アルティメット彩葉【完結】   作:芦花イラストうおおお!

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6. 諦念

 コラボライブの成果は上々だ。

 

 月人がかぐやに触れる前回の失敗を防ぎ、更には来たる決戦の日取りも確定した。パフォーマンスとしても大好評らしく、芦花と真実には感動して泣いたと言って花丸をつけられたほどだ。

 

 にもかかわらず、かぐやの様子がおかしい。

 

 言動はいつも通りだが、彩葉と距離を置くようになった。お風呂に乱入してきたり、同じベッドに潜り込んでくることがなくなり、髪をドライヤーで乾かしてあげるときには、のぼせたように耳まで赤くなって緊張している。一人になりたいのかも、と彩葉が気を利かせて一歩引くと、もの言いたげにちらちらと視線を投げかけてくる。

 

 前回の空元気とは異なる奇妙な態度に、彩葉は途方に暮れた。

 

「って感じなんだけど、どう思う?」

「……かはっ」

「芦花、気を確かに!」

 

 ツクヨミ内で芦花と真実に相談すると、芦花は白目をむいてぶっ倒れた。

 

 アバターなのでリアルに白目をむいているわけではないにしても、どういう意図だろうか。

 

「どんな反応よそれ」

「触れないであげて……あと、かぐやなら心配ないよ。少しずつ向き合っていくはずだから」

 

 芦花みたいに、と最後に付け足されたのは彩葉の耳に届かなかった。心配無用、という真実の助言を素直に聞き入れる。

 

 真実と芦花は戦場で負傷した兵士のような形相でログアウトしていった。

 

 残された彩葉は、ヤチヨにメッセージを送る。

 

『準備はできた?』

『ばっちり! そっちは? 元気に白甘鯛おろしてる?』

『おろしてる』

 

 次の返信は画像データとサムズアップの絵文字だ。

 

 画像は近所の花火大会のチラシだった。日付は今日。

 

 そのイベントを意識しなかった日はない。ともすればコラボライブよりも緊張している彩葉の気持ちを、ヤチヨは察していたのかもしれない。

 

 画像と絵文字に背中を押され、彩葉はツクヨミを出た。

 

 目を開く。スマコンを外し、自室からキッチンへ。

 

 職人のようによどみない手つきで白甘鯛を捌くかぐやがいた。彩葉の気配に振り返り、ふにゃっと笑う。

 

 握り寿司をいくつか口に放り込まれた後、やっと一歩を踏み出す。

 

「遊ぼー?」

 

 何度繰り返しても、ここだけは上手くいかない気がした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 彩葉からの誘いに狂喜乱舞するかぐやに引っ張られ、レンタル和服姿で花火大会へ向かう。

 

 花火の時間まで屋台を制覇する勢いで巡り、土手の斜面に腰を落ち着けた。

 

 その間のかぐやはいつも通りのハチャメチャかぐやだった。しおらしくなったあの態度は結局何だったのだろう。

 

 ともあれ、彩葉はこのタイミングで話すべきことがある。

 

 他愛のない雑談で機会を伺い、ついに切り出そうとすると、

 

「彩葉。手、出して」

 

 だしぬけにかぐやが言った。

 

 言われた通り手を差し出す。すると、かぐやはいつも付けているブレスレットを外し、指輪でも嵌めるようにして、彩葉の手首に通した。不思議な材質の、おそらく月由来の装飾品。

 

「彩葉には大切なものをたくさんもらったから、お返し!」

 

 歯を見せて笑うかぐや。その表情と言葉に、彩葉は背筋が寒くなる。

 

()、月に帰るよ」

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 

 かぐやは夜空を見上げたまま、なんてことのないように続ける。

 

「この前の灯篭頭ね、月からのお迎えなの。仕事放り出してきちゃったから、強制送還的な?」

 

 まるで今生の別れめいた湿っぽい空気を、明るい声音で覆い隠しながら、

 

「月の世界には味も温度もなくて、すっごくつまんないの。毎日退屈、死にそう、もうやだどっか行きたーい、って思ってたら、窓からこの世界が見えた。複雑で自由で一回きりで、かぐやはここが大好き。でもあっちの世界の人たちを困らせたいわけじゃない」

 

 そうしてかぐやは笑った。

 

 すべてを諦めた、空っぽの虚しい笑顔だった。

 

「迷惑かけた分、帰ってちゃんと働くよ。それが私なりのハッピーエンド。彩葉も付き合ってくれる?」

「ふざけんといて」

 

 彩葉はかぐやに詰め寄った。

 

「そんなのかぐやらしくない。やりたいことだけやってやりたくないことはやらない。気に入らないことには子供みたいに喚いて暴れる。ハチャメチャでムチャクチャで、でもまっすぐなのがかぐやだったじゃん」

「……彩葉」

「帰らないでよ、かぐや。私はかぐやと一緒にいたいよ。そのために、かぐやと出会う前からずっと──」

「彩葉!」

 

 ハッとした。かぐやは俯いて肩を震わせている。長い金髪が陰になり、表情はうかがえない。

 

 詰め寄る彩葉の肩をそっと押して距離を取る。

 

「もう、いいから」

 

 顔を上げたかぐやの表情には、貼り付けたような諦念の笑み。触れれば今にも崩れそうなほど張り詰めている。

 

 前回でも見たことのないかぐやの顔を前にして、彩葉の脳裏に過去の言葉がよぎる。

 

『みんな抑えてもいるんだよね、自分の気持ち。多分、もっと大事な物のために』

 

 あのときもそうだった。

 

 かぐやは自分の気持ちに素直で、誰に対しても遠慮をしない。

 

 けれど誰かをひどく傷つけるおそれがあれば、自分の気持ちをあっさり殺して、これが運命だと受け入れてしまう。

 

