アルティメット彩葉【完結】   作:芦花イラストうおおお!

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8. 戦後

 彩葉は目標を達成した。

 

 かぐやの帰還を阻止し、ヤチヨには前回と同等かそれ以上に完成度の高い義体を用意することができた。大切な二人をどちらも幸せにするという野望は叶ったといっていい。

 

 が、彩葉はとある致命的な見落としをしていた。

 

 輪廻だの運命だの月への帰還だのとはあまり関係のない、根本的な過ちに気付いていなかったのだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 月人の撃退後、彩葉に待っていたのは事後処理だった。

 

 まずは心配をかけたファンたちへの対応だ。今回の顛末についてどう説明するのか。ことがことだけに月からやってきた云々の設定を貫くのは難しく、かといって事実をそのまま伝えても信じてもらえるはずがない。ちょうどよい匙加減のカバーストーリーが必要になる。

 

 もちろん彩葉は抜け目なく、ライブ前から勝利に備えて台本を用意してあった。

 

 その台本をかぐやに手渡すと、「うぇー」と顔をしかめる。

 

「なっっがい! ややこしい! こんな話したら退屈でみんな寝ちゃうよ!」

「強火ファンからにわかまで幅広く納得させるには、この筋書きしかないのよ! 一字一句全部覚えて、棒読みにならないよーに!」

「はぁーい」

 

 渋々納得した風に、事実をオブラートで何重にも包んだような玉虫色の筋書きに目を通し始めるかぐや。

 

 しかし配信が始まると台本は隅に押しやられ、好き勝手にアドリブを始めた。かぐやだから仕方ないと思う反面、どうか下手なことは言いませんようにと彩葉は祈る。

 

「かぐやっほー! 月からやってきたけど結局帰らなかったかぐやだよー! みんな心配かけてごめんなさい! おかげで帰らなくてよくなりました、拍手!」

 

:かぐやっほー!

:88888

:10000ふじゅ~ 打ち上げだああ

:ライブ最高だった! 特に最後のアカペラ!

:めちゃくちゃ感動したけど、どこからどこまで仕込み?

:いろP体調大丈夫? 最後急にログアウトしたけど

:経緯と顛末教えて!

 

「うんうん、楽しかったよねー。ふじゅ~ありがとー、打ち上げ会場はここだぞー。いろPはもう平気だよ、今隣でコメント見てる。声聞きたい? 聞きたいよね。ってわけではい!」

「ちょっ、進行が……こほん、いろPです。ちょっと疲れが出てログアウトしましたが、元気です。ご心配おかけしました」

「うっそだー! あのね、いろP倒れて血がすっごいたくさん──」

「かーぐーやー! 話進まないから! とにかく私はもう大丈夫です!」

 

 コメントの矛先が完全にこちらを向く前に、無理やり軌道修正。

 

「むぅ……はいはい、ライブの話ね。結論から言います! いろPがかぐやの実家とナシつけてくれました!」

 

 彩葉は体の力が抜けた。人の台本を無視した割に説明が雑だ。

 

「月って結構厳しいのよ。生まれつきの役割をずーっとやっとけって感じでさー。それが嫌でかぐや家出してきたんだけど、そしたらいろ……Pと出会って、ライバーになったりしてすっごい楽しくて。でも家出娘だから、月としては戻って来てほしいじゃん? かぐやも迷惑かけちゃったし、もう帰るしかないかーって諦めてたら、いろPが話をつけてくれたわけよ」

 

:家出してたの!?

:いろP、娘さんを私にくださいって説得したんか

:あのクソ忙しい中で!?

:つい最近もまた論文出してネットニュースになってたのに?

:いろP影分身してる?

:いや分身できないから倒れたんだろ

:それはそう

 

「帰らなくていいように、ずっと準備してくれてたんだ。もうちょっと早く言ってくれたら、かぐやも手伝えたのになー」

「どうだか。言ったって、『これが運命だー』とか諦めて、帰る日までしょぼくれてたんじゃない?」

「ぐっ、ぐぬぬ……!」

 

 恨めしそうに唸るかぐや。

 

 たしかに、彩葉とヤチヨが手を組んでひそかに動くのではなく、最初からかぐやを巻き込んで月人に備える手もあった。

 

 が、今ではそうしなかったのが正解だとはっきり分かる。月の使者に抗うと告げたその日から、かぐやはお迎えのそのときまで諦念と不安の中で過ごすことになったろう。あの花火大会で見せたような虚しい笑みを毎日浮かべるかぐやなんて、彩葉は見たくない。

 

:かぐやちゃん諦めてたの?

