秘密クラブ
「ようこそいらっしゃいましたレイラ・ハイランド様。どうぞ心ゆくまで当クラブをお楽しみください。」
今回の依頼主は名前は女王陛下本人だ。依頼内容は新しくできた社交クラブの調査。なんでも、友人の息子が新しくできた社交クラブに行ってからというもの、様子がおかしいのだという。
具体的には社交クラブの勧誘を執拗に迫ったり、世界には変革が必要などと思想の強い発言を繰り返しているのだという。そこで心配になった女王陛下は私に社交クラブの活動などの調査を依頼した。
クラブに入り、受付の使用人に招待状を手渡すと、疑われることなく、すんなりと中に入ることができた。潜入するにあたり、女王陛下の友人の娘の名前宛に招待状を書いてもらい、名前を借りることで潜入することができている。
クラブの中は個室や図書室、食堂や娯楽室などが揃えられており、それぞれが思い思いの形で寛いでいる。
多くのクラブが女性の利用を許していないせいなのか、ここのクラブには男性と同じくらい女性の姿が目立ち、社交クラブということもあり、出会いの場として利用しているのが見て取れる。
「やぁ、ここは初めてかい?」
私がクラブ内を観察していると、正面から歩いてきた男に話しかけられた。
「いや、失礼。君があまりにも溶け込めていないものだからついね。挨拶が遅れたね、私の名前はジュリアン・ラスキン。気軽にジュリアンと呼んでくれ。君の名前を聞いてもいいかな?」
「レイラ・ハイランドです。でしたら、私のことも気軽にレイラとお呼びください。ジュリアン様。」
「そうか、君がアダム・ハイランド様のご令嬢か!会えて嬉しいよ!」
ジュリアンと名乗る歳の近そうな男はテンションが上がってしまったからか、少し声が大きくなり、周囲に謝罪をするように慌てて軽く頭を下げた。
「一通り回っていたようだったけど、このクラブは気に入ってくれたかい?」
「えぇ、とても。女性が自由に立ち入りを許してもらえるクラブとの噂を聞いて、お父様にお願いして正解でした。」
「そうか、それはよかった。君のような女性が喜んでくれるなら、このクラブを建ててよかったと心から思えるよ。」
「ジュリアン様が、このクラブを建てたんですか!?」
「あぁ、世界にはもっと女性の声が必要だと思ってね。ちょうど使っていない邸宅があったことだし、折角ならってね。」
私が上流貴族に溶け込めないせいで、一番目をつけられたくない相手に目をつけられてしまった……今度キッドさんにでも周囲に溶け込む方法を聞くとしよう。
「ここで会ったのも何かの縁。個室で君がどんな人物なのか話を聞きたいのだが、どうだい?」
一番怪しい人物であり、潜入捜査において、一番関わってはいけない人物。だが、彼こそが一番情報を落とす可能性が高いことも事実。
「喜んで。」
私はジュリアンに言われるがまま同行して、情報を探ることを選んだ。
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個室の中は二人で利用するには広く、飾られている絵画や家具からジュリアンの裕福さが伺えた。
「さぁ、君の話を私に聞かせてくれ。」
「話を聞かせてくれと言われても……何を話せばよろしいのでしょう……」
「なんでも構わないさ。そうだな……例えば、君はこのロンドンの街をどう思う?」
きた。
「どう……とは?」
「言葉通りの意味さ。好きか、嫌いか。快適なのか、不便なのか。美しいと思うか、汚いと思うか。ここには私と君、二人っきりだ。気兼ねなく答えてくれて構わない。」
「私は……あまりに好ましくは思っていません。」
「ほう、それはなぜ?」
「ふと……たまに思うのです。なぜ、この世界は弱者にここまで優しくないのかと……」
「君はとても優しい女性なんだね。私も君と同じ考えだよ。君はカール・マルクスを知っているかい?」
「えぇ、もちろん。」
「私は彼の唱えた【資本論】は、いきすぎた資本主義の辿る末路だと考えている。本来、我々のような成功した人間は、もっと下の人間のことを考えるべきなのだ。我々の生活は彼らの努力の上で成り立っているというのに……いや、これ以上は辞めておこう。」
ジュリアンは会話を中断して、用意された紅茶をティーカップに注ぎ始めた。
「砂糖はいくつ入れる?」
「二つお願いします。」
ジュリアンは私の前に紅茶を用意すると再び席へと戻り、自身の注いだ紅茶に口をつけた。
「ジュリアン様は、ご自身で紅茶を注がれるのですね。」
「ん……あぁ、そうだね。父上からも何度も注意されていたのだけれど、うちの使用人の淹れる紅茶が不味くてね。渋々自分で淹れるようにしているんだ。」
上流貴族の常識として、紅茶を注ぐことのような使用人の仕事を行うことは恥ずかしいことと知られている。女性が自由に入ることのできる、社交クラブといい。彼は常識に囚われない人物なのか、それとも……。
「……失望させてしまったかな?君が気に入らないなら使用人に淹れ直させても構わない。」
「いえ、そんなことはありません!ただ、こんなにも先進的な考えの男性と出会うのは初めてで。」
私はテーブルの上に置かれた紅茶を口に含む素振りをしてジュリアンを安心させた。
「ならよかった。私は他の方々に挨拶をしてくるから、君も紅茶を飲んだら顔を出すといい。きっと、いい出会いが見つかると思うよ。」
ジュリアンはそう言い残し、個室を後にした。ジュリアンが離れたことを確認した私は、ジュリアンが淹れてくれた紅茶を持ってきたハンカチに染み込ませ、角砂糖を数個くすねた。
その後は、社交クラブにやってきていた何人かの貴族と何気ない会話をしてクラブを後にした。
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「飲まなくて正解だったね。」
クラブから出た私は、その足で教会の管理下で医師をしているアナベラ・アナキンの元をを訪れていた。
「これは支配血清だね。昔、これを口にした神の使徒のメンバーの一人が蛇人間に操られて相棒を襲ったことがあった。まぁ、その時は襲われた側が怪物以上に怪物だったから蛇人間も操られたやつもぶっ飛ばしたわけだけど……」
蛇人間には私とも過去に遭遇したことがある。基本的には四肢を備えた蛇の見た目をしており、蛇と人間の割合が違う個体も存在する。
奴らは高い知能を有しており、科学や魔術に精通しており、人間への擬態能力を保有している。過去遭遇した個体や別の怪物の口から聞いた話では、恐竜が誕生するよりも前に地球の生態系の頂点に君臨していたらしく。恐竜や人類が誕生してからは人跡未踏の洞窟に隠れ潜んでいたのだという。
「それでどうするんだ?そのジュリアンってのが怪しいのは分かるが、操られているだけの可能性もあるんだろ?話にあった息子を連れて帰るのも難しいだろうし……。」
「相手は私が紅茶を飲んだと思って油断しているはずなので、このまま潜入を続けて様子を見てみることにします。」
「気をつけなよ。敵は蛇人間だけじゃなく、操られている会員も敵なんだからね。」
「無理はしないので、安心してください。それよりも、今日はありがとうございましたアナベラさん。」
「……しょっちゅう倒れるあんたが言っても説得力ないよ。せいぜい私の世話にならなくてもいいよう気をつけて頑張りな。」
こうして社交クラブの調査、一日目は幕を下ろした。