秘密の儀式
あれから一週間。私は怪しい社交クラブに参加している会員たちを観察した。擬態に不慣れなものであれば、ふとした瞬間に瞳孔や体に異変が見られるからだ。だが、私の観察は何の成果も得られないまま、八日目を迎えてしまった。
「レイラ!今日も来てくれたんだね。本当に嬉しいよ。」
ジュリアンは私がクラブに訪れると毎日大袈裟な反応を示してくれる。支配血清の件もあり、疑っているからなのか、今日のジュリアンの笑顔は貼り付けられた物のように感じた。
「今日は皆様、来てはいらっしゃらないのですね。」
「いや……今日はイベントの日なんだ。向こうの部屋から声が聞こえるだろ?、君もよかったら参加していってくれ。」
元は客室であっただろう個室。幾つもある個室からは男女の楽しそうな笑い声が微かに漏れていた。
「パーティのようなものですかね?喜んで参加させていただきます。」
私はジュリアンの後ろを歩き、共に個室の前へとやってきた。
「お楽しみの所申し訳ありません。レイラが参加したいそうなのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないとも。」
中から返事が返ってくるとジュリアンは扉を開いた。部屋の中では、どこか爬虫類のような立ち姿をする、鱗で体が覆われた裸の男性と裸の女性が体を交わらせていた。
女性らは気でも触れているのか、一心不乱に男の種を貰おうと体を動かし、声を上げ笑い続けている。
「さぁ、こっちに来なさい。」
男は行為を中断し、私の元へと歩み寄ってきた。
「これはどういうことですかジュリアン様!」
「見ての通りさ……せいぜい楽しんでくれ。」
近づいてきていた男が私の腰に手を回した。
「安心してくれMissレイラ。私たちは君を傷つけたりはしないさ。」
男はそう言うと私の体を大きなベットへと押し倒した。
「お待ちになってください。……せめて自分でドレスを脱いでもよろしいでしょうか……」
「……あぁ!もちろん構わないとも!」
行為を行っていた、男たちの視線は自然と私へと集まった。私はベットから起き上がり、ドレスの中へと手を伸ばした。
「パァン!!」プロテクターパームピストル。手のひらに収まるサイズのこの銃は握り込むことで弾丸が放たれる。私はドレスの中に隠していたこの銃を手に持ち、男へと迷いなく弾丸を放った。
突然の強力な破裂音と鮮血は部屋の中にいる者に強烈な衝撃を与え、その音は別の部屋で行為を楽しむ者たちの耳にも届いていた。
「レイラさん、あなたは一体……」
私はすかさず困惑するジュリアンの腹部に銃を突きつけ、迷うことなく握り込むことで弾丸を放った。
「……ッグフ」
倒れるように掴みかかろうとするジュリアンを避け、廊下に出ると、つい先日まで普通の人間の風貌をして、私と会話をしていた男たちが個室から顔を覗かせ様子を伺っていた。
「ジュリアンくん!何かあったのか!?」
私のいた個室で、行為を行っていた男たちと同じ変化を遂げており、ジュリアンを心配する声をあげていた。
「その女を逃がさないでください!……どういう訳か支配血清が機能していないようです!」
ジュリアンの腹部には確かに弾丸が命中したはずだが、その声からは大したダメージを受けている様子は確認できない。
私は振り返ることなくクラブの外へと走った。背後から何人もの足音が「ぺたぺた」と聞こえるが、想像するだけで気分が悪くなる。
「止まりなさい!」
もう少しで出口……私の目の前に銃を構えた受付が立ち塞がった。
「レイラ・ハイランド。君の本当の名前を聞かせてくれないか?」
気づけば背後には裸の男が五人とジュリアンの姿があった。
「英国紳士なら先に自分の正体を語るべきでは?……そういうあなたは何者ですか?」
「英国紳士か……そういったものには興味がないんだかね。私は君たちの呼ぶところの蛇人間だ。」
「……なぜこんなことをしたんですか」
「なぜ?決まっているだろ。我々、蛇人間が再び地上の支配者となるためだ。地上……特にこの国は、上流階級の人間の中に我々の血を増やすことで容易に乗っ取ることができると思い行動に移した。」
ジュリアンの姿はみるみると代わり、四肢を備えた蛇へと姿を変えた。
「さて、次は君の番だ。君は一体何者だ。」
(プロテクターパームピストルの残り弾数は五発……全弾、上手く頭を狙えたとして二発足りない。問題は誰から狙うか……)
危機的状況に立たされ、必死に思考を巡らせていると。突然、受付の頭が私の前へと転がってきた。
「我々は女王陛下直属の近衛騎士!女王陛下の御心のままに、我らの国に仇なす者を処断する!」
突如現れた近衛騎士たちは手を挙げ降参したもものを覗き、降伏の意思が見られないものを剣で突き刺し、切り裂いた。
「女王陛下の名により、近くで待機させていただいていました。お怪我はありませんか、Missブラウン」
銃声を聞きつけて駆けつけてくれたのだろう。いづれにせよ、彼らには助けられた。
「後はわれわれにお任せください。あなたは建物の外へ……」
近衛の一人に背中を押され、私は外へと追いやられた。
「Missブラウン。中の掃除は終わりました。怪物の一人が話をしたいそうなのですが、よろしいでしょうか?」
私を呼ぶ近衛の服は元より赤いので分かりにくいが。よく見ると大量の血液が付着しており、中の惨状を想像するには充分な情報だった。
「……レイラ・ハイランド。」
再び中に入ると、煌びやかだった社交クラブは見る影もなく。膝をつき頭に手を置く全裸の男たちが近衛兵に命乞いをしている様子や、保護された女性、そして床に並ぶ裸の男の遺体の中に、私のことを呼ぶ変わり果てたジュリアンの姿がった。
「ハッハハ……ッ!レイラ……じゃなかったんだよな。君の本当の名前を聞かせてくれないか?」
ジュリアンの体には無数の穴が空いており、近衛兵の持つ刺突に特化した刀剣によるものだとすぐに分かった。ジュリアンは最後の力を振り絞るように内蔵に溜まった血液を吐き出しながら、か細い声で私に尋ねた。
「……………………」
「そうか……教える気はないか。…………恐らくはこれが、私からの最後の質問になるだろう。答えたくなければそれでも構わない。」
ジュリアンは目を瞑り、残った力で声を振り絞った。
「あの時……個室で君が話していた……弱者を気遣う優しい心…………あれは本当だったかい?」
「…………えぇ、それだけは本当よ。あなたの信仰する神に誓ってもいいわ。」
私が口を開いた時にはジュリアンの体はピクリとも動かなくなっていたが、息を引き取ったジュリアンの表情は、どこか笑っているように私には見えた。
「……Missブラウン。お疲れのところ申し訳ないのですが、この社交クラブで何があったのかの説明をお聞かせください。」
私は近衛の一人に社交クラブで起きていたこと、そして蛇人間、支配血清のことに説明をして、帰路についた。
「そんな所にいたら轢かれるぞ。」
帰り道。道路を這う蛇を見かけた私は、馬車に轢かれてしまわないよう安全な場所に移した。私は自分の行いが例え偽善であっても、人の道から外れた者に罰を与えることを辞めない。過去に誓った思いを再び胸に、私は事務所へと帰った。