追跡
「それにしても君たちの鼻の良さは、本当に素晴らしいね。今度ヤードの人間にも犬を使った捜査を推奨してみよう。」
私と、人狼であり捜査の協力者であるアルベルト・ホランドさんは人狼の鼻の良さを最大限発揮するため夜に捜査を行っていた。
普段は怪物の弱体化する時間に捜査を行うようにしているのだが、恐らく今回の犯人は日の出ている時間に行動するようなことはしないだろう。
「探偵さん。本当に犯人はこの街にいるんですかね?もう別の街に逃げたんじゃ……」
「……恐らく今回の犯行は撒き餌だよ。」
「撒き餌……ですか?」
「今回の事件は、初めから奇妙な点が多かったんだ。殺人を犯すにしては目撃者が多すぎる。まるで人狼が人間を殺すところをアピールしてるみたいじゃないかい?」
「言われてみれば……だけどどうして?」
「君の話では人狼の若い世代は人社会に馴染もうと努力している上の世代に呆れて痛そうじゃないか。そんな彼らが望むこと、そんなものは人間と人狼の全面戦争に決まっている。」
正確に言うならば人狼という存在が世界に知られる前に
人狼などの怪物の正体が知られれば、怪物を恐れるものは絶滅を望み。命を尊ぶものは保護を望み、きっとそれは新たな争いの火種になる。
「それって、かなり不味いんじゃ……」
「経験上、次の事件が起きたらイギリスに人狼の居場所はなくなるだろうね。つまり、人狼の未来は私たちの手にかかっているということだ。君も、もっと必死になって探した方がいいかもね。」
事の重大さに気づいたホランドさんは、青ざめた表情のまま鼻を鳴らしながら犯人の匂いを探した。
「キャー!」
「今の聞こえました?」
「あぁ、向こうの方だ。行ってみようか。」
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悲鳴の聞こえた場所に着くと、倒れている女性に、二メートルは超えるであろう、巨大な人狼が覆いかぶさっていた。
「君は余程目立ちたいみたいだね。」
「
あの人というのはモリアーティ教授なのだろうか……いや、今はそんなことよりも。
「ホランドさん。奴が私に襲いかかってきたら、何とか彼女を安全な場所に」
「逆の方が安全なんじゃ……!」
小声でホランドさんに指示を出していると、目の前の巨大な人狼は倒れている女性から離れ一瞬で私の前に現れ鉤爪で攻撃を繰り出した。
「あぶ……!」
私はギリギリでナイフで攻撃を防ぎ、攻撃の勢いで軽く後ろに吹き飛ばされた。
「まさか俺を殺しにきた奴が、女……それもチビだとは思わなかったよ。」
「安心していいわよ。お箸より重いものは持てないなんていう、か弱い女じゃないから。」
私は銀の弾の込められた銃をホルスターから抜き、右手に銃を左手にナイフを構えた。
「女性の避難終わりました!」
「匂いで薄々勘づいてたが……お前は俺と同じ……!」
女性の避難が終わったことを私に大きな声で伝えたホランドさんに視線を向けたのを見逃さず、銀の弾丸が犯人の人狼を襲った。
銀の弾丸は発砲音を聞いた人狼が脅威の身体能力で避け、頬をかすめた。
「この……!」
人狼が私に向き直り攻撃を仕掛けようと牙を見せたが既に遅い。発砲と同時に投げたナイフが再び人狼の顔目掛けて飛んで行った。
人狼は何とかナイフを避けるが、その頃には私に距離を詰められ、銃弾で両足を撃たれていた。
「君は……今までウサギしか殺したことがないみたいだね。どうかな、初めて狩られる側に立つ気分は。」
怪物を狩る時は、鉄則として足を狙う。足を傷つけることができれば、どんなに驚異的な身体能力を持つ怪物であれ、逃がすことなく確実に殺すことができるからだ。
「クソ……!……クソ!どうして人間に見下ろされなくちゃいけないんだ!俺たちの方がずっと優れているのに!」
「聞いた話だと、その人間に若い人狼は着いて言ったんじゃなかったかい?」
「あの人は別だ!あの人は俺たちよりずっと怪物だった!」
