せっかく牙狼族と戦う機会だというのに、リムルから今回戦闘に参加するなという通告を受けた。俺はその通告に対してもちろん抗議した。試したかった技だって沢山用意していたのに。
(力試しとか言って、やりすぎて全滅させるだろ)
(はぁ? 敵に同情なんているか。こっちは危うく全滅させられるところだったんだぞ)
(そうじゃなくて、ゴブリン達に実戦を経験させたいんだよ。俺達が全部片付けてたらアイツらの為にもならないだろ)
……それは、確かに一理あるな。ゴブタに戦い方を教えてやると約束してしまった以上、ここで実戦経験を逃すのは惜しい(防衛戦だが)
ここはリムルに従ってやることにした。リムルは敵の本陣からの防衛、俺はあくまで警戒として周囲に目を配る役割を任された。
(せめて罠は張らせてくれ。試したいことがある)
(まぁそれくらいなら……分かった。殺さない程度にしろよ?)
(はいはい)
未来のリムル様の配下だもんな。虐めすぎるのもよくない。
だが、ゴブリン共を蹂躙した罰は受けなきゃいけないからな。痛い目に遭ってもらう。
そんな感じでウキウキしながら罠を配置する俺と、それ見てドン引きしつつ糸を仕掛けるリムル。村の周りに張り終える頃には、日が隠れ始めていた。
狼達の遠吠えが開戦の合図となった。リムルが一応停戦を求めるが、見下している相手の言葉を聞き入れるわけがなく牙狼族が一斉に襲い掛かろうと迫ってくる。
俺は子供や雌のゴブリン達の前に立ち、最終防衛ラインとしての役割を果たす。こういうの、ヴェルドラの役割じゃないか。まぁいい、アイツと違って俺は今回罠を仕掛けている。雑に突っ込んでいると気づかずに踏むぜ?
狼の群れの数匹が突然身体を刃で貫かれる。仕掛けは簡単、アイツらが足元の血だまりに気づかず踏んでしまえば、鋼鉄の固さを持った血が敵の身体を突き刺す。洞窟の時から開発してたんだが、ついに迷彩の血を作ることに成功した。色を変えるのは初めての試みだから手間取っちまった。
だが、その努力の甲斐あってリムルの糸よりも好成績だ。ゴブリンの矢も下手くそながらよく当てている。今度は血の質を変える練習でもするか。粘着性の血が作れれば足止めになる。
あのチートスライムみてぇにスキルを沢山使えねぇから、一つを極めるしかない。
怒りで我を失った牙狼族のボスが何も考えずに突っ込んできて、リムルの周りにある『粘糸』に絡めとられた。逃げようと藻掻くが、そんな隙が戦いにおいて許されるわけがない。リムルの『水刃』によって、ボスの首があっけなく胴体と別れた。
ボスの戦死によって、牙狼族は統率を失う。リムルが再度停戦(服従か死か)を問うても、狼達は動かない。ゴブリン達も緊張した面持ちで行く末を見守っている。
リムルの弱々しい声が送られてきた。
(エミルス、一応前に来てくれないか? 残りの狼達が一気に襲い掛かってくる可能性もあるし)
(殺したボスの首を見せつけたらいいんじゃねぇか)
(発想が怖すぎるだろ! ……あっ、そうか)
何かを思いついたらしいリムルは、目の前にあったボスの死体を一気に捕食した。なんとなくやりたいことは分かったが、とりあえず言われた通り開口部の近くまで前に出る。
狼もゴブリンもリムルの行動に驚きを隠せないらしい。
数秒後、解析が終わったリムルがスライムの何倍もデカい狼の姿に変身。
「クククッ! 聞け。今回だけは見逃してやろう。我に従えぬと言うならば、この場より立ち去ることを許そう!!!」
アオーーーーン!!!!