:最後まで駄々こねそうだけど

:でも実際、いろPが歌い出すまでは帰る気満々だったよね

 

「そう! そうなんよ! 歌いながら戦ういろP超かっこよくってさ! しょんぼりしてる場合じゃねえ! っつってめちゃくちゃ元気出たんだー! 今日もあそこの切り抜き死ぬほど見た!」

 

:イキイキしだして草

:いろPのこと好きすぎだろw

:いろPも歌枠で配信しろ

 

「分かるわー! ね、いろP、今度伴奏だけじゃなくて歌も──あれ? 逃げた?」

 

 彩葉は逃げ出した。

 

 戦闘の熱に浮かされてつい歌で気持ちを伝えるなんて雅なことをしでかしてしまったが、正気に返ると顔から火が出るほど恥ずかしい。その場面の切り抜き動画がすでにミリオン再生されていると知った時には、ベッドに身を投げ出して手足をばたばたさせてしまった。

 

「照れてる彩葉かわいいー! みんなも見たい? 残念でした! この彩葉はかぐやのだから見せられませーん!」

 

:は?

:月までぶっ飛ばすぞ

:いろPをもっと映せ

:かぐやちゃんどいて

:月の使者さん、この人です

 

「通報すんなし! いろP月に連れてくぞコラ!」

 

 その日はいつもの調子で視聴者たちとやり合い、ほのぼのした空気で幕を下ろした。

 

 いろPがかぐやの実家と話をつけた。おそろしくふわふわした説明だが、元よりオタクたちにとっては細かい事情よりも、推しを引き続き推せることが何よりも重要であり、かぐやといろPが笑顔で配信してくれるならもう何でもよかった。

 

 一部の想像力が豊かなオタクたちは、月とはやんごとなき一族を意味し、かぐやはその一族の中でも重要な立場にある令嬢であり、などと考察を楽しみだしたが、大多数はかぐやの復帰を心から喜んで受け入れたのだった。

 

 そうしてファンたちに筋を通した後、彩葉はブラックオニキスの三人に連絡を入れた。

 

 ツクヨミの屋外ミーティングルームで顔を合わせ、あいさつもそこそこに頭を深く下げる。

 

「このたびはご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい! 今日は賠償について相談させてもらいたくって……」

「待て待て待てどういうことだ!?」

「……スポンサーの件か」

「あーあれ? 妹ちゃん律儀だなー」

 

 兄の朝日、もとい帝が混乱する一方、雷と乃依は察した様子だ。

 

 ブラックオニキスはツクヨミ内の最高戦力であり、彩葉は月の使者との戦いで彼らを頼った。

 

 その結果、公式のイベント内でチートを使ったかどで彼らは糾弾され、スポンサーのいくつかと契約を切られてしまった。前回と同じように。

 

 事前にもっとはっきりと釘を刺しておけば。あるいは頼りにしているなどと、焚きつけるようなことを言わなければ。もっとうまいやり方があったはず。

 

 彩葉は後悔の末、謝罪と、スポンサー収入が減った分の賠償について話をしにきたのだった。

 

 帝は大きくため息をつく。

 

「アホ。やらかしたんは俺やろ。なんでお前に謝られなあかんねん」

「うん……ぶっちゃけお兄ちゃん一人なら『アホやなー』で終わりやねんけど」

「それはそれでムカつくな」

 

 声を潜め、顔を寄せ合う帝と彩葉。

 

「雷さんと乃依さんにも迷惑かけてるやん。人様に迷惑かけたない。お詫びさせてや」

「ふざけんな。妹に金せびるようなお兄ちゃんちゃうわ」

「せやからお兄ちゃんやなくて、ブラックオニキスっていうチームに謝ってるんやって」

「いらん世話や言うとんねん」

「あのなぁ──」

 

 兄妹で顔を突き合わせ、賠償させろ、いらないと平行線の言い合いを繰り広げる。次第に熱くなって声を潜めるのも忘れ、地元の言葉で散々に喚き合った。

 

