少なくとも来月までには投稿開始できるかと思います
エミルスが結界を解除すると、乾いた拍手音が響く。
厳かな足取りで、ギィがこちらに近づいてきた。
「見事だ。お前が今日から魔王を名乗ることを認めよう。異論のあるヤツはいるか?」
ギィの言葉に、一行は沈黙を選ぶ。
どうやら、少なからず認められたようだ。無駄な争いが増えなくてよかった。ラミリスは俺の周りを飛び回って「リムルはやるやつだって信じてたさ!」と調子の良いことを言う。
「なんなら、私の弟子として認めてあげてもいいけど?」
「あっそういうの間に合ってるから弟子は別で取ってね」
「なんでよ! いいじゃない素直に弟子になってくれても!エミちゃんも一緒でいいから!」
「何故俺を巻き込む」
「フフン、二人は私のマブダチだからな。お前とは仲良くしたくないそうだぞ?」
「え? ウソよね……」
「わははは! お前だけ仲間外れだなぁラミリス!」
ミリムが途中からラミリスを煽るために会話に入ってきて、場外乱闘が繰り広げられた。だが、ミリムにラミリスがかなうわけもなくあっさり捕縛。ミリムの手の中でじたばた暴れ回るのが情けない。
一方、他の魔王たちはそれぞれの感想を口にするが、吸血鬼のヴァレンタインは不満を述べる。
「フンッ、余としては下賎なスライムが魔王など、断じて認めたくは——」
「グアーハッハッハ!下郎、我が友を侮辱するか?」
あ、やべ。ヴェルドラが突っかかった。
ものすごい嫌な予感がする。
どうか外れてくれと願うが、ヴェルドラはヴァレンタインの後ろに仕える銀髪の例の従者さんに目を向けた。
「おいミルスよ。従者の躾がなっておらんぞ、我が教育してやろうか」
おい、ちょ……何言ってんだあのおっさん!
推定ミルスさんは動じず、ヴェルドラを静かに睨みつけながら喋り始める。
「何の話でしょう。私は魔王ヴァレンタイン様の忠実なる侍女ですが」
「ん?」
「おいダメだぞ。ヴァレンタインはメイドに化けて正体を隠しているつもりなのだ。ヴェルドラよ、それを言ってはダメなのだ!」
全部バラした!!
今、俺とエミルスの心からの叫びが一致した。
恐らく長年隠し続けていたであろうミルスさんの真実をこうもあっさりバラしてしまった。おいおい、やべぇよ、こんなの怒りを買っていない方がおかしい。
ミルスは眉間に皺を寄せ、状況を理解していない二人を鋭く睨みつける。ミリムは「え?」と一瞬声を漏らし、自分がとんでもないことを口走ってしまったことに気づいた。
慌てて口笛を吹く。慌てすぎて口笛になっていない。
「チッ……忌々しい邪龍め。妾の名まで忘れたか」
「ミルスじゃなかったか?」
「本当に人をイライラさせるのがうまいものよ。もうよい!妾のことはバレンタインと呼ぶがよい」
彼女は激高しながら、一瞬で
やっぱりこのメイドが真なる魔王だったのか。
「ロイよ、貴様は先に戻っておれ」
「しかしルミナス様……」
「ハァ、これだけの者を前に正体をバラされてしまっては、もはや隠しておく意味などない。それに……」
と言い淀み、エミルスの方を見る。
エミルスは「なんだよ」とミルス——バレンタインを見つめ返すと、バレンタインの表情が少し柔らかくなった。
「お前に、話したいことがあったのじゃ。エミルスよ」
「へぇ、吸血鬼の魔王様が直々にか」
お互いに面識はないはずだが、何故かバレンタインの方が一方的にエミルスを知っている様子。エミルスに吸血鬼の要素が混じったことに関係あるのか?……後で話を聞いておくか。
バレンタインはエミルスに何か耳打ちした後、配下のヴァレンタインに命令する。
「それともう一つ、クレイマンのやつが貴様を見て一瞬だが視線を止めたぞ。この前我が領土に侵入したゴミ虫と関係があるやもしれぬ。戻って警備を厳重にするよう伝えるのじゃ」
「——承知」
ロイはそういうなり、一人で先にこの場から帰っていった。
本当の意味で影武者だったのだろう。魔王の座に未練などないようだった。
それを横目に、ふとレオンが呟いた。
「あぁ、カザリームという名に聞き覚えがあったが、俺が殺した魔王だな」
「知っているのか、レオン?」
なんで君が知らないのかな、ミリムさん?