狼の遠吠えが、前回の超巨大メガホンが比にならないレベルの威圧感を放つ。この場にいる全員が吹き飛ばされそうになる。
存在しないはずの鼓膜が割れそうだ……! 俺の精神が屈することがないが、スライムの身体が無意識にブルブルと震え始めている。こうなるならリムルの言う事なんて聞かずに近づかなきゃよかった。
牙狼族がその『威圧』に耐えながらリムル(狼)に近寄ってくる。
やがて咆哮が止まった。
(我等一同、貴方様に従います!!!)
どうやら、逃亡や死よりも服従が勝ったらしい。牙狼族はリムルに平伏した。
当の本人の困惑を無視して、ゴブリン達は勝利の喜びに酔いしれることとなり歓声が響き渡る。
(ま、まぁ平和が一番だよな!)
(ったく、うるさいゴブリンどもだ)
念のためこの騒動で他の魔物をおびき寄せた可能性を考え、睡眠の必要がない俺とリムルが一晩中見張りをすることになった。ゴブリンと狼達は恐れ多いと自分達でやろうとしていたが、戦いの後の消耗が激しいのはお前達の方だ。俺達に任せてほしいとリムルが伝えると、感謝の言葉を何度も口にしながら村の中に入っていった。
(てか、今更だけど俺が色々仕切っちゃったのよかったのか?)
(あぁ、そのまま色々な面倒事をお前が表立って解決してくれると助かる。戦うときは声掛けてくれ。頼むぜリムル様)
(都合のいい時だけへりくだりやがって……)
(口が汚なくなってんぞ。実際暴風龍ヴェルドラを胃袋に収めてるのはリムルだし、『思念伝達』で遠いところからでも指揮できるようになったってんなら適任だろ)
(まぁ、確かにな)
何も間違ったことは言っていない。このままリムルに任せていればいい。契約通り、ピンチの時は助けてやるさ。
俺の血とエミルスがあれば大抵の魔物はなんとかなるだろうし、魔力感知を張り巡らせればすぐに敵に気づける。適度に談話しつつ皆の休息を見守っていたが、つまらないことに何事も起きないまま無事に翌朝を迎えた。
さて、次の問題は衣食住だ。粗末な集落にゴブリンと狼(あとスライム)を養う余裕なんてない。
ちょうどゴブリンと狼の数が半々なため、ペアを組んでもらって共同生活をするよう促した。昨日の敵は今日の友。この考え方はあまりにも危険だと思うが、こいつの根底はそうそうひっくり返せるものじゃないだろう。
リムルは次に名付けを行うと告げた。魔物にとって、名付けとは特別な意味を持つ儀式だ。ネームドモンスターとなって進化し、主と魂の系譜で繋がることができる。まさしく至上の喜びであろう。
相変わらず無知なリムルはそんなことに気づかず、皆の喜び様に困惑する。またリムルから思念が送られてきた。だが様子が違う。大歓声に掻き消されることのない、圧がある声で俺に問いかけてくる。
(おい、皆なんでこんなに喜んでるんだ?)