「帝めっちゃ関西弁じゃん。ウケる」

「……仲のいい家族だ」

 

 すると、それまで退屈そうに静観していた乃依と雷が口を挟んだ。

 

「せっかくの厚意なんだから、受け取っちゃえばいいじゃーん。帝がいらないなら俺だけでも貰っとこうかな」

「乃依、あのなあ……!」

「ただし、金じゃないよ」

 

 乃依はにいっ、と歯を見せて笑う。

 

「俺のアバターボディ作ってよ」

「アバターを?」

 

 目をぱちくりさせる彩葉に、乃依はくるりと回転して自慢のアバターを見せつける。男性の素体でありながら、ふりふりした衣装に身を包んだその外見は、ツインテールの美少女にしか見えない。

 

「帝から聞いたよ。ヤチヨの体を現実で作ってるんでしょ? だったら俺のこのアバター作ってプレゼントしてくれたら、お詫びの品として受け取ってあげる。どう?」

「そんなことでいいんですか?」

「えっ」

 

 乃依は目を見開いた。おそらく、お詫びをしようとしつこい彩葉に無理難題を突き付け、黙らせる意図があったのだろう。

 

 しかし彩葉にはなんの困難もない要求だった。空間にさっと指を走らせ、連携している施設の空き状況と人員を確認し、ざっと頭の中で試算していく。

 

「ガワだけなら一か月で、ちゃんと動かせるようにするなら二か月で用意できます。どっちにします?」

「動かせるならありがたいけど、どうやって?」

 

 乃依としては、等身大人形程度の出来を想定していたようだ。

 

 もちろん彩葉が目指すものはそのレベルではない。

 

「ツクヨミにログインするみたいに、スマコン経由で動かせますよ。電気信号の入出力じゃなくて脳波で動かすので、スマコンを少しいじる必要がありますけど」

「いや、でもお前、費用は……?」

「男性素体のノウハウはまだ少ないから、技術実証用とかの名目を立てればすぐ出してくれるわ。国と企業が」

 

 おっと、と口を押える彩葉。お詫びの品の費用なんて口にするべきではない。

 

 ツクヨミの空間に静寂が満ちた。雅楽めいた控えめなBGMが遠く響いている。

 

 ブラックオニキスの三人に見つめられ、彩葉は焦る。何か変なことを言ったろうか。

 

「なんなら雷さんとお兄ちゃんのも作ります?」

 

 追加で申し出ると、三人は目配せし、彩葉には届かないチーム内メッセージが飛び交う。

 

『もしかしてこの妹ちゃん、結構ヤバい?』

『大分ヤバイ。ヤチヨのボディを見たことあるが、マジでえげつねえクオリティだぞ』

『それを三体、無償で、か……』

 

 おそらく三人で相談しているのだろう、と彩葉は辛抱強く待つ。

 

 すると話がまとまったのか、帝が言った。

 

「企画にしようぜ」

 

 

 

ーーー

 

 

 

『ブラックオニキスの三人にリアルで会える!』

 

 と題したクラウドファンディングが開始され、およそ二週間で目標額を達成。

 

 二か月後の十一月初頭には、ツクヨミからそのまま出てきたようなすさまじい再現度のブラックオニキス三名のアバターが、都内のイベント会場に出現。現実と仮想現実の垣根を超える史上初のイベントにファンたちは大いに湧き、世間からも注目が集まった。

 

 結果としてブラックオニキスは、チート騒動で失ったよりも多くの人気と知名度を獲得した。

 

 なお、そのイベントで帝が「かわいい妹が喜んで作ってくれたぜ」と発言したために、彩葉は

 

『ブラコン』

『黒鬼の隠れファン』

『シンギュラリティの擬人化、ちゃんと女の子だった』

 

 などと不名誉な評価を受けたほか、

 

「はは~神様仏様彩葉様~」

「やめい!」

 

 友人の真実をはじめとするブラックオニキスのファンたちに、『推しを現実に顕現させた神』として崇められる羽目になった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 そんなこんなで戦いの後始末に奔走しつつ、配信と研究開発に精を出し、一か月。

 

