今は不味いですって!」
「そうでやすよ、カッコいいところを見せようと頑張っておられるんですから」
おいおい、身内からエラルドにダメージ負わせてどうする。ガゼル王も「策士も地に落ちたな」と呆れている。
騒然となった場を収めたのはリムルだ。
即ち——『魔王覇気』を放った。
「聞こうか、エラルド」
……ヤバいな。
正気を保ってないと、身体が震えそうになる。禍々しい圧を放つリムルに対して、その場で跪きそうになるのだ。
そんなの、俺のプライドが許さない。が、耐性が無いというのはこうも影響するか。
ヴェルドラ以外の全員がその気配に気圧される中、エラルドだけは怯むことなく前を向いた。
「……では魔王リムルよ、貴方に問いたい。貴殿は魔王として、その力をどう扱うおつもりなのか」
エラルドの言葉に、俺はリムルに目線を向ける。
リムルは「なんだ、そんなことか」とあっけらかんに呟き、エラルドを真っすぐ射抜いた。
「俺は俺が望むままに、暮らしやすい世界を創りたい。出来るだけ皆が笑って暮らせる、豊かな世界を」
知っている。
だから俺は、お前に理想を託したんだ。
そして命のバトンを繋いでやった。
「そんな夢物語のようなことが、本当に実現できるとでも?」
「そのための力さ。力なき理想など戯言だし、理想なき力は
ふと、リムルが俺の方を向く。
ニコッと微笑んで、その瞳の中に俺を映した。
俺の自惚れでなければ、まるでお前のおかげだと言わんばかりの笑みだった。
呆れたような目線を向けると、苦笑いを浮かべて視線を戻す。
……もし、無事にクレイマンを倒せたとして。
その先にある俺の目的は変わらない。
だが、目的と理想は違う。俺が前に抱いていた理想は既にリムルに託した。
だとすれば、俺が今抱いている理想は何なのか。
鏡像体は、常に理想と共にあった。
今の俺はただのエミルスだ。
でも、今はそれでもいいと思っている。
手探りのままでも、進んでいけると気づいたからな。
「失礼しました、魔王リムルよ。私は魔導王朝サリオンよりの使者として、貴国……ジュラ・テンペスト連邦国との国交樹立を希望いたします。何卒、よきお返事を賜りたく存じます」
「パパ……」
「ちょ、お嬢!」
跪いたエラルドを見て、エレン——エリューンも傍に移動し、それを見たカバルとギドも続いた。
断る理由は無い。リムルはエラルドに手を伸ばし、快く返事する。
「こちらからもよき関係を築きたいと思っていた。その話、是非ともお受けしたい」
エラルドとリムルが握手を交わす。
こうして、テンペストとサリオンの新しい国交が結ばれた。全員が立ちあがって拍手が響く。
リムルが中心になってくれてよかった。俺は正直、ここまで我慢強くねぇし。ユーラザニアのように、分かりやすい奴等の方が対処しやすい。
すでに日が落ちかけていて、一先ずまとまったということで休憩を取ることになった。
次の議題は「クレイマンの対処」である。前二つに比べれば、性格もやり方も分かってるコイツの方が簡単だ。
さて……俺はやるべきことをしてくるとするかな。
「シオン。それとヨウム、ミュウラン」
「はい、行きましょうか!」
「あの、エミルスの旦那、シオン殿も……気を付けてくださいよ」
「それは無理じゃないかしら。だって二人とも〝鬼〟ですもの」
シオンはパーティー会場へ向かうような弾んだ声で返事しているが、今からやることはその反対。
欲に溺れた罪人どもの心を折る、悪逆非道の拷問だ。
精々死なない程度にやってやるか。