保存食
「私も足には自信があったつもりだけど……流石は女王直属近衛騎士団、追いつけない。」
ハマースミスの地下鉄。ルシファーの案内で駅のホームへ向かうと、まだ私たち以外の人は意識が混濁しているようで、私とケリー君は線路に降りて、ルシファーの後ろを全力で走っていた。
線路の上を走っていると、先程まで漂っていた地上の悪臭と潤滑油、そして石炭の燃える匂いに混じり、嗅ぎ慣れることのない死臭が鼻を刺激した。
「ブラウンさん、急いで!この先に何かがいます!」
ケリー君はルシファーを抜き去り、さらに速度を上げ、匂いの強くなる方向へと足を走らせた。
「ケリー君!一人で行かないで!」
私の忠告が聞こえているのか、いないのか。ケリー君の姿はどんどん小さくなっていった。しばらく走り続けると、十人ほどの子供たちの姿と、恐らく怪物であろう人型の生き物と戦うケリー君の姿が見えてきた。
「危ない!」
ケリー君の体に怪物の一撃が当たる直前、私の放った弾丸が怪物の頬を掠めた。
「すみませんブラウンさん……こいつら想像より強くて。」
女王直属近衛騎士を二人がかりとはいえ追い詰めるほどの実力と、人型の姿で戦闘していることから怪物の正体は概ね想像がつく。
「おい!もう二人も俺たちの存在に気づいたやつが出たぞ!」
「……うるさいわね。見りゃわかるわよ、そんなこと。」
男より女の方が立場が上に見えるな……。
「初めまして、お嬢さんに、坊や。私の名前はクラリントン・ラムリー。そしてこっちの冴えない男がデリック・バート。あなたたちのお名前は?」
「子供たちを返せ!そうすれば僕が楽に殺してやる。」
「あら、残念。お名前を聞かせてはくれないみたいね。まぁ、いいわ。子供を返せだっかしら。それは無理な相談ね。この子たちは連れ帰って私のペットにするの。」
「ペットだと!?」
「最近、私たちの間で流行ってるのよ。若い女から血を奪うんじゃなくて。幼い子供を飼えば、しばらくは美味しい血液に困らないってね。」
クラリントンと名乗る女の言葉に腹を立てたのか、ケリー君の剣がクラリントンを襲った。
「ゲスが!」
「フフフ。あなた私みたいな怪物との戦いに慣れてないでしょ。」
ケリー君の剣はクラリントンの胸に深く突き刺さっているが、クラリントンは余裕の表情を浮かべていた。
「デリック、笛を吹きなさい!」
男は子供たちの陰に身を潜め、再び演奏を開始した。
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「……ッ!あり……がとうございます!」
「……バカな!」
だが、男の笛の音色が私たちの意識を再び奪うことは叶わなかった。男が笛を吹き鳴らす直前に、私はナイフを手のひらで握り、痛みで意識を保った。その後、瞬時にケリー君の手のひらに照準を合わせ撃ち抜いた。
結果、私とケリー君の意識は失われずにすみ。不意をつかれたクラリントンはケリー君により片腕を切り落とされることとなった。
「何考えてんのよ……正気じゃないわよ、仲間を撃つなんて。」
「そうでもないわよ、あなたに血を吸われて同じ存在されるよりかは何百倍もマシよ。」
「なんだ……気づいてたんだ。」
彼女は恐らく吸血鬼。純粋な者の血を好むのは吸血鬼の特徴だ。しかし、幼い子供を保存食として飼い慣らすとは……教会への報告が必要そうだ。
「デリック!笛はもういいわ、あなたも戦いなさい。」
「でも、ラムリー。僕は戦闘が得意じゃなくて……」
「そんなことも言ってられない状況でしょうが……そうね、戦いに勝てたら。そっちの女は好きにしていいわ。こういう幼い顔つきの娘はあなたの好みでしょ?」
デリックと名乗る……こちらも吸血鬼だろう。吸血鬼は私の顔を見て嫌な笑みを浮かべた。
「……本当に好きにしていいんだね。」
「えぇ、約束してあげる。たまにはご褒美も必要でしょうしね。」
デリックは子供たちの陰から姿を現すと、目にも止まらぬ速度で私の前に移動した。
「ッチ!」
デリックの異常なまでのスピードに何とか反応した私は、すぐにナイフを振り抜き、一定の距離をとった。
「ケリー君!」
私はケリー君に銀のナイフを投げ渡した。
「こいつらは銀の武器じゃないと致命傷を与えるのは難しい。トドメは必ずそのナイフでさしなさい!」
ケリー君が振り返ることなく頷いたのを確認して、私は目の前の吸血鬼に意識を集中させた。
「……ねぇ、戦う前に君の名前を教えて欲しいんだけど……ダメかな?」
「……は?」
「だってさ、ほら。君はこの戦いが終わったら僕のものになるわけだろ?そうなってから、もしも君が僕に名前を教えるのを拒んだりしたら、お仕置をしなくちゃいけないじゃないか……」
気持ちが悪い……稀に遭遇する、怪物になったことで欲望のセーブができなくなったタイプだ。食事としての獲物を見る目とは別の視線。捕まった後のことは考えたくもない。私は片手に銃を、もう片手にもう一本のナイフを握り、目の前の男に構えた。
「そうか……残念だ。しょうがないから名前を聞くのは屈服させてからにしよう!」
吸血鬼に離れた場所から弾丸を放っても容易に躱されてしまう。なので吸血鬼のように身体能力の高い怪物との戦闘は接近戦になることが多い。
「おっと……危ない危ない。まったく、じゃじゃ馬だな!」
至近距離から放った弾丸を紙一重で躱した男はそのまま後ろに下がり、私の射程外へと移動した。
「彼に渡した銀のナイフといい、銀の弾丸といい。一体君は何者なんだ?……どうやら君との接近戦はリスクの方が大きそうだ……」
男はそう言うと。私に背を向け、ケリー君目掛け全速力で走り始めた。
「クソッ!」
男を舐めすぎていた。多くの吸血鬼は人間より圧倒的な身体能力を持っていることによる油断をつくことで倒せることが多いが、長く生きた吸血鬼、または臆病な吸血鬼は狡猾で倒すことが非常に困難だ。
男がケリー君の場所に到達するまで、数秒しか時間はかからないだろう。一秒の判断ミスがケリー君の死に直結しかねない。私は度重なる怪物との戦闘経験を信じて、行動した。
「【
私がとった行動は悪魔憑依からの全方位無差別の重力攻撃。対象を指定しない分、通常より早く能力を使うことができ、ケリー君と怪物たちの体に思わず跪くほどの重力がのしかかった。
こんな重力の中銃弾が届くはずもなく、私は速やかに憑依を解くために自身の体のみを軽くして男の元に向かった。
「待て!待て!待て!」
流石は吸血鬼と女王直属近衛騎士。重たい体を何とか起こして、戦闘の態勢をとる。だが、それでも私のナイフの方が速い。男の放った渾身の一撃を躱し、私は銀のナイフで男の首をはねた。