アルティメット彩葉【完結】   作:芦花イラストうおおお!

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7. 本音

 突如発表されたかぐやの引退宣言を受け、ツクヨミに激震が走った。

 

 毎日精力的な配信活動や動画投稿を続けるかぐやは、心底ライバー活動を楽しんでいるようで、充実した裏方の支えもあって引退とはまるで無縁だと誰もが考えていたのだ。

 

 変則的な卒業ライブの形式にも注目が集まった。かぐやが歌って踊るのと同時に、月からやってくる使者をファンたちが迎え撃つという。もし勝利すれば引退は撤回されるのか、それともバトルとは名ばかりの負けイベなのか、議論の紛糾に伴い関心が集まった。

 

 ただの狂言や売名を疑う声もあるにはあったが、全体のゼロコンマ一パーセントにも満たない少数意見だった。かぐやの裏表のない天真爛漫な人となりはツクヨミで広く知られている。狂言などできる性格ではない。何より引退の告知配信で見せた涙によって、ファンたちはやむにやまれぬ事情があるのを察した。

 

 ライブチケットは販売から数分で売り切れ、レイドバトルの参加枠も一時間足らずで埋まった。

 

 そうして告知以降、どこかそわそわと浮ついた空気の中で日々が過ぎ、ライブ当日がやってきた。

 

 九月十二日、定刻の五分前。

 

 天守閣をモチーフとしたライブステージを中心に、扇形の観客席が広がる。詰めかけたツクヨミのアバターたちは、期待と不安の入り混じった表情でステージを見上げていた。

 

 ステージを超えた先には広大な平原が広がっており、一万名のアバターがステージを守るように壁を成している。

 

 その中にはブラックオニキスを筆頭に、名だたるプロゲーマーチームの姿もちらほら。

 

 戦意を滾らせるアバターたちの中には、いろPこと彩葉の姿もある。

 

『お兄ちゃん』

 

 ふと嫌な予感を覚え、釘を差しておく。

 

『頼りにはしてるけど、無茶はせんといてよ? あくまでも陽動やからな?』

 

 前回のライブにおいて、帝はチートコードを使ってまで月人と戦ってくれた。その結果いくつかのスポンサーに契約を切られたという。

 

 事前に戦いの意図を伝えているので、あのような無茶はしないはずだが、何か胸騒ぎがする。

 

 それを裏付けるように、メッセージが返ってきた。

 

『分かっとる。でも別に倒してもうてもええんやろ』

 

 ほんまに分かっとるんやろか。

 

 不安が強まるのと同時、定刻を迎える。

 

 中央のステージが幾本ものスポットライトで照らされ、今日の主役、かぐや姫が現れた。

 

『みんな、ありがとー! 今日でお別れみたいなんだけど、いろPがどうしてもって言うから、こんな形になりました! 私のために戦いたいって人がこんなに集まってくれて、かぐや超嬉しい! だけど──』

 

 無邪気な笑みから一転、儚く微笑むかぐや。

 

『これが運命だから。みんなでお見送りして、ハッピーに卒業させて!』

 

 熱狂する会場。大歓声の中には涙声がいくつも混じっている。

 

 それと同時、ツクヨミの夜空に花弁が舞い、収束して満月を形成していく。

 

 月から降りてくるのは、異形の月人たちだ。コラボライブで姿を見せた灯篭頭が夜空を覆う。七福神を模した強力な個体が、それぞれ十数体。

 

 月の軍勢に対するは、一万人のファンたち。鬨の声を上げ、軍勢を迎え入れる。

 

『接続を確認。送信開始』

 

 同時に届く個人あての音声メッセージ。ヤチヨのお供、FUSHIの声だ。ライブの裏で、彩葉の用意した策が始まったことを意味する報告だった。

 

「かぐや」

 

 彩葉は一度目を開け、リアルですぐ隣にいるかぐやに言った。

 

「私たちはやりたいようにやる。かぐやも好きなようにやって。どんな結果になっても恨みっこなし!」

「……うんっ!」

 

 どちらともなく二本指を突き合わせ、絡ませ、狐にして先端を合わせる。

 

 仲良しのやつで気合が入った。再び目を閉じ、ツクヨミへ。

 

 彩葉はツクヨミ軍団の、先頭に位置づけされていた。

 

「さあ大将、号令を頼むぜ」

 