 黒鬼のアバターを製作中のタイミングで、酒寄家の生活に変化があった。

 

「え、ヤチヨと一緒に暮らすの? 楽しそう! いつから? 今日?」

「今日からでーっす! よろしくねーかぐや」

「うぇーい!」

 

 ヤチヨの義体がひとまずの完成を迎え、彩葉、かぐや、ヤチヨの三人での暮らしが始まったのだ。

 

 二人きりの方がいい、とかぐやが難色を示す可能性を危惧していた彩葉だが、あっさり了承した上に意気投合し始めたので、拍子抜けした。

 

 キッチンに二人で並んで料理を作り、ソファでくっつき合ってだらけ、眠る彩葉に左右から抱き着いて寝る。元気いっぱいな妹のかぐやと、落ち着いた雰囲気のお姉さんヤチヨ。仲のいい姉妹のように彩葉には見えた。

 

 命を懸けてでも幸せにしたかった二人と共に暮らす日々。まだ解決すべき問題はあるにせよ、彩葉は満たされている。

 

 三人はいつまでも幸せに暮らしました、めでたしめでたし。

 

 いつそう結ばれても悔いのないある日。

 

 彩葉はついに、己の犯した最大の過ちと向き合うこととなる。

 

「そういえば彩葉、いつ結婚する?」

 

 夜。

 

 三人でお風呂に入り、かぐや、ヤチヨ、彩葉の順に並んで髪を乾かし合っていると、かぐやが不意にそう言った。

 

 結婚。コラボライブの終わり際に了承したきり、棚上げにしていたことだ。

 

 当然、彩葉は忘れずに準備を進めている。

 

「今、法律変える準備してるから、もうちょっと待って」

「マジか! 彩葉って法律も作れるの!?」

「んなわけないじゃん。人工臓器関連の研究で、偉い政治家先生と縁ができてね。あと二、三年もすればできるようになるよ、結婚」

「二、三年かぁ」

 

 ほぇー、と遠い目で未来に思いをはせるかぐや。

 

 真ん中のヤチヨが芝居がかった口調で口を挟む。

 

「よよよ、彩葉と結婚いいなー……。せめて式には呼んでおくれよ」

「え? ヤチヨとも結婚するよ?」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 三人はそろって沈黙した。ドライヤーの排気音だけが広いリビングに響く。

 

 しばらく固まっていた三人のうち、かぐやとヤチヨが再起動。身を寄せ合い、彩葉と少し距離を取る。

 

「えっと、聞き間違いかな? 彩葉、ヤッチョとも結婚するの?」

「するけど。それが何?」

「即答……!?」

 

 戦慄するヤチヨ。

 

 かぐやは腕を組んで首をひねる。

 

「かぐやバカだからよくわかんねーけどよ……結婚って二人でするもんじゃないの?」

「……」

 

 瞬間、彩葉は気づいた。自分の犯した過ちに。

 

 彩葉は前回の記憶を得て以来、かぐやとヤチヨの二人ともを幸せにすると決意した。当初はその幸せに結婚のニュアンスはなく、ただ二人が笑顔でいられればいい、とだけ考えていた。

 

 しかしいつからか、二人の幸せを純粋に願う気持ちは、二人を伴侶として求める気持ちに変質し──かぐやとヤチヨの両方と結婚する、という願いに置き換わっていた。

 

 二人と結ばれることは既定路線であり決定事項。故に彩葉は、自分が堂々と二股宣言をしているのに今の今まで気づけなかった。

 

 彩葉はなんと、最愛の二人に対し最悪の不義理を働いていたのである。

 

「……ふっ」

 

 今世紀最高と謳われる頭脳をフル回転させ、今この場で必要な行動を導き出す。

 

 悟ったような微笑を浮かべ、立ち上がってキッチンへ。

 

 戸棚を開け、包丁を手に持った。

 

「腹を切ります」

「うわーーーー!!? バカバカバカやめてー!!」

「彩葉ーーー!? ダメダメダメー!!」

 

 どんがらがっしゃんと音を立て、てんやわんやの騒動を経て。

 

 彩葉は二人がかりで抑えつけられ、ガチめの説教を受けた。

 

 その後、なんにせよ法律やら年齢やら問題があるし、結婚については保留、ということで落ち着いたのだった。

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