防衛戦
私が自分の頭を撃ち抜くと、銃から放たれた黒い霧が、頭を貫通し、人の形を作り出した。
「話は聞いていた。私はどうすればいい?」
「ルシファーは男の子を捕まえて。女の子は私たちが……」
少女が私を待ってくれるはずもなく、私の首へとナイフを振り抜いた。
「……!できるだけ傷つけないようにね!」
ギリギリでナイフを躱すことができた私は、少女の腕と服を掴み、背負い投げた。背負い投げたタイミングで、少女は飛び跳ねることにより、勢いよく宙に投げ飛ばされ、本棚の上に着地をして見せた。
「ごめんなさい……お姉さんたちじゃ私に勝てないよ?」
先程のナイフ捌きもだが、少女の構えは誰から教わったものなのか、実に様になっている。
「ワトソンくん。君はレストレード警部と共にはなれていてくれ。」
「分かった……!」
書斎の隅へと移動した二人を確認したホームズさんは、少女に向けステッキを突き出し応戦した。
「ブラウンさん。彼女は人間であっていますか?」
「……今のところは。」
恐らく、少女を無傷で捕らえることは難しいだろう。少女はまるで空腹の獣のように何度も私たちにナイフを振り抜いてくる。
(どうして……どうして当たらないの!)
少女は、目の前の探偵二人に、攻撃が当たらないことを焦っていた。そして、数度の攻撃を見た、エヴァは少女の異常な戦闘能力に、ある程度の目星がついてきた。
「もしかして……人間と戦ったことが少ない?」
私の独り言が少女の顔色を変えた。
(バレた……いや、それよりも私たち二人じゃ、この人数を相手にするのは難しかった。あの、おじさんの言う通り、ここは……)
「逃げるよ!」
少女が声をあげた、その瞬間。すぐに少年は少女の元に駆け寄り、二人は館から出ようと、玄関の扉へと全力で走った。
「追いかけるか?」
「……大丈夫。捕まえたかったけど、私たちだと傷つけすぎちゃうだろうから」
二人が玄関の扉から出ると、館の中には元の静寂だけが残り、マクファーレンさんが初めに口を開いた。
「Missブラウン、その男は一体……」
銃から突然現れたルシファーに興味津々なマクファーレンさんと対照的にレストレード警部は恐れを抱いているのが表情から見て取れる。
「……彼の名前はルシファー。それ以上は、たとえ依頼であってもお答えできません。」
とは答えたものの、ルシファーというビックネームを知らない人間がどれだけいるのだろうか。
「そうか……話を聞けないのは残念だが、諦めるとしよう。ノーマン、報酬の話をする。食事の用意を頼む。」
私たちは食堂へと案内をされ、遅めの食事を撮ることになった。
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食事が終わり、出された紅茶を味わっていると、Mr.マクファーレンが報酬の話を始めた。
「食事も終わったことだ。報酬の話をしよう。」
「その前にMr.マクファーレン。一つ質問をよろしいでしょうか?」
「もちろんだMr.ホームズ」
「アダム・ワース。彼は再び絵画を狙うと言っていましたが、次に絵画を狙われた時、あなたはどうするおつもりですか?」
「そのことか……絵画はMissブラウン。君に譲ることにするよ。」
「いいのですか?」
「あぁ。今回、君たちのようなお陰で、絵画では味わえない本当の体験をすることができたからね。」
マクファーレンさんは満足そうな顔で私を見てそう言った。
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マクファーレン邸 外
「すまなかった!」
報酬を受け取り館の外へと出ると、レストレード警部が突然私に頭を下げ謝罪した。
「知らなかったとはいえ、怪物の存在を否定しただけではなく、私は心のどこかで君をバカにしていた!」
恐らくルシファーを見た時に怪物の存在を確信したのだろう。正確に言うならばルシファーは怪物というより神霊に近いのだが……。
「頭を上げてくださいレストレード警部。私も含め怪物と戦う人間は、被害者や怪物を目撃して不安になる人間を一人でも減らすために活動しているのですから。あなたが知らなかったというのは当然のことなのです。」
「そうか……」と言い頭を上げた警部は、遅れて館から現れたホームズさんに話を振った。
「シャーロック・ホームズ、君は知っていたのか?」
「えぇ。知ったのはつい最近で、私も初めは非現実主義者の妄言だと思っていましたがね。実物見て考えが変わりました。」
レストレード警部は再び私に向き直り、今度は軽く頭を下げた。
「ヤード全体を動かす力はないが、私個人として怪物の存在は気にかけておこう。」
「でしたらロバート・アンダーソン副長官と話すことをオススメします。彼はよく私に怪物の事件を依頼してくれるので。」
「アンダーソン副長官が!」とレストレード警部は驚きながらも了承し、次の仕事があると言い残し、その場を去っていった。
