劇
「まったく……話題になっているから見に来たというのに、まさか労働者たちがここまで来ているとは……本当に見に来る価値があったのだろうな?」
「私も演劇は庶民も見に来るというので抵抗がありましたが、劇場を出る頃にはそんなこと、どうでもよくなっていました!」
私は前回の報酬と共にレストレード警部から受け取ったボックス席のチケットを使い、ロンドンのウエストミンスター区にある劇場の一つに訪れていた。
なんでもオスカー・ワイルドに並ぶ天才劇作家が現れたようで、劇場の中は大勢の人で賑わっている。しばらくすると幕が上がり、一人の青年が有名な画家になるという夢を諦めることから物語が始まった。
劇の題名は【踊る中庭】画家になる夢を諦めた青年が、面白半分で雇った貴族の元で庭師として働くところから物語は始まる。
「これは……君がやったのか?何て美しいんだ……まるで庭が呼吸をはじめたようだ。」
青年は頭の中にある、理想の中庭の風景を庭で再現し、主人を驚かせた。別の庭師が手入れした場所と比べ青年の手入れした場所は美しく手入れされており、草木が揺れる度、主人は庭が息を吹き返したかのように感じた。
「これからは、君が屋敷の庭を全て手入れするんだ。当然、暮らしの保証はするし、報酬も今までの倍額払う。」
青年の主人は即日、他の庭師をクビにして青年に庭の全ての手入れを押し付けた。普通なら苦でしかない重労働だが。庭という大きなキャンパスを与えられた青年にとっては、重労働など苦ではないほど喜びの感情で溢れていた。
「なんて素晴らしい庭なんだ!!」
主人の館へと訪れる客人は口を揃えて庭を褒め、主人が売れない画家を雇ったことを伝えると、貴族の間で売れない画家に庭の手入れをさせることが流行り、主人は青年に他が真似をできないような庭にするよう求めた。
「売れない画家を雇って、庭の手入れをさせてみたが、全然ダメだったよ。やはり君のところの庭師が特別なようだな。」
他の貴族からの言葉に主人は喜び、青年への期待は日に日に高くなっていた。そして青年は次第に主人の期待に答えることができなくなっていった。
「何度言ったら分かるんだ!こんな普通の庭では誰も驚かないと言っているんだ!私が求めているのは特別な庭なんだ!こんな普通の庭なんがじゃない!」
青年は自身の限界を感じていた。青年の庭の手入れが評価されていたのは、青年のイメージと完璧主義な性格ゆえの徹底した手入れ。青年にできるのは自分のイメージを形にすることであり、主人が何を求めているのか、それが分からなかった。
「……次が最後のチャンスだ。私の期待に応えられなければ、お前はクビだ。」
青年は悩んだ。主人は何を求めているのか、特別とは何かと……。その日、青年は珍しく夢を見た。夢の中の青年は見知らぬ場所に立っており、目の前には大きな屋敷と、どこか不気味で美しい庭が広がっていた。
目を覚ました青年は、すぐに手入れを始めた。まるで何かに取り憑かれたかのように、取り組む姿は青年を雇っている主人や屋敷で働く使用人さえも不気味に思うほどだった。
「なぁ……最後のチャンスというのは取り消す。だから、少しは休んだらどうだ?」
見かねた主人は青年に休むよう手を差し伸べたが、鮮明は休むことなく血眼になり、庭の手入れを続けた。
青年が夢を見てから三日が経った頃、ついに青年は夢で見た庭を完成させた。
「なんなんだこれは……」
目を覚まし外に出た主人が見たのは変わり果てた異様な光景だった。木々は枝に止まろうとした鳥を串刺しにして捉え、綺麗に刈り取られた芝生は笑い声をあげ、楽しそうに揺れていた。
「彼は一体何をしたんだ……」
主人は青年の名前を何度も庭で呼んだが、青年の姿はどこにも見当たらなかった。青年はどうなったのか、主人と庭の今後は、様々なことが不明なまま、幕は下り演劇は終了した。
不思議な内容の話に興味をそそられはするものの素晴らしい話かと言われれば、そうではなく。劇場の中は静まり返っていた。
余程面白くなかったのか、ボックス席から別の理由座席を見てみると眠りについている人が多く、かくいう私も激しい睡魔に襲われていた。
睡魔は徐々に強くなっていき、異変に気づいた頃には私は眠りに落ちていた。