カザリームに関しては、情報が集まっている。人間の協力者がいるのも、エミルスが暴いてくれたしな。
まぁ概ね予想通りだ。クレイマンの軍勢を一掃したから、アイツらも迂闊には動けないだろう。
「レオンの攻撃は精神すらも破壊する。もしカザリームが生き延びていたのなら、褒めてやってもいいくらいだ」
ギィの言葉で俺の推測にかなりの確信が得られた。
何にせよ、警戒するに越したことはないな。恨まれるのは俺じゃなくて、エミルスの方だろう。その罪業も一心同体と俺が言ったんだから、文句は言わない。
「エミルス、気になるのは東か?それとも西か?」
「……どっちかって言えば、西だな」
エミルスの言葉に頷く。
西方聖教会との対立がまだ終わってないし、妥当な判断だ。今後はもっと防衛に力を入れて、色々と対策を考えないとな。俺達には、守るべき仲間達がいるのだから。
◇
収納していた円卓を取り出し、荒れていた部屋を直す。
エミルスとヴェルドラは、俺の後ろで椅子を用意されていた。ミリムやラミリスが「クレイマンがいた場所が空いてるし座ればいい」と隙あらば魔王にさせようとしている。エミルスはそれらを丁重にお断りして、傍観者に決め込んだ。
再び会議が始まり、レインとミザリーが飲み物を用意してくれた。
司会のクレイマンが退場したので、代表してギィがこの場を仕切るようだ。
「さて、今回の議題はカリオンの裏切りと、そこのリムルの台頭についてだったが、その問題は片付いた。他に何か言いたいことがあるやつはいるかい?」
その言葉を待っていたのか、フレイが口を開いた。
「いいかしら? 私から提案というよりお願いがあるのだけど」
「いいぜ」
ギィが応じ、フレイは頷き続きを促す。
「私はたった今から、ミリムに仕えることにしたわ。という訳で、魔王の地位は返上させてもらうわね」
そして、いきなり爆弾発言を放ったのだ。
「え、ええ?」
驚きの声を上げたのはミリム。続いてディーノとダグリュールだ。
ギィはワインを持ちながら、フレイを興味深そうに見つめる。
「おいおいいきなりだな」
「待つのだフレイ。私はそんな話初耳だぞ!」
「えぇ、言ってなかったもの。まぁ理由は色々あるわね。でも一番の理由は、私は魔王として弱すぎると思うのよ。さっきの戦いを見ていて確信したのだけれど、クレイマンと戦っても良くて互角だわ。ましてや、魔王になっていないエミルスにだって負けるでしょうし」
……た、たしかに。
フレイの実力を見ていないから何とも言えないが、究極能力を持っているエミルスが、勝つ可能性が高いと言われればそれまでだ。
「自分が得意する空中戦でも、エミルスが勝つでしょうね」と本人が言う。
「それに、ミリムだっていつまでも我侭ばかり言ってはいられないでしょう?そろそろ自分の領土の運営も考えるべきなのではなくて?」
つまりフレイは、自分の為だけに言っている訳でもないのか。
ミリムはたしかに危なっかしいし、放ってもおけない。誰か監視役を兼ねた、補助する者が必要なのは確かだろう。
フレイの言葉に、数人が「なるほど」と納得の声を上げる。
異を唱えたのはエミルスとミリムだ。いつの間にか俺の隣にやってきて会議に介入してきた。
「ちょっと待て。ミリムに関しては勝手にすればいいが、俺を理由にするんじゃねぇよ」
「どうかしら、この提案を受けてくれないかしら?」
文句を言うエミルスを無視して、フレイがミリムに問いかける。ミリムは狼狽えて、周りの魔王に視線を彷徨わせる。
「だ、だがワタシは民は持たぬ主義だし、やっぱりそれは……」
「ちょっと待ってくれや。そういう話なら、俺様にも言いたいことがある」
と言い出したのは、カリオンだ。
「俺もよ、ミリムとタイマン張って負けた身だ。ここは潔く、軍団に下ろうと思う。俺も、エミルスに勝てるかどうか怪しいしな。魔王になっていないエミルスがいるなら、俺も魔王の座を返還すべきだろう。てな訳で、俺は今日からミリムの配下になる。宜しくな、大将!」
「うぇ!?」
「はぁ!?」
ミリムとエミルスの声がシンクロする。
カリオンの考えている事は別だ。けどそんな言い方じゃ、まるでエミルスが魔王じゃないから魔王を辞めると言っているのと同義である。正直実力的には、エミルスも魔王になってないとおかしいと俺も思うし。