「Missブラウン。君はその絵画をどうするつもりなんだい?燃やすのか?」
「いえ、これは……」
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三合会 星歩会の経営するレストラン。私とホームズさんはチョー・チョー人の経営するレストランに絵画を持ち込み入店した。
「いらっしゃいませ!エヴァ・ブラウン様ですね……お連れの方は?紹介状ですね、預かります。……シャーロック……ホームズ様ですね……かしこまりました。個室までご案内します。」
しばらく個室でくつろいでいると、ウエイターが個室に現れ、「オーナーの元に案内します」と告げられ、店の奥の事務室へと案内された。
「よく来たなMissブラウン。それでそっちが……」トゥオン
チョー・チョー人は小柄な体格と異様に小さい窪んだ目以外は怪物のように見えないため、ホームズさんは臆することなく自己紹介をすることができた。
「お初にお目にかかりますMr.トゥオン。私の名前はシャーロック・ホームズ、しがない探偵をしております。以後お見知りおきを。」
ホームズさんは軽く頭を下げ自己紹介を終えた。
「それで?今回は何を取引に来た?ホームズさんの紹介に来たわけじゃないんだろ?」
私は絵画を包んでいた布を外し、トゥオンさんに見せるように持ち、取引の提案をした。
「ドリームランドの情報と、この絵画を交換してくれ。」
私の提案を聞いたトゥオンさんは口を三日月の形にして微笑んだ。
「この絵画もだが……ドリームランドか……お前たちも、この薬が欲しいのか?」
そう言うと袋に入った黒と白の錠剤を手に持ち、ゆらゆらと揺らして見せた。
「薬には興味ない。ドリームランドとはどういう場所なのか、存在するのかを聞きたいんだ。」
私がそう言うと、トゥオンさんは口をポカンと開け驚いた表情で続けた。
「て、言うとあれか?知ってて絵画を持ってきた訳でも……ドリームランドについて聞いた訳でもないってことか?」
「何を言っているんだ?」
「……そんな偶然があるんもんなんだな。まず、ドリームランドというものは存在しているが存在していない。夢の中の世界、または世界の裏側とも言えるのかもしれない。」
トゥオンさんの話す、今まで何度耳にしたか分からないような、信じられないような話に私とホームズさんは黙って耳を傾けた。
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あれから、トゥオンさんのドリームランドの説明は一時間以上続いた。内容はドリームランドへの行き方や、生き物や神といったものまで様々だった。
「説明してくれてありがとう。何か聞きたいことがあったら、また来ます。」
私とホームズさんはドリームランドの説明を一言一句メモに取り、事務室のドアへと向かった。
「おい、ちょっと待て!」
トゥオンさんの声に振り返ると、説明の前に見せられた、袋に詰められた錠剤を投げ渡された。
「そいつはオマケだ持ってきな」
「これは?」
「その薬の名前は
「ドクター・ドリーム……聞いたことがある。労働者階級で流行っている麻薬だったはず……」
「流石に詳しいな。そう、この薬は麻薬だ。高い中毒作用があるから飲む時は気をつけな。」
「ワトソンくんが悲しんでいました……この麻薬を服用して中毒症状に苦しむ人が後を経たないと。あなたはそれを知ってこんなことを!」
「それの何が悪い!!」
ホームズさんの声をかき消す勢いでトゥオンさんの怒鳴り声が部屋の中に響く。
「お前だって分かっているはずだシャーロック・ホームズ。イギリスは、確かに昔よりは改善されたが、それはあくまで昔よりはだ。未だにパンに混ぜられたチョークやミョウバンを食べている家庭もあるし、使用済みの茶葉に着色したものや、偽装された紅茶を飲んでいる家もある。」
私も両親が殺され、教会で世話になっていた時に味わったことがある。両親が生きていた頃に混ぜ物のされていない普通のパンを食べた事がある私は、すぐに何かが混ぜられていることに気づいた。
だが、街で買うことのできる小麦粉やパンは全て何かしらが混ぜこまれており、私の知っていたパンとは似ても似つかないものだった。
「そんな彼らに幸せを売って何が悪い?夢を売って何が悪い?マトモでいたくない人間だって存在するんだ、知ったような口を聞くんじゃねぇよ。」
私とホームズさんは、そのまま何か言い返すこともできないまま、店を追い出されてしまった。
「すまないMissブラウン。私が余計なことを言ったばかりに……」
「いえ、ホームズさんの言ったことは間違っていませんよ。けど、トゥオンさんの言っていたことも間違っていません。確かにこのイギリスは、マトモでいるには生きづらすぎる。」
私とホームズさんは店の前で別れ、それぞれの帰路へとついた。