 そう催促するのは帝だ。後ろを振り返ってみれば、一万もの人々が戦意を滾らせている。

 

 みんな、かぐやのために集まってくれた。

 

 胸に熱いものがこみ上げるのを我慢して、彩葉はキーボード一体型の双剣を高く掲げ、叫ぶ。

 

「全員、突撃~!」

 

 

 

ーーー

 

 

 

 歌って暴れて戦っての大乱戦だった。

 

 戦場のあちこちで花びらが散る。ツクヨミのアバターと月人が瞬く間に残機を減らしていく。月の軍勢における主力、七福神たちの周囲では桜並木を思わせる勢いで花弁が舞い散っている。

 

『さよならを彩るシンフォニー──』

 

 ステージ上ではかぐやが歌って踊り、観客が熱狂している。

 

 その声は戦いながらでも、戦場のどこにいてもクリアに聞こえた。仮想空間ならではの計らいだ。守るべき大好きな歌姫の声を背に、人々は必死で武器を振るう。

 

 戦況は拮抗していた。

 

 しかし、それは月人たちの加減があってこそだ。元よりこちらのルールに合わせるほど余裕がある彼らは、ライブの進行に合わせて戦局をコントロールしている。

 

『彩葉』

 

 彩葉がおよそ五百体目の灯篭頭を切り捨てたそのとき、メッセージが届く。

 

 差出人はヤチヨ。内容は、

 

『送信完了』

 

 策が成った。八年かけて用意した秘策が、つつがなく実行されたことを示すものだ。

 

 後は、ライブが終わるまでにその効果が表れるのを祈りつつ、全力で戦うのみである。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

 ブーメランの投擲。灯篭頭たちが吹き飛ぶ。

 

 投擲した軌道に沿ってワイヤーが展開し、無事な灯篭頭を絡め取った。塊と化したそれを、手近な七福神の一体に叩きつける。

 

 怯んだ七福神に肉迫していく。ブーメランの連結を解除し双剣モードへ。反撃に武器を突き出してくるのを見切り、紙一重で躱しながら、すれ違いざまに首を刎ねる。花弁と化すそれには目もくれず、新たな敵へと躍りかかる。

 

『どんでん返しなんて期待していない 期待したくもない──』

 

 激しい戦いの後ろでライブが進行している。前回よりも曲目が多く、一部はフル尺だ。

 

『帰らなくちゃ 帰らなくちゃ だってそれもまた愛すべき運命』

 

 かもしれない、と。歌声を背に受けながら、彩葉は思った。

 

 かぐやは今夜月に帰り、過去に飛ばされヤチヨとなる。これが正しい運命なのだろう。受け入れた先に前回と同じハッピーエンドが待っているとすれば、躍起になって抗う必要はないのかもしれない。

 

 だとしても。

 

『ヤチヨ……どこかにいるんでしょ……助けて……』

 

 結末に至る過程でかぐやが味わう虚無と絶望。助けを呼ぼうにも体がないから声は出ず、ただ存在するしかできない孤独。

 

 それを知りながら大人しく前回をなぞるだけなんて。抗える知識に恵まれながら何もしないなんて。

 

「無理に決まってるでしょっ!」

 

 全霊の気合を込めて双剣を振り抜く。

 

 一振りごとに灯篭頭が十体近く切り捨てられ、七福神個体たちにも大きなダメージが入る。敵の体にワイヤーを食い込ませ、ワイヤーアクションによって戦場を立体的に駆け抜ける。その軌跡に夥しい花弁が舞い、圧倒的な戦果を更新していく。 

 

 上級者の中でも上澄みの方だった彩葉の実力は、この時だけの上振れによりプロに匹敵していた。かつてない全能感に身を任せ、目につく敵を片っ端から屠っていく。鬼気迫る彩葉の活躍に士気が高まり、一時的に月人たちを押し返し始めた。

 

 すると、戦場の一画に極光が走る。

 

 帝たちブラックオニキスの三人だった。アバターの表面に不気味なラインが走り、通常ではありえない挙動で月人たちを消し飛ばしていく。

 

 彩葉は目を剥いた。あのアホ、結局また──!