シオンやランガ、ヴェルドラだって力強く頷いて反対する気は毛頭ない。
配下になったら気軽に話したりできなくなるのでは?というミリムの問いに、何時でも一緒にいられるし楽しい事ができるわよ?と洗脳——唆すフレイ。
ミリムが自分の意思で吹き飛ばしたのなら、お前にも俺達を養う義務がある!と妙に理屈っぽいことを言ってミリムに迫るカリオン。
ミリムはすでに目を回す寸前で、脳が考える事を放棄した。そして、ついに爆発した。
「ええーーいっ!ㅤわかったのだ。もう勝手に好きにすればいい!」
ミリムは火山の噴火のように頭から煙を噴き出して、机に突っ伏した。やっぱり、難しく考えさせるとこうなるらしい。
ギィはカリオンを気に入っていたようで、「本当にいいのか?」と引き止める。しかし、本人の決意は固いようでカリオンはきっぱり言い切った。
「獣王国の王を辞めようって話じゃなくてな、ミリムを上に置く新体制を築けたらって思ってんだよ」
「……なら、いいだろう。たった今より、フレイとカリオンは魔王ではない。貴様達の望みのままに、ミリムに仕えるがいいさ」
ギィの宣言により、二人は正式に魔王の地位を退いたのだった。宣言の後、ギィはエミルスに視線を向ける。
「俺としては、エミルスが魔王になるのは歓迎するぜ。どうだ?今なら推薦してやっても構わねぇよ」
「ワタシも!エミルスが魔王になるのは大歓迎なのだ!」
「アタシとしてはエミちゃんが弟子にならないのは残念だけど、認めてやらなくはないのよさ!」
おいおい、最古の魔王三柱が絶賛て……
二人はともかく、ギィは一体エミルスの何を気に入ったんだろうか。
エミルスは深い溜息を吐いた後、断った。
「やめておく。大体、独立した領土もないしリムルと同じ民を守ってる時点で、二人の魔王が台頭したら面倒くさいことになるだろうが」
「ンー……なら、クレイマンの領土をエミルスが持てばいいのだ!」
「はぁ?それは……」
「意外とアリなんじゃないか?俺はいいと思うぞ」
「何もアリじゃねぇだろ雑種スライム」
いやいや、こう見えて結構考えての言葉だ。
ミリムはユーラザニアとフルプロシアが増えるから忙しいだろうし、色々鑑みれば、ジスターヴは俺よりエミルスが管理した方がいいだろう。乗り気な俺達に苦言を呈そうとするエミルスを留め、ギィは目を細めた。
「確かに、主と部下が魔王として同じ地位になるのは無ぇな。だがよエミルス、お前はリムルの配下なのか?」
ギィの言葉に、エミルスが黙る。
長い沈黙の後、エミルスはギィを真っ直ぐ見つめた。
「…………配下じゃねぇが、仲間であり悪友だな」
エミルス、お前……!
エミルスの言葉から友という言葉が出てきたことに、ちょっと感動してしまった。出会った頃はあんなにチクチクだったのに……正直、内心喜んでしまうのは仕方ない反応だ。
「ま、急いで決めるような話でもねぇ。今はそれで構わねぇよ。だが、気が変わったならミリムにでも伝言を頼め」
「……あぁ、そうするよ」
ギィは引き下がったが、ミリムとラミリスは不満げである。俺が思うに、エミルスが魔王にならない理由はそれだけが理由じゃない気がするけど、ギィが言ったように急を要する話じゃない。この話は一旦置いておこう。
それに、エミルスは魔王も似合うとは思うけれども、なるべきとは思わない。だって、エミルスはこんな重い肩書きより自由に空を飛ぶ翼の方が似合ってる。
統治すれども君臨せず。……俺と正反対だな。
これで会議も終わりかと思ったのだが、もう一つ問題が残っていたようだ。それは、何気ない俺の呟きから始まった。
「となると……そうか、十大魔王じゃなくなったんだな」
この言葉に、魔王達がピクリと反応したのである。
「困ったのう。威厳的な問題として、また新たな名称を考えねばなるまいよ」
「幸いにも、今は
ダグリュールや、冗談が嫌いそうなバレンタインまでも、大真面目に相槌を打つ。
おいおい、名称なんざどうでもいいだろう。
聞けば、十大魔王という名称は人間達が名付けたもので、その間増えたり減ったりゴタゴタしていたようである。若しかして魔王って、案外暇だったりするのか……?