 もう言葉は尽くした。本音は伝えた。仮に、彩葉が未来の知識を使い運命に抗っていることを明かしても、今のかぐやには響かないだろう。諦めたかぐやが本音を語るはずはない。

 

 であれば、出来ることは一つだけ。

 

「分かった。じゃ、私は私で好きなようにやるよ」

 

 エンディングだからと諦めれば本当に終わってしまう。結末が不満なら、喚いて暴れて戦って、自分だけのハッピーエンドをつかみ取る。

 

 今までそのために生きてきた。策はすでに用意してある。かぐやが上っ面だけの諦念を押し通すなら、彩葉もやりたいようにやるだけだ。

 

「うん──あ」

 

 いつの間にかあたりに満ちていた闇が照らされる。遅れてどん、と腹に響く音。花火の打ち上げが始まったのだ。

 

 光に照らされたかぐやの横顔は、作り物の人形のようにきれいだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

《21:00~ 重大発表!》

 

 

 

『かぐやっほー! 月からやってきたかぐやだよー!』

 

『昨日いろPと花火見てきた! 屋台のごはんって味はそこそこなのになんであんなにおいしーんだろうね? みんなは何の屋台が好き? 綿あめ? たこ焼き? かぐやは全部ぅ! あ、そうそう、銃撃つやつでかぐや一発当てたんだよ──』

 

『あ、もうこんな時間。何の配信だったっけ。えっとぉ』

 

『思い出した! かぐや、もうすぐ月に帰ります!』

 

『うおおおコメント速い! 読めない!』

 

『まあつまりは引退だね! 勝手に出てきちゃったから、月の人カンカンでさー、もうすぐお迎えくんのよ』

 

『いろPは色々動いてくれてるけど、正直どうしようもないんだ。急に配信が止まってそれっきり、ってこともあり得るくらいの状況だから』

 

『ってなわけで卒業ライブやるよ! 次の満月、九月十二日! 細かいことは後でいろPの呟きを見て!』

 

『なんで急に、ウソだと言って、耐えられない、まだまだこれから……』

 

『あー……』

 

『……ぐすっ……』

 

『ごめん、なんかダメだ今日』

 

 

 

《配信は終了しました》

 

 

 

ーーー

 

 

 

かぐや・いろPチャンネル 

 

かぐや卒業ライブ&月の使者レイドバトル概要

 

日程:2026年9月12日 21時

 

内容:月からやってくるかぐやのお迎えを迎え撃つバトルイベント、およびかぐやによるダンスパフォーマンス

 

レイドバトルルール:KASSENのルール『SENGOKU』をベースとした変則ルール。

 

勝利条件:月の使者の全滅または撃退

 

敗北条件:かぐやの帰還

 

参加人数:先着一万名

 

レイドバトル参加申請フォーム:https~~~~~

 

ライブチケット販売サイト:https~~~~

 

 

 

ーーー

 

 

 

「と、いうわけ」

 

 ツクヨミ内、屋外ミーティングルームにて。

 

 芦花と真実、ブラックオニキスの帝、雷、乃依の五人に向け、彩葉は説明を終えた。かぐやの告知配信直後から『かぐやに何があったの?』『彩葉は大丈夫?』『どういうことや、説明』などと心配と質問のメッセージが殺到していたので、それに応えた形だ。

 

「かあ~~、かぐやちゃんが本当に月のプリンセスとは……わかるっ!」

 

 なにが分かるなのか彩葉は今もよく分からないが、たぶんかぐや道的なアレだろう。帝はかぐやのファンであり、スパチャも相当な額になっている。

 

「かぐや、帰っちゃうの……?」

「まだまだやりたいことある、っていつも言ってるのに……」

 

 日頃からかぐやと仲のいい芦花と真実は、すっかりしょげ返っている。

 

 もちろんそうはさせない、と彩葉が答えるのに先んじて、帝が言った。

 

「で? まさか大人しくライブしてさよなら、なんてオチじゃねえよな」

「当たり前。策は用意してある」

 

 ひゅう、と帝が口笛を一つ。

 

「でも確実じゃない。当日に月の使者たちの気を引いて、時間を稼ぐ必要がある」

「そのためのレイドバトルってわけね」

「ツクヨミで一番強いのはお兄ちゃんたちだから。お願いします」

 

 頭を下げると、少しの間が開く。

 

 帝はばしん、と拳を打ち鳴らした。

 

「任せとけよ。乃依!」

「えー、あれめんどー」

「リーダーは絶対」

 

 帝たちは先着一万人の参加枠を勝ち取っていた。前回と同じようなやりとりの後、ミーティングルームを出て行く。

 

 一方、数分の出遅れにより参加枠を逃した芦花と真実は、悄然と肩を落としている。

 

「ごめん、私たち何もできそうになくて……」

「こうしてかぐやのために集まってくれるだけですごく嬉しいよ。ライブが終わったら、あいつにおかえりって言ってあげて」

 

 二人は不安をぐっと吞み込み、

 

「おうともさ! 来年もみんなで海行こう!」

「温泉もね! 彩葉、がんばって!」

 

 ログアウトしていった。

 

 一人残された彩葉は、ツクヨミとリアルの両方で深く深呼吸。手首のブレスレットに手を添えて、精神を研ぎ澄ます。

 

 ヤチヨとかぐや、二人と一緒に幸せな結末を迎える。九歳の折から八年を準備に費やし、その成否を問う日が刻一刻と近づいている。

 

 脳裏を巡るのは、二度追体験したかぐやの八千年の記憶だ。不安と孤独、絶望と無力感。きらきらと輝く星のようだったかぐやの心が、無数の傷で抉られていく。

 

 その輪廻をこの手で絶つ。

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