 

「無茶すんな言うたよなぁ!? 何をチート使ってんねん!」

「やかましい! ようやく、ようっやく妹に頼られたんやぞ! ちょっとはお兄ちゃんにかっこつけさせろや!」

「そんなんせんでももう十分かっこいい言うとんじゃアホ!」

 

 返答はなかった。ざわつく周囲を無視し、帝たちはカンストしたステータスをもって月人たちの戦力を大きく削る。

 

 そのおかげで月の軍勢を少しずつ押し返していくが、長続きしない。

 

 数分でツクヨミ常駐のチートディテクターが作動、帝たちの動きが鈍る。その隙を突かれ、三人同時に残機を減らした。

 

 三人が抜けた穴を突破口とするべく、月の軍勢が殺到。戦線が一気に押され、ステージのかぐやへと迫る。

 

 一度傾いた戦況は容易には覆せない。一人、また一人とツクヨミ側の戦力が戦場から弾かれ、一万のうち半数が残機を使い果たした。ライブが終わりに近づくにつれ、戦線がずるずると押し込まれていく。

 

『君といたあの部屋も電子の海も──胸のなか つめ込んで──』

 

 月の軍勢の一角が、ついにステージへ到達する。

 

 すべて計算済みだったのか、ライブの進行は佳境。渾身の踊りと歌を終えたかぐやに向け、リーダー格らしき菩薩顔の月人が、花道を歩いて接近する。

 

 そうしてうやうやしく頭を下げる月人に、かぐやが笑いかけた。

 

「はるばるようこそ。逃げちゃってごめん。でも、すっごくすーっごく、楽しかった──」

「ちょっと待った!」

 

 閉演の空気をぶち壊して乱入したのは、彩葉だ。

 

 ステージ端に引っかけたワイヤーを巻き取り、かぐやと月人の間に割り込む。

 

「まだ終わってない!」

「彩葉……もう、いいんだよ」

 

 よくない、と。

 

 叫んでも無駄なことを悟る。すべてを諦め、受け入れているかぐやに言葉を尽くしても、きっと届かない。

 

 けれど、届かない気持ちを届かせる方法が、一つだけある。

 

『当たり前の結末なんて──いらないって笑ってた──』

 

 彩葉は歌う。

 

 かぐやが今しがたワンコーラスを歌い終えた曲の、二番。戦いが終わったらゆっくりと歌って聞かせるつもりだった。

 

 けれど自分の気持ちを伝えるには、今この瞬間しかない。

 

 歌いながら武器を振るい、月人たちに斬りかかる。

 

『破天荒ばっかりで──それでもまっすぐで──鈍らない君だけの声──』

 

 伴奏なんてない。煌びやかな演出もない。ライブパフォーマンスとしては不足もいいところなアカペラだ。

 

 それでも彩葉の歌声は、会場と戦場にあますところなく響く。

 

 攻撃に応戦する月人から困惑が伝わってくる。宴は終わったのではなかったのか、と。

 

 どうかそのまま、もう少しだけ混乱していてほしい。そんな打算も込めて、彩葉は歌い、戦い続ける。

 

『本音を聞かせて──ただ叶えてみたいから──』

 

 そうして、歌が終盤に差し掛かったそのとき。

 

「この一瞬を……最高の、パーティにしよう」

 

 かぐやの声が重なる。

 

『そしてそっと同じ明日へ 地図をつなごう』

 

 彩葉の隣に立ち、ライブ衣装のまま、ジェットエンジン付きハンマーを取り出して構え、歌う。

 

 呆然とする月人を前に最後まで歌いきり、かぐやは頭を下げた。

 

「ごめんなさいっ! やっぱり帰るのナシ! かぐや、彩葉と一緒がいい。ずっとずっと、彩葉と一緒にいるっ!」

「やっと言ってくれた。遅いのよ、まったく」

「んひひっ」

 

 ハンマーを構え、笑いながら涙を流す。運命を受け入れるお姫様ではなく、破天荒でめちゃくちゃなかぐやがそこにいた。

 

 月人は怒るでもなく、ただ理解できないとばかり呆然と突っ立っている。すでに一万人のプレイヤーはほぼ全滅し、生き残った月の軍勢がステージを取り囲み、逃げることは到底かなわない。にもかかわらず抵抗を示す彩葉とかぐやは、不可解極まりない。

 

 両者がにらみ合い、膠着すること数秒。

 

 月人が顔にあたる部分を上げた。体を捻り、自らが出てきた月を見上げる。

 