「え、でも……今回は、八大——」
ラミリスがぽつりと呟いた言葉は、周囲の圧力によって掻き消される。八大魔王では誰も納得しないらしい。
「お? そういう話ならば、我が友リムルが得意としておるわ!」
ヴェルドラさん?いきなり何を言い出すんだ!?
退屈しかけていたヴェルドラが早く帰りたくなったのか、そんな事を言い出したのだ。
チッ、魔王達の視線が俺に集中しやがった。
「そういえばアタシのベレッタにも、サクッと名付けてくれたもんね!」
「あぁそうだな、俺の配下にもセンスがいい名前を考えてくれたし」
「そうです。リムル様は名付けを得意としております」
おいお前ら、こんな時だけ俺を持ち上げようとするなよ。シオンは天然だと思うけど。という意図を込めた目線を三人に送るが、当人達は素知らぬ風である。
ふと見渡せば、他の魔王達の視線に期待感が満ちている。
しまった。既に包囲網が完成してしまったか!?
「今日、新たな魔王として立つリムルよ、君に素晴らしい特権を与えたい」
「あ、いらないんで、遠慮しときます」
俺は速やかにお断りした。だが、その考えは甘かった。
ドゴン! という轟音とともに、高価そうな大円卓が真っ二つに割れたのだ。
ギィは笑顔のまま、俺のお断りを無視して続ける。
「そうだとも。我等の新たなる呼び名を付ける権利、それを君に進呈する。これは大変名誉な事だから、当然引き受けてくれるよな?」
俺の隣まで悠然と歩み寄り、俺の頬を撫でながら告げるギィ。これが、猫撫で声か。
俺は黙秘を行使しようとしたが、ギィがそれを許さない。
ギィがそのまま俺に顔を近づけようとすれば、突然目の前で動きが停止した。
「……ほう」
「言っておくがギィ。お前が考えていることとは断じて違ぇよ」
エミルスの瞳が月光を集めた宝石みたいに輝いている。魔眼を使い、ギィに対して『麻痺』を掛けたのか?
同じ顔をしてるから、自分がギィに迫られているようで悪寒がした。とエミルスは言う。明確な殺意が籠っているから、割とマジのようだ。
「まぁいい。だが、お前達が人数を減らしたのがこの問題の原因なんだぜ?勿論責任を取って、名前くらい考えるよな?」
「リムルがやれよ」
「エミルス、お前……」
さっきのデレは一体どこに……これが所謂ツンデレってやつ?本人に言ったら消されそうなので、言わなかった。
エミルス含め、全員の視線が俺に集まっている。こうなっては俺に断る術はなかった。
「……わ、わかったよ、まったく。気に食わないからって、文句を言うなよ?」
観念して、不承不承引き受けた。
魔王達は、良かった一安心とばかりに満面の笑み。お茶のお代りをして寛ぐ者までいる。もう終わったとばかりに、完全に人任せであった。もう放置するか。
八大魔王は安直過ぎるし、ちょっと凝った名前が良いんだよな。
うーん……となると……。
そういえば、今夜は新月だった。
夜空に星が煌めいている。星……八人の星……八芒星……オクタグラムだっけ。
「〝
その言葉の後、暫く沈黙が流れる。
魔王達はその名称を吟味しているようだ。
直後、皆が一斉に口を開く。
「これで勝てる! 新たな時代の到来なのだ!」
「やっぱね! リムルならやってくれるとアタシは信じてたさ!」
「流石よな、ヴェルドラが推薦するだけの事はある」
「ふん。まぁいいわね、少しは認めてあげましょう」
「一瞬かよ! スゲーな。前回の俺達の苦労はなんだったんだよ!」
「文句はない」
「……ふむ、よかろう」
反対意見はなさそうだ。良かった、もし反対してきたら、そいつに名前を考えさせようと思っていたけどな。
色々問い詰めたい感想もあったが、そこは大人のスルースキルに頑張ってもらった。