(何故俺に聞く……)
(前科があるからな。今回も何か隠してるかもしれないだろ)
リムルが俺に対して疑い深くなっちまった。言う必要が無いから黙っているだけなのに。
当然、今回も言うつもりはない。しかし黙っていれば疑われるのでとりあえず話す。
(魔物にとって名付けは特別なことだ。なにせ個になり唯一の存在になるからな、お前が暮らしてたところじゃ名前があるのは普通だったんだろ? 感覚が違うだけだよ)
(……一応納得できるけど、じゃあなんで名付け合わないんだ)
(そんな常識無いからな)
そんなことしたら共倒れするだけだし。
(じゃあお前も手伝えよ)
(めんどくさいからお前に任せる)
それだけ言って、こっちから『念話』を切った。
別に嘘は言ってないだろ? 言う必要が無いところは言ってないけど。
リムルも納得したのか、それ以上は俺にしつこく迫ってくることがなかった。リムルにはヴェルドラの魔素と『大賢者』がいるから弱体化はしないだろうが、俺がやったら死にかける。少なくとも今の状態では。
名付け終わるまでどっか行こうと思ったら、また『粘糸』でリムルの隣に固定された。畜生、日に日に俺の扱いが雑になってきてる気がする。
列に並ばせて、リムルが順番に名前をつけていく。
村長には亡くなった戦士リグルからリグルド、その息子には兄の名前を継がせるのでリグル。リグルドは泣きすぎだろ。まぁ、息子の名前を継げるなんて嬉しいに決まってるか。
「お前はゴブタ、お前はゴブチ、ゴブツ、ゴブゾウ……」
(適当すぎんだろ)
「うっさい! だったら手伝えよ、百人も名前考えるの大変なんだぞ!」
百人でへばってたらこの先もっと大変だぜ? と言いたくなってしまうのを堪えつつゴブリンの名付けを見届けていく。
「エミルスさん! オイラゴブタになったっす! 改めてよろしくっす!」
(おう、頑張れよ)
ゴブタが糸でぐるぐる巻きにされた俺のところに挨拶に来た。案外律儀なところがあるんだな。
……それにしても、名付けの影響ですげぇキラキラしてんぞ。お前は見た目が変わることがないが。
それから数十分が経過した。ついにゴブリンの名付けが終わり、牙狼族のボスの息子に名前をつける。テンペストの牙、ランガと。
名付けた数秒後、みるみるうちにリムルの身体が溶ける。真夏のアイスもあんな感じで溶けてた気がする。もちろん俺を縛っていた『粘糸』も消え、俺は解放された。
「リムル様!」
(大丈夫だ、ランガ。リムルは名付けのしすぎで
主の不調で動揺するリムルの配下達を適当に宥め、溶けてるリムルの身体を血の腕で集めた。はぐれスライムってやつに似てる。このまま血の腕で握り潰したらコイツは死ぬんだろうか。
俺の一声でひとまず落ち着いたが、心のどこかでまだ焦っているのが丸見えだ。普通進化が始まるときは強烈な睡魔がやってくるはずなのに、リムルの安否確認で全員が目覚めたままだ。健康な進化は健康な睡眠からだろ。
ったく、しゃあねぇな。
ゴブリンと牙狼族の長であるリグルドとランガに声を掛ける。
(いいからはよ寝ろ、進化が始まるんだろ)
「ですが、しかし……」
(俺にリムルと集落を任せるのは不安か? リムルにはまだ利用価値があるからこのまま見捨てたりしねぇよ。もちろんお前達もだ。一晩見張っておいてやる、その代わり目覚めた後は色々働いてもらうからな)
「もちろんですとも、お二方の、ために……」
リグルドはその場で就寝。他のゴブリンもつられるようにその場で眠りについた。
「エミルス殿、目覚めた後、話したい」
(いいよ、おやすみ)
ランガも俺の返答を聞いた瞬間眠った。
こんなんでよく生き延びてこれたな? アイツ、薄々気づいたけど恐ろしく幸運だ。この状態のまま一晩過ごしたんだから。
とりあえず手に持ってるスライムは、村長の家にでも放っておこう。アイツらは……広場でまとめて監視するか。
俺は全員を広場に移動させ、パチパチと音を鳴らす焚火の傍で一息吐きながら空を見上げる。すっかり日が暮れて夜になってしまっていたようだ。星が瞬いている。
こんなに静かな夜は久しぶりだ。前は夜になっても誰かの声が聞こえてきて、騒がしかったってのに。一人で夜を明かすとはこんな感じなのか。
シンシヤは元気にやっているんだろうか。いや、やっているだろう。俺がいなくなったところで変わらないからな。
どうして過去に飛ばされたのか。首謀者は今どこにいるのか。俺に与えられたユニークスキルの意図は。
疑問は尽きることがなかったが、それらに対して一晩中考えても答えが出ることはなかった。