 それから振り返り、彩葉を見る。もう一度月を見て、また彩葉を見る。

 

 表情の分かりにくいその作り物めいた顔には、彩葉のうぬぼれでなければ、畏怖と驚愕が見え隠れしていた。

 

 月人の奇妙な反応に、彩葉は不敵な笑みを浮かべる。

 

「贈り物、届いたみたいね。気に入ってくれた?」

 

 月人はしばし硬直し、やがて深々と一礼。背を向けて宙に浮かぶと、他の軍勢を引き連れ、夜空の月へと帰って行った。

 

 水を打ったように静まり返る会場。

 

「勝った、のか?」

 

 やがて誰かのつぶやきと共に、ステージ上空にでかでかと文字が投影される。

 

『TSUKUYOMI ALLIANCE WIN!』

 

 一瞬の静寂。

 

 次いで、爆発的な歓声が会場を満たした。

 

「うおおお! よく分からんがかぐやちゃん帰ってないぜいえー!」

「いろPの愛の勝利ぃ!」

「いろP最強! いろかぐ最強っ!」

「かぐやーっ! 結婚してくれ! いろPと!」

「いぇーい! みんなありがとーっ!」

 

 ステージを端から端まで走り回り、飛び跳ねながら歓声に答えるかぐや。

 

「ほらっ、彩葉も! 最後何したのかみんな気になってるよ! それにあの歌も、いつの間に二番作って──彩葉?」

 

 かぐやに手を引かれ、ステージの前へ連れて行かれる直前、視界が暗転。

 

 体から力が抜け、衝撃に打たれる。座っていたイスから転げ落ちたらしい。

 

「彩葉!? どうしたの──これ、血!? 彩葉、彩葉ってば!」

 

 ぼやける視界の中に、かぐやの姿は確かにある。

 

 あのときのように、服だけを残して消えたりはしていない。感触を確かめようと手を伸ばせば、両手で握り返してくれる。

 

 成功だ。

 

 かぐやを月に帰さない。八年かけた野望が成就したのだ。

 

 うれしくてたまらないのに、かぐやと一緒に喜びたくて仕方ないのに、体に力が入らない。

 

 ぽろぽろ涙を流すかぐやの顔を最後に、彩葉は意識を失った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 彩葉が目を覚ましたのは病院だった。

 

 重たい瞼を開くと白い天井がぼやけて見える。周囲には点滴スタンドと、ベッドに突っ伏して眠る金髪と白髪の女の子。

 

 鉛のような体をどうにか動かし、上体を起こす。

 

「うーん……彩葉!? 具合はどう、痛いところない?」

「無理せず寝ててもいいんだよ──わっ」

 

 起きるなり慌てふためく二人の女の子──かぐやとヤチヨを抱き寄せる。もうどこにも行かないように。

 

 二人の体はたしかにそこにある。ヤチヨの方は、研究施設に保管してあるのを勝手に動かしているのだろう。普通に始末書ものだけれど、今はどうでもよかった。

 

 やり遂げた。ヤチヨに体を贈り、かぐやを月に帰さず孤独にしない。八年前から始まった野望を叶えたのだ。

 

「彩葉、泣いてる? やっぱりどこか痛い……?」

「怖い夢でも見たのかな? 私たちはもうどこにも行かないよ、彩葉」

 

 壊れものを扱うような手つきで抱き返してくるヤチヨとかぐや。二人分のぬくもりを感じ、彩葉は涙が止まらなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 彩葉はライブ後に救急搬送され、およそ十時間眠っていたらしい。

 

 医者の所見によると、極度のストレスからの解放に疲労が重なっての昏倒。体調管理は万全のつもりだったが、月人との決戦に向けて知らずのうちに張り詰めていたようだ。

 

「心配かけてごめんっ!」

「ったく、人騒がせな妹だよ」

 

 ライブ翌日の昼下がり、見舞いにやってきた朝日、芦花、真実に頭を下げる。

 

 三人ともに寝不足の疲労が表情に出ており、特に芦花と真実は目がはれぼったく、充血している。

 

「本当に平気? まだ寝てた方がいいんじゃない?」

「血まみれで倒れてるってかぐやに連絡もらったとき、生きた心地しなかったよ……」

「ほんっとーにごめん!」

 