こうして——
今日この時より魔王達は、新たなる呼称で畏れられる事になったのだ。
その呼び名は、
そして俺。
——以上、八名。
この日より、新たな魔王の時代が幕を開けたのだ。
支配領域の分配はすんなり決まった。
俺の支配領域は、ジュラの大森林全域。
破格の待遇である。
だが、ミリムはもっと凄い。
クレイマンの領地はエミルスが管理することになった——本人は嫌そうだったけど、ギィが許可した——けど、一応ミリムの領地ということになっている。もちろん、フレイとカリオン、ミリムを信仰する竜を祀る民の領地、これらも全てミリムが支配する事になった。
と言っても、支配とは名ばかりで、領地運営はカリオンとフレイ、竜を祀る民が行うのである。
旧クレイマン領は、東の帝国との緩衝地帯でもある。
有り体にいえば、エミルスは面倒な領地を押し付けられたと言っていい。クレイマンがどういう管理をしていたのか調べて、防衛線を築く必要がある。
そこに関しては、フレイとカリオンが協力してくれるらしい。当然俺もだ。
他の魔王の領地は変動せず。といっても、他の魔王は所在地が明確じゃないので、変動があったとしても分からないけどね。
連絡を取る手段として、
エミルスの魔法道具にも使える技術だし、『解析鑑定』して量産しようと思ったのは秘密だ。
町を一望できるいつもの丘の上に戻ってくる。
そんなに長い時間は経ってないはずなのに、随分と久々に感じた。
「終わったな」
「はい、お疲れ様でした」
シオンがすかさず労いの言葉を掛けてきて、ランガも元気に吠えた。
ラミリスは肩を回しながら「あ~ホント疲れた」と運動した後みたいな声色で言う。お前は何もしてないだろうが。
ヴェルドラがいきなり俺の近くにやってきて、悶えながら問いかけてくる。
「リムルよ、早く……!」
「ああ、最終巻だろ分かってるよ!」
たく、どいつもこいつも呑気なんだから。
そう思っていると、下から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
見下ろせば、戦場から帰還してきた仲間達が集まっているらしかった。ベニマルやシュナ、皆揃っているみたいだ。
クレイマンの策謀から始まった一連の事件は終息し、俺は新たな魔王として認められた。
クレイマンの主のことや、東の不穏な動きも気になるが、魔王側の問題は解決したのである。
俺達は無事、最高の結末を迎えることができたのだ。
「そういや、エミルスはどこに……」
「ンだよ」
噂をしていたら、ちょうどエミルスが『空間転移』でワルプルギスから帰ってきたばかりだった。
「どこ行ってたんだよ」
「バレンタインに捕まってたんだ。時間を割いたわりには、曖昧な情報だったけどな」
「そっか、ほら。皆がお前も呼んでるぞ」
「……今行く」
エミルスは翼を広げ、青空に飛び出す。
俺も後に続いて、広大な世界に飛び上がった。
ひょんなことから出会った俺達だけど、結構すごいところまできちゃったみたいだな。
通り魔に刺されて、スライムとして異世界に転生し、魔物達の国を作った。
俺一人では成し遂げられなかったものが沢山ある。
ヴェルドラが、仲間達が、ミリムが、ラミリスが。
そして、エミルスが。
あの時、エミルスがいなかったらと思うと……ゾッとする。
あぁ、本当に。
——エミルスがいてくれてよかった!
——エミルスがいなければよかった。
……今、何か違和感があったような。
気のせい……だよな?
ラプラスは暗闇を駆ける。
打ち合わせ通り
そこで、
(ちょおい!どないなってんねん、約束が違うで!?)