「だったら、わかるんじゃないかな?私の方があなたより怪物だった。ただ、それだでしょ?」
私は犯人に銃を突きつけながら、ホランドさんに捕縛を任せた。
「……人間に協力したお前を俺たちが許すと思うなよ。」
「覚悟の上だ……お前こそ人間と殺し合いをして本気で勝てると思っているのか!?」
ホランドさんの言葉を犯人の人狼は鼻で笑った。
「ハッ!あんたら老害は本当に知らないんだな!俺たち人狼だけじゃない……魔女やグールたちも続々と集まっている!これは虐げられたものたちによる報復だ!」
人目を気にせず大声で語る若い人狼の足に私はナイフを突き立てた。
「近所迷惑でしょ、静かにしなさい。」
「銃を撃った、お前が言うんじゃねぇ!」
それもそうかと思いながら、火皿に程よくタバコ葉を詰めたパイプを口に咥え、吹かしながら、マッチの火で表面の煙草葉を軽く焦がしタンパーで煙草葉を押し整える。二度目の着火でようやく吸い始められると思う頃には警察が到着した。
「お久しぶりですアンダーソン刑事。いつもよりお早い到着でしたね。」
「君に任せきりという訳には行かないと思ってね、近くの宿を借りていたんだよ。まさか、こんな夜遅くに発砲音で目を覚ますことになるとは思わなかったがね。」
ロバート・アンダーソン刑事は優秀な男だ。アダム・ワースを追いかけ続けただけでなく、怪物の存在に気づいた後は臨機応変に私に依頼をしてくれる。
そんなアンダーソン刑事と連れの刑事が笑っていると、不機嫌な顔で犯人の人狼が吠えた。
「ハッ!ヤードの刑事が怪物を逮捕しに来たってか!遺体には獣による引っかき傷と噛み傷があるのに、人間体のこの俺を?」
それが普通の反応だ。普通は怪物が事件を犯しても立証することは不可能だ。なんせ人の理解が及ばない存在だから怪物と呼ばれているのだから。
「確かにヤードは怪物の存在を認めてはくれなかった。だから、これはヤードとしてではなく、ロバート・アンダーソンとしての行動だ。」
アンダーソン刑事は人狼に近づき髪を掴み持ち上げた。
「お前は自分が殺した人間の顔をしっかり見たことがあるか?」
「…………」
「だろうな……死んだ奴らの顔は恐怖で歪んでいたよ。突然現れた異形の怪物に襲われたんだ。最後に家族のことを考えている余裕もなかっただろうな。」
余裕を貫いていた犯人の顔は徐々に険しい顔に変わっていった。
「市民を守る警察なんだ。誰か一人くらいは被害者や遺族に報いてやらないと示しがつかないんだよ。」
アンダーソン刑事は掴んだ髪を引きずり路地裏へと入っていった。少しして犯人の助けを呼ぶ声が聞こえたかと思うと「パンッ!」という破裂音が聞こえ、路地裏からアンダーソン刑事が出てきた。
「ご苦労だったな探偵。これが報酬だ。」
私は封筒に入った、僅かな紙幣を受け取った。
「悪いな……怪物を捕まえるなんて、ふざけた依頼なのに、大した額を払えなくて。」
「自分の財布から出しているんですから当然ですよ。正義の味方を大変ですね。」
「まったくだ……」
アンダーソン刑事と二人で少し笑い、封筒の中から紙幣を何枚か抜き取りホランドさんに手渡した。
「な……え……!?」
「何を驚いているんだ。今回の事件に協力したんだ報酬を払って当然だろ?」
「でも、俺……何の役にも……。」
「彼女を安全な場所に避難させたのは君だろ?私は、その金銭分の働きはしたと思うよ。」
仲間の死に加担した、ホランドさんは暗い顔をしていたが、自分の働きを認められたのが嬉しかったのか、少しだけマシな表情に変わった。
「では、私はこれで。また怪物絡みの事件があったら教えてください。」
「あぁ、頼りにしている。」
「ホランドさんも困った事があったら、いつでも私の探偵事務所に来てくれ。暖かい紅茶くらいなら用意しよう。」
こうして一人の臆病な人狼の協力により犯人"捉えることができた。事件以来ホランドさんは、自警団として、イズリントン区をパトロールしているらしく、イズリントンで起きる犯罪はメッキリ減り。地元の人に感謝される毎日を送っているらしい。