 彩葉は額に大きなガーゼを当てている。椅子から転げ落ちる拍子に机の角にぶつけ、派手に出血したらしい。

 

 よほど凄惨な光景だったのか、かぐやは彩葉の手を両手で握り込んだまま動こうとしない。

 

「もう大丈夫! 念のため今日一日は入院して、明日の朝には退院だから」

「大丈夫ってんなら、昨日の顛末を教えてくれ。一体何がどうなったんだ。あと、そこのヤチヨはなんだ。なんで当たり前のようにリアルにいんの?」

 

 芦花と真実も気になるのか、病室内でやたら存在感を放つヤチヨにちらちら視線を送っている。ヤチヨはいたずらっぽく笑ってウィンクした。

 

 いずれは打ち明ける予定だった。この際彩葉はすべて明かすことにする。

 

 まず、昨日の戦いについて。

 

 月人たちはかぐやを放って帰って行ったが、手ぶらではない。彼らのもっとも必要とするものを用意し、それを渡してお帰り願ったのだ。

 

 何を渡したかというと、

 

「業務代行ボット?」

「うん。かぐやが仕事を放り出してこっちに来ちゃったから、あの人たちも困ってた。だから、代わりに仕事を片付けてくれる人工知能を組んで献上したわけ」

 

 幸い、原型はヤチヨの掠れた記憶の中にあった。ほとんど手癖で作ったらしく再現には苦労したが、彩葉との共同制作によってどうにか形にできた。

 

 月にこちらからアクセスする手段はなく、献上できるタイミングはお迎えがツクヨミにやってくる当日のみ。対話は通じず、送信完了の前に通信を断たれる恐れもある。

 

 レイドバトルはそのための目くらましだ。一万人規模のアバターを相手取るには月も大軍を送らざるを得ない。大量のデータを送受信する中にボットを仕込み、送信が終わり次第、ボットはかぐやの放り出した月の仕事を処理し始める。そして月から使者たちに状況が知らされ、かぐや奪還の必要がなくなったと判断し、使者たちは帰ったというわけだ。

 

 不確定要素はいくらでもあった。もしも月人たちに接続を弾かれたり、ボットが予期しない動作をしたり、月人たちがあくまでもかぐやの身柄に拘っていたら。

 

 あらゆるケースを想定して策を練っていたが、幸運なことに、もっとも穏便かつ手っ取り早い形で決着できた。

 

 朝日はそれを聞くと、呆れて苦笑する。

 

「お前……研究、配信、学校の合間にそんなことやっとったんか? そら倒れるやろ」

「無理やりにでも芦花の太ももの刑に処すべきだったね~」

「なんなら今から処しちゃうか~」

「あ、あはは、本当に面目ない……」

 

 真実はともかく、芦花からは抑えきれない圧と怒りがにじみ出ていた。申し開きもなく、彩葉は小さくなって謝る。

 

 すると、それまで黙っていたかぐやが口を挟んだ。

 

「え? でも彩葉、なんで月の仕事のこと知ってたの? かぐや、そんなに詳しく話してないよ?」

 

 当然の疑問である。

 

 彩葉は呼吸を整えた。ここから先は話が長くなるうえに、新情報が山のごとくたんまり出てくる。中には、明かすには勇気のいること──未来の知識も含まれる。

 

 話す順序を頭の中で整理し、口を開こうとすると、

 

「ここからはヤッチョが担当するよ~」

 

 ヤチヨが声を上げた。

 

 注目が集まる中、ヤチヨはどこからかタブレット端末を取り出し、絵巻物めいた古風な画像を表示する。

 

「今は昔、みんなの頑張りもむなしく、月に帰ってしまったかぐやちゃんは、溜まった仕事をばりばり片付けすっかり社畜になっていました。そんなえらえらかぐやちゃんの元に、地球から歌が届き──」

 

 何の話だろう、と訝しむ芦花たち。

 

 それはヤチヨが生まれる経緯についてだった。ヤチヨは帰ってしまったかぐやが時を経た姿であり、ヤチヨとかぐやは同一人物である、という主旨である。

 

「──そうしてかぐやはヤチヨとなり、ついに彩葉と再会しました。彩葉は言います。今度こそ絶対月に帰さない。やっと会えたヤチヨと、これからやってくるかぐやの両方を幸せにしてみせる、と。ヤチヨはもうメロメロで、協力できることならなんだってしたいと思いました。月での仕事のことを教え、彩葉と一緒に少しずつ、月に送るボットを作り上げていきます。なんやかやでかぐやがやってきて、お迎えが来て、ボットを献上し、めでたしめでたし」