ここにいない会長に、心の中で文句を言うラプラス。
会長が誘い出すと約束していたのに、この有様。
『この聖なる場所に潜り込むとは、本当に虫って嫌いだわ』
ヒナタの冷たい声が耳元で聞こえた気がした。それは錯覚なのだが、死の気配がすぐそこまで近づいてきているのは確かだ。ラプラスは一瞬の躊躇もせず逃亡を選択、見事に逃げ延びたのだった。
作戦は失敗。だが、これはラプラスのせいではない。
(せっかく魔王ヴァレンタインが留守でも、あの女がおったら意味ないやないかい……)
「勝てる事あるかい、あないな化け物——」
と呟き、ラプラスは早々に諦めて撤退を決意した。
しかしそれにしても、とラプラスは思う。
エミルスとかいう竜種の気配を漂わせたあの魔人を、操る事に成功したとクレイマンが通話で連絡してきたのだ。ミリムに続いてエミルスまでも——と感心したのだが、本当にそうだろうか、と理性のブレーキがかかる。
あまりにも都合がよすぎるのだ。そもそもなぜ、エミルスはクレイマンの城に入り込めた? 入り込んだ目的は? あからさまに不自然な状況に、クレイマンは何も考えなかったのだろうか。
ワルプルギスが始まった以上、考えるのは時間の無駄だが……杞憂で終わっていてほしいと願った。
その時、空間に歪みが生じ、そこから膨大な魔力の波動が感じられたのである。
「ちょ、まじかいな……」
もうやってられんわ、とラプラスは泣きたい気持ちになった。
「虫ケラめが。余の前に、今一度顔を見せるか!」
歪みから姿を現したのは、魔王ヴァレンタインだ。低い怒声が轟き、ラプラスを視界に捉えた。
「フンッ! 虫ケラは皆同じだな。逃げ回るのがそんなに好きか?」
——ふと、ヴァレンタインの物言いに何か感じるものがあり、ラプラスは「何の話や?」と問いかける。
「つい先程、クレイマンが死んだのだよ。あの愚かで姑息なゴミ虫も、貴様のように逃げ回っておったぞ」
嫌らしく嘲笑しつつ、ヴァレンタインは言う。
ラプラスの眼に憤怒の炎が宿る。抑えきれない怒気が、声にならない嗚咽を零した。
「ハハッ、何を怒る? 貴様には関係のない話だろう?」
「黙らんかい!! おい、クレイマンが死んだっちゅうんは、本当の話なんか?」
「ハハハハッ! ゴミ虫が、語るに落ちたな。やはり貴様等は繋がっていたのだな。全てはルミナス様の思し召し通りよ!」
哄笑するヴァレンタインを前に、最早ラプラスは怒りを抑えきれなくなった。
「何を笑っとるんじゃ、クソボケが!」
「虫ケラが、誰に向かって…………ゴブゥ——ッ!?」
「ド阿保が! ワイの、友達を、笑うなちゅうとんじゃい!」
殴殺。
その言葉が適切なほど、ラプラスの拳は止まらない。
「グッ、調子に乗るなよ、虫ケラがぁ!」
ヴァレンタインは怒りと屈辱で真っ赤に染まった顔で、ラプラスを睨み叫んだ。
血を真紅の霧へと変え、魔力が掌に収束する。
「死ね、
そのままラプラスに向けて放とうとして——魔素が空中で霧散した。
「ムダや。お前はもう死んどる」
酷く冷静で、冷酷な声だった。ラプラスの手元には、脈打つ物体が一つ握られていた。
「——ッ!」
「これはお前の
ヴァレンタインの身体が、小刻みに震え始めている。目の前の存在に対して、恐怖しているのだ。
ラプラスは心臓を空に掲げ、嗤いながら言った。
「せや。ワイは強いんや」
青褪め、絶望した表情を浮かべるヴァレンタイン。
その表情を見てラプラスは狂ったように笑い、心臓を握りつぶした。
勝敗は一瞬にしてついたのだった。
「ハハハハッ……」
ラプラスは笑い続ける。
——ああ、フットマンは怒るやろ。
ラプラスに気づいた警備兵達を皆殺しにして。
——ああ、ティアは泣くやろな。
一直線に脱出を試みながら。
——エヴァちゃんは、黙するやろうて。
——せやから、ワイが笑ったるわ。
「クレイマン、お前はホンマにバカやったで……」
ラプラスだけは、クレイマンを笑ってやる。
それこそが、〝
もう笑う事のない友の代わりに、ラプラスは嗤うのだった。
その狂態を全て観察していた魔女は溜息を零す。
「ほんと……憂鬱な世界だわ」