「おい最後駆け足過ぎだろ」

「ええええ!? ヤチヨってかぐやだったのぉ!?」

「ヤチヨ、彩葉と会えてよかったねぇ……ぐすっ」

「彩葉、天才な上にかっこよすぎ……」

 

 律儀に突っ込む朝日。一方、女子たちは三者三様の反応だ。かぐやは素直に驚いてヤチヨと鏡合わせのように両手を合わせ、真実は号泣し、芦花は彩葉をうっとりした眼差しで見つめている。

 

 朝日が思案気に腕を組む。

 

「なるほどな。そんで実際にヤチヨには義体を贈って、かぐやのことは見事に守り通したわけか。さすがは俺の妹──って、待てよ。矛盾してるぞ」

「およよ?」

 

 首をかしげるヤチヨに、朝日は言う。

 

「四年前、彩葉の方からヤチヨに会いにきたんだろ? 彩葉はどうやって、ヤチヨとかぐやのことを知ったんだ?」

 

 困り顔で目を泳がせるヤチヨ。ここがツクヨミなら特大の汗の滴マークが表示されているはずだ。彩葉との出会いを自慢したいあまり、整合性を気にしなかったのだろう。

 

「あのね、実は私──」

 

 言葉に詰まるヤチヨの後を、彩葉が引き継ぐ。

 

 一呼吸の間を空けて、重大な秘密を打ち明ける。

 

「未来の記憶があるの」

 

 この世界とは少しだけ違う、未来の記憶。そこではかぐやが月に帰り、その後で彩葉とヤチヨが再会する。

 

 彩葉はその記憶を頼りに今まで動いてきた。ヤチヨとかぐやの双方を幸せにする、もう一つの結末へ至るために。

 

 さて、この彩葉のカミングアウトに対し、周囲の反応はというと。

 

「ああ、なんやそういうことか」

「ほんとに未来人だったんだー。ちなみにその記憶の中に私たちいる?」

「あ、うん。芦花と真実とも友だちだったよ。高校からだけど」

「じゃあこの世界の私たちラッキー。中学から彩葉と知り合えたんだもん。ね、芦花」

「そうだね。なんなら小学生から、いやもっと昔から知り合えてたら……」

 

 思いのほかあっさりしていた。

 

「納得やし、安心しとるよ。宇宙人、サイボーグ、人生十週目説と比べたら、未来知識はまだ普通な方や」

「自分の妹なんやと思ってるん……?」

「リアルチーター」

 

 枕をぶん投げてやろうかと思った。

 

 めいめい納得している三人とは違い、かぐやはわなわな震えている。

 

「ってことは彩葉、かぐやと会う前からかぐやのこと大好きだったってこと!?」

「違う! いや違わないけど……でも、記憶の中のかぐやと、目の前にいるかぐやは、ちゃんと分けて考えてる。記憶を重ねるんじゃなくて、同じ時間を生きた上で、もう一度好きになりたいから……あ」

 

 結局好きと言ってしまった。朝日がにやにや笑っている。

 

 かぐやもまた、太陽みたいにぺかーっと笑って、けれどどこか恥ずかし気に頬を赤らめ、

 

「彩葉、大好き! 彩葉と一緒にいられて、すっごくすっごく嬉しい! たくさんがんばってくれて、ありがとう!」

 

 思いのたけを、あますところなく口にした。

 

 これを正面から浴びた彩葉はさすがにたじろいで、ぼそぼそと答える。

 

「わ、私も、好き……」

「ヤチヨのことはー?」

「ヤチヨも好きっ!」

 

 彩葉を中心にぎゅーっとくっつきあうかぐやとヤチヨ。

 

「なんだこれ。何見せられてんだ俺ら」

 

 朝日は胸焼けして退室し、真実は微笑まし気に三人を見守り、芦花は死んだ目をしている。

 

 芦花と真実もやがて病室を去り、しばし三人でひたすらイチャイチャしていると、京都からわざわざやってきた母にその様子を目撃され、久しぶりにチクチク言葉を頂戴することになるのだが、それはまた別